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嫉妬はすべていい兆しだと捉えよう。

先日私が指導している学生が、

並行して通っている塾でこんなことをされたそう。

その学生は中学校1年生で、

その時点で高校1年生で習うはずの仮定法まで大雑把に習得しています。

関係代名詞や関係副詞も区別ができるレベルにまで達しているので、

まあ中学生のなかでは間違いなく上位にいる学生です。

そして、その学生はその塾の1学年上の人々と一緒に授業を受けているそう。

うん、私としても非常に鼻が高いです。

(私の指導のおかげで英語がうまくいったと言ってくれた心優しい学生です。ありがとう。)

しかし、そのクラスの授業の中でこんな仕打ちをされたそう。

ある先生:「きみ、この問題分かる??」

私の教え子:「(わかるぞ、これやった!)えーっと……」

ある先生:「あ、まだやってないし、中1だからわかんないよねー。じゃあ後ろの人!」


えーと、この時点でいただけない態度が2つ。

一つは、完全にこの学生をなめきっています。

学生がどんな状況でもなめきってはいけません。

全然勉強していない学生でしたら話は別かもしれません。

態度がまずければ、講師側も「はっ?」って思うかもしれません。

しかし、この学生は勉強をものすごくしている優等生です。

それにもかかわらず、「中学生は中学生らしく学校でやられている範囲を

こなせばいいんだよっ」てスタンスでやっているようにしか見えないことを

話を聞いていて感じ取り、私はものすごく腹が立ちました。

どんな学生がいたってできる限り平等でなければなりません。

世の中には英語が苦手な学生も、得意な学生もいます。

そういう意味でレベルは分けなければならないかもしれませんが、

それらを一緒にしなければならない場合でも、

そのクラスにいる苦手な子が頑張れるレベルに合わせながら、

英語が得意な学生にも有益な情報を与えられるように授業を展開していかなければなりません。

私もこのように学力が玉石混交している場合はあります。

しかし、どんなにできる学生でも、本質を教えていくことに無駄はありません。

例えば、「どうして仮定法は表す意味の一つ過去の時制を用いるのか?」とか

「habitとcustomとconventionの違ってそれぞれなんだ?」とか、

話すことは無数に出来上がってくるのに、わからない前提であしらうのは学生に失礼。


そして、もう一つなのですが、これに付随したことですが

講師が学生に嫉妬しているわけですね。

手塩をかけている学生があまり力量を発揮していなかったりしているのに、

あまり授業に積極的に参加していないのにできるようになっている学生を見ると、

「あ、こいつ他の塾に行っているのかも?」とか、塾業界の方々は勘づくものです。

それがわかると、自分の指示が至らなかったと気づいて、

もっと指導法を見直したり考え直そうって思えばいいのですが…。

中にはそれを、生徒に無意識かもしれませんが、

「わからないよね、というか他の奴はわからんから合わせろや」というニュアンスで

間接的に攻撃をしてしまうときがあります。

私も攻撃をした覚えはないですが、他に教えている講師の力量が格段に上だったことを

思い知った時があります。

「こんな覚え方があるんだって!」、「あーやって読んで考えたのですが……」

こういう瞬間って、「あ、僕のもとを離れて行っている……」って思うんですよね。

でも、そういうときはその講師と競ってはいけません。

私はそういう場合、「自分の役割は復習事項を徹底させることなんだよな」と割り切り、

その学生にとって利益になることを考えて、指導方針を変えます!


だから、向学心が高い学生の皆さんはどんどん先に進んで勉強を続けてください。

生徒のことを考えている学生や、東大の英語を教えているとかではなくて

本当の意味でいろんなレベルの学生に教えられる力量が高いでしたら、

そこまで頭は回るものです。

講師や先生に嫌がられている・嫉妬されているということは

勉強ができている兆しと捉えられるときがありますので、プラスに考えましょう。

もし調子に乗っていたら、その師事している先生がキレるでしょう(笑)
cancan
Posted bycancan

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