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「無知は無力なり」

かつて、「知は力なり」と

フランシス・ベーコンは我々に諭してくれましたが、

今では、この言葉は少し語気を弱めているように思います。


こう思ったのは、

フロベールとイブセンによる「悪」と「愚」に対する考え方の相違

が僕の頭によぎったからです。


フロベールは「人間は愚かだから、悪だ」というのですが、

イブセンは「人間は悪だから、それで愚かなのだ」というのです。

因果が異なるのですが、要素は同じです。大きく言えば同じようなことを言っています。

前者は、

「人間には改善する余地はない」と断言しているニュアンスですが、

後者は、

「愚かなんだけど、努力して賢くなれる」ことを

暗に意味しているように捉えられるのです。



これに最初に気付いたのは島崎藤村ですが、

僕はベーコンの言葉を反語でパロディー化して、

言い換えてみようと思います。


「無知は無力なり」


現在において、知を「もつ」だけでは満足されず、

知はどのように使われるべきかという方にベクトルが向いています。

ベーコンの言葉はたしかに一理あるのですが、

直接的に言明するだけでは、意味の幅が狭まってしまう。

偉大な言葉だけに、私はそれを強く思ってしまいます。


しかし、「知」は「力」であるために持っていなければならないので、

このニュアンスを放棄できません。

「(知は今やたくさんありすぎて、全部覚えることは難しいけど)、

無知は無力なんだよ」

って考えると、少々ベーコンの言葉に1ミリぐらいだけ、

意味を付することができるのではないかと思いました。


昔の赤本の後ろに、

このベーコンの言葉が載せられたのですが、

今はこういうことを思いながら、人々は勉強しているのでしょうか。

目の前や自分の近くにある目的だけに目がくらみ、

近視眼的になっている人はまだまだ多いと思います。

昨日も模試のスコアをもっと取るために、

今まで以上の対策をしてくれという要望がありました。

しかし、それは大きな間違いで、

その生徒の最終目的は模試になってしまっていて、

大学合格の目標を自身でかすめているのです。

確かに目の前の目標をこなすのも大切なのですが、

その前に大前提の目標を掲げたことから逆算して、

自分がいったい何をしなければならないのかを考えなければなりません。

模試の高得点=大学合格は大きな間違いです。

模試は所詮模試です。模試ができれば自信もつくし、

確信に近いものを手に入れるかもしれませんが、

それは確信ではなくて「過信」です。

受験において、受験生は一刻の緩みも許されません。

そのスリルを経験してはじめて、

ベーコンのいう「知」を手に入れ、

真の知にたどり着く道を歩むことができるのです。


その場しのぎはやめましょう。

それは、我々を真の「知」(=真の「力」)から遠ざけてしまうので。

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cancan
Posted bycancan

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