2014
09.30

9月終わりますねー。

Category: 雑記
さて、高校生や中学生も社会人にとってもみーんな9月が終わってしまいます。

今週の私は大抵の生徒にぼやいていたことにしか記憶にありませんが、

そろそろ受験にむけて、気持ちを引き締めていかなければなりませんよね

高校1・2年生のみなさんはそれなりに勉強してますか?来年とか困りますよ。

受験とかやりたくないかもしれませんが、大学に行くのであれば頑張りましょ。

高校3年生と浪人生はもう基礎事項を定着させたり、暗記事項に専心できましたか?

夏休みを経て、模試を経て、やっかいなことは終わらせていますよね?

そうじゃなければ死にますよ。まだまだやり足りない人は、

10月の最初の2週間で最後の追い込みをしましょう。

それをしないと、きっと後悔してしまいますよ!


受験生活において、夏は受験生にとっての一区切りだと思っています。

夏までにある程度の基礎事項が出来上がっていなければ、

正直なところ、夏以降の大きな飛躍はあり得ません。

例えば、英語で言えば、高校3年生や浪人生たちは、

英文法の一通りの網羅と、基本的な英単語の習得は不可欠です。

できれば、そこに文章の読み方のノウハウが乗っかっていることが

理想です。

私の生徒たちには3月からこのことを口酸っぱくいってきたのですが、

それができた人とできなかった人たちが存在し、

彼らの実力差はもう歴然としてしまっています。

ここまで土台をしっかり作り上げてきた人は、

これからセンター試験で190点キープを狙い、

2次対策まで一気に駆け上がります。

そうでなかった人たちは、

なんとか9月までに基礎文法と単語を無理やりでも完成させて

不安定ながらも駆け上がらなければなりません。

なんとも厳しいと言わざるを得ない状況ですが、

我々は生徒とともにその状況に立ち向かわないといけません。


しかし、こうやって前を向こうとしているときに

次のような懸念もあります。

この時期に懸念されるのは、夏休みボケや友人とのつるみ合いです。

夏休みは講習等で友人もできやすく、

一緒に勉強しているんだという一体感を手に入れられますが、

なれ合いになってしまうと、これは逆効果になります。

実はこれが元凶で受験に失敗した生徒が後を絶ちません。

まあ、生徒がその生活に納得して、結果を受け入れるのであればいいのですが、

大半の生徒はその時間を過ごしたことに後悔して大学に入っていきます。

あくまでも勉強は自分でやるものであり、自分との闘いなのです。

ストイックになってください。

そろそろ周りが実力をつけて、模試等のスコアが変わってくる時期でもありますが、

相手の結果をみて、自分のペースに無理に変化を与えないでくださいね。

マラソンと一緒で、他人のペースで走っていても、

あとでそのペースについていけなくなっていきます。

自分の実力とよく相談して、もう一度プランを練り直してください。

それがわからない時は、身近にいる先生に相談することです。

きっと、いい解決法やいいプランを打ち出してくれるはずです。


9~10月を迎えたら、いかに自分がぶれないようにするかです。

作戦として、他人の情報を一切シャットダウンするのもありです。

発狂するかもとブレーキをかけるぐらいでしたら、

そこまで勉強しなくても手に届きそうな大学に行けばいいだけです。

でも、どうしても行きたくて、

ちょっと今のままやっても手に届かなそうな大学であれば、

我慢してやりましょう。

大きな成就には、犠牲がつきものです。

何かを犠牲にして初めて、何かを得るのです。

それは睡眠かもしれません、栄養かもしれません、友人関係かもしれません、

楽しい夏休みの思い出かもしれません。

でも、この1年だけに賭けるんだという気持ちがあれば、

この犠牲は決して大きなものには見えてこないでしょう。(大きいかもしれませんが…)

そこまで集中力をあげてください!



さーて、ここからが本番だ!!

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2014
09.29

徹夜ってどうなのよ?

Category: 雑記
私は今日徹夜してある本を読みこみ、それをなんとか読了しました。

そんなわけで、とてもすがすがしい1日を迎えています。


さて、この「徹夜」という行為、

人間にとって「魔物」なのか「救世主」なのか。

答えはわかりません。

でも、「徹夜」にはその両方の側面があるのは事実です。

本来、「徹夜」はいいものだとは思われていません。

それはごもっとも。やったことがない人は、やってみればわかります。

体がエラいです。(名古屋弁で、「きつい、大変」の意味です。

お肌によくないです。眠いから作業も滞りがちです。


でも、「徹夜」を肯定的に解釈しているデータもあります。

例えば、ある大学の研究者はメジャーリーグの野手(投手もだったかも)を、

夜型(遅くまで起きている人)の人間と朝型(早く寝る人)の人間に分類して、

野球の成績を分析してみました。

すると、その研究から、夜型の選手はナイトゲームで活躍し、

朝型の選手はデイ・ゲームで活躍するという結果が出たようです。

この結果から、スポーツ選手は別に朝早く起きなくても、

活躍する場面を監督と化に考えてもらえれば、問題ないということを

意味しているようにも窺えます。


また、何かを続けていると止まらなくなることがありませんか。

例えば、夜に読書をしていて、

いいところでもう12時が回っていたらどうしますか。

本当に没頭していたら、「徹夜は体に悪い」という理性よりも、

自分の本能の方が先に作用するもので、

寝ようとはしません。

たとえ、寝たとしても、それは体の限界が超えて

無意識的に寝てしまったと言うだけです。

それぐらい没頭していられる状態(トランス状態)になれれば、

徹夜もたまには悪くないのかなと思います。


私が修士論文を執筆していたときなんて、

毎日4時まで作業していたので、オールデイ徹夜状態でした。

しかし、「ダンディとスノッブは何が違うのか」とか、

「ネクタイが意味する表象は何か」などと瞑想にふけっていると、

日を落ちることに気付かず、新たに日が昇り始めて

日がかわることに気付いたということは少なくありませんでした。

もしそんなことあるわけねーじゃんと思った人は、

週3回ぐらい夜3時ごろ、名古屋大学に行ってみてください。

理系の建物を見れば一目瞭然です。

3時になっても煌々と部屋の電気がついています。

それぐらい、名大の研究者は熱心に一つの研究に没頭しているのです。


徹夜が体に悪いのは誰もがわかっています。

でも、その理屈を覆さないとどうにもならない現実もたまにはあることも

知ってください。

時間は人間に平等に与えられていますが、能力や境遇は不平等なことが多いです。

自分が他者と比べて能力が劣っていたら、

その人の3倍ぐらいやってその人の感覚に追いつくぐらいなことをするためには、

生涯一度も徹夜なしにその人を凌駕しないにしても、

追いつくことはなかなかできないように思います。

理屈じゃないのです。


熱帯夜が続いて眠れないときは、思い切って勉強してみようとすると、

時間の節約ができるかもしれないですね。

それは東電や関電が15%電力を節約すると公言する以上に

意味ある活動だと思います(笑)


(注:「徹夜を意識的にしてね」というメッセージではないことを、つけたしておきます。)


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2014
09.28

無意識に支配されているのか?

Category: 未分類
先日、中学校のお友達からお電話がかかってきて、

久しぶりに会うことを決めて少し話しこんでいました。

その彼は優秀で、創価学会のホープ的存在であります。

自分と彼は、世界についての考え方は全然違うのですが、

話をしてると結構時間が経ってしまいます。そして無意味な勧誘をしてきます(笑)

もちろん、私は創価学会になんて入りませんがね(笑)


そんな会合の後、私は久しぶりに映画を見ました。

「地上より永遠に」です。(英語のタイトルは「FROM HERE TO ETERNITY」)

どうでもいいですが、最近英語のタイトルも覚えようと努力しています…。

理由は、外国人とと映画の話をするとき、すぐに話がかみ合わなかったからです。

昔から古い映画が好きで以前はよく観ていましたが、

最近はなかなか時間が取れず、DVDでさえもみてませんでした。

さて、この映画は1953年のアカデミー賞作品賞、監督賞、

助演男優・女優賞、脚本賞などを取った素晴らしい作品です。

また「ローマの休日」もこの映画と同じ年に作られて、

「地上より永遠に」でオスカー総なめとはいきませんでした。

ちなみにこの年、オードリー・ヘップバーンは主演女優賞を受賞しております。


この映画は1941年、日本が真珠湾攻撃をする直前のハワイが背景になっていて、

当時のアメリカ軍の非情な人間性を活写した映画です。


主人公が、ボクシングで昇進できる軍隊に転属してきたのですが、

その彼は以前に、

ボクシングで友人を失明させてしまい、もう二度とボクシングはやらないという…