2014
12.31

今年もどうもありがとうございました。

Category: 雑記
現在新幹線の中でこれを書いております。

今年は例年以上の様々な出会いと大きな別れがあり、なかなか忙しい一年でした。

父の他界は本当に予想外で、いまだに実感していない部分がありますが、

これは本当に心の支えがなくなったという意味で大きい変化でした。

でも、母とお話をして、「この父がいない1年目はガンバロウね」と誓い合いましたので、

来年も前を向いて自分ができることを着実にしながら精進していきます。

様々な方に支えられての私なので、これからもよろしくお願いいたします。

来年もよろしくお願いいたします。

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2014
12.30

ちゃんとやれば雑談してても実力は上がります。

Category: 雑記
私の授業は相変わらず世間話と雑談が多いです。

まあ私としては漫才や寄席に近いテンポで授業をしたいというのがあるのですが、

傍から見ると私の授業はとても勉強をしているようには思えないようです(笑)

でも、いいですか、今年は金沢医科のAO、藤田推薦6名、愛知医科推薦10名

早稲田の指定校推薦4名、慶応の指定校推薦1名……結果は出ています(笑)

高校2年生~中1までの定期テストや英検や実力模試……

一応実力的にアップしているのが当然だと思ってください。

勉強って、その与えられた時間に無理やり問題を取り組むことがすべてではないのですよ。

我が軍の学生のなかで、時間ばかり費やしたって、「英語が苦手だから」が口癖な

学生は英語がちっともできるようになりません。

勉強で大事なことは、

「勉強をしようと思う意志」

「なんだかやっていて楽しいなっていう高揚感や知的満足感」

そして、「自分はまだまだぬるいという危機感」

です。

この3つが備われば、どんな授業をしても、一定の説明をして、

興味をそそる話を組み込めば、学生の大半は成績を上げてきます。

勉強ができない学生の大半は、「勉強が嫌いなので…」と出だしで言います。

正直ここで私が思うことは

「じゃあ嫌いならやらなければいいのです…」ってことですよ。

でも、そう言っていると人生が詰んでしまうので

危機感をあおってまずは「やらなきゃならない」ってことを植え付けないといけません。

前を向かなきゃと思って初めて、楽しいかどうかを判断できるわけです。

ここから、私達講師の実力と話術がものを言います。

危機感とやろうっていう意志があれば、あとはいかに楽しめるかですので、

その楽しみを知的に提供するのが予備校講師であり、家庭教師なんだと思っています。

予備校講師=an intellectual entertainerぐらいで考えていてもいいかなと。

まあそれでも真面目にオーソドックスにって思うのでしたら、私はあまり向きません。

強制的にでもやらせなければならないっていうお考えの方や

親御さんのものすごく強力なエゴイスティックな野心全開の育て方をしている方とは

お話が合わないのでもっと優れた先生にお会いできることをお祈りします。

先日、塾に行ってもなかなか成績が上がらなかった高1生が

夏の指導を8回やっただけで、9月末の実力模試で偏差値15アップさせていました。

やることをもちろん指示しますが、授業は精神論と雑談が3割もあったように思います。

一応授業はしますからね、英語の(笑)構文とかすべて公式等教えますからね。

例文やイメージの話が面白いんだと、学生からは思われているのでしょう。

勉強をいかに勉強だと思わずに、楽しめるかを考えるのが私の授業スタイルです。

年の瀬を迎えました。早いものです。来年はどんな学生に出会えるのかと考えると

やはり来年も楽しみで仕方がありません。
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2014
12.29

こういう努力が必要なんですよ!

Category: 雑記
さて、みなさん、わが軍のある学生はこんなことをしております。

百聞は一見にしかず!!

IMG_1733.jpg


この学生は正直申し上げて英語はまだまだ不完全な出来ですが、

こういう努力ができる学生こそが近い将来人生で必ず笑えるのです。

日本に来ている外国人がやることもまずは単語を覚えることです。

私の知っているスウェーデン人で日本語を勉強していた友人も、

お料理で使うようなサラダボールに大量の英単語カードを入れて、

手でかき回して、常に単語のチェックをしながら、その覚えた単語を実用していました。

言語学習は地道な努力がものを言います。

どんなにアメリカやカナダに留学をしたとしても、

その現地で覚えたものを手探りで使うよりも、

日本で死ぬほど英単語を覚えて、覚えたものをとりあえず使っていきながら

使い方を学んでいくほうが数千倍意味があるし、

様々な状況で英語を使用できるようになります。

我が軍の学生には帰国子女が数名いますが、

確かに読みや英語のセンスは大したものですよ。でもですね、

自分が英語ができるという自負心が邪魔して、新しい文語的な表現を

覚えないで結局1年を過ごした学生が大半です。

彼らは実際に実力を落としていないと思っているかもしれませんが、

日本にいて努力しながら英単語や文法を覚えない帰国子女たちはどんどん実力は衰えます。

日本で努力している意味ってあるんですよ。海外に行くだけが答えではありません。

こういう写真のような努力ができる学生を指導できるなんて、私は幸せですね。

こういう努力をしている彼はまだまだ英語力としては不十分ですが、

私が必ずや世界に通用する英語力を身につけてあげましょう!腕が鳴りますぜッ!(笑)

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2014
12.28

歳をとればとるほど限界を感じる。

Category: 雑記
さて、私も来年の3月を迎えると30歳になります。早いものです。

先月、高校の時の友人の結婚式に行った時も思ったのですが、

その時に会った高校の時の若々しく罵っていた級友が老けこんでいたのをみたときには

まったく驚く以上に、時間が経過した後の老化速度がすさまじいのと、

時間は本当に止まらないんだなって思いました(笑)

高校を卒業してもう13年ですか…やはり、月日が経つのは早いですね。


さて、先日ある先生も「もう40になるんだけど、できることは縮小していくね」

っておっしゃっておりました。全く持ってその通り。

今の私に、高校の時のような

バリバリのテニスの前衛パフォーマンスをやれと言われても無理でしょう。

ジャンプしてボレーとか、スマッシュとか、全力疾走するとかまず無理です。

死んじゃいます(笑)階段を2段飛ばしで上るだけで息切れを起こすのですから、

それこそ父のように心筋梗塞でこの世を去るでしょう…(笑)

そう、歳をとることは残酷なことが多く、できることに制限を与えられてしまいます。

特に肉体的、身体的なことの制限は厳しくなりますよね。

でも、切羽詰められている状態で限界がどうのこうのって言ってられません。

私は気持ちがあれば、断続的なある一定の期間限定かもしれませんが

無理してでも何かをやり遂げられると思います。

その気持ちが特に今みたいにぎりぎりな時期で、

しかも身体的な問題ではなくて、勉強に関する精神的なレベルであれば

やり抜ける・抜けないどうこうで悩んでいるのであれば、

学生や社会人はどんなに頑張ってもうまくいかないでしょう。

この経験を今後に生かすということも考えたうえで、今こそ

「苦労は金を払ってでもしろ!」だと思います。

ぎりぎりまで頑張りましょう!歳をどうこう言うのは、ずるいぐらいに思ってこそ

受験を突破できます。
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2014
12.27

この時期に文法と品詞がわからないと正直致命傷です。

Category: 雑記
12月まで難関大の長文をアレンジした読解や過去問を用いて長文読解をしながら

ずっと突っ走ってきました。

多くの学生たちがロジックを掴みながら読み込むことができるようになってきました。

これはいいことなのですが、それに反比例して文法がまたおろそかになってしまいました。

本来は英文法をもっと意識して読んでいれば、文法の実力も極端に落ちないはずなのですが、

中には、文法と長文は別問題として捉えて、関連させずに勉強している人もいます。

英語なのですから、単語も文法もそれなりにバランスよくできるようにならないといけません。

アプローチは確かに異なるかもしれません。長文をたくさんやってきた学生は

文法の知識よりも英単語の知識やロジックや接続詞の解釈が豊富かもしれませんし、

文法ばかりやってきたら、構文や文法の細かい語法の知識を問うものほうが

強いかもしれません。

しかし、学校によりますが、多くの私立大学の入試問題は

文法と長文が50:50または40:60ぐらいではないでしょうか。

国立ぐらいですよね、長文メインの出題をするのは。

それでも、文法がわかっていることを確認するためにしっかり和訳をさせますよね。

そう、どちらかが極端にできなければ正答にはたどり着きません。

受験英語は日本語にも、英単語の知識にも、基礎文法にもそれなりに

できるようにらないとスコアになりません。

講師の中には、文法はそれほどわかっていなくても

国語力で解釈できることもあると言いますが、

それはよっぽど読解力に長けているからできる芸当で、それに頼ってはいけません。


さて、12月にそんなことを言っていてもどうにもならないのですが、

この時期に文法ができないとなると、基礎的な英単語が見えないとなると

もうそれは正直致命傷です。

例えば、seemの意味が分からん+用法がなんとなく思いつかないのは、

かなりやばいです。(医学部受験で英語が苦手だと結構いますよ、こういう学生。)

