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バックグラウンドの有無で、英語の読める読めないが決まることがある。

先日、授業で扱った問題です。名大の過去問です。さて読んでみましょうw

At the center of the nineteenth-century commercial world, Victorian London was perceived by Continental visitors as combining the extremes of urban life: it had fabulous squares and parks, yet appeared to be dominated by cold and mechanical industry.The theme of industrial modernity captured the tourist imagination, sometimes overshadowing London’s monuments and cultural accomplishments. As London offered a vision of a potential industrial European future, the Continental visitor found London an unsettling experience. Its conservatism, privacy and individuality were depicted as representative of the British political economy, the unique blend of free-market capitalism, governmental non-interference and personal liberty that was to be found nowhere else in nineteenth-century Europe. Thus, Louis Énault could claim in 1859 that London was “the head and heart of the nation.”

A strong current of discontent is evident in the tourist writing between 1840 and 1900, centered on the theme of urban modernity. Continental visions of the city therefore suggest a differentiation between types of urban modernity. The more technologically orientated sites of progress ― railways and gasworks, for instance ― represented only the most obvious and intrusive results of this modernity. On the other hand, London’s cultural products ― which were perceived as being influenced by the British Empire ― were praised highly as indicators of civilization and splendor, being necessary to refresh and advance the city’s pool of intellect.

The perception of modernity as being divided into “industrial” and “cultural” streams, and the rejection of the former in the case of Victorian London, has its roots within patterns emerging in nineteenth-century urban tourism. As industrialization contributed to the death of the romantic landscape of the early nineteenth century, the idealized imagery of the sublime was replaced with rather brutal representations of urban life of the 1840s. For Continental visitors, London ultimately signified the onset of an uncertain and anxious future of steam and steel. In this respect, as Andrew Lees has argued,Britain was useful as a “social laboratory”; the country manifested “processes and problems already evident to a lesser degree or soon to make their appearance in other countries as well. It was a vast experiment that might instruct and benefit foreign as well as domestic observers.” Many of those who wrote about London were present there in order to represent the British capital to their own audiences, as a way of comprehending the coming changes. It is no accident that they were journalists, authors, and travel writers, all of whom had an interest in understanding the human condition and the challenges of industrial modernity.


どうでしたか。1段落目で「もういや!」って思った人、名大には行けません、多分。

3段落目まで読んだ人、とりあえず受験資格はなんとかあるでしょう。

でも、内容がちんぷんかんぷんだった人はこれからしっかりお勉強しましょう。

さて、この英文のおおざっぱな主題が取れた学生…素晴らしいです!!

おそらく名大の中ではトップクラスに難しい英文だったでしょう。非常にキツイ英文でした。

ちなみにこれはまだまだ3分の1ぐらいで、この量の英文があと2ページ続きます。

名大は落ちぶれた旧帝とは言え(私はそう思っているが)、

それでも入るのもなかなか大変かもしれないって思う大学かもしれませんねw


さて、今回は産業革命の話って割り切った話だと捉えてしまったら、

それは少々間違いで、

これは産業革命がもたらしたmodernityに対する批判論だと見えてほしいわけです。

しかし、残念なことにわが軍の学生たちの多くが産業革命に関する知識が乏しくて、

「産業革命って最初アメリカで起きたんですよね?」ってしたり顔で答えていたのですが……

いやー、すごいですね、今の学校教育の燦たる結果は!(笑)

(私の理科もこんなものでしょうと苦笑いw)

英語ができる学生でさえもこの英文をちゃんと読めた学生は少数でした。

というか、今年は東大京大に行ける学生はいなそうなので、

知識あふれる答えはなかなか出てきませんでした。(真面目で秀才が多い!)

さて、でも受験に知識あふれる答えを出せないからダメだってことはないのでご安心ください。

要は一文一文がわかれば、それなりに読めてしまえばいいわけですが

それでもある程度のバックグラウンド(背景)知識を入れる努力をしてほしいです。

医学部の学生でしたら、医療ネタや理学理論ネタを読んでいないとダメですよね。

言語学部でしたら、言語ネタが多く出題されますから、

最低限の世界史や日本史は大雑把でも頭に入れておかなければなりませんよね。

英文が難しいと思うかどうかは、構文が厄介で英語が高級であることで決まるのもありますが、

それ以上に書かれていないのに前提内容がありすぎて、

それがわからないから何を言っているのか、訳せるのにわからない!ってことで

決まることだってあります。

例えば、英文で出てきたContinentalという語句。

これはイギリスに対しての「大陸側の」って意味ですので、

フランスやネーデルランドのことを指しますよね。

って具合に内容が見えてこないとわかりませんよね。(だから大文字なのかってのもわかりますね)

私の授業は英語の読み解き方はもちろんのこと、

こういった背景知識の話もたくさんしております。

医療ネタも話をするために論文を読むようになりました。

だから、現代医療の話や介護の話もしますよ。

というように、臨場感をもって英語に触れるというのも英語教育では必要であると思います。

こういう意味では、私は文法がっつりな言語学者みたいな英語の先生とは

少々違っているかもしれませんね。

ただ、授業をする時は英語の話をするときと、この背景知識にまつわる話をする量のバランスが

ものすごく難しいです!

後者が多くなれば雑談ばかりになり、英語の授業としては大失敗になりますからねw

ちなみに、先週やったクラスではあまりにも歴史を知らん人が多かったので、

ほぼ雑談というか社会の授業になってしまい、反省しておりますw

英語力を見極めたうえで、英文をチョイスするのも私の役目ですよねって

再認識させられましたwでも、頑張ります!
cancan
Posted bycancan

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