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型にはめるのと、理解するのは50:50で。

今日はある英語の先生と10分ぐらいですが、談話をしていました。

どこもかしこも英語ができない学生に悩んでいますね。

私だけではなかったのかと思うと、少々ほっとします。

そして、ブログの題名を見ていると、

堂々と「合格率100%」とか、「絶対に英語嫌いを無くします」だの、

「東海屈指の精鋭が集まった合格請負人」的な内容をみると、

すげーなーよく言えるなー、と思う反面、

「そうじゃない人も少なからずいるんだからそこを常に考えるべきなのではないか」

と謙虚な側面も必要ではないかと一石投じておきます(皮肉的な(笑))


そんななかで出た話は、「型にはめるか?はめないか?」ということ。

ある生徒が「型にはめないとできない」というように言っていたそうです。

半分はその生徒の気持ちをかいます。

確かにゼロから始める場合、何かベースになるものはある程度なければなりません。

それをあるレベルまで創ってあげられる講師は一流というか、

そういう力を作れることは、先生をするうえで最低限必要のことだと思っています。


しかし、その一方で、ガッチガチに型はめするのはどうでしょうか。

例えばthinkは、think O Cとthink that節と……

Oの後には形容詞が来て、名詞が来る場合はどの動詞とどの動詞と……

こんなにハメられたら、普通の頭だったら、

あああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー

ってなってしまいます。

どうもそのお話ししていた先生と、あるお偉い(と思っていらっしゃる)先生が

どこかでお話をした際に、指導の方向性が違ったのでしょうかね、

なかなかかみ合わなかったのでしょう。

私もそれを聞いて、正直うーむと思ってしまいました。


型はあればもちろん安心ですが、

私たちの英語はすべて既製品を組み込むことはできません。

自分が学ぶ英語はユニクロとは違うのですよ。

自分の英語はオートクチュールであり、

喋っている言語は一緒でもその文脈の中で

世界で一つのオリジナリティーが出るわけです。

そのオリジナリティを欠いたら、

その人によるあるディスクールへの解釈も

どこか本質的な部分が不足したものとなり、

誤解等が生まれてしまうのではないでしょうか。

型にはめることには程度があります。すべてはめるなとは言いませんが、

その型を覚えるだけで膨大な時間を費やさなければなりません。

覚えるものと理解するものを分けるとは

こういった型にガッチガチにはめないための作業でもあります。

やってみてください!
cancan
Posted bycancan

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