2011
09.09

「負けたことがない」=「あきらめない」

Category: 雑記
私は今、この4か月が自分の人生のターニングポイントだと思っていますが、

正直まだまだ行動に移せていない部分が多く、情けなく思っています。

生徒には散々偉そうなことを言っているわけですが、

最近少々語気が緩んでいるように思えてなりません。

しかし、そんなときにはいつもこの話を思い出して、自分を鼓舞しています。


これは私が大学3年生の時のことです。

以前私が受講していた講義に、

スタンフォード大学の政治学博士の西鋭夫先生が

いらしたことがありました。

まあ知る人ぞ知る、極右の代名詞のような方で、なかなかオーラがある方です。

実は私はこの先生に大学院で指導してもらう予定だったのですが、

いろいろあって、先生に師事せず、私は名古屋に来ました。

まあもうあまり会うことはないでしょうが、インパクトがある先生だったので、

いろいろ覚えています。

そんなゲスト登場でその授業は湧きました。

もちろん一度私もお話がしたいと思い、彼の「日米魂力戦」を抱え、

彼にサインを求めた後に、私は次のような質問をしました。


「先生は、英単語20万語丸暗記したって本当ですか?」


すると西先生はうなずきながら、こう言います。


「辞書丸暗記に決まってるだろ!

お前スケールが小さいなあ!

辞書を覚えないところからすでにお前は負けている…。

単語知ってれば、なんとかなるの!」


西先生の横にいたわが師匠も一緒にうなずいているわけですが、

どうも当時の私の頭の中では「本当に覚えてるのかよ、ジジイ?」

という疑念はなかなか消えませんでした。


でも、きっとそうなんだと自分に信じ込ませて、二言目には


「じゃあアメリカ人の真似すればいいんですね?」


と言ってみると、先生は


「真似ができたらたいしたもんだ。

暗記ができないやつが真似ができるか!辞書の丸暗記してから言え!!!」


と怒鳴られてしまいました。

まあ、私が未熟だったのも手伝い、無礼な質問もたくさんできて、

いろいろな武勇伝を聞き出せたわけですが、この機会はとても貴重なものになりました。

勉強の分野でためになったというよりも、

自分のモチベーションがものすごく上がり、重鎮といわれている人々も、

私が当時していた血のにじむ努力をしていたことを知り、

将来の人物像がぼやけながらも見えたことが、

当時の私にとっては偉大な戦利品でした。



さらにさらに、いろいろ聞くと温泉のごとくいい話が出てきます。

真の努力家ならではの話なので、リアルでもあり、興味深かったです。

そして、当時の私は「英語だけやっていて本当に大丈夫なのか」と

一抹の不安があったのですが、このとき彼に思い切って、次の質問をしました。


「英語だけで天才になれますか?」


すると自信をもって先生は答えてくれました。


「なれる。俺がそうだもん。

英語ができれば自然と情報量が増えるから、なんにもしなくても天才になるの!

お前は、諸坂先生(師匠)の言うことをやっていればいいの。


(私にだけでなく、クラス全員に目を向けながら…)


お前ら覚えとけよ。人生は何もしなかったらすぐ終わるからな。

爺になってからとか、仕事を退職してから何かをやるなんていってたら、

何もしないで終わるからな。

勢いがある今だから物事をやれるんだ。

お前らは勉強してない、頭はよくない、経験はない、体験はない。

でも、バカな勢いがある。この勢いで、すべて変わる。

これから、世界の基準は5年したら変わる。

(これは2005年に言っていたが、マジで世界情勢が一変した!!)

これからの時代を生き残るためには、能力と才能と語学力がある人間にならなくてはいけない。

これらがそろっていれば、世界のどこででも生きていける。

それと、才能がない、能力がないなんて自分を過小評価してはいけない。

お前らくらいの頭があれば、天才になんてなれる。

俺は、大学卒業後にアメリカのワシントン大学にいったけど、

そのとき初めて自分の愚かさを痛感した。

俺は小説を読んでて物知ってるのに、それが英語で表現できなかった…。

だから、その日から1年半睡眠時間4時間で勉強した。

そして、英語を覚えたんだ。そして、このとき初めて人生においての挑戦したんだ。

お前ら、挑戦したことがあるか。

新しい環境に行って初めて挑戦が始まるんだ。

そして、新しい環境にいったときとてつもない才能を発揮する。

挑戦とは、常に自分が怖いところに置くことだ。覚えとけ!」


私はこれを聞いて、人生において引くことをやめました。

そして、それを信じたからこそ英語の知識をまだまだ未熟ながらも、

人並み以上(だとは思う…)の実力をつけられたのだと自負しています。

そして、この話の最後にこう言って、彼は帰っていきます。



「俺は失敗をしたことがない。

失敗ってのは、やりつづけたのものをやめたり諦めたりしたときにあるものだ。」



これはまさにその通りで、やめようと思って初めて自分は敗北を喫するのです。

もちろん、引き際というのも見極めなければならないものもあると思います。

スポーツ選手なんかは学者よりも息が短い職業なので、

また違った見方があるとは思いますが、

「スポーツ選手ではなくなる」=「人生の全盛期の終了」

と思うアスリートは少なくないでしょう。

よって、基本的なものは学者もスポーツ選手もあまり変わらないと思います。



受験もそういう性格があるものだと思います。

ダメだという境遇に追いやられ、

それでもあきらめないで「志望校にいくぞ」と強く思うとき、

その状況を凌駕するために、効率の良い勉強をするために

独自の方法が創造されることがあります。

それの積み重ねでよく現役で合格してしまうというのはザラです。

受験にはある程度時間制限がありますが、

その限られた時間で何とかしよう、あきらめないと思ってやれば、

結果は後でノってきます。


多浪してもあきらめないで自分が納得した大学に入るのは、

社会での「勝敗」では負けまくったように見えても、

やり抜いて結果が出たら、「勝負」では大勝です!

相手に皮を切らせて、相手の骨を断つのです。

そういう「勝ち」に「価値」はあるはずです。



こういう話を聞くと、一歩引く人が多いとは思いますが、

それを信じてやってみようと思うバカさ加減も、

人生を一変させるスパイスになっているように思います。



まだまだ9月です。

あきらめるのは、

勉強しすぎて精神錯乱したり、血反吐を吐いたときでいいんです(笑)

幸い勉強しすぎて死んだ人の話はあまり聞きませんので、

安心して攻めに行ってください!


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コメント
私もその授業にいました。西先生の言葉、覚えています。
dot 2014.01.13 23:40 | 編集
> 私もその授業にいました。西先生の言葉、覚えています。

西先生は正直あまり好きではないですが、すごいとは思います(笑)ただ、私は西先生の力強さよりも諸坂先生の1語1句の鋭さと麗しさに魅了した人間の一人です。諸坂先生の授業の方が印象に残っています。あの日々を忘れません。
cancandot 2014.01.16 22:57 | 編集
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