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いろいろ読めない人っていますよね。

私が住むマンションに、いつもゴミをちゃんと捨てられない人がいます。

マンションの入り口にある掲示板に分別方法と収集日が書いてあるのに、

その人は頻繁に間違えます。

間違えてゴミを出しているのがわかると、私も癪に障るので、

張り紙をして間違いを指摘するようにしてきたのですが、なかなか治らない…。

(というか、これは管理人がすることでしょうが!(笑))

まったく困ったものです。

それが名大生だとわかった時ほど、ショックなことはありません。

ニュートリノの研究は天下一品でも、

本来、

名古屋ではエリート面をしなければならない(一応プライドはある)名大生が

どうしてこんなに非常識になってしまったのか…。

情けないです、本当に。



さて、私は何が言いたいのか。

ゴミ捨てはちゃんとしよう!ということではありません。

(それは住民の義務であって、当然のことで言うまでもないです。)

掲示板の内容を読み取れないということです。

最近の人は、この読み取るの能力が少々低下しています…。

私も比較的低い部類に入るように思いますが、

今の人はそれを大きく上回るように思います。

活字だけでなく、空気も読めない人もなかなか少なくなりませんね。

逆に空気を読む能力は高くて、全部保守的な行動になる人もいますが、

それもそれで、本当に「読み取っている」能力が高いとは言えません。

なぜかというと、ちゃんと読み取れていないから、

「とりあえず当たり障りないことをすれば問題はない」という行動へ

持っていくだけで、問題解決には至らないのです。

readではなくて、skimしているのですよね。

こういう風潮がどこにでもあります。

例えば、あるIT関連の社長になりたいという青年が

私にあることを教えてくれました。

「先輩、社長になるんだったら1年で1000冊本を読むらしいんですよ!

僕、今頑張って読んでみようと思ってます。」

んー、普通に考えて1000冊はありえない。

雑誌にもこの類のことを言っているが、それは中身が薄い本や

同じ内容に近い本ばかり読んでいるわけで、

それは読書と言えるのでしょうか。

ハウトゥ本は個人的には20~30冊ぐらい熟読して、

自分のスタイルにまとめ上げれば、そんなに読む必要はないと思います。

頭をザルにして本を読むのと、頭を大理石のボウルになっている人の読書では

比較になりません。

もし、ドフトエフスキーの「罪と罰」を2~3時間で内容がわかったというのであれば、

それは今世紀最大の天才か、今世紀最弱のほら吹き野郎のどちらかです。

そして、そういう人ほど良くしゃべる反面、内容が薄い話しかしないのです。

スキミング(skimming)を読書というのであれば、

私は間違いなく1年で5000冊は軽く読んでいます(笑)


このスキミング能力がものすごい能力だともてはやされているがために、

ゴミ捨てといった大事な作業を軽んじてしまうんですよね。

読む(reading)と、(ざっと)読む(skimming)のは違うのです。

後者は受験の英語長文や、国語の現代文で使う能力だったり、

会社で膨大な量の書類を読んだりするときに使うスキルで、

応用しすぎると大事なことを見落とすデメリットもあるのです。


そして、このことが受験でも同じことが言えるのです。

教科書をざっと読んで問題集を解いてもできるはずがありません。

先日、日本の終戦記念日を忘れてしまった例を出しましたが、

これは教科書にちゃんと載っていて、

本来は無意識にでも習得しておかなければならない知識です。

教科書は面白くないかもしれませんが、

我々の知の源と言っても過言ではありません。

そういったものをおろそかにする人は、教科書事項の知識に泣きます。

基礎がないなと思った人は、教科書を引っ張り出して、

熟読してみてください。きっとヒントを与えてくれることでしょう。


この「熟読」を忘れないでください。

熟読できない人は、きっと近い将来大きなミスをやらかします。

大事なのはテクニック的なもの以上に、

意外に忘れられているあたりまえなことなのかもしれませんね。


ゴミの分別表が読めないだなんて……、どうしたことやら、日本の若者よ。

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cancan
Posted bycancan

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