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心は折れても、迷いに迷っても、今何を選択するかが大事!

この時期になると、精神的に折れる生徒も少なくありません。

模試でも結果が思わしくなくて、時間は刻々と過ぎていき、

難しい問題とも対峙していかなければならないと思うと、

だんだん心が折れてくるものです。

しかし、私は折れていくのであればしょうがないと思ってしまいます。

それは「その人が弱いからしょうがないじゃないか」と思うのですが、

受験は人々に平等に与えられているので、

それも実力の一つ。

受験に対応するぐらいの精神を持ち合わせるのも勉強において必要だと思っています。

勉強をするときは、引けを取ってはいけません。

引くぐらいなら高みを望まない方が幸せです。

中途半端に何かを習得すると、何もしていないときよりも

物事がわからなくなるものです。

だから私は勉強を本気でするかどうか迷っている人にはいつもこういいます。

「やるならとことんやる気でいたほうがいい。

そうじゃないなら友達と遊んで楽しい人生を送るべきだ。

勉強だけが人生すべてじゃないし、

勉強ができなくても楽しいと思える人生はたくさんある」

勉強することでいい人生が待っている保証はありません。

ただ勉強する行為だけしていたって、

自分がどうやって生きるかに影響させられなければ、所詮は知識の持ち腐れで、

それは結局知識とは言えません。

ただ、勉強することで

勉強していない人よりも少々早く

自分が思っている人生に近づくことはできるかもしれません。

やっているからいいというわけではないですが、

やっていない人よりは世界が見えやすくなります。

こういった話は最初から考えて勉強していかなければなりません。

最近の浪人生は、

特にこの深い意味での勉強に欠ける人が多く見受けられます。

ただ、最悪MARCHならどこでもいいや、旧帝ならかっこがつくといったような

うわべの目線でしかものをみておらず、そのための勉強しかしていません。

それは手段だから当然とはいえ、少々下衆な手段です。

手段というものに目が行き過ぎています。

だから、少々結果が悪いとすぐあきらめる、

以前に声明したことをうやむやにするといった行為を、浪人生はしがちです。

(浪人生全員に言ってませんからね。そういう人も増えてきたってことですよ!)


こんな風にならないように心がけましょう。

手段と目的をはき違えないことを心掛けて

人々は勉強をしていかなければなりません。

まあ要は、人生を一変させるとか、勉強するといった類のことは

少々不断の覚悟が必要になってくるということです。



よって、目標を掲げるときは自分の目先の2歩先をみて

決めるべきです。

予測以上に実力が早くついてしまった、

ある事情(悔しい思いをした、ある相手を見返したい、弔い合戦など)で

高い目標に近づきたくなってしまったら、

そのとき何が足りなくて、何をえなければならないか考えればいいのです。

物事は理屈が通らない時もありますが、

順序を追ったうえで考えなければなりません。

それを飛び越して、何かを求めるとその歪みで代償を負うことも。

この恐怖を越えて、人は一時的に強くなったり、

人にいたわりを与えたりできるようになります。


さーて、一歩踏み出せるかは、その人次第。

でも、そう決めて、物事が進んでいってダメだと思ったときは、

私たち講師が叱責するでしょう。

一度決めたことに対しては、

心が折れたときに弱くなるのではなく、虚勢でもいいから強くあろうとしてください。

うわべはきったなくみえますが、

個人的には

その虚勢に人間の数少ない凛々しさが垣間見ることができると信じています。

(シニシズムに関連する見方かもしれませんが…)


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cancan
Posted bycancan

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