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「幸か不幸か?それはてめーで判断しようよ?」

「お前はこの先俺に会って不幸だと思うことが絶対に起こる。

でも、そう思うことが真の恐怖なのかもしれない。

それはてめーで判断しろ。」


これは師に言われた言葉

「お前はこの先俺に会って不幸だと思うことが絶対に起こる」

に自分で後付けして、戒めた言葉です。


わが師は

「自分より実力が上の人間についていくと

絶対にその人についていけばうまくいく!ようにみえるが、

実際にそうなる人は一握りだ」

ということをよく私に厳しい言葉を交えながら教えてくれました。



今年の受験が一通り終わり、生徒に様々な言葉をもらいますが、

非常に泣けてきます。本当に今年は生徒に恵まれました。

たとえうまくいかなかったとしても、

これは、本来私に苦言を言いたいと思っていたとしても、うれしい限りです。

そして、繋がりを持っておこうと思ってくれていることが非常にうれしいです。

こうやって人徳は増えていくんだと実感しております。


本音をぶつけながら勉強していると、こういった関係になりやすいですね。

自分がうまくいかない時は、思いっきり泣き崩れたり、

うまくいったときは、堂々と仁王立ちして、さらなる飛躍を望もうとする。

その際に、私が常に戒めや苦言を呈して、生徒もそれに生徒なりに応じる。

非常に精神が健全だ。


僕は接するときは物腰が柔らかい方ですが(自他ともに認めていると思う)、

要求は厳しいです。

「できるねー」って心から思った生徒は今まで教えてきた中で5人いないでしょう(笑)

無理難題を呈して、生徒がこなせない場合には、

もちろん改善策を出しますが、苦言も容赦ありません。

柔らかく皮肉を言います(笑)(人をみて叱責することもありますよ。)

こういった師についていくと、そしてその話だけ聞いていると

普通は不幸だったなとか、外れだったなと思うはずです。

無理難題は提示されるわ、苦言は言われるわ、そのせいで胃が痛くなるわで、

いい思いはあまりしないかもしれません。

しかし、私からしたらそのレベルで音を上げるぐらいならば、

大学でエリートと呼ばれる人にはなれないと思っています。

「これぐらいの要求ならば、全然対応できますよ。」っていう感覚を持って、

且つ精神的なタフさを身につけてほしいと思っているわけです。


今年の生徒はそのタフさが見違えるほど付きましたね。

ちょっとやそっとじゃぶれなくなっているでしょう。

そして、どんな難題が目の前に課されたとしても、

どうしたらよいか判断して、試行錯誤しながらこなせる人間になっているでしょう。

私は英語ができるとか、数学ができるといった科目ごとのテクニック以上に、

そういった自分で困難を切り抜ける力を生徒に所望しております。

そして、その力が自分にとっての最高の道を切り開いてくれ、

学生たちを素晴らしい大学生活へ突入させてくれるわけです。


我が軍は、今ある先の真実のために勉強しています。

その立ち位置から大学受験の切り抜け方を考えています。

その立ち位置から勉強することで、そこから得た結果(大学合格)が

今の生徒さんたちとのこの先の繋がり、

すなわち「人徳」に変化していくように思います。

だから、たとえ失敗しても、それを失敗だと思わずに

次に進もうとできる人間になっていっています。



活きる哲学を持っている人たちは、絶対に勉強しますし、最後に人生的に笑います。

大学受験で成功することで笑うのも、私の仕事上重要なことなのですが、

それでは物足りない。

その先でも笑える、人生における笑いの構造を埋め込んだうえで、笑ってもらいたい。


キツイことが不幸なことであると思えば、

頑張らないで身丈の目標を掲げ、それを達成してください。

それもいい人生だと思います。

しかしわが軍の学生たちは、目標を大きく掲げ、周りに苦言を言われても

乗り越えていこうとするのが真の目標です。


「いいか・悪いかは自分で判断できるようにしよう」

こういった実力をつけようとしているのが、私の教育理念です。


不幸だと思ってくれなかった生徒たちに会えて、

今年度の私は幸せだった。

来年度の連中もこの哲学(うっすーいが)を堪能してもらいたいです。

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cancan
Posted bycancan

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