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食戟のソーマから学ぶ

先週の食戟のソーマを読んでいて思ったのですが、

主人公ゆきひらそうまの設定は生粋の天賦の才能をもった人間というのではなく、

ゆきひらそうまの父に負けまくったことから

自身の実力を補完するために努力をする人間でまとめ上げていたのですねって

改めて気づかされました。

彼はレシピをコピーして頂点まで上り詰めようっていうお話、

私には結構心に響きました。

今週号ではジャンプ漫画特有の展開が待っていましたが、

こういうコツコツ経験で力を手にすることは勉強になります。

そして、「新しい自分らしい料理」を探すのですよね…

(これだとぎりぎりネタバレかなーw)


受験でも同じことが言えて、

本当に努力して結果を出している人は問題集でたくさん負けまくって、

その負けた問題のエッセンスを全力で手に入れ、

自分で再現できるまで力を磨きぬいています。

わが軍の合格者たちの多く、特に今年は(申し訳ない)天才はいませんでしたが、

できないところを徹底的につぶした学生は結果を出してきました。

勝てない相手に勝てないまま時間を過ごし、

対策を練らずにそれよりも強力な相手が出ても勝てるはずがありません。

今年の学生の多くはぬるかったが最後の最後で丁寧に復習していたこと、

そしてそれに合わせて問題をこなしていたことに賞賛を与えたいと思います。頑張った!

(まあまだ受験は終わってないけど、頑張ったとは言い切れる!)

こういう努力を目の当たりにしたり、

努力・努力で無難なスコアで受験に勝ち残っているのを傍から見ると、

なんかいらいらする人っていませんか。

努力を叩きたくなる人は、その人自身が努力不足なんだと思ってください。

というか、多分自分が努力していないことを認めるのが嫌なのでしょうね。

これも漫画を読んでいて、確かにそうだろうなって思いました。

でも、負けを認めないとダメなんですよ。

日本の美学と思われている「負けというまでは負けではない」っていうのが

どこかあだになっているのかな…。潔く負けを認めて新たな道を進むというのは

非常に正しい選択だと思いますがね。

(こういうことを言っていると、ゆるキャラをむりやり押し出して

町おこしして借金をつくりだして

実は破たん寸前じゃないのっていう地方自治に言ってやりたくなっちゃいますw)


真の努力家は人と比べてスコア的にダメだと思うと、

もっと違う努力をしなければならないと創意工夫を施すようになります。

「自分は努力しているのに相手が結果を出しているなんておかしい」って思っている人は、

必ずやっていることのどこかに問題がありますし、

相手の隠れた努力やすでに持ち得ている力を知らないだけです。

努力家はある意味自己中でナルシスト気味なところがありますが、

それでいいのです!

この努力・努力を積み重ねていけば、受験で成功を手にすることができます。

野球選手やサッカー選手を目指しているのではありません。

受験で合格するのが目的なのですから、努力次第でそれなりのところには行けますよ。

東大は確かに狭き門でも、早稲田慶応の定員をみてください!

学部を抜きにしてみれば、多すぎっしょ!ってぐらい

早大生・慶応生になれるんですよ。受験における努力はしておいたほうが

いずれの社交術をみにつけるときにも楽ですし、

社会的ステータスも最低限保てそうですし、今後の勉強にも生きてきます、

努力は。

私はそれを応援することしかできませんが、

努力する学生を創りだすことには長けていると自負しています!

今年も来年もわが軍は努力・努力コツコツ型の学生を量産し、

合格も量産いたします!
cancan
Posted bycancan

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