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環境が人を創る

ここ数年、名古屋で指導してきましたが、

先生とのトラブルや、友達とのトラブルで学校へ行きたくない・学校をやめたい

という生徒をたくさん見てきました。

勉強ができないせいで学校に行きたくないというような理由は昔からありますが、

最近では勉強ができても、

それを妬まれて他の生徒に干されるという状況に耐えられず

不登校になってしまうという生徒も少なくないようですね。

何かが秀でても、何かができなすぎても、そのことは問題にされるために、

そういったことを容認してしまう環境が生徒の才能を潰しているなと

改めて思わされました。

以前の私の教え子に、

音楽が頗るできた生徒で他国の音楽院に行った生徒がいましたが、

その生徒のお母様はこんなことを言っていました。

「日本では音楽が秀でてできると、受け皿がないんですよね。

スポーツをやっている人とかも

そうやって悩んでいらっしゃる人がいるのではないでしょうか。

音楽の世界だと、

日本の有名な音楽家たちは海外にいって勉強しにいってしまうんですよね。

日本で音楽を真剣に学ぼうとすると、大学までしかも、

東京芸大のような限られたところでしかプロにはなれないですよね。

日本はマスをつくり、プロを作らないんですよ。

しかもそのマスクオリティーが年々低くなるから、私たちも海外にいく覚悟をきめました。」

なんとも厳しいお言葉でしたが、その通りで、

日本は、何かの面で突出している人間にとって、

その才能を伸ばせない環境とみなされるのかもしれません。

天才を凡才へ変えてしまうわけですね。

このように、勉強ができる生徒は新たな悩みを抱えてしまったわけですね。

そういう人は勉強ができることことで周りの人々の視線やコメントが怖くなって、

勉強に対して積極的になれずにいるわけです。

その結果、本来優秀であったはずなのに、

そうでなくなってしまったなんてこともあるのでしょうね。

非常に不幸なケースですよ。


勉強できないで干されるケースもちょっと深刻で、

助けてくれるべき人間である先生がそれに加担するというのは言い過ぎにしても、

助け船を出さずにいることもしばしば……。

生徒が先生にそんなことをされてしまったら、

誰を信じて学校生活を送ればいいのかわからなくなり、

不安は募るばかりで気が重いでしょう。


そういった生徒が万が一私の目に入ってしまったら、

それを放っておけなくなりますね。(一人の人間ができることには限界がありますがね。)


他人が優れていることを称賛できるような環境を作っていきたいですね。

そして、私は「自分にもどこかの分野で優れていて、そこで活躍できるのではないか」という

可能性を生徒にみせてあげたいです。
cancan
Posted bycancan

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