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受験生へと進化するために

今日はヘーゲルの哲学書を読んでいました。

すると、彼のホモ・サピエンスについての記述から、

いろんなことを導くことができました。

私の研究に関してはもちろん、受験というか生きていく上で、

人間とはなんぞやって思いながら生きなければいけないなと思いました。


ヘーゲルが意味する「人間」は次のようなことを意味しています。

すなわち、「人間」は自己意識を持つ存在で、

同じような自己意識をもつ「他者」との闘争によって、

より高尚な知や自由や、より発展した市民社会へと向かおうとする存在だと

いうような意味で、彼は「人間」を定義しているのですよね。

そして、この「人間」の闘争過程を「歴史」と考えるのですが、

彼は近代社会が完成してから、「人間」の歴史は終焉を迎えたと宣言する…。

これは非常に興味深い一言ですねー。

そして、この一言からアレクサンドル・コヴェージュという人が、

非常に面白い解釈をしているんですよね。

「ヘーゲルが意味する人間の歴史が終焉した後に、

人々には2つの生活様式しか残されていない。

ひとつはアメリカ的な生活様式の追求、もう一つは日本的スノビズムである。」

そして、前者は「動物への回帰」であることをほのめかし、

アメリカ人をヘーゲル的「人間」とは乖離した存在であることを認めているわけです。

なんでアメリカ人が「動物」なのか。(多分、こう思った人は多いでしょう。)

ヘーゲルのいう「人間」は、前述の通り、さらなる進化の方向性を示しており、

人間が人間であるためには、与えられた環境を否定して、

新たな環境を構築していかなければならないわけです。

しかし、アメリカ的生活においては、

消費者の「ニーズ」が常に欲されて、他者によって満たされるという、

メディアを通じて補完関係ができあがって、

今ある境遇から脱却できないような生活様式ができているという点で、

動物的であるといえるわけです。



この「動物的」感覚を考慮すると、受験生にも言えることです。

立派な大学生(ヘーゲル的「大学生」(笑))になるためには、

今与えられた境遇をよりいい方向へ向かわせるために

勉強をしていかなければなりません。

特に浪人生はこういった考えを強くもって勉強を進めていかなければなりません。

なぜこんなことを書くのかというと、

私は、勉強する時間を有意義につかうはずなのに

浪人生らしき集団のある話を小耳にはさんで、ものすごくイラっとしたことがあったからです。

「今日は授業つまらんから、さぼった。

でも、○○(塾の名前)のテキストをやっておけば、合格できるっしょ。

この調子で第2回の模試は挽回しよう…はははははっ…」

私はこういう本末転倒な話を聞くと、

今もっている生徒や今まで死ぬほど頑張って合格した人々が

バカにされたみたいで、殺意を芽生えそうになります。

彼らは、塾に対する信用を買って塾を行き来する権利を手に入れて

自身の欲求を満たし、

塾もテキストと授業というアイテムで彼らの欲求を満たし、

彼らからお金をもらうということで補完し合っているわけです。

彼らは塾を行き来することで、生活環境がかわったように見えますが、

本質(形式)は変わっていません。

なので、これは完全に無意味な浪人生活を送るでしょう。(あとで気付いてほしいな)

今まで私が見た・今見ている浪人生たちは、とにかく辛そうです。

甘ったれないように私も少々プレッシャーをかけることもありますが、

彼らから「楽しい」という言葉は一言も出てきませんし、

当たり前である反面残念ですが、浪人生活が楽しそうでもありません。


しかし、一歩一歩「人間」へと成長していると思うと、

この苦しみもまんざらではありません。苦行のように思うかもしれませんが、

私は、自分の身をより高みにおこうとする行為は当たり前だと思っています。

(だからこそ、ここでヘーゲルのホモ・サピエンスの話をしてみたのですが…)


夏を迎える前に来週、河合塾主宰の記述模試の結果が返ってきたかと思います。

たとえ結果が悪くても、「人間」へと進化していると思って、

精進してください。きっといいことがあります。


では、このへんで。

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cancan
Posted bycancan

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