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求められると燃えるのが講師。

先日、以前部活の忙しさで指導を中断してしまった学生のお母様から

ご連絡をいただきました。

しかし、学生が夏休みを迎えて、受験の準備をしていきたいという気持ちが強くなったと伺って、

何とか指導したかったのですが、今の仕事量の状況では

お受けできないことを申し上げました。本当にすみません。

お答えできなかったのは残念で、私の努力不足なのですが、

こういうご連絡って私は本当に本当に嬉しいです。

私はその学生に直接何もしてあげられないことを悔しく思うのですが、

あちらが私を覚えてくれていたことで、

私=受験に携わる人間or英語を一応教えてくれる人間と考えてくれたということでしょうから、

その学生や親御さんが本当に受験に取り組もうと思った状況になったわけですから、

(こう書くと私がちょっと自惚れているように聞こえるかもしれないですが…)

私はその受験予備軍生の学生に間接的になんとかきっかけを与えられたのかなと

少々自身の存在意義を感じることができるので本当にうれしいです。

人間って生きるために存在意義を探そうという社会的行為を自発的にかつ無意識にしますが、

今まさに「生きているな」って思えるんですよね。こう思わせてもらえているだけで感謝。

こういう出会いやインスピレーションは大事にしたいです。


学生が覚醒した瞬間をみると、もしくは覚醒しつつある瞬間をみると、

私はなんかその学生に萌えてくるんですよね(笑)(⇒変な意味ではない(笑))

学生のやる気は先生たちのやる気になりますね。

そして、もちろん先生がやる気になっていれば、学生もやる気になってくるものです。

こうやって生徒と先生は鏡のような関係にあり、

互いのやる気が鏡のように反射しようとしない限りは鏡にはもちろんなれません。

講師にはなっからやる気がないのは論外ですが、

講師だって一応人間ですから、相手がやる気がないとか頑張っていないと判断すれば、

生徒を叱責しますし、手を抜くでしょう。

まあそれでも講師は

学生がやってくれると信じながら待たなければならないのでしょうね、本来は…。

(私は気長ではないので、待てない時は学生にやるように強く促してしまうのですが…)

覚醒したかもしれないこの学生の1年後2年後が本当に楽しみです。

是非ともその気持ちを大切にして、夏休み頑張ってください!
cancan
Posted bycancan

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