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大学なんて必要ないぞーっていう風潮が続いていますが……

大学は不必要!?

さて、ホリエモンと茂木さんが「大学なんて必要ないじゃん。既得権益の塊じゃん!」

と言っておられましたが、うーん、その通り。大学の意義がどんどんなくなっております。

最近優秀な人の傾向ですが、大学などにはいかず

株やってお金を儲けて、ディーラーの世界へまっしぐらだったり、

自分の会社を立ち上げてシリコンバレーとかに乗り込んだり、

世界中を旅して人生観を演説したり、講演したりするパターンが増えております。

私は大学に入ってよかったと思っていますが、

なぜよかったかというと、その大学にたまたま「諸坂」という先生がいただけで、

大学にありがたみをもっているというよりも、

その先生にお会いできたということにありがたみをもっているわけなんですよね。

そう、勉強して中身を手に入れるというよりも、私が思う大学の機能って、

「日本で動きやすいパスポート的な証明」でしかないんですよね。

特に文系なんて東大か京大以外はあまりかわらないっす。

まあ早稲田慶応なら日本人なら名門だと知っているので、

ちやほやされたり、それなりの信頼を日本社会的に勝ちとっているので仕事を回してくれたり

そういうブランドとしてしか機能していないんですよね。

あと、大学の機能として挙げられるのは、

ホリエモンや茂木さんのお話にもあった「居場所の証明」でしょうね。

大学に入っているだけで、楽しいことは結構ありますし、

手っ取り早く友人やグループをリアルに作れますよね。

ネットでグループを作れることを言及しておられましたが、

それでは満足できない、

人との接し合いでしか得られないものをネットだけでは一生得られないので、

「リアル」を提供してくれる場として大学は機能しているのかもしれませんね。

医師免許をくれるとかもこういった「リアル」を提供してくれるレベルでしょう。

でも、本来これは大学の特質でもなんでもないのですが、

今ではそれを特筆すべき特徴としてあげていかないと

大学の存在意義が脆弱にみえるのでしょう。

とまあ、論文も自分で検索して読めるし、本はいろいろ出回っていて不自由しないので、

大学でやることっていえば、……うーんなかなか難しいですね。

私は名古屋大学でスウェーデンと同じような体験ができると期待していましたが、

なにもありませんでした。どちらにしても自分で全部動くのが当たり前で、

指導教官はほぼなにも教えてくれなかったのが現実。

多分、「こいつは研究職でやっていけないから、

とりあえず論文acceptさせて卒業させればいいか」

ぐらいにしか思っていないでしょう。

今の私は、「論文だって別に大学に所属してなくたって書けるわ」って思うようになり、

日本の大学にもはやなにも期待してないので、日本の大学には入りません。


それを分かっていて、大学受験指導するのは最近どうかなーって思っております。

こう考えるようになってから

大学受験の枠だけで英語の指導を考えることだけはやめるようになりました。

大学受験で乗り越えるための効率性はたしかに追求しますが、

指導の中で大学の在り方をしっかり見せてあげる、伝えてあげるのが

大学受験指導者のちょっとした義務なのかもしれません。

「大学に行っても、いっただけでは何も変わらない。

何をするかというビジョンは持ったうえで大学にいって好きなことをしなさい。

最悪、英語が使えて自分の専門と言えるものを実践的に使えれば

くいっぱぐれはないから。

会社に入ろうってリクルートや就活集団にまみれてやっているヤツは負けだよ。

できるやつにはちゃんと声がかかるからねー。」

っていうのが、我が軍の文系大学に通う学生によく言っていることです。

大学受験指導もやはり詐欺集団といわれても仕方がないのかなーって悲しくなる時もあります。

でも、英語の勉強をたくさんしたい、人生を変えたいと思う人だけに

私は指導しているつもりです。そう割り切って、また指導していこうと思います。
cancan
Posted bycancan

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