2015
05.23

違うステージで闘う選択肢もある。

Category: 雑記
受験というのは向き不向きがはっきりするイベントで、

スピード勝負できて、ある程度のクオリティが保てるのであれば

きっと制することができるものだと思っております。

でも、不幸なことに、

熟慮して理解を重視しすぎる人にとってはセンター試験は

苦行でしかないわけで、時間に追われて精度を欠き、勝負にならないこともしばしば。

(フランスのバカロレアみたいな

数時間要するテストとかも日本で作れないのかなーって思います。)

しかも、人生の一発勝負なので、なかなか苦悶できてしまう

センター試験というやつは本当にやっかいです。

そうとはいえ、人間慣れてくるとスピードには対応できるようになるわけで、

2浪ぐらいすると、うまくやれば90%は取れる人もちらほら出てくるはず。

だから、高1ぐらいから準備していれば、90%を現役の時点でとれる学生も

沢山いるとは思います。

でも、それだって結構至難の業で、スピードを解決できない人も結構いるはずで、

それさえなければとうたかたの願望にすがる人も少なくないでしょう。

さて、このいう葛藤があるわけですが、人間何度も入試をやってもいられません。

先の人生もあるので、受験ごときに人生の足踏みなんて簡単にはできない。

浪人するならそれなりの犠牲を要すると覚悟をしなければなりません。

でも、「スピード」…うわーーー無限ループ。

こういう風に陥っちゃったら、次のことを1つ考えてみてください。

「この受験というステージでは自分の力が発揮できない。

別に大学は1つではない。手ごろな自分が最善を尽くして、

運命がそう委ねたところへ行きましょう。違うステージで闘うことを考えればよい。」

私が選んだ選択肢はこれでした。

もちろん、早稲田に受かったり、京大の大学院に受かったりと

選択肢を手に入れられたわけですが、

それでも私は別に今のステータスで困ったことはありません。

むしろ、名大出ていればそれなりに日本の権威の中にすいすい動けるので十分。

東大程の社会的な信用はなくたって、信用はそれなりに作れます(笑)

現に東大卒じゃなくても、普通の講師並みにご飯を食べるほどの需要はありますので、

これは本当に幸せなことだと信じて疑いありません。

あるステージで、何度もできないことに対して、社会的地位を手にするために固執して

留まっているのは、私は結構時間の無駄だと思っております。

そして、ある程度見切りと実力がさらされたら、さすがに世間では大人なのですから、

時間や年齢を考えてなすがままに行くことも必要ですよ。

例えば、3浪しても自分のやりかたに意固地になって、

聞く耳持てない人がいれば、それはよほどのイノベーションがなければ

何も変わりません。仮に大学受験でうまくいっても

その先で人生が詰むことだってあります。たまに医学や薬学部へ行ったのはいいが、

あまりにも授業がきつくて耐えられず、一方で友人関係が充満して

勉強に手がつかなくなり、留年、

そして退学への道を歩んでいる人も少なくありません。

せっかく一生懸命?、もしくはお金をかけてはいった医学部なのに

それを子供に棒に振られたら親御さん的には笑えません。

無理矢理入るのであれば、もう大学へ行き、他の知識を溜めて、

社会を知った後に医学部へ行くことだって考えていいと思うんですよね。

今年の名大に行った学生をみていて、

そして大阪府立大学へ行った学生をみてそう思いました。

名大へ行った学生の1人は大学を卒業してから医者をめざし再受験した学生で

数学や理科を極め、自分がいた学部の勉強に違和感等があったのでしょう、

色々な葛藤のなかで、やはり医者を目指す!ってなったのですから、

やる気や覚悟は人一倍でしょうね。

もう一人の大阪府立大学へ行った学生は、

残念ながら医学部へ行けなかったのですが、

行けるなんて思ってもみなかった難関大阪府立大学に受かってから、

「やることが違うけど、一度勉強してみて、それでもやはり医者になりたいと思ったら、

大学を出てから勉強しようと思います。今はものを知らなすぎて、

医学部予備校を離れてからわかったことも多かった」

と言って、府立大学への進学を決断しておりました。

こういう選択肢が容易に与えられないのが日本のダメなところ…。

こういう他の道もあるんだとわかっていれば、

本当に医師になりたいとか、弁護士になりたいとか、

公認会計士になりたいのかなーとかって熟慮できるんですけどね。

時間と自分の力量といろいろな職業について

学生にもっと学習してほしいと思うこのごろです。
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