先日、私は生徒との面談で激怒してしまったのですが、
その学生、「なんでお前はそんなにキレているのか?」っていう顔をしていることに気づいた途端に、
私のその学生への指導熱が冷めてしまいました。
この記事を読んでいてもいいし、予備校の人々に怒られてもいいと思いながら書きますが、
やはり「ただ勉強をやらされているだけの無関心人間」は指導できないし、
塾に来る資格はないと思っています。
お金を払っているからって言っても、
目的を果たしていないのにお金を払っているなんて狂気の沙汰ですし、
予備校側が詐欺師みたいな構図にみえてきてしまいます。
でも、恐ろしいのがこの学生だけがこういう状況ではなく、
こうやって無関心というか「ただ勉強している」とか「言われたとおりに課題をこなしている」
っていう学生は非常に多いということです。
私自身もそういう案件を個別で2件指導しておりますが、
1人はだいぶ改善されてきてもう一人は未だにカードで遊ぶ癖が抜けずにいます。
でも、こういう学生の厄介なところは、やることをやれる根は真面目な学生だということ。
講師のいうことはとりあえずやらなくちゃっていう比較的従順な学生なのです。
でも、課題をやっているだけで中身が「先生に怒られないように」っていうのは、
言ってみれば「外見はきれいでも耐震設計されていない欠陥住宅」と同じで、
いつまでも不安を抱えて生きていかなきゃいけなくなるので、
普通に考えればダメってわかるはずです。
それに気づいていないのは学生的にまずいです。
でも、同時に「それでも別に構わない」っていうことを指導しなかった
その学生が出会った先生や周りの大人も断罪されるべきです。
「断罪」っていうと大袈裟かもですが、
指導したことをやっただけなのに路頭に迷って何一つ身についていない状態にしているのだから、
もはや罪だと言ってもよいでしょう。
教育することって人にきっかけを与えたりその人の人生を変えるのだから、
時にはリスクを負うとか、
叱責して生徒やその親御さんとガチ喧嘩するなんて推測は当然しておかなきゃですし、
それにビビって無難な事だけやらせているのは講師としての役目をはたしていません。
だから、私はこういうことを全部ひっくるめて彼に思いをぶつけたのですが、
久しく「やることだけやらされてきた」学生には簡単には響きません。
勉強は強要するとただのマシーンを生み出してしまうだけなんです。
しかも、その指導者が無能で、機械的に物事をやらせるだけのコピー指導だと、
その無能な講師レベルよりも低いコピー人間ができてしまうのです。
複写的な勉強をさせることはある程度必要な時期もあるのですが、
勉強で大事なのはそこではありません。
勉強で大事なのは、いかにコピーしたものを実世界で扱えるかを変換していくことなんですよね。
つまり、学生の「自主性」「自発性」を引き出そうとしなければならない、
自発性の指摘をガンガンしていかないといけないんですよね。
そして、時にはあえて何も言わないとかっていう手法も取って、
生徒に考えさせなきゃいけないのです。
この指摘は間違っていないと思うので、強く言います。
でも、受験1年間でこの状況を換えて、お勉強で成就させるのは至難の業です。
私は1年しかなければ絶対に指導しない学生ですが、
引き受けてしまった以上は何とかしなきゃいけません…。