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「当て勘」をつくる

あまり量をこなしていないようにみえるのに,

入試問題を容易に解いてしまう人がたまにいます。

こういう人をみると,真面目にやってるぞと思っている人は

イラっとしてしまうかもしれません。

そうかといって,

こういう人はものすごく頭が良い人なんだと割り切っても,

それはどこか自分が頭が悪いのかと認めなければならないので心苦しい。

でも,自分のできなさ加減への苛立ちと他者への羨望が

憎悪としてあらわれて,居た堪れなくなるといった複雑な心境に陥ります。



私もどちらかというとできない人に属するのでわかるのですが、

そういう人はできるようになるためには何が足りないのか考えるものです。

つまり、「できる人とできない人の差は何か?」

それは「答えを当てる勘」,通称「当て勘」に差があるというのが一つの答えです。

これはどうやってできあがるのでしょうか。

「勘」という言葉を聞くと、

一見もともと持ち得ているように感じそうですが、

物事の意味やよしあしを直感的に感じとって、判断する能力のことを言います。

ということは、「勘」とは経験がものをいうわけで、

決して先天的なものではないのです。

じゃあ「当て勘」がいいというのはどういうことかというと、

やはり勉強していることを裏付けているわけです。

何もしていない人もそれなりに勉強しているわけで、

その処理がこそこそしているか、

堂々とやっているんだと誇示するかの差なのです。

では、どのようにこの勘をつけていくのか。

これは言うまでもなく、一つは量をこなすことです。

量は時に質を凌駕することがあります。

受験はスポーツのようにナンバーワンを決める闘いではありません。

ただその当てカンを得るには,それなりの修羅場を通ってきていると思います。

受験でいう修羅場というのは、

おそらく「やばい」と心から感じて、

自分は何をしなければならないかと真剣に悩んで、

なんとかしたという経験を言うと思います。

私もこんな経験は当たり前ですが多々あります。

(なければ、今このブログ書いていません…)

大学受験であまり勉強していないができるという生徒は

上位に位置する高校の中高一貫生に多いです。

中学受験や高校受験のときにしのぎを削った受験戦争で戦い抜いてくると

そこで知恵と経験を培うことができます。

その時の真剣さをもって成功してしまった生徒にとっては、

大きな宝物になっているはずです。

じゃあそんな経験をしたことがないが、なんとか今修羅場を迎えた人は

受験でうまくいかないのか。

比較論で言えば、

過去に修羅場を経験した方が「当て勘」はいい人が多いかもしれません。

でも、別に大学受験前にそれ相応の修羅場をくぐって、真剣さが兼ね備えば、

どってことありません。

要は、できる人と思われている人よりも勉強できるかということを指標にすれば、

その人が通ってきた修羅場以上の修羅場をくぐるに等しくなります。(多分…)

短期間でできる人の量以上のことをして、その人を凌駕するのはきついですが、

模試で死ぬほど頑張って勝ち抜けたら、

それほど大きな達成感はありません。そして同時に、話題の「当て勘」は出来上がってきます。

修羅場は自分で作れば、別に問題ありません。

そして、勝手に「当て勘」が出来上がります。

「修羅場を通る=当て勘ができる」と思って結構です。

そして、それだけ真剣にできる人よりも勉強できるか。

仮想の相手を勝手に作ってください。

それだけで圧倒されてしまうくらいなら、勉強ができるようになるというか、

優秀になろうとするのはやめた方が身のためです。

それだけ、勉強するとか、人並み以上の「勘」をつくるのは

大変なのです。「匠」なのです(笑)

なかなかやっていることがスコアにつながらない人、

量をこなしてください。


女の第6感(この「感」は「勘」とかかっていると思う…)とよく言いますが、

女性にはもしかしたら先天的に勘があるのかもしれません(笑)

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cancan
Posted bycancan

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