もし、今ブログを見ている学生で、「しまった、自分はこれに該当するかも!?」

ってひそかにでも思った人は、早急に知識インプット型に切り替えたほうがいいです。

覚えれば点数になる学校は結構あります。



英語を得意科目にするためには、

早い段階で英語の文法や語法を終わらせることができるかどうかです。

特に現高2生の皆さんは、今からでもいいですから

英単語と文法書や参考書を一冊終わるプランを立てて勉強してください。

8月末にある程度文法が終わって、しっかり覚えられていれば、

英語は得意科目になる可能性もあります。まあ足を引っ張ることは少なくなり、

いいことづくしなので年内に始めてください!
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2014
12.25

受かるムードとは?

Category: 雑記
この時期に必要なムードがあります。

デートをする時でも、セックスをする時でも、飲み会をする時でも、

ムードは大事ですが、例外なく受験にも受かるムード(雰囲気)があります。

それがない塾や予備校って実は結構あったりして、

家庭教師だとさらにそのムードをつくりづらくなったりします。

じゃあ、そもそも受験に受かるムードってなんぞやと思った方は

とても多いと思います。

それはいったいなんでしょうか?

実は私もよくわかっていません。でも、雑感ですがわかります。

一つ言えるのは、先生のやる気が生徒に伝播することです。

しかし、この伝播はただ自然に行われません。

精神の例ではないですが、こんな伝播の仕方があります。

15世紀ごろ、ヨーロッパにはまともな陶器というものがなく、

駄作しか作れなかった時代があります。

しかし、15世紀と言えばヨーロッパよりも

極東の漢や明という時代の中国の方が大きな発展を遂げており、

無論アジア人は茶を煎じて飲むので、

陶器の改良は人一倍敏感になっていました。

それがある東欧地方に流通したことを皮切りに、

結局ヨーロッパ全土に普及して、中国から手に入れたものよりも上等な

独自の陶器(デンマークのロイヤルコペンハーゲンの原形もここにルーツが…)

を製造してしまいました。こういうのを伝播模倣と言います。


なんで、こんな回りくどい例を用いたかというと、

私は雑感ながらこの模倣の仕方は、生徒の実力を生成する上で

必要だと考えているからです。

残念ながら英語の実力や感覚をそのまま伝播させるのは難しいです。

そして、英語などの勉強科目ではなくて、

ただ周りが受験勉強をし始めたからと言って

受かるムードをつくれるというわけでもありません。

それはただ周りが受験を意識し始めた緊迫したムードに飲まれているだけで、

決してそれに乗っかれば合格するのとは大きく異なります。


受かるムードとは、勉強のレベルで言えば、

1、今まで手に入れた知識がどの形式の問題になっても

  極端にできないということがなくなること

2、模試のスコアに極端な波がなくなること。

3、模試を受けた後や過去問をやってみて、全然できないが、

  何をやればいいか寸断が付き、すぐに取り組もうという意欲がわくこと。

4、他人のスコアが全然気にならず、「自身のことをやるだけ」と
  
  槍のような人間になれること。

5、先生にどうしてもわからない問題以外の質問をせずに自分で解決するように努力し、

  黙々と自身と戦っていること。


雑感ですが、この5つがほぼ該当するなと思う人は、

受かるムードを持っていると思います。

しかし、こういうムードをつくるきっかけを与えるのは、

実は塾・予備校全体、または家庭教師など教師側、そして親御さんから

提案してあげなければなりません。

もし、受験生の成績がこの時期に悪いままの場合、

もちろん先生は締めに行かなければなりませんが、

その反面、雰囲気を悪くするような状況をつくってはいけません。

とにかく、前に進もうといった具合で話を進めるようにして、

できなかったところの復習に徹して、

悪いことを忘れようとする努力をしなければなりません。

生徒が悪い成績をとって、叱って悪いムードをつくりかねないなという状況で、

見守るという行為も、どこか流動的で、逆に生徒が

「こいつにはもう私の成績を上げる策がないんだな」と思われてしまいがちなので、

逆効果だと思います。

講師もケアが非常に微妙なところですが、やはりそれを加味して、

全部計算しつつ生徒の成績向上を考えていかなければなりません。

名古屋ですと、今は富士学院とかは雰囲気がよいですね。

受かるムードを全開にしているように思います。

先生も生徒も結構生き生きとやっていますし、生徒も結構楽しそうです。

(ちょっと学長と教務の方に御呼ばれされて、行ってみたらこう感じました。)


わが軍もムードを持っています。上位5人はもう臨戦態勢に入っているので、

いつ受験しても合格できる状態です。

そして、その勢いに乗じて、その影を追うようにして、

他の人々も死ぬほど勉強して、なんとか追いつこうと精進しています。

このムードの神髄は、何をするかという方法論よりも

どういう気持ちでやらなければならないのかという精神論が

先にきて、受かるムードができあがると思っています。

なかなか定義できず、印象論が強すぎるのですが、

成績が良い人を見る限り、上に挙げたことは必ず当てはまっていると思います。

そうなるためには何をするかを考えてみると、

おのずと答えも見えてくる……のではないだろうか。

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2014
12.24

小さなハッとする体験が,問題を解くスピードをかえる可能性。

Category: 雑記
池波正太郎先生が生前お寿司屋さんのいろはを書いていたエッセイを

読んでいたのですが,

そのお寿司屋さんの敷居が高いかどうかってのは,

そのお店にテーブル席があるかどうかで決まるという話をしていて

はっとしました。なるほど,テーブル席でひっそり頼めば,上寿司とか特上寿司でも

食べるべき量は何となく決まっており,まあ高くても1万円しないぞーって気になるので,

安心しますね。

テーブル席がある=寿司桶(皿)の範囲内でみつくろってくれるから安く済みそう。

こういったちょっとしたことを,池波先生は「男の作法」というエッセイ集の中で

書いており,大変興味深いです。(食べ物の話は好きなので特にそう感じます。)


さて,こういった物事への目線が鋭いのは素敵だなって,私は思います。

物事をしっかり把握し,自分の処世術に昇華しているわけで,

そりゃ「銭形平次」とか勘が鋭い人間を描写できますよね。



さて,そんなことが受験でも同じように言えるわけですよ。

どんなに物事をやっていても,課題をやっていても,

その中でテーマがあったり,目標があったりするわけで,

それがすべて欠けてしまえばただの徒労に終わります。

池波先生だって何かを考えようとしなければ,

お寿司屋さんの出来事もみな思い出になるしかありません。


物事を何かセオリーだてて,自分のものにする(処世術に組込む)ためには,

小さな手がかりをも取りこぼさないようにすることなわけですよね。

そして,それを反復することなのです。

お寿司屋さんのいろはだって,何回もまた色々なお店に通って初めて

何かに気づくわけで,いきなり何かにハッとするわけではないわけですよ。


これまでちゃんと問題集をこなしてきた学生たちは,

この小さな手がかりからセオリーを自分なりに見つけることに

時間を費やすことでしょう。というか,そうした方がいいです。

センター試験や各大学の問題には必ず元になっている考え方があり,

そこを聞いてるのよね!ってのを掴んでしまえば,対策もおのずと分かってきます。

少なくともセンター試験の英語は全部読まなくてもできるようになっていますし,

あることに気づいたりしていれば,80分のところを60分前後で解くことだって可能です。


それを近々お話しできたらと思います。

今回は「出題者は何を考えているのかを読み取ろうね」っていうことをメッセージにして

徒然書いてみました。
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2014
12.23

人に教えるものは2つのうちどちらかで、私はこれを教える。

Category: 雑記
私は学生に何を教えているのだろうと迷う時があります。

もちろん英語を教えているのですが、日本で英語を教えていると、

本当に「英語」を教えているのか?

