昨日は久々のoffだったわけですが、あまりにも疲れていたのと、
台風のせいもあり、外にも行けず昨日は家内とご飯を食べながら溜まっていた映画を見る
「映画上映会」となりました…。そんな日もありますよね。
しかし、私はというと、朝だけは血液検査を出していた皮膚科医に行かなきゃと思い、
こういう暇になった日を使って、豪雨の中自転車を飛ばして病院に行ってきました。
その皮膚科医へは友人や家内の勧めもあり、最近新しく通い始めています。
しかし、紹介していただいた手前おおっぴろげには言えませんが、正直ぱっとしません。
少し不安を抱いております。
私自身が元々アトピー性皮膚炎を持っている体質なので、皮膚には敏感だし、
皮膚科医には幼少期から青年期にかけてたらいまわしにされたこともあり、
なかなか皮膚科医を見る目には厳しくなってしまうのですが、うーむ、今回はダメなのでは?
って思ってしまうのです。そこには理由があります。
そして、その理由は勉強のスタイルにも関係してくるのではないか??と
昨日は雑誌を読みながら考えていました。
お医者様も忙しいので仕方がないのかもしれませんが、
やはり紋切り型の対処法ではちょっと思慮深い患者だと「はぁ?」となってしまいます。
私は自分の病状を結構細かく話す方で、医師からしたらかなり面倒な患者だと思うのですが、
それに対して「なんだろうね??」って見解を出せないor●●の可能性があるかもと
可能性の提示をできない医師はまあ論外です。
(講師も一緒で、問題を学生に解かせた後で、ある程度の原因が指摘できない講師はクソです)
そこまでではないのですが、色々な見解を出してはくれるのですが、
結構はっきり「これ!」ってならなくて、しかも患部はあまりみてくれずに私の説明の文脈だけで
判断されているような気もして、少々実戦的じゃねーなって思ってしまいました…。
(一生懸命なところが伝わるので、まあ悪く言う気はないのですが、患部が少し気になる部分なので焦る)
一方、過去に1人だけ、そして埼玉に戻ると必ず1度は診察しておこうか迷う皮膚科医さんがいるのですが、
その方は、患部を見るだけで「あ~~、これね、治りづらいんだけど●●って病名があってね、
抗生物質と飲めばまあ1週間ぐらいで消えるかもだから、それで1週間みてね。
治ったら来ないでねww忙しいから」とかなりぶっきらぼうなのですが、
腕は超一流。アメリカのdermatologist認定されているだけあって、すぐ解決します。ありゃすげー。
こういう方も世の中には地味に存在し、そういう先生に出くわしてしまうと
英語講師同様、医師を選んでしまいがちです。
では、この先生たち何が違うのか。これは個人の見解ですよ。
私が思う「物凄く優れている先生の人物像」って、
「何かを見て、ぱっとわかる。しかもそれなりに論理的に考えられている」というもので、
埼玉のアメリカの学位を持つ皮膚科医の方はそれができるんですよね。
多分、アメリカで学位を、しかも博士を取るぐらいですからきっと物凄い症例を見たり、
治療をしてきたor研究しまくってきたんだとおもっています。
一方、名古屋の先生は、どちらかというと思考型で、文脈でとらえて、
原因をつきとめて手法を出すオーソドックスな考え方で、手順に間違いがないのですが、
やはり実践的な部分では何か欠けるなぁと思ってしまいました。
そう、2人とも決して間違った手法や親切でない先生っていうのではないわけで…!
軽度の皮膚病なだけで、時間が解決してくれるとは思うので、深刻には思っていないのですが、
これを受験であてがってみた場合には、少々状況は違うかなと思いました。
ここで私が言いたいのは、
「ただ論理的に導き出せても、
実践的に対応できなければダメ!!」
そうなんです、最近、こういう学生が多いですよね。
「私・僕はそのまま単語を覚えるとか無理で、何か意味をつなげていかないと覚えられないんですよ」
このセリフ、私からしたら、
「覚えられないので負けを認めます」とかって敗北宣言しているのと一緒です。
単語も文脈がないから覚えられないっていうのは、
単語帳で覚えている限りでは半分はそんな気はしますが、
辞書を調べれば、用例やそれに準じた情報はたくさん載っていますし、
google検索すれば、無数に情報は出てきます。覚えられないは甘えです。
一定数は覚えなければならないってわかっている以上は、
たとえ根性論になったとしても、覚えなければなりません。
「文脈で~」ってのたまうのは、もっと先のレベルの話です。
例えば、小学校4年生あたりで漢字が覚えられないから、文脈で…って読み切ったことがいる人って
あんまりいないんじゃないでしょうか。「漢字、覚えなきゃ」って書き取って覚えたはず。
100歩譲って、漢字を文脈の経験で覚えていくのであれば、相当な読書量を重ねなければならず、
受験という中で闘わなきゃいけないのであれば、丸暗記気味にでも知識を蓄積する必要は
残念ながらありますし、そこを割り切れないでいる人は結果が出ません。
よほどの頭脳の持ち主だったり、継続して時間をかければうまくいくでしょうが、
速効的な力だったり、勢いをもって何かをやり遂げようとする場合には
論理的うんぬんを重視したものはあだとなる場合があります。
論理的に物事を詰むことは、インテリになる以上は大事なことです。
私も授業では内容を細かく説明する側ですが、それを学生が問題を解くときに毎回する、
もしくは私も論理を知っているにもかかわらず毎回その論理を導き出して問題を解いているのかというと、
そんなことはありません。覚えていることを毎回こねくり回しているほど
現代人に暇はありません。覚えたものを使って、その先の世界に飛び込むことは必要な事。
現代の学生は、「考えすぎなきゃいけない」病にかかっていると思っています。
アメリカやイギリスのエリートは、日本のエリートとは違って詰め込みはしないと言われますが、
それは半分嘘だと思っていいです。アメリカ人のエリートの多くは、
自国の歴史ぐらい普通に説明できますし、歴代の大統領ぐらいは大半言えるはず。
イギリスやスイスでは数3で扱う内容、高1あたりでは余裕で終わってますし、
日本が数学大国だなんて言われていたのはほんの数十年前だと思っていいです。
欧米のエリートたちは、試験でその場をしのぐことに命をかけることなんてせずに、
とにかく物事を覚えまくって、それを実践的なお題に基づいて使いまくっています。
お題を乗り越えるためには、膨大な知識が必要になるわけで、覚えずには言われません。
暗記と論理を二極に分断して、全く違うものとして考えている時点からもう間違っているのです。
そこのところを、私は授業ではよくお話をして、覚えることの重要性を説きながら、
ある程度読めるようになるまでの体力作りを欠かさずやっております。
実戦でちゃんと戦えるまで、覚え抜き、論理力をつける!!
引き続き、この夏をうまく利用してもらって、学生に語彙を覚えさせまくります!!