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最低限の「暗記」と便宜的な「忘却」

今年は受験生をたくさん抱えていますが、

その大多数の例年以上に暗記に苦労しています。

そして、暗記の話題になると必ずと言っていいほど、

「スピードラーニング」が付随してきます。

私は、生徒が暗記をせずに英語をマスターしようという安易な発想をもっていて、

非常に残念です。

「スピードラーニング」は2つの点で、初心者には向いていないように思います。

一つは、英語をどんなに聞き流していても、聞こえるようにはなりません。

英語が聞こえるようになるには、やはり英単語の暗記が不可欠です。

その上で大意をとろうという気で、リスニングをして初めてできるようになります。

英単語の暗記をしっかりやれば、

「スピードラーニング」は意味あるものになるでしょう。

そしてもう一つは、「スピードラーニング」をつかっても、

あるレベルまでの英語しか聞き取れないということです。

これを結局英単語の問題で、簡単な単語を知っていて、

その単語の中で言いまわしを覚えれば、

あるレベルまでの日常会話の英語はマスターできるでしょう。

しかし、討論のレベルや人を納得させるための話術となると、

惣は問屋をおろしません。

やはり、高度な言い回しやその内容に足る英単語力から

目をそむけることはできないでしょう。


でも、現実ばかりいっていても問題は解決しないじゃないか!

という声も聞こえたり…。

んー、そうですね。一理あります。覚える量にも限界があります。

私は比較的記憶力がよいのと慣れで暗記をやってきてしまったからでしょうか、

覚えることに苦痛を感じません。

英単語も将来的に小さな辞書に載っているものぐらいは丸暗記しなければ、

世界のインテリにはかなわないと思っています。

(もちろん単語を覚えることで、

そのさまざまな分野を知ることに繋がるという意味で。)

私の大学のお師匠も、

やはり英単語を9万個ぐらいは覚えているはずだ

とおっしゃっていたのを覚えています。

しかし、お師匠は次のような一言を私に与えてくれました。

「英単語を沢山覚えても飽和する日が来る。

ある先生は20万語覚えている教授もいらっしゃるが、

頭が良ければ、10万もあればネイティブの会話レベルなんて、たいしたことはないんだよ。

つまり、単語を覚えた量ではなくて、

それをいかにメタのレベルに落としこめるかなんじゃない。」

この言葉が私の頭をよぎったと同時に、

外山滋比古先生の『思想の整理学』の中にある、「すてる」というショート・エッセイに

こんなことが書いてあった。


「「知識それ自体が力である」(ベーコン)というけれど、ただ知識があるだけでは、

すくなくとも、現代においては力になりえない。知識自体ではなく、

組織された知識でないとものを生み出すはたらきはしない」


これは現在の勉強法において非常に的を得た一言だと思います。

彼はまたどこかで、「現在は情報過多の時代であるから、

すべてを覚えることは不可能に等しい」と

断言し、コンピューターに記憶をまかせて、

人間はもっと「創造的人間」になるべきであると、

私たちに方向を示してくれています。

ちょっと「覚えなくてもいいんじゃないの」と救われましたか?(笑)

しかし、これは最低限何かを記憶した上での言葉であり、

決して「物事をすべてコンピューターに覚えさせればよい」

という短絡的な発想にはなりません。

そして、コンピューターを使いこなせる技術者になればいいんだ

という意味でもありません。

例えば、英語においてbe動詞と一般動詞の区別や、

三人称単数が主語になった時は動詞にsをつけるといった基礎知識を覚えずに、

wordの校正機能がその役目を果たしているから必要ないというのは、

大きな誤謬です。

自分の限界にあると思われる暗記量を覚えて初めて、

人々は知識や思想の整理ができるのではないでしょうか。

なので、全教科において最低限の知識(教科書や一般的な参考書の知識)を

暗記するのは、

受験生や大学生にとって最低限度で課題であって、

これらを前にして、手で顔を覆ってはいけません。


英語であったら、

みなさんまず1年間で英単語3000個暗記は努力してみましょうよ。

(中学生であれば、1年間で500個でいいです。)

それができたときには、学問の達成に対する大きな喜びが得られるかもしれません。

それがきつい作業だと思った人は、

そこからそれらを忘れないようにノートに書き留めたり、

使わないと思う知識は思い切って忘却してみましょう。

実はどんなにノートをとりまくっていても、

今度はその書きとめたことさえも忘れてしまいがちで、

たくさんノートをとることは逆に不都合を生じさせることもあるのです。

そこで、適度にノートができたら、また新たにまとめなおして、

情報をスリム化していくのが最善策になるのです。

この作業に使う力が「忘却」です。しかも便宜的な「忘却」です。

社会の勉強や英語の定義を学習するとき、

最初はどこが大切かよくわからなくて、

結局テキストの文面を写してしまっていたことはないでしょうか。

この作業はもう無意味以上の何物でもありません。

そこで、もう一度近日中に見直して、また整理をし直すことで、

「忘却」するべきものが見えてきて、ノートのスリム化がはじまります。

これを繰り返すことで、細かい知識は忘却されても、

頭の中に意外と知識の印象は残るものです。

この「忘却」という行為が現代の勉強におけるキーワードであり、

どれを頭に取りこみ、どれを捨てるかという取捨選択ができるようになったときに、

少し皆さんの頭の中がクリアになっていることでしょう。


最低限の知識は網羅して、増えたら消去。

人間の脳の中にパソコンと同じようにゴミ箱のアイコンがあって、

都合よく削除できたら、

どれほど有能な脳ができあがるんでしょうね。

でも、それは「創造性」を失う可能性が高いから、やっぱ危険か。

私たち現代人は大変なんだな(笑)


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cancan
Posted bycancan

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