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旧帝や国立医学部に軽く受かってしまう傾向がある気質

今年は、今ある学生を中心にきっちりリードを取れる指導ができればいいと割り切り、

受験生はとにかく死ぬほど勉強してくれる学生に専心する形で

(今年はよく勉強しているから課題を渡す量も多いし、細かい指摘も結構多い)

指導をそれほど多くしていないのですが、

色々なタイプの学生が結構おり、日々勉強させてもらっております。


過去にもいろいろな案件を指導させていただきまして、今年で指導歴も地味に17年目になるのですが、

指導をしていると「あ、これは旧帝に行けるな」、「あ、これは早稲田か慶応ならあるぞ」、

「あー、この勉強方法が好きならこれだな」とか、まあいろいろ考えが至ることも増えました。

そして、その一方で自分の指導方針とはまあ合わないだろうなっていう学生は

極力「こういう先生に会うといいね!」と思い切って言っちゃうようにしたり、

どっかの塾に持っていくことということも結構率先してやっております。

(僕は生徒を他に送るときは信頼できる先生にしか基本お願いしないし、

まあどんなに有名どころなり、ネットでちやほやされている実力者でも、

生徒をないがしろにする講師には頼まない。結構ちゃんとしていると思います)


しかし、そういうのを抜きにして、「あー、これは絶対に後々来るだろうな」って

思わせてくれる特性ってあるんですよね。

しかも高確率で「旧帝なかでもどこでもいいっていうなら、まあほぼ100%、

東大京大っていってもまあそれなりに勉強してしまえばうまくいっちゃうかな」っていう学生の特性って

実はあります。そして、これはあまり勉強していないのに、

最上位大学にさらっと入ってしまうパターンの1つでもありますし、

最上位高校とかにもだとそういう集団みたいになっている学校もあったりします。


どんな特性か??

勉強と日々の生活に境目がない人ですね。

こういう人って、少数派ですが、最上位に食い込む一定数がこういう人間なんだと思います。

私が中学生の時にも、「なんでこいつは塾に行かなくても勉強できるんだろうか?」

っていう学生が数名いて、常にトップというわけではないのですが、

基本上位5%にはいるかな?みたいな感じで余裕みたいなものを感じられる人たちがいました。

もちろん私が所属していた中学校は公立中学校なので

私立にいるようなとびっきり天才っていう人はあまりいませんでしたが、

地頭がいい人は顕著だったりして、僕も最初はそういう人なんだって思っていました。

でも、勉強ができる人の中には、もちろん地頭がいい(スペックが違う)は

大学受験や大学に入るとそれが顕著に出るのですが、天賦の才能がすべてっていうわけではありません。

個人的に思うことは、天賦の才能以上に

日々どれだけ「勉強」って思わずに知識をその場で吸収できるか?

そして、それは同時に日々勉強の要素が日々の生活に親によって組み込まれているのか??

っていう環境的な要素はやはり勉強のデキを語る上では重要だなと。

よく本棚が立派な家に住んでいると、

それを手にする機会が多いから自然と子供のころから本を読むようになるから

知識を必然と手に入れることが習慣となるとか言われるじゃないですか。

それって、「本を読むこと」が「勉強」ではなくて、歯を磨くとかゲームをして遊ぶといった習慣的なレベルで

日々身についてしまっているものなんですよね。

今年の学生の一人にも、こういう学生が一人いるのですが、

「僕はものすごく勉強が嫌いだから、できる限りその場で覚えるようにして、

できる限りゲームをして遊べるように、短期的に『勉強』という行為をしないようにするのが僕の生き方。」

と言って、授業ではすさまじい集中力を見せて、宿題は最低限こなして、

仕組みを確実に覚えて面倒な練習をしないようにしている徹底っぷりには感服。

これでスコアが悪いと僕もワーワーいうのですが、ほぼノーミスで教えたことは覚えるし、

少し間をあけた知識を一度忘れても、ノートを見直して、数分頭の中でフィードバックさせれば

おおむね思い出して、反省して、時間がとられないように早め早めに勉強しなおすんですよね。

自分のしたいことを優先するために、「勉強」をしない

義務も果たさずにいるのもダメだっていうこともわかっているわけですが

(このパターンは負けず嫌いな気質も結構いるかもね…開成・灘はそんな気がする)、

まあ日々の生活・人生にうまく組み込みながらこういう人種はうまくやっているなと。

(まあそれでも中1で中3の範囲をほぼ全部終わらせるわけですから、それなりにはやらせてますけど。

指導生の中では相当少ない勉強量でこなしている…多分スペックの問題も大きいが

それでも効率的に勉強している工夫もあるし、自分をよくわかっているのですげーと思っている。

ものすごく大事に英語力を育てたいと思う。)


大学院生とかになると、そしてこういうレベルのことがある程度できないと、まず院生になれないです。

(院生は研究が日々の中心なので、

それと割り切れない学生は大学院には入れても論文を書き上げられないだろうね)

でも、中高生でなかなかこのレベルに勉強を落ち着かせるのは正直難しいのかなとは思いますが、

ぜひとも考えてほしいのは、

①いかに日々の生活に勉強を組み込んで、

勉強する時間と遊ぶ時間のメリハリをつけるか。



②いかにその場で処理して、あとに残さず覚えようとするか。


③いかに無駄なことからも何か知識につなげたり、無駄だと思うことを排除できるか。

この辺のことが日々の鍛錬の中で考えられるように、また実践できるようになってくると、

旧帝や医学部に大きく近づいてくるのかなと思いました。

それでも、現役で旧帝とか国立医学部に行くとなると、事前にやることが多いので、

正直こういう力がある一定レベルなければ、多分無理っす。

だからこそ、中学の時点で勉強ができるできない(スコア的な問題)以上に

覚えることが苦ではないとか、時間の使い方に自由があるとか、

その辺の一種の勉強の座学的なことを備える努力をして、最低限の進度を保ったうえで

高校に入れば、たとえ高校受験で失敗したとしても、大学受験では必ず結果が出ます。


むしろ、反対に中学生の時に優秀だったのに、大学受験でさほど優秀ではない結果になった友人や

指導生って私の周りにはかなり多く

(これは自分が中堅層から早慶に受かったり名大に入ってしまったり、海外を見ているからかもしれないが)、

それって塾で強制的に勉強させられて「与えられたものをその講師の命令のもとにこなしていた」だけで、

それがなくなった瞬間に、実はいうほど勉強の核心を手に入れてなかったということなんですよね。


ま、人生を相対的に考えれば、勉強できるかどうかだけでものを考える時点でやはり視野が狭いし、

勉強ができたって人生が楽しくないとか、苦しいという人もたくさんいます。

ただ、勉強をする中で、勉強が日々の習慣レベルになっていれば、新しいことはすぐに始められるし、

旧帝・医学部に入れるかどうかに関係なく、色々楽になります。

僕はこの見本として僕の前に君臨してくれた師匠がいたおかげで、大学で実感できたわけですが、

正直高校に入る前にこういうことを知りたかったので、

学生にはよく勉強すると「こういう楽なこと」、「こういう楽しいこと」が待っているとよく話します。

まあ勉強して損することはありませんので、それなりに勉強はしましょう。
cancan
Posted bycancan