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中途半端な規範に沿うな

授業で寝る者、勉強をする時間なのにうろちょろしている者、

カフェラウンジで長時間無駄な会話をしている者……

こういう人々の思考は私にはよくわかりません。

最後の会話の件はわかるのですが、これは意志の強さで乗り越えなければなりません。

しかし、前者2つは本当にわかりません。いったい何をしているのでしょうかね。

生徒が授業で寝るというのは、講師側にも問題があるかもしれません。

講師が興味を持たせる話ができない技術的な問題は

少なからずあるのかもしれません。これはまあ話術を巧みにしたり、

あっといわせるような発見を指摘できるように授業準備をしなければなりません。

(私は仮定法の話をすると必ず西野カナの歌詞を英訳して、感覚を身につけさせます)

こういってみたものの、プロで先生をやっている方に

入念に授業準備をしない、話のネタを持っていない、

授業のネタに合わせて話を変えられないといった

受動的な感覚の持ち主なんていないでしょう。

(万が一いれば、それは転職したほうがいいでしょう。

自分にも、生徒にも、経営者にもよろしくない。)


私は「授業で寝る」、「うろちょろする」のは

生徒の責任のほうがやはり大きいと思っています。

(まあ中にはある保護者の方々はその徹底まで求めてきますが、

私はそういった生活習慣を一変させるようなことまで徹底するまでは

絶対致しません。それをひっくるめてご依頼を引き受けてしまうと、

お話ししている学生像は出来上がりませんし、

そのスタートラインから始める場合、

大半の学生は自身が夢見ているところに到達しないで1年を終えてしまいます。

生活習慣を変えることを目的であるならば、

また別でお話をしないといけないわけですよね。)


ではどうして「授業中に寝る学生」や

「勉強していると言いながらもうろちょろする学生」は消えないのか。

それは彼ら自身に規範があるからです。

寝る人間にはこういう心理が働いているのでしょう。

「とりあえず授業に出れば、(親や友人・知人に)怒られないし、

やってないだの言われない。真面目にやっていて寝てしまったら

それはしょうがない。」

うろちょろしている人々は

「俺はとりあえず、宿題と予習復習は最低限やった。だからもう遊ぼう。」

または、

「今日はまだまだ時間がある。とにかく1日にやるべきことが終わればいい。

とりあえず誰かと暇つぶしをしよう。やっているから文句は言われまい。」

なんて考えていることでしょう。

いやー、浅はかですよね。

ちょっと頭がいいやつはこんなことばかり考えているわけです。

「周りの眼」から解放されないのですよね。社会規範から解放されないのですよね。

よく私はこれを「中途半端な規範にとらわれている学生」と表現します。

今みたいな学生は、「授業に出ていれば怒られない」といった

本来の十分条件を満たして、あとはどうでもいい、

「自分の問題」と自己完結するわけですね。

でも、その割には受験が終わると「偉い先生の授業に出てたけど、ダメだった。

出ていればなんとかなると思ってたのに。」

なんて言う学生をよくみます。

授業に出ているか出ていないかなんて、どうでもいいのです。

要は授業で自分が得られるものを探せるかどうかなわけです。

または授業で問題と楽しめるかどうかなのです。

だから、授業で寝ている人々は規範ばかり気にして、

本質を抜き去っているわけですよ。

アメリカやヨーロッパにそんな学生はあんまりいません。

だって彼らは眠いと思うと、授業を休むか、教室を出ていきます。

これは個人主義がよくできあがっている証拠。自己中ではないので、ありなのです!

集団に組み込まれることを望んで授業に出ているのに、

自分のことを追及しているのは、自己中以外のなにものでもありません。

まあ私の授業であまりにも疲弊しきった学生がいると、

「もうさ、今日はおうちかえって寝たほうがいいよ。

そんな体で授業でたってなんにもならないよ。体を作りなさい。

準備するシュミレーションができなかった自分って視点で考えてごらん。」

なんて言ったりします。まあ自己管理の問題ともつながるわけですね。



というわけで、こんな「中途半端な規範」にすがることを意識するのではなくて、

自分自身に必要な、自分自身で、自分自身のために勉強をしてください。
cancan
Posted bycancan

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