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雑記

旧帝・医学部受験で勝ち抜くには、説明にこだわりすぎず、覚えることを優先すべき。

GWを皆様いかがお過ごしでしょうか。今年もコロナ禍に見舞われまして、

あまり楽しくない休日になっておりますが、私も同様に連休中は1日8コマぐらい授業をしております。

まあただ、学生の成長がみられるという僕の趣味のような時間が続くのは、うれしいことですが…。


さて、先日ある学生が仮定法の単元でこういう考え方をしておりました。

僕(高橋):「『仮に~でも』っていう、あり得ない未来を意味する仮定法は??」

学生:「あ、if S should V~?いや、あれは低いけど起こる可能性があるからダメだ…

あー if S is to動詞の原形だ?あ、いや、違う仮定法でbe to不定詞の時制を落とす必要があるから…

if S were to動詞の原形だ!!」


いやー、こういう風に考える学生って、本当に素晴らしいと思うんですよ。

こういうことをしっかり考えられる高校1年生には文句がないのですが、

実はこれを様々なモノに対して全部やろうとしたら……まあ軽く10年はかかりますよ。

(ただ、スペックがものすごく高くて高1とか中学生でこういう余裕がある勉強ができるならいいのですが)

そう、これって正直なところまずは

「if S were to動詞の原形であり得ない未来を表す」って覚えてしまった方が早いし、時間のロスが減ります。

覚えられるはずのことなのに、どうしてすべて理由をつけようとするのでしょうか??

そこが実は最上位校へ行けなくしている理由に繋がることがあります。


過去の教えた指導生で、「僕はスタサプの関先生の英語に感銘を受けて、

その通りに勉強したいですので、関先生の通りの説明で授業をやってくれ。

全部理屈をそれなりにつけてほしい」という無理難題が出してきたのですが、それでも半年やりましたよ。

でも、満足いかなかったようで、最後の2か月で成績も伸びず、

さすがにしびれを切らして、「その関先生の手法を1つ1つやっていたら終わらないから、

もっと問題を解くことをしよう!この問題集を1冊を1週間で解きぬこう!」といったら

「できない…それは無理です。ぼくはそういうやり方ではなく、すべてを理解したうえで解きたいのだから、やらない」と

まさかの真っ向からの全否定でした。これは関先生の説明が悪いとかでは毛頭なく、

あきらかに自分のスタイルにとらわれすぎていることと、

本来覚えられるはずの能力を持っているのに(実は非常に聡明な学生だった)、

「覚える・暗記する」という力を封印してしまったことが大きな問題
なのです。



よく、「コアな意味が分かればいい」とか「暗記なんて必要ない」とか

よく教える界隈ではよく1つの言説として言われているわけですが、

多くの学生は「この先生のお話が面白い」

「話し方がうまいから、聞いているだけで入ってきちゃう」

という感想を持っただけで満足して、あとは何もしない……なーぁんてことになっていて、

実際には言うほど知識に残っていないんですよ、どんなに素晴らしい説明を受けても

覚えようとするために行動が能動的じゃなければ。


ご高説だけで本当に覚えてくれるなら、私もそういうことをしますが、

基礎学力を上げる勉強する際にそんな体裁ではまず覚えられませんし、頭に残りません。(てことを私はわかっている)

その知識を別のところで使うなんてもっと不可能に近いですよ。


そして、本来覚えれば済むことに時間をかけて、自己満足な勉強をした挙句に、

勉強する時間が無くなったとか、演習量が足りないという状況に陥るのです。

それでいいのですか???

演習していく中で、ノリが悪い知識を飼いならしていけばいい、いや演習して初めてわかる知識なんて

本当に多いので、全部の説明導入型解釈は時間の無駄です。

全否定ではないですが、1年で7科目をそのペースでやるとしたら、まあ無理です。

もっと効率が良くてちゃんと身につく方法はいっぱいあります。



暗記できない・覚えられないはただの言い訳か、実戦のことを考えなすぎなだけです。

ある程度のところでツッコミを入れていかなければ、生涯で満足のいく人生が今度は送れなくなります。

覚えるは正義ですので、使える説明はうのみにして、とにかく覚えることを昇華していきましょう。

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