先日全学生の面談が終了しました。疲れましたね。
でも、弱音を言ってられません。生徒のためなのですから。
さて、最後の2人の学生の面談は厳しいお言葉ばかり飛んで、
私も厳しめの言葉を飛ばして、非常に空気が重かったです。
しかし、有意義だったというか、この時期に厳しいことを言われるというのは
いい刺激になり、今後の生活にいい影響を与えてくれると思います。
そんな中ででたことを一つ。
それは、ルールに乗れないこと。
今回、ある学生はこのことを終始いろいろな先生に言われていました。
簡単に申し上げると、その学生が先生に言われたことをやれなかったということです。
私が4月から8月までに指定したテキストと
やったものの復習をすべて中途半端に終えてきました。
完遂率0%で、万遍なく50%ぐらいでこなした感じです。
こんな学生がまあ残念ながら今年は大半です。
しかし、中にはこんなことをする学生もいました。
それは、「指定したものではなんかできないから、
僕は異なったテキストで自習する」と言わんばかりに、
新品の私が指定した他の単語帳を出して覚え始めているわけですよ。
また、構文のテキストの答えを書いたものを早い段階で渡しても、
結局時間内に終えることができずにいて、
その言い訳として「数学や化学で時間が回らなかった!」
という感じだが、実は一番その科目ができていないという……。
こういう学生は自分のやりたいようにやりたいわけですよね。
ある程度、自分が困った時には大きな奇知にすがり、
後は自分のやりかたに意固地になって、またダメになった時には奇知に頼って、
と無限ループが始まるわけです。
まあそういう方は自分で悟って、自分の道を歩んでしまった方がいいですよね。
後悔もしないでしょう。自分のやり方で全力投球するべきです。
しかし、残念ながらそういうとなかなか思いっきれないのが人間なわけですよね。
従って、ルールにはある程度乗らなければならないわけですよね。
残念ながら自分で何とかしようとする意志や力がなければ、
ある程度定評があるやり方や型にはめて(一定期間でいいので)動かなければなりません。
そこはある程度謙虚になっていかなければなりません。
実力に申し分がないと自分で思ったら、それは玉砕覚悟でもやったほうがいいですが。
私も思い当たる節があり、大学院の院試は完全に人を黙らせるために、
一人で本と対話して、論文を書いて、英語の勉強をして、
プレゼンで意志を伝えて、すべて一人で出し切ってきたので、
いいかい悪いかは別にしても、悔いはありません。
誇れる時間の1つだと自負しています(笑)
しかし、リスキー・ゲームにしたくなければ、
またはそれに自信があると言い切れない方は、
悪いことは言いません、玄人のお告げを乞うべきです。
そして、それに沿って勉強するべきです。そうした中で、自立していけばいいのですよ。
そうやって勉強はできるようになるので、
まずは迷ったり、勉強ができるようになりたかったら
その信じた人の言ったルールに乗った方がいいと思います。
まあ、私も含め、学生にはなかなか難しいことなんですよね、これ。
でも、謙虚に行きましょう。
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