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「読書と後悔」

最近、また自分の英語の勉強に精を出しています。

何をしているかというと、TIME紙のわからない単語をすべて調べ、

その日かその次の日に、その単語を丸暗記をして、

一冊読み抜くという作業です。

さらに加えて、チェスタートンやオー・ヘンリーの随筆を読んだり、

自分の専門分野の本を読んでいます。

それに飽きると、TEDというサイトで、

英語でのプレゼンを聞いて知識を蓄えるという感じで、

日本にいながら、日本語をあまり使わずに生活をしています。


こんな作業をやっていて思うのが、

「私はいかに本を読まずに生きてこれた」のかということだ。

恥ずかしながら、私は17までに一冊の本を読了したことがありませんでした。

読書感想文という宿題が中学校までありましたが、

すべてあらすじと章末に一言感想を加えた粗末な作文で、

いまそれを見てみると、なんて哀れな中学生だったんだと思います。

初めて読了したのが、ヘッセの『車輪の下』でした。

主人公のハンスが人生に苦しむ姿が書かれていますが、

当時高校生の私は受験生として同じような境遇に立たされて、

同じように苦しみ考えたのを思い出します。

そして思い切ってそれを読んだ上で、

「僕の幸福論」という題名で高校の課題で作文を書いたら、

高校全体で出版する論集に載って、

人々から私の悩みを共感を得られたと喜んでいたのを思い出します。

結局、そのあとは真剣に本を読むことなくただ参考書と問題集を丸暗記し、

受験生活を送っていましたが、

今思うと、なぜもっと本を読んでおかなかったんだと思います。


英語の話に戻ります。

英語を読む上で、国語力は必要不可欠です。

母国語の実力があがらないと、英語力もある時点で伸びが止まってしまいます。

例えば、The heavy storm prevented us from attending the meeting.

という例文があったとして、

「その激しい嵐が私たちが会合に出席することを妨げた」という訳した上で、

これは正しい和訳と言えるでしょうか。

ニュアンスはわかっても、なんか内容がすっと頭に入ってきません。

しかし、「嵐が激しかったので、私たちは会合に出席できなかった」としたら、

この意味はちゃんとわかるはずです。

訳出の難しさもありますが、

基本的な通じる日本語の使用法を知らない上で英語を学習しても、

英語独特の用法を覚えるだけでは必ず限界が生じてきます。

私は受験生のときに自分の記憶力に過信しすぎて、(暗記は得意らしいです)

日本語力の定着に目を向けずに、現実逃避していました。

しっかりとした日本語力というか読書力を作らなかったせいで、

英語の実力も思った以上に伸びず、今苦しんでいます。

人並み以上に英語ができるかもしれませんが、

同い年で名論文や名著を書いている学者や作家に遭遇すると、

とても読書の経験が足りないと思ってしまいます。

これがせめて中学生の時に気付いていたら、

今のこのもどかしさは大きく緩和していたでしょう。

こんな後悔の念はわたしだけではなく坪内逍遥も同じようなことを書いていました。

彼は「十歳以前に読んだ本」というエッセイのなかで、

我々に読書の重要性についての警句を発しています。

彼も英文学者の巨匠の一人ですが、

11歳までは田舎暮らしで、

寺子屋にもいかずに勉強とは無縁だったとおっしゃっています。

しかし、彼は「論語」や百人一首に親しみ、10歳までに読んだ本が

自身のベースを創り出し、逍遥本人の一生を決めたともおっしゃっていました。



英語も日本語もあらゆる語学は、やはり「初心わするるべからず」です。

しっかり基礎を学んで、ちゃんとした語学力を育みましょう。

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cancan
Posted bycancan

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