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2007-09-05 Wed 19:09
この新書には、芥川龍之介の一生を事細かに紹介されている。彼の幼少時代の生活、彼の交友関係、彼が作家になった理由など、ものすごく細かくかつ分かりやすく書かれていた。 文学者や作家ときくと、私のイメージでは、すぐに癇癪を起こしたり、自分の世界をもってその殻にこもって、一国一城の主であるが如く生きている人間ばかりなのかと思ったが、彼は少し違ったようだ。幼少時代は、文字や本に触れて、普通の子供とくらべて子供らしく外で遊んだりしたわけではなかった。そうさせたのは、彼のおばであったのだが、そのおかげで彼は後に優秀な成績をおさめ、エリートへの道を歩いたのはいうまでもない。 ここまでは、けっこうめぐり会えそうな人格ではなかろうか。確かに、彼は一高時代に様々な雑誌を刊行して、詩や戯曲、小説を発表していた。とてもバイタリティーがあるとは思う。しかし、勉強ができる連中で、酒が好きでなく、言葉をあまり交わさず、孤独を好むのは、月並みな情景ではないかと思う。しかし、彼は、吉田弥生との失恋がすべてを変えた。彼はこの事件から、彼の養親のエゴイズムとわが身のエゴイズムに気づき、それに苦しむわけであるが、このことを「羅生門」に思いのまま文字を書き連ね、彼はエゴイズムが生じていることを感じるのと同時に、自分は解放された、またはされたいというpretentionが生まれ、彼は水を得た魚のごとく、人生がうまい具合に転がるのである。 私はこの部分のくだりを読んで、私もここで自分自身の精神を維持しなくてはいけないのだと思った。夏目漱石が芥川龍之介にこんな手紙を送ったことがあるそうだ。 「ただ、牛のやうに図々しく進んでいくのが大事です。牛になることはどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なりきれないです。(以下省略)」 急いではいけない。石橋を叩いて渡らなければ成功しないということを、漱石は青年龍之介に「羅生門」刊行後に送ったそうであるが、夏目漱石はとても見識が広い人間だなとつくづく思い知らされた。そして、そんな漱石に認められた男にも、まだ若いというところが奥が深い。 私は恐れ多いが、このような人生を送りつつある。境遇は少し違うが、精神的な面持はとても似ている気がする。あえて私に関しての詳細は書かないが、芥川の人生を見習い、夏目漱石の手紙の言葉を考えてみて、今後の人生にいかせるようにしたいと思う。 |
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| caseな生活 (書籍紹介編) |
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