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「何をすればいいかわからない」はタブーなり。

先日、イタリア人と話す機会がありました。

その彼はとっても無礼で、そいつのおかげで

イタリアでの嫌なことを思い出したのでそれを書きます(笑)


3年前に行ったイタリアでのやり取りを1つ。

Dandy(私): Excuse me, My ticket shows I should take No.4 couch in this train.

But it is the restaurant car, isn't it?

Where can we take seat in the train?



Officer: Today's train has changed. So you can seat car No.3.



Dandy: But is it a first-class car, right?


Officer: Today's a second car, sir? (like getting mad)


One passenger in the U.S.:

I have no idea why we can seat in spite of reservation for the car no.4 seat.


さーて、

会話まんまだったので、文法うんぬんはあしからず。

要点はこうです。

電車のチケットには4号車の席に座れと言っているのに、

その電車の4号車は食堂車になっていたために、私たちの席がなく、

どこに座ればいいかわからないという状況に陥りました。

そこで、私は車掌に聞いてみたところ、

どこでもいいから座りなさいとキレ気味に言われ、

なんじゃこりゃーっていう感じになったということです。

実は今回は電車でのトラブルが多発しました。

ダブル・ブッキングやイタリア人が居座って、私が座れないとか…

書いてあるはずのシートがないとか……。

ありえないと思っていたことが、すべて起きました(笑)


日本じゃこんなことはまずありえません。

まあ、あったとしたら日本ではまずすることがあります。

「謝罪」です。


私はさすがに今回のことは問題だと思ったので、

イタリア人たちが謝罪すると思い、少々待っていたところもあったのですが、

一向に謝りませんでした。いやいや、悪口らしきことを言われました(笑)

イタリア語だったからわかりませんでしたが、ジャポネという音は聞こえたので、

多分私のことを言っていたのでしょう。

私も納得しないと日本語だろうが、英語だろうが、フランス語だろうが、

文句をいうことがあるのですが、

添乗員さんたちはかなり気に障ったのだろうと思います。

でも、

詫び一つ入れられない人種は横暴で、どこか美学に欠けます。

ヨーロッパ、特にイギリスには素晴らしい騎士道があるはずなのに、

イタリアにはそれが浸透していないようです。(笑)


アメリカ人が後にブチ切れていましたが、これは当然でしょう(笑)


しかし、もう一つ私が納得しなかった行動を見てしまいました。

同じ問題で、同じ状況に陥っていた日本人旅行者(学生)に遭遇したのですが、

彼らに状況を話しを聞くと、

「ツアーコンダクターの人がお話しに行っている」

と答え、私は同じ日本人として情けなくなりました。

ツアーコンダクターさんにとってはそれも仕事だから当然の行為だと思いますが、

どうして自分たちで事実を追求しようとしないのでしょうか。

もちろん言語の壁があるというのはわかっていますが、

それは私もイタリア語ができないので、

思っていることを正確には伝えられないという点では、

同じ立場にあります。

こういうと、「お前は英語ができるからできない人の気持ちがわからないんだ」と

言いたくなってしまうかもしれませんが、

私はそれは間違っていると思っています。

日本人である以上、英語は最低限の知識はあるはずだから、

片言でも意思を伝えることはできるはずなのに、

彼らはそれを拒否しているのです。

それはちっとも人間的にも、言語能力的にも成長は期待できません。

「間違っていること」を間違っているんだと思っていても言えないのは、

ジャイアンにそう言えないスネ夫だけで十分です。

こういう若者をみると、今後の日本が不安になります。

そして、こういったおとなしくうまく状況を逃れたり、我慢するのが

必ずしも日本人の美学であるというわけではないと気付かない限り、

日本はどんどんいいように搾取されてしまうように思いました。


要は、私からしたら「詫びない」イタリア人もどうかしているし、

「言わない」日本人もどうかしています。

さっき登場したアメリカ人もきっと同じことを思ったでしょう。



このようなことは大学受験でも同じです。

よく「何から手を出せばいいかわからない」という質問を耳にしますが、

それは裏を返せば「私は何もできません」と白旗を上げているのと同じことです。

「何をすればわからない」という前に、

まず自分が持っている教科書や単語帳を一冊網羅して、

それを踏まえてどうすればいいかを先生に尋ねるのが

尋ねる礼儀だと思っています。

一流の生徒は課題を自分で見つけ、自分でそれをこなすのです。

超一流は、課題を見つける上に、その課題を超える問題点まで指摘し、

さらなる課題へと昇華させるものです。

そして、その自分に提示した課題に対して、

もう一度しっかり見つめなおして、ダメだったら謙虚に受け止めて、

正確な課題を作り出すといった試行錯誤をするべきです。

そうしていうるうちに実力はいつのまにかついてきて、

より複雑な問題が浮上してきます。

そのとき、息詰まって初めて身の回りの先生に質問できるのです。

やらずに質問するのは、やめましょうね。

回り道をして、それが実は近道だったということは結構あります。

高村光太郎の「道程」のように、歩いた道が自分の道になるし、

アントニオ猪木の「道」のように、行けばわかるのです(笑)


1、2、3、だーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!


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cancan
Posted bycancan

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