いや、教えているのはただの翻訳技術に過ぎないのでは?

と自分を社会的に貢献できているのかどうか不安になることがあります。

特に学生に教えたことが、学生の脳に蓄積されてないとわかると、

「あー、やはりこういう謎の理詰めの英語なんて英語じゃないよね。

英語ってもっと英語を話して、

彼らの心から本当に理解を受け取る行為をして初めて習得できるんだよね。」

って開き直ることがあります(笑)

ネイティブじゃないから英語の本質って実感がわきませんが、

こうやって英語を本気で教えるというよりも、

「受験に合格させること」が先行するこの稼業にうーむと思うことはしばしばです。

でも、学生にもし私が教えることができるとすれば、次の2つのことですかね。

1つは自分の成功談と、もう一つは自分の失敗談です。

社会と大人の事情で、受験に傾倒して指導しなければならない以上

英語をはじめとした全科目を教えることはあくまでもグリコのおまけみたいなもので、

もしくは当然形としてなりたてられる力があればいいわけで、

本当に受験生やそのお母様などがほしいのは、

本質的な英語力よりも先だって、合格という安心なのではないかなって思います。

まあもちろんそれでは最後の最後で意味がないのは私も重々わかっているのですが、

受験では成功談と失敗談は貴重な知識になります。

でも、私はこの成功談と失敗談を出す量の比率は

一定にしない方がいいのではないかと思います。

というか、これらを50:50で出すことはできないです。

そんなことができたら今頃私は今頃億万長者です(笑)

講師に必要なことは、教科の実力に引けをとらない、

失敗談を伝え、学生にその失敗をさせない方法をつくることだと思います。

成功談だけで生徒がついてくるのは一時的なもので、

ずっとついてくるのは稀ですし、

大きな成功談に憑りつかれてしまうと、それよりも小さい成功談を持った先生に

学生は教わりたくなくなります。それよりも、成功と失敗を数多くしていることを

お話ししてくれる人と一緒にいたほうが、学生も育つように思います。

私は基本的に失敗談を多めに言っております。そして、生徒には

「あいつみたいにはならないように注意しよう」って仕向けているつもりです。

どこまで学生はちゃんとお話を捉えているかなんて把握しかねますが、

これからも私は失敗談をネタにして、面白おかしく学生たちに警句を飛ばそうと思います。


そして明日はクリスマス・イブですね。

とりあえず大切な人と冗談を飛ばしあってください(笑)
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2014
12.22

テストは観光に似ている

Category: 雑記
私は2月の終わりに城崎温泉に行こうと思っています。

受験が終わる時期なのでさすがに私も少しお休みをしたいと思い、

確定申告の期間と相いれるので、2月の中旬はいつもお休みをいただいております。

受験生はみんな東京や京都や大阪圏等に受験しにいっているのでいませんし、

まあ暇をしていてもねーって…(中学生や高校1~2年生にとっては関係ないですがね(笑))

(でも、私も一週間ぐらい休ませてください。)

去年は飛騨高山・平湯温泉まで足を延ばし、その前の年は滋賀県を一周してました。

さて城崎温泉といえば、

昨年とある議会議員が足を運んでなにかをしていた場所でもありますしw、

志賀直哉の『城の崎にて』のバックグラウンドでもありますよね。

そんな温泉街をめぐるのはもはや私の恒例行事となってきているのですが、

じゃあ温泉街に住もうとかとは思わないものです。

3年前に道後温泉に行きましたが、3日いると結構飽きてきますね(笑)

実際に道後や温泉街で生きている方々は、特産物やお土産を売らなければならないし、

暮らしを立てるのは私のような稼業とはまた違ったものだと考えると、

結構大変なように思います。

(だって、試食してくださーいなんて人前で恥ずかしくて言えない(笑))

無責任に観光客として場所に訪れることで十分ですし、

そういうお客さんがたくさん来ることで温泉街なり観光地の経済は

潤沢になるんですよね。そう、この無責任ぷりが大事なんですよ。

東浩紀さんの言葉を借りれば、

「弱いつながり」がこの現代を繋げているといっても過言ではないわけですよ。


受験においてもこういう「弱いつながり」は必要になってきます。

近年、私が思うに、英語ができない学生ほど

VintageやGrammasterやNextStageといった4択問題ベースの大量な問題集をやっております。

もちろんこの問題集が悪いとかということを言いたいのではなくて、

どうしてこの問題集を手に取るかというと、「学生が問題を手っ取り早く解ける」からです。

この利便性が追い風になり、学生たちは狂ったようにこの問題を解きます。

しかし、どうでしょう。この問題集に固執するがゆえに4択問題しかできず、

実際の英語力として問題をとく力は出来上がらないことがしばしば…。

この大量な問題が載っている問題集の本当の使い方は

基礎文法をしっかり覚えて、空で知識事項がある程度言えたレベルになって

実戦的な問題が多く載せられているこの問題集を手にするわけですよ。

こういった垣根を作って、まるで津波災害用の防波堤をつくるように

その問題集の世界観から出てきません…。

問題集においてもある基盤ができたら、旅行をしなければなりません。

旅行をしなければ見解が広がりません。

要するにここで使われている「旅行」とは、「新しい問題集に手を出す」ということです。

新しい問題集に出くわしたときに

これまで培ってきた問題集の知識がどれだけ使われたかを実感できるわけですよね。

これは自分が生きてきた世界と異なった街をみたときに、

「あ、なにか違う」って思うような一場面と同じです。

こういう出会いが必ず人生で必要なように、英語を習得する上でも必要になってきます。

もちろん、何かで基盤を作って初めて旅行をしてから実力が付くってことですよ。

つまり、問題集をとにかく消費して違う問題集を捨てるがごとく扱っては実力はつかない

(私はこれを「旅行」に対して「転勤」と言いますが…)です。

我が軍の多くはこの垣根を作っているパターンが大半となり、

実力が伸びると思っていた学生も伸びませんでした。

逆に現役生のほうが力をつけてしまい、多浪している学生とは伸びが異なりました…。

多浪はするものではないですね、ガンダムのサイド3の引力にとらわれている人間のように、

取り残されてしまうんですもの…。まあどうなるかはみものです。

でも、私の言ったことに反している学生なので、

申し訳ないが本当に今年の学生に私は愛着がわきません…。

我が軍の国立組に期待ですね(笑)
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2014
12.21

マイナス思考は意識して排除。

Category: 雑記
さて、先日ある学生が予備校にほぼ来ていないことを知り、

かなりショックをうけています。その学生、前期まで私が教えていたのですが、

夏前までに全教科であまりにも実力が上がらず、

英語の実力は特にそれが顕著だったためにクラス変更を余儀なくされてしまい、

それ以降はあまりお話ができずにいました…しかし、それが相当ショックだったようで、

ついには来ていないようで…。

正直申し上げてマイナスにものを考えている人は私のもとから離れていきます。

理由は2つ。1つは私がマイナスなものを排除する性格だからです。

マイナスにものを考える人は周りにもマイナスな思考を与えるので

私はそうならないように意識している部分があります。

ただ気を付けないといけないのは、今この瞬間だけダメってもの=マイナスなもの

というわけではないということです。一時的にマイナスを迎えているということもあるので、

この見定めには気を付けないといけませんね。

本来助けられる力を見過ごさないように努力はしております。

そして、もう1つはマイナスな人が近づけないのでしょう。

よくありませんか、自分が暗い時にキラキラしている人には近づけなかったりすること…。

要するにそのキラキラ感が自分がdownしているときってまぶしく見えるんですよね。

まぶしいがゆえに近づけないんですよね。

要は、そのキラキラしている人の近くにいると余計に自分が暗く見えるので

その現実を受け入れたくないためにキラキラした人にあえて近づかないんですよ。

勉強もそうです。あまりにもできないと思うと、学生は講師に対して

「できなすぎて申し訳ない」って思うんでしょうね…。

まあ私は基礎事項と設定したものがごっそり落ちていたり、

やるべきことをやっていなかったりしている学生には容赦なく叩くので、

学生も質問にいきづらいのでしょうが、本当にできるようになりたければ、

まぶしい光へも果敢に向かっていき、自分も光になるぞぐらいに考えて

行動しなければならないと思います。

マイナスがプラスになるのは確かに難しいですが、

そうならないと受験における合格は遠くみえてきます。

先日中村修二先生の恨みっぷりがノーベル賞を生んだ話をしましたが、

あれは相当稀でありますが、やはりマイナスなようにみえても目的はしっかりもって

行動しているので、結果的にプラスに向かっているわけですよね。

今はダメだが最終的にはこうなるんだって意欲がなくなった時には

どんなに勉強をしてもだめですので、目標をもうガラッと変えてしまうのもアリです。

特に医学部受験は過酷ですので、精神的にあまり強くなれば

医者になっても病気に打ち勝てませんので、患者もそれでは困るので、

他の形で医療に携わる方がいいと思います。

とにかく空元気でもいいから、まずはマイナス思考を意識して排除しましょう!
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2014
12.20

私は喪黒福造か。(強いことを言われたらどうするかが問題。)

Category: 雑記
笑うせぇるすまんってご存知ですかね。知らない人はこんなのを見つけたのでみて下さい。



さて、ただのアニメ紹介ではないのですが、このお話の喪黒福造という謎の人物、

いかにもダンディズムを感じて疑いません。

喪黒福造は不幸せな人の心の隙間に入り込み、

その人の欲望のとおりに欲求を埋めるのですが、

あまりにもその不幸せな人にとって現実離れなことが起こり

破綻を迎えることに気づかず、その欲求に呑まれていくわけですよね。

そして、その人は気づかずに破綻へ向かうのですが、

その破綻してしまう間際に喪黒は現れ、いっそもっと破綻すればいいと言いながら、

「ダーーーーーーーっ!!!!!」と魔法のような力を発揮し、

その人を恐怖の淵へ誘うという、爽快且つブラックユーモア全開な作品です。

私はこの喪黒福造の装い(真っ黒なえんぴ服にポマードをつけた髪型)、

どん底まで一般人を振り回す、なりふり構わない生きざま、

そして他人のためにお金を費やしつつも自分も相手を陥れてそれをみて楽しむという、

破滅の淵にある恐怖を垣間見る悪趣味さに、19世紀のダンディズムを感じます。

今ではこんな男がいたら悲しいし、怖いのですが、私はこういう現実を

もてあそびながら人生を送っている姿は凛々しいなと思います。

現代のように渾沌とした世の中にはいてもおかしくない存在にもおもいますが(笑)

毎回こんな不幸な人に手助けをするお話なのですが、

これがはまってしまうんですよね。

私は笑うせぇるすまんのDVDボックスまで手に入れてしまい、

すべて見返して、次回出したいなーって思っている論文の内容でこの作品を参考文献として

扱いたいと思っております(笑)


さて、そんな私、何をいいたいのかというと、受験の世界において

予備校の先生や家庭教師の先生は喪黒福造になりかねないということです。

私は今年多くの予備校生に「だーーーーーーーっ!!!」ではないですが、

それに近いほどの衝撃を与えてしまったようです。

夏の時点で文法ができないとまずいことをかなり指摘してしまい、

それを鵜呑みにして足がすくんだ学生もいたようです…。

まあ現実ですし、それごときの現実を伝えられて医学部や東大を目指すぐらいなら、

楽して、もしくは時間をじっくりかけてモラトリアムを楽しんでほしいと思うので、

やはり私は喪黒のように「だあぁぁぁぁーーーーーーーー!」

って言っちゃいそうですね(笑)

かなり学生にビビられており、今や私に質問に来れない状態になっております(笑)

この状況をすごく残念に思いますが、もういいです。正直開き直りました。

いっそ喪黒福造のように精神的に強くあろう、ダンディであろうとします。

彼は現実を伝えてはいるのです。そして、夢を魅せてもいるのです。

人間の欲望が何たるかをしっかりみせて、その欲にまみれた果てには

必ずしっぺ返しが来るという警句が、この喪黒の存在そのものなわけですよ。

私は学生には包み隠さず現実を語ります。

現状が厳しい時は厳しいねとはっきりいいます。

できるときはできるとはっきり褒めます。

悪いことを伝えられてどうするかというところに人間の本当の力が垣間見られると思うんです。

喪黒はそこに雪崩の如く「だぁぁぁぁーーーーー」って不幸を注ぎ込むわけですが、

本当に頑張っていて、苦しんでいる時には一緒に考えてます。

やることをやっていたら……ですよ。真面目に生きているなと思ったら……ですよ。

こうやってきて、精神がつぶれる学生もなかにはいます。

でも、こんな受験という枠内の闘いで悩んでいるようじゃ社会では、

そして世界では勝ち抜けません。

私は勉強ができると同時に、学生に勝ち抜ける精神を作ります!

ダンディは、ときになりふり構わない放蕩者にみられますが、

現在は凛々しくいきようと虚勢をはれるほど一生懸命に生きている人間らしい人間と

言えるのではないでしょうか。

恐怖をみて自分に改革をあたえ、すべてを1流にしますか。

それとも臭いものにはふたをして、一生何も知らずに不十分に人生を終えますか。

前者の人間であれば、私は本当に出会いたいなと思う次第です。

来年のきたる学生と、これから受験に励んで勉強している個別の学生に期待です!
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2014
12.19

知らなすぎて授業を受けても何もならない。準備が必要。

Category: 雑記
私は授業の中で社会に関する質問をよくします。

終戦記念日はいつ?大東亜戦争はいつ始まった?

これが言えない人は非国民です…なーんていう質問をしたりします(笑)

そんななか、今日地理に関する質問を一つしました。

「君、what is the capital of Italy? とhowを使わずに書けたが、この本当の答えはどこかね?」

「え?パリですか?(笑)」

全員爆笑でした…日本の社会の先生よ、もっと世界のことを教えてあげてください。

こんなやりとりをしていたら、私のあまり得意でない地理のことを思い出してしまいました。

私は高校3年生に上がろうとしたときに、地理受験を考えたことがあります。

高校の時も地理は人並みに覚えていたり、地名を覚えることは嫌いではなかったので

やってみようと思い、受験科目として採用し、自分でやってみようと思いました。

しかし、良く考えてみると、たまたまなのですが

私の通っていた高校に地理のエキスパートがいる噂を聞き、

その先生に「すみません、地理を僕に教えてくれませんか。センター試験で使いたいのですが…」

と懇願しに行くとその先生は快く承諾してくれました。

でも、地理をイザやってみるとこれがなかなか難しいんですよね。

うわべの国名だけでなく、特産物とか謎の平野の名前をたくさん覚えるんですよね。

あとケッペンの気候区分とかね(笑)とにかく覚えなければならないことが地味に多く、

興味がだんだん薄れていき、あまり勉強せずに授業を受けていました…。

すると、どうでしょう。やはりやる気がなくなって、3回目の授業で「地理諦めます」といい、

見事三日坊主で終わったことがあり、これは今でも私の汚点となる思い出です。

さて、なんで地理はすぐにあきらめてしまったのでしょうか。

理由は2つです。

1つは、授業のペースが週に1回か2回で3ページしか進まなかったことです。

まあ受験生ともなればそのペースはヤバいと思うでしょう。

まあやる気がなかった先生でもあったのかもしれませんし、

私がダメな学生だと見抜いていたのでしょう(笑)

そしてもう一つは、今回のお話しで重要になることですが、

あまりにもうわべの知識しかなかったので、あまりガリガリやっても

そして肝心な授業を聴いても得るものが少なかったということです。

まあ世の中を知らなすぎたんですよね。

ものを知らなすぎると、世の中が何でも複雑すぎてみえてしまうので、

もはややる気をなくすんだと思います。

だから、何を質問すればいいかわからないんですよね。

実際に地理の授業で何を聞けばいいかわかりませんでした……。

何も知らずに授業を受けても、勉強しても無駄です。

実際に私の授業は中学生の基礎知識がなければ、かなりきついと思います。

つっこんだ話ができないと分かると、平気で中学生の英語まで遡ることがあります。

要は、私が言いたいことはこうです。

「何事も大学受験レベルで勉強したければ、最低限自分でお勉強をしてきなさいよ」

ってことです。私は中学の知識があることを前提で指導しますので、

その土台をつくる授業となると渋ることがあります…。

(中学生は仕方ないと思ってますよ。一緒に作りましょう!)

しかも最近は「本当にわからない」というと、本当に中学で習うレベルでの

不定詞や動名詞や接続詞がわからなかったりします…。

そこまでの状況から、早稲田とかは簡単にいけません。死ぬほど勉強してもらいますが、

そういうレベルから早稲田や慶応に行ける学生は、

やり方を教えればあとは自分でできてしまう学生です。

授業を聴いていればできるようになるなんてスタンスですべて丸投げで、

基礎がわからないまま受験の授業を聴いても無駄です。

できるようになるためには、自分である程度ものを知るために調べてきて、

覚えてきた時点である程度の疑問を抱えられないといけません。

まずは最低限、ここでいう最低限、

すなわち中学レベルのことはしっかりできてから授業をうけましょう。

自分では処理できないほどに陥ってしまったら、それはプライドを捨てて、

0から本当にやり直す勇気を持ちましょう。

ある程度の準備できてますか?
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2014
12.18

愛着がなければすべてを失う。

Category: 雑記
先月、

私が所属していた名古屋大学大学院国際言語文化研究科がなくなり、

再統合して、文学研究科と合併することがうわさされるようになりました。

なくなることは決定のようですが、その先どうなるかはまだ決まっていないそうな。

あと、私の母校大宮西高校も消滅して、中高一貫校へ変わる話があります。

どうやら私の通っていた大学なり高校は意志が弱い学校なんですかねー。

もしこれが東大や京大でしたら、デモになるでしょうね(笑)

でも、デモをしないっていうことは

みんなつぶれても影響がないと思っているからなんですよね。

とはいえ、高校のほうは中高一貫校への変貌に反対する方が多く、

まだ保留のようで、大宮西高校もすてたものではありませんかね(笑)

物事っていうのは、愛着があるかどうかで存続するか消滅するか決まります。

ぬいぐるみだって、いらないと思ったら捨てるなり、リサイクルに出しますし、

形見なんだとか愛着があればどんなにボロボロでも残しておくでしょう。

それと一緒です。

本当の意味で、何かを失いたくないと思わない限り、自身は動きませんし、

初めて何かを得ようとするんですよね。

受験でも当然なことですが、「自分はこの学校で勉強をしたい」

「この大学で勉強して早くやりたいことをやるんだ」と本気で思わなければ

受験生は勉強しないし、絶対に合格証書を手にすることはできません。

愛着がなければ何も成就しませんし、すべてを失うのですよね。

私もそろそろ高校の方には圧力をかけますかね。

ぼろくそいっても、一応思い出の地なので、なくなるのはさみしいですからね。

名大の方は愛着もくそもないので、どうでもいいです。

仮に日大法学部とストックホルム大学が同じような境遇になったら、

私は全力で阻止します!マジで切れますよ(笑)

この2校には感謝しかないですから、なくさせはしません。

(政治的に絶対になくならないのが日大。

ノーベル賞が出ている学校なのでつぶれないのがストックホルム大。

まずそんな日は来ませんよね…って信じてます。)

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2014
12.17

話をして気持ちが和らぐなら、いくらでもします。

Category: 雑記
今年はかなりいろいろな学生と話してきましたが、

いつも思うのが、受験日直前になると教務室をうろうろして、

「どうしよう、どうしよう…」ってウロウロしている学生がたくさんでてくるんですよね。

まあ気持ちはわかります。受験日が近づくと、

自分のやってきたことが正しかったかな?とか本当に合格できるのかな?って

思い返してみるんですよね。

でも、そう思っていることに時間を費やすことほど無駄な時間はありません。

厳しいことをいってすみません。でも、この時期は本当に1秒を無駄にしてほしくないのです。

そこで、厳しく「てめーーー勉強しろよ」と言わずに

学生がこうやってウロウロしないように

あえて学生と1時間から2時間ぐらいわざとお話をすることがあります。

そして、カフカの「審判」でも読んでご覧と勧めます。

主人公Kは、なぜ裁判に巻きこまれることになったのか、

何の裁判かも彼には全く訳がわからない状況に

陥っているというところから始まり、

そして次第に彼はどうしようもない窮地に追いこまれてゆくお話なのですが、

それってある意味受験もカフカの審判に与えられた空間に似ているように思いませんか。

だって、学生にとって社会を選べずに生まれてきて、

日本という社会に生まれてきたために、

それなりに安定しながら与えられた社会にいるためには

いい中学に行き、いい高校に行き、いい大学へ行かなければならないって

よくわからないまま刷り込まれて大半の学生は生きてきているように思いません?

これって「日本人を襲う得体の知れない不安」といっても過言ではないですよ(笑)

そんななかで謎に審判を下されるのかって思いながら、内容を読んでいると

今ある境遇なんてまあどうだっていいかって一瞬ながら思い、

また頭をリセットして残りの時間を過ごすことができる……かなーって思ってます(笑)

まあ、時代を問わずよくわからない問題を抱えているのよねって思うと、

自分もとりあえず頑張ろうって思うと信じています(笑)

とまあカフカは、「審判」という作品で

現代人の孤独と不安と絶望の形而上学を提示したわけですよね。

すげー。イケメンだし、最高だ!


とにかくこんな話を毎年するのですが、それにまたいろいろ付け加えて

学生と話をして、残りの時間を話をするほどの不安を払しょくして

勉強に費やしてもらっております。

まあがんばれーーってことが伝われば何でもいいのですがね(笑)

今悩んでいる人は、私でよければお話を聞きますよ!

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2014
12.15

親との関係で成績はわかる。

Category: 雑記
12月はいろいろな親御さんとお話をします。

年末のご挨拶と、来年度のお話と、今後の方針等をお話しする機会をもちます。

こういうお話をしていると、親御さんと学生の関係が見えてきます。

親御さんとのコミュニケーションが出来ている学生の多くは

申し分ないほどに成績が上がっています。どういう人間像をもっているかを

学生が親御さんに話し、親御さんはそのことに対してアドバイスを与えてくれるので、

学生は常に試行錯誤をしながら、自身を構築していけますよね。

だから、学生は必然と勉強しようとします。

でも、親御さんとのコミュニケーションが取れていない学生は

やはりスコアにも精神性が影響して、あまり芳しくなかったりします。

例えば、親御さんがきつーく言ってしまうと、やる気をなくしてしまう学生や、

逆に親御さんが甘やかしすぎていると、好きな科目しかやらずにいるといったことになり、

バランスが取れた学力がつきません。

特に後者の傾向はここ最近よく見られます。

親御さんが学生に対して適切に叱ることができないがゆえに、

学生はのんびりやってしまったり、てきとうに課題をこなしているだけになっていたり

これまでの生活でちゃんとしたコミュニケーションが作れなかったがゆえに

こういう油断を持つ学生の精神が生まれてしまうことは今多々見られる傾向です。

親御さんは高校生とのコミュニケーションを是非とも積極的にとり、

いい雰囲気を作ってください。
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2014
12.14

185点をとっても満足しない

Category: 雑記
先日、センターマーク模試の結果をみたのですが、

(1週間前に結果が返ってきていたのに私用が忙しく見れなかった…)

センターに命をかけている学生の大半が180点を超えていたので

今回はきたーって感じになっております。

この時期にセンターマーク模試はそれなりに難しくなるのですが、

あまり点数が落ちてなかったので安心です。

今回はセンターの練習を全然せずにこのスコアなので、

この先詰めていったらどうなることやら…非常に楽しみであります。

でも、それが影響しているんですかね、

学生たちは「先生、185点取ったのですが本当に実力ですかねー?不安です。」

まあセンター試験系のスコアってあまりあてになりません。

英語が出来ているかどうかというよりは、最低限のことができていますよね?

っていう確認をするためのものだと、センターに関しては思っています。

でも、この時期にそれぐらいの不安があるほうがいいですね。

「なーんだできるじゃん!」って思って油断してスコアが芳しくないことは多々あるので、

石橋を叩いて渡るぐらいでちょうどいい!これから10年分の過去問と、

Z会のセンターパックとセンター予想問題でもやってもらおうと思います。

この時期の慢心と油断は厳禁です。それをもっていると絶対に落ちます。

過去問をやりまくって、復習をしまくって、不安を払しょくしましょう!
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2014
12.11

出会いと情報は早ければ早いほどよい

Category: 雑記
ここ数年、うれしいことなのですが、

「先生ともっと早くお会いしていたら……今頃は…」という声をいただきます。

これは講師としてはこの上ない讃辞で、

一応自分は社会的に貢献しているかもしれないと自負することがあります。

私自身もそういう出会いがあります。

何度も出てきますが、

わが師匠である日本大学法学部の教授である諸坂先生との出会いです。

あの方にお会いしなければ、英語はできなかったでしょうし、

スウェーデンにはいっていませんし、名大にもいってませんし、

予備校で教鞭を打ったり、今いる学生と出会うことはなかったでしょう。

どう捻じ曲げても、今の人生や思想と活動意欲の根源を作ってくれたのは

あの方だと断言します。日本でインテリを5人あげろと言われても

必ず1番目に上げるほど、あの方の神通力には頭が上がりません。

そういう出会いって生涯で片手で数えるほどあったらラッキーってぐらいでしょう。

でも、その確率をあげるためには、自分から動くしかありません。

しかも、自分が失敗するとか自分にとって不利な状況を与える人間かもしれないと

躊躇していてはいけません。ちょっとでも、「こいつは使えるかもしれない」って

思ったらその人のところへいき、教えを乞うようにお話をしに行く行動力が必要です。

すると、本当に自分よりすごい人だなって思う人が

他者からの気持ちが伝わったと感じたら、

その人は慕ってくれる人のために、何かを求めている人のために

できる最大限のことをしてくれたりするのですよね。

わが師匠はとてもお忙しい人にもかかわらず、

どうしても私がうまく論文の要約がまとまらないときに、

さーって論文を読み、ばっとまとめなおして内容の提案をしてくれたりしました。

そのおかげで大学院に短期間の学習で合格したといっても過言ではありません。

本気だと感じたら、人は動くわけですよね。

私もそれを実感している以上、それをすれば互いがいい関係を作れて、

いい仕事ができると信じています。

わが軍のお母さまの多くはとにかく行動力がある方です。

まあこのブログを読んで、

問い合わせてみようって思うのはよほどの覚悟をお持ちの方で、

実際に学生の多くが相当の覚悟をしてきた学生だったりします。

あえて自分のことを詳細に公表しないでいることで、

とっても理解しあえる関係を作れることがわかったし、

そういう人だけが集まる集団で結構だと割り切っているので、

結果もおのずと出てきます。そして、本当にできる人は

ダメだと思ったら切り替えて、私のもとから去っていきます。

実際にそういう方はまだいませんが、よくお母さま方とはそんな話をしますし、

実際に私も「私が使えないって思ったらすぐに申し上げてくださいね。

切られる覚悟はいつもありますので。出来る限りのことはします」と親御さんにいいます(笑)

情報と出会いは思い立ったら早くとりにいこうと行動した方がいいです。

もし万が一私の考えていることに賛同いただけたときには連絡してみてください。

何かしらの反応を手に入れられるかもしれません。一生懸命に答える努力をします(笑)
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2014
12.10

ノーベル賞受賞者中村修二先生から学ぶこと

Category: 雑記
12月10日は毎年

スウェーデン・ストックホルムにてノーベル賞授賞式が行われますね。

私がストックホルムにいたときは、トルコ人作家のオルハン・パムクが

ストックホルム大学に講演に来て、文学の話で盛り上がりました。

また、ノーベルミュージアムでノーベル賞授賞式の時に食べられるパフェを食べましたし、

野依先生によって書かれたサインがある椅子もみてきました。

うーん、この時期にスウェーデンに行くとノーベル賞とクリスマスマーケットで

アカデミックでヨーロピアンな感じを味わうことができます。

さて、今年は

日本人3人(一人はアメリカ国籍ですが…)がノーベル物理学賞を受賞しましたね。

名古屋大学からも1人出ましたねー。あの大学はそこまで優秀だとは思わないのですが、

それなりに最低限の実力を備わっている学生はそろっているようです(笑)

(母校にもかかわらず、こうやって皮肉をいうのが私なんです(笑))

しかし、私が注目するのは天野先生ではなくて、

アメリカ国籍を手にした中村修二先生のほうです。

いやー、私はこの人の名前に出くわしたのは2000年の

特許料に関する高裁控訴審において高裁から示された和解勧告の会見中継の時でした。

私は彼に心を打たれたのを覚えています。なぜか。

この人、知っている方も多いかと思いますが、

中村先生は弁護士とは異なる記者会見を設けていたのですが、

その会見で「日本の司法は腐っている」

とぶち切れしたのですよね。

あんなに自分の言いたいことを言っている姿を見て、

高校1年生で自分の主張が上手くできずに悩んでいた私は、

「こういう自分がやったことに尊厳を持てる生き方ができるのは素晴らしい」と

感心し、私も自分が正しいと思うことをして、自分が納得のいく結果を出すまで闘おう!

って心に決めていたりしていました。

そして、この会見をあとに日本でこの名前を見ることはなかったのですが、

今年の10月にノーベル賞をとったことを耳にしたときは、

「やべーーー、ついにこいつ、世界を黙らせた…」って思いましたね。

およそ14年後の成就…お見事です。

彼は受賞会見のときにこんなことを言っていましたよね。

「私の研究の原動力は怒りだ」と…。

負のオーラ全開にして頂点を勝ち取る人もそんなにいないかと思いますが、

こういう勝ち方もあるんだよなって思います。

まあ、この方少々人間的に問題があるようには思いますが、

それでも自分を貫いてやりぬいたのですから、仕方がない…褒めるしかないです。

やっちゃったやつはすごいですし、

周りが何と言おうと、認めざるを得ない部分があります。

日本ではバッシングが結構ありますが、アメリカでは称賛されております。

地が変われば評価も変わる…そんなものです。

やはり最後は自身がいいと思えばなんでもいいのです。

私も大学受験においてはこういう成就に近かったと思います。

日本大学を追い出された同然に干され、内定をすべて断ってからの

大学院入試をしなければならない…しかも自分の今までやっていたこととは違う研究科へ…

当時は全員が敵にしか見えませんでした。でも、やらないと死ぬしかないと思ったから

道を大きく踏み外さず、研究する時間を得ることが出来ました。

そして、それなりに自分の時間を楽しんでいられるわけですよね。

ふてくされていようがなんであろうが、

自分が正しいと思ったことを貫く精神は中村先生から教えられたかなって思います。

そしてそういう推進力が大学受験では必要になると信じております。

何を恨んでもいいです。誰を恨んでもいいです。でも、

自分を世間に認めさせたければ結果を出すために精進しましょう。

「やれるやつはすごくない、やっちゃったやつがすごいん」です!

あと一か月走りぬきましょう!
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2014
12.08

集中するか、それとも集中することを恐れるか。

Category: 雑記
エーリッヒ・フロムは、集中することはおぞましいことで、

周りが見えなくなることは我を忘れて狂乱に近い状態になるからこそ

人間は本来集中することに恐れるものなんだと

解いておりました。うーん、なかなか面白い発言ですよね。

何かに集中することよりも、学生は誰かとつるんで一人になることを恐れるので、

そういう学生はある意味では正常なのかもしれません。

でも、正常な状況で自分の目標を手に入れられるほど、

目標というのは容易なものでは本来ありません。

狂乱するほど、できなければ発狂するほど勉強しなければ手に入らないものを

本来は目標にしてもらいたいです。だから、私としては

受験期に正常である学生は頑張っているとはあまり思えません。

受験期の学生でしたら、少々ジャンキーな食べ物を食べながらも

少々ふくよかになって不健康に見えても、参考書にかぶりついて、

英単語を覚えたり、うつろな目になるほど問題に集中するぐらいがちょうどいいのであって、

友人とつるみながらけらけら楽しそうにしているのは、

受験生としては集中していないに等しいでしょう。そろそろ狂乱しませんか。

集中するほど我を忘れるのが怖いのであれば、物事の本当の楽しみは

得られませんよ。私も大学受験のときも、大学院試でも夜3時ぐらいまで

ぐおおおおおおって具合に本を読みふけり、問題を解きまくっていました。

発言もかなり危ういものばかりで、発狂した日も多々ありました。

フロムはもちろん世界を代表する哲学者ですが、

彼はほかの人間とは違うんですよーーーっていうことを露呈したかったために、

そして自分が集中できるほど変人だったことをアピールしたかったのでしょうかね。

勉強していて死んだ人を私は知りませんが、勉強してくるっている人は多々存じております(笑)

私もいつも3時ぐらいまで勉強したり、本を読んだりするのが好きなので

ある意味くるっているのかもしれませんね。自分では普通だと思うのですが……。

受験期には集中を恐れず、変わり者であれ。それが受験生が成功する秘訣ですね!
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2014
12.07

1.用法・2.訳(和訳)・3.仕組みを言えるようにするのが中学生英語

Category: 雑記
さて、わが軍の新しい学生の授業も少しずつ始まっていますが、

やはりここ数年は受験生よりも、中学生や高1生の指導が多いです。

まあそれだけ英語を早くやっておこうという学生や親御さんが多いということでしょう。

いい傾向です。そうやって先にやらないと英語は面倒な科目なので、その判断は賢明です。

しかし、中3から指導する英語が不得意な学生の多くに共通することが少々見えてきました。

それは用法の概要が自分でわかっておらず、

問題を解きながらノリで用法を捉えているだけにすぎないということです。

中学生の英語はとにかく基礎事項をしっかり捉えなければなりません。

その基礎を固める際に必ず学生にいうのが、

「英語としての用法」、「その訳(訳し方)」、「その用法の仕組み」

を言える事です!

例えば、不定詞でしたら、用法はto+動詞の原形で、

和訳は名詞的用法と副詞的用法と形容詞的用法別に

「~すること」、「~するために」、「~するための」で、

仕組みは名詞的用法だったら、to不定詞 is ~と S is to不定詞と……

って具合に説明し、動名詞の用法と一緒だ!って関連付けて説明していきます。

(動名詞とto不定詞の名詞的用法は厳密には違うが、中学生にはセットで教える!)

こういうルールが言えて、イメージができるようになるまでは同じ問題を繰り返し行います。

とにかく中学生には1つの例文で仕組みと用法と単語をしっかり覚えてもらい、

基礎からの応用がスムーズにできるようにします。

比較なんてas ~ asの品詞がわからないとか、「~のように」からの派生とか教えないから

応用されても基礎英文に戻れるイメージが学生にできないんですよね。

とにかく中学生のうちは1年間で中3までの文法をこうやって3つのことが言えるように

詰め込み、中2で膨大な英文を読ませて、完璧になじませます。そして、

英語的なロジックを身に着けてもらい、高校のネタを中学生のうちにやります。

中学生のみなさん、各用法のイメージができますか。

できれば英語で困ることは少ないので大丈夫!

細かい単語等をたくさん覚えて、ステップアップしてください!
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2014
12.06

できるやつに無理やり授業させなくてもいい

Category: 雑記
今年のわが軍はいまいち力を発揮できていない学生が多いのですが、

(それは夏に覚えるべきことをやっている割に完璧にしなかったためです)

中には「もうそんなに授業しなくても自分でできるでしょう?」っていう学生がいます。

そういう学生、私の中では偏差値75を2度も3度も取りきった人を指しますが、

そういう学生は授業を2週間に1回ぐらいにしたり、やったものを報告してもらって

方向性をみるふうにコンサルして経過をみるようにしています。

本当にある程度出来上がってくると、講師が煩わしくなります。

だって、大学受験の様な指導をわかっている人に対してやるのは苦痛です。

英語が読めてくると、文法のことよりも内容の細かさやニュアンスの方へ

目が行くようになるので、従来のトランスレーションのような授業よりも

哲学や文学手法を説明するほうが面白く、そっちのほうへ学生も傾倒していきます。

まあ文系の学生ならそれでいいのですが、

理系の学生にはそこまでの実力に到達したらテキストと過去問の年数を指示して、

隔週で出来を確認するだけにして、1時間半の授業しかしません。

あとは学生から注文されたり、やってほしい単元が出てきたら授業を組むようにしています。

という感じで、できるやつにはさっさと自立してもらい、他の科目に時間を回してもらったり、

自分でやってもらう楽しみやに浸ってもらうようにしています。

そうしてくれたら私も楽ですし(笑)、新しい学生に助けの手を差し伸べることができます!

今年は一人だけ「英語の授業に出ることをやめろー」って言って、

「数学や理科に時間を割いてくれ」と私が頼むほどの奴がいます。

(英語は勉強しなくてもセンター模試では190点を切らないのですが、他の科目ができない…)

できないことに時間を回すのは当然のことだと思っております!!


私の目標は、私の授業をずっと受けてもらうような松葉づえみたいな状況に

学生を持っていくことではありません。

私の使命は、学生が英語を覚えて、その経験を経由してほかの科目もできるようにすることです。

英語を完璧にすることはかなり厳しいですので、それに命がけになって

極められれば、数学や理科や社会にも必ずいい影響があられます!

中にはそれに気づかない学生も多いので、もう少し諭さなければなりません。

まだまだ私の力は不十分ですねー。
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2014
12.05

対策は水物で、ある程度できる人が受けて意味があるのだ!

Category: 雑記
何度も言いますが、今年の愛知医科の対策テキストは完璧だったように思います。

しかし、今回愛知医科の対策テキストを学生に解かせて思ったことは、

最低限の実力が高かったということです。

正直申し上げて、今年の学生には去年使った問題も混ぜて使いました。

でも、去年の平均点は30点~40点ぐらいでしたが、

今年は最低でも50点を獲っている学生が大半で、

平均点は例年の20点ぐらい上回ってました。

そう、ある程度完成した学生がたくさん集まっているからこそ

対策の意味があったわけですよね。わが軍の個別対策は

夏までに英語と数学の実力が偏差値で60前半まで到達しなければ、

もしくは到達する見込みがなければ、

金沢医科の推薦に賭けようと戦法を変えます(笑)もしくは、基礎事項に切り替えて

基礎力アップからの実力アップを狙いに行きます。

でも、わが軍の学生にいつもいうことは、

「8月までに文法がある程度出来上がっていなかったら、一般はおろか、

推薦も厳しいから絶対に覚えるレベルにまで到達する覚悟でいてね」

ですので、学生たちは8月というタイムリミットに敏感になっております!

だから、わが軍の対策授業を受ける学生は結構レベルが高い学生が集まります。

なぜでしょう?それは「対策」の意味が解っているからです。

対策というのは、できない人が傾向を覚えて合格を勝ち取るための方法ではありません。

対策というのは、ある程度実力が出来上がっているのだけど、

なかなかスムーズに問題が解けないからなにかいい手がないか?

という人のためにする授業です。


「対策」と耳にすると、特に受験に不慣れな高3生や勉強してこなかった浪人生は

「対策なんだから何か裏ワザがあるのかもしれない」なーんてことを連想するようですが、

ある程度実力がなければ難関大学の問題に対する裏ワザなんて使いこなせません。

そして、対策が当たるかどうかなんてわかりません。

中には対策授業でやった問題があたることもありますが、

それは社会や理科のように分野がかなりはっきりしているものに多くて、

英語ではなかなか当たりません……。英語で当たるのであれば文法ぐらいでしょう。

出典が当たったというのは神がかっているか、

相当その学校に対して調べまくっている先生かどちらかです。

対策に絶対はないので、あくまでもある程度の実力を持ったうえで対策をして

意味があるのだと思いますので、学生の皆さん、

今一度覚えたものを確認してみてください!


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2014
12.04

時間を無駄にしている人たち…今もこの瞬間も…

Category: 雑記
この時期は1分1秒が惜しいです。

センターマークの練習を、仮に国立受験を目指していたら7科目やらなければならないのですが、

1日で7科目1年分やるとしたら問題を解くだけで7時間40分はかかるわけですよね…。

しかもその復習を1時間だけするとしたら、さらに7時間かかりますよね…。

たぶんそれで1日が終わってしまうんですよね…極端な話をしたらこうなります。

それだけ過去問に時間をかけないといけないと思うと、時間なんてないに等しいです。

さらに重点的に何かしたいことって考えると、24時間を平気でやりぬいたとしても

全部完璧にやることはできません。

過去問を完璧に1校の過去問を10年分やるとして、

それを8~10校やるとしたら2か月前からは行わないとダメですよね。

って逆算してみたら普通は勉強しなきゃって気づくんですよね。

でもどうでしょう?

この時期になると、過去問をぱらぱら見ているだけで1時間…

友達と悩み共有をするお話をして1時間、

お昼や夕飯を一緒に食べながらやはり悩み共有をして1時間、

帰宅時に謎の談話に1時間……

気分転換するとしてメンズノンノを買いに行くだけで30分……

うーーん、こういう学生を予備校では結構見受けられる風景ではないでしょうか。

この時間を1日4時間半と考えると、1週間だけで23時間半、

つまりおよそ1日を無駄にしていることになります。

ライフスタイルも大事だ、とこの時期に主張しますか?

息抜きも大切だ、とこの時期にのたまいますか?

友人関係も大切だ、とこの時期に甘えますか?

この時期にそういった当たり前な理屈をほざくのであれば、

どうぞ落ちてください。1か月に自分に費やせないやつが、

人に気を遣っても、何もその人に影響を与えることはできません。

自分のことができて、人のことができるんです。

時間を意識して、この12月は全力で生きてください。

時間を無駄にする余裕はもう受験生のなかでしたら誰にもないですよ。

さすがの開成高校や灘高校の学生でさえもセンターの準備位はしていますよ。

彼らがセンターの準備していることを想像してください…

頭がよろしいやつが準備していると思ったら、

自分はその3倍やらないとダメだと思うでしょう。時間も余裕もないです。みんな本気です。

ここでブログを読んじゃっている人……やりましょう、お勉強。
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2014
12.02

スマフォをいじっていても…飲み物を飲んでいても…

Category: 雑記
よく「授業中は携帯を切りなさい」といいますが、

私は基本的にはそう言いません。

理由は、出たいときには出たいと思いますし、

授業をしているときに重要な情報がくるかもしれませんし、

授業をしているのにもかかわらず

全力でそれに応答することはないだろうと信じているからです。

「携帯を切りなさい」というのは、勉強をしない人への発言ですので、

わが軍にはそんな学生はいません。基本的に学生たちには携帯を切るようにはいいませんし、

実際に携帯に応答する学生もいます。それについても怒りません。

実際に私も常に連絡が来たりするので、生徒が問題を解いているときには

メールをさーって送ってしまったり、情報を処理したりします(笑)

スマホがある以上、スマホを忘れることはできません。

だったらもうある前提で考えて、出てもいいと思っていたほうが、

仮に電話がかかってきても、授業に支障があるから「授業中だから手短に用件教えて、

考えてから暇になってから連絡し返します」と割り切って、

そのあとに逆に学生たちは集中しますよ(笑)

何かを飲んではいけないとか、何かを食べてはいけないとか

いろいろダメダメいうから気になってやってしまうのですよね。

だったら、講師が飲み物を飲みながらやって、学生たちにも飲み物を飲む環境を作って

リラックスしながら勉強した方がいい傾向にあります。

実際にわが軍の学生には最初の授業に必ず

「授業中に飲み物を飲んでやってもいいです。軽食ならとっても構いません。

ただ、カレーとかトムヤムクンはやめてっ!くさいから!

あと煙草もだめ!抹殺します(笑)」とことわります(笑)

まあこういうことを容認しているのは、

私がこれまで受けてきた大学の授業が

こういうことに制限をしたことがない先生によって運営されていたということです。

私の師匠も、スウェーデンでの先生も、名大の先生も、

ジュースを飲みながら、林檎とかをほおばりながら、カフェしながら

授業しておりました(笑)でも、何の問題もありませんでしたし、

そのときの授業は鮮明に覚えています。

飲み物が邪魔で授業ができないぐらいの精神しかない学生が

勉強したって箍が知れております。

本気で勉強したい人はマラソンランナーのように

水分を取る暇がないほど集中するので、ないと死にます(笑)

よって、何も制限することがない状態が

実は勉強のベストスタンスを作ると信じております。

でも、中学生の勉強しない学生たちにこれをことわったらカオスになりました…。

飲み物ばかりに目が行き、勉強になりませんでした…

でも、この学生たちは休み時間に「太鼓の達人」をみんなでやっている連中でしたからね…

しかも受験生の夏ですよ……。意識がすべてを決めるものだとわかった瞬間でした…。

冬は乾燥しておりますし、それが原因でのどを痛めて風邪になりますので、

何か手元に飲み物ぐらいはおいてください。
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2014
12.01

追い込み期にすること!!

Category: 雑記
さて、今年も12月がやってきましたねー。早いですね、一年。

この時期になると、もう現実を厭でも見なければなりません。

「夜と霧」という作品でフランクルは、

アウシュビッツ収容所で捕虜にされていたユダヤ人が、

クリスマスには解放されると願っていたのに、その日が来ても現状が変わらず、

12月26日には先の未来に嫌気がさして大勢の自殺者が出た

描写を書いていますが、中にはそうやって打ちひしがれそうな人もいるかもしれません。

これは悲しい事実ですが、ヒトラーを憎らしく思いますが

受験生は捕虜でもないですし、安倍さんはそんなことを強要していません(笑)

受験生はまだまだそう言った意味では自分の未来を悲観するのは

まだ早いですね。しっかり、追い込みをしてください!!


では、この時期何をすべきでしょうか。

これは結構迷う人がいるかもしれません。2パターンあると思います。

1つは、超実践型というかオーソドックスな方法です。

とにかく過去問を解きましょう!この時期に過去問に優る学習書はありません。

しっかり分析して、自分の苦手な部分を克服しましょう。


そして、もう一つの方法。これは今年の学生の多くに指示しました。

「やったことがあるものをもう一度引っ張り出して、解法の出し方を再確認しよう」

ということです。今年の学生の質問に多かったのは、

「ある学校の先生は授業で英文をたらたら読むだけで、どこから切り口にして読めばいいか

マニュアルが出来上がらない。なんとかしてくれ!」

というものでした。要は、どういうところに目をつけて読むべきか?

ということをものすごく多くの人が求めていました。

私の中では、第一段落をしっかり理解することに努め、

3つ以内のキーワードとなる語を探し、それらの語句に関連する内容かどうかを

考えながら第2段落を読むように促しております。あとは話の転換点の見つけ方ですね。

このように見るべき点をある程度法則化し、その通りに読み取れているかどうかを

今までやった問題ですべてフィードバックさせております。

今までやったものですと、新しくやったものよりも早くたくさんできるので、

実は新しい問題をやるよりも量をこなせるときがあります。


まあ予習型と復習型とまったくもってどちらも極にある方法ですが、

これは勉強の進度で決まるでしょう。

とにかく勉強して予備知識や文法がしっかり蓄積されている学生は、

過去問をやりまくった方がいいです!

そうでなく、夏までにあまり単語や語法を覚えず、

やったものが中途半端になってしまった学生は

新しい問題をやってもそれほど発見はないです。

というか、「発見」が見つかりません(日本語おかしいですねw)

そういう場合は、丁寧に読んだものをしっかり復習した方が意味あります。

そして、できる限りやった単語帳を確実にした方が使える技が増えるし、

確実になるでしょう。



それでもダメだったときは………

それはもともとの実力不足と試験後に割り切って考えましょうw



さー、追い込み頑張ってくださいねー!
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