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別れがもたらす流れの変化!

今年は私にとって大きな流れが変わった1年になりました。

年末に長年付き合っていた彼女に別れを告げました…。

まあ3年半ぐらい付き合いましたが、結婚に至ることができませんでした。

詳細は授業か飲み会のネタにすることにして、

結果的に相手の親御さんにお許しが出ず、その理由に私の両親が激怒し、

その途中でうちの父が亡くなったこともあり、状況が悪化し、

何かあちら側が変わってくれることを祈っていたのですが、

何も変化がなく、私がしびれを切らし、別れることに至りました。

しかし、何も変化しないで待っているだけの状況っていうのは

恋愛では必要なことなのかもしれませんが、

人生を考えた場合や大きな決断を考えた場合、

もしくは商売で成就する場合には非常に嫌な状況だと言えます。

自分で何かをものにしようとしているのに、「果報は寝て待て」なんて

時代錯誤な考え方ではうまくいきません!

何かをこつこつやり続けた先に大きな結果が見えてくるという意味で、

「人事を尽くして天命を待て」という諺の方が

今の時代にも必要不可欠な教訓なのではないかと思います。

(どちらもほぼ同じ意味だけど、僕のニュアンスではちょっと違うと思っている…

そういう意味で分けてみました。)

ある商売をやってらっしゃる親御さんも私にこんなことを言っておりました。

「先生、商売人はダメだと思ったものはみんな切り捨てますからね。

みんなひっかえとっかえしますから、切り替え早いですよー。

ま、うちの指導を4年もやっている先生はさすが、とりかえられませんよー(笑)」

非常にうれしいお言葉で、いつも感謝なのですが、そう思う反面、怖いです(笑)

でも、摂理としては正しくて、私も指導しても私の力が及ばない、

もっと確実に合う先生がいる!って思ったり、

学生があまり熱心にお勉強しない…って思ったら、

直ちに「指導は難しいですがいかがしますか?」と聞いてしまうときがあります。

もちろんやるっていったらそれは引き受けます!

でも、悪い状況を打開するためには、先生を思い切って変えちゃうっていうのもアリです。

実際に私もそういうことで切り捨てられるときはあります。

でも、それをされて自分が気づかなかったことも見えてくるんですよね。

かつて、慕われているであろう家庭から急遽「指導停止」を言い渡されたときには、

さすがに「なんで?」と聞いてしまったことがあります。

でも、その親御さんははっきり言ってくれました。

「先生の授業に魅力がないし、ニーズが違うからうちの子には合わない!」

これだけはっきり言われるとへこみますが、その反面すっきりします。

やっていない学生にこれを言われてもちっとも悔しくないので、

罵倒する時もあります(笑)でも、ちゃんとやっていた学生にこれを言われると、

「ごめんね…僕は力不足だった」と素直に言えますね…。

そして、その弱点を潰そうとします!

それを繰り返した結果がある程度今を反映しているのかもしれませんが、

まだまだ分からないことだらけですね。

このような別れから、自分の運命が変わることは、生徒にも講師にも起こりうると思っています。

今年の医学部受験組は勉強する集団へ変化しました。

先日の授業後に、授業で一緒になっている連中が

「イディオムやばいって思ったので、みんなで確認し合ってます!」っていう

状況を作りだしていました。格段いつも仲良いっていうわけでもない学生も

その中におり、ある1つの目的を達成しようっていうことが一致すると、

なあなあの集団ではなくなり、きりっとした集団が出来上がります!

まあそれでももう少しへらへら感がなくなれば・・・って思いますが(笑)

非常に理想的な形がみれて、ちょっとほっとしております。


悪習は早く排除しても早すぎるってことないのですよね。

今指導している方々にそれを言われると正直へこみますが、

(今の学生たちに本当に文句ない。みんな及第点以上を出せるほど頑張っている!かもしれない…)、

でも、それでも至っていたいと思われたらこれは受け入れる!

そのスタンスが常にないと、つまり諸行無常ってことを常に考えていないとダメだってことですよね。

今ある境遇に満足せずに、新たなリア充生活を求め、

その流れを学生たちにばらまいて、一緒にリア充でまともな人間になっていこうと

促せるようにします!

私も常に進化を求めなければですねって

ちょっとだけ学生と元彼女に教えてもらった気がします。多分。

そんな彼女と今日は最後の晩餐です…。w
cancan
Posted bycancan

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