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生きること=忘れられないこと

国立前期の結果も出ましたが、また動き出さなくてはなりません。

私も来学期の授業が始まります。

今年はどの生徒にも思い入れがあったせいか、(毎年だが特に今年は)

賛辞を送ってくれた人が多かった。

「先生に会えてよかったです。」

「千載一遇の出会いをしたと思っています。」

「たくさんいろんなことをしてくれて感謝の一言に尽きます…」

こんな言葉を私なぞにおくってくれてしまう人は、

どれだけ今まで不幸であったのか(笑)

いやいや、本当にこんな恐れ多い言葉をいただけるなんて思ってもいなかったので、

私も非常にうれしいです。

講師にとって、

共に過ごした時間が生徒や親御さんの心に残ることほどうれしいことはありません。

はっきり言って、塾講師や家庭教師など、受験のためのサポート役にすぎず、

深く密接な関係になることはなかなか容易ではありません。

だから、できるだけ生徒や親御さんに印象を残すために(信頼してもらうために)、

小さな努力を重ねなければなりません。

よって、確かにこれは稀有な事象なのかもしれませんね。

「忘れられないように生きる」のは実はなかなか難しいのではないのか、

と最近思います。



One Pieceに出てくるDr.ヒルルクが死に際にこんな明言を残しています。

「人は人に忘れられたときに死ぬのだ」

これはマンガのセリフにしては、出来すぎているでしょう。

人生において、的を得た言葉であると思います。


これと同じようなことを、P.F.ドラッカーは自身の著作の中で、

歯科医の発言を例に挙げながら我々に格言を与えています。


ド:「あなたは何によって覚えられたいか?」

歯科医:「解剖医が、この人は一流の歯科医にかかっていたといってくれることだ」


歯科医にとって、患者に自信を覚えられることは名誉以上の何物でもありません。

たとえ歯科医の肉体が朽ち果てても、患者の心には彼の記憶が残ります。

死んだようで、死んでいない。不思議な現象ですよね。


世界には無くなったものも多いですが、未だに残っているものも多いです。

特に学者や先生は、死んだと思われた人々の思想を復元する作業を生業です。

誰も死んだ人を復活させられませんが、

学者は死んだ人の思想は復活させるきっかけをつくることができるのです。

うまくいけば、その思想は復元され、

後世の人々によって共有され、その思想の発想者は肉体を越えて再生されます。

これほど神秘的で、魔術的な職業はありません。

しかし、学者や先生になるためには、

その職業が神秘的で、魔術的であるがゆえに、

ものすごく厳しい修行が待っていることでしょう。



僕はヒルルクのセリフを聞くといつもこう思います。


「僕はどんな人間として後世に残るのであろうか」



また、もしドラッカーが生きていて、

私が自分の心中をぶちまけることができたら、

きっと彼はこういうでしょう。


「能力は仕事の質を変えるだけでなく、人間そのものを変えるがゆえに重大な意味を持つ」


この発言は、きっと私の不安を一掃するはずです。


ヒルルクもドラッカーも自分の強みをよく熟知している人間であると感心してしまいます。

それと同時に、

私は自分の強みが何なのかよくわからずに行動していることに気づかされます。



それも今年のうちに探しておこうか。

と思いながら、人に忘れられないようにまた一年間走り抜けます!!

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cancan
Posted bycancan

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