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先日、コンフェデレーションズカップが開催されていましたね。

私はサッカーはできませんが、観るのは好きです。

特に代表戦は大好きです。

まあ私なぞ、

ミーハーレベルのそんなにサッカー偏差値の高くないサポーターなのであしからず(笑)

さて、そんなミーハーな私がサッカーを話題にお話をするのですが、

先日のメキシコ戦後にサッカー日本代表の本田選手が

こんなことを言っていました。

「日本代表は必ず成長しているし、必ず力をつけているけど勝てないというのは、相手も成長しているから。そこで上回るにはどれだけの覚悟を持ってやらないといけないか、それがまだ足りないと思います。自信の差がそのまま格になります。百戦錬磨のイタリアはあれだけやられていても勝ってしまう。プライド、負けられないというものが自分たちを動かす力になる。僕らはとりあえず練習でやったことを100パーセント出そうとやるものの、勝ち方が分からない。一生懸命やって、いいサッカーもやっています。相手を圧倒しているけれども、その差で点を決められない。そこは格になる。」

彼は「格」について言及してきました。

どんなにいい練習をこなしてきても、どんなにいい試合をしていても

最終的には勝たなければ代表戦というか、サッカーの世界では

意味がないことを彼は強調しています。

そして、彼のインタビューの締めくくりでわかるとおり、

「格」とは最終的に勝ったことで自信を貫き通せた証明であることを示唆しています。

こういった彼の勝負から生まれる美学は

生きていく上でも学ばなければならないですね。


さて、これは受験の世界でも同じようなことがいえます。

ある英語ができる学生がいたとしましょう。

実力的には偏差値70ぐらいをコンスタントに出せるぐらいの学生。

まあ偏差値40あるかないかの学生が先に言った学生にはむかうのは

おこがましいようにも思えますが

(偏差値+30上乗せしたの実力を一時的に作れても、1年で覆せるほど世の中甘くない)、

偏差値で60近辺にいる学生であれば、「あ、手に届くかもしれない。」

3回に1度は模試で上回ってやるぞって思えるかもしれません。

もしそこで「一泡ふかしてやるぞ!」って思いながらガリガリ勉強して、

そいつに0.1の差でも勝てば、これは格が上がったことになります。

本番当日でガリガリやっていた成果が格として乗っかっているかもしれません。



偏差値60を取って満足している学生は、

「あ、まあ人よりは上かな。この調子で頑張ろう。70なんてとる必要はない」

って冷めている人が少なくないかもしれないわけですよ。

よく偏差値59から64をキープしていても、

MARCHに一つも引っかからない学生がいますが、それはこの格の差ですね。

合格してやろうという勢いや覚悟が足りないのですよね。

こういう精神論はね…って言いますが、

そこをなめていると、やはり最後の最後でやられますよ。

本番で模試のような平常心で受験できる人がどれだけいるでしょうか。

受験に絶対がない以上、1%以上は精神崩壊する可能性はあるわけですよ。

そういう精神状態が崩壊したときにでも、

英語ができるようになるレベルに立つことを想定して勉強をしてください。

それが格をあげる第一歩だと思います。


一人一人自身の品格をあげてください。そして、受験で合格を勝ち取りましょう。
cancan
Posted bycancan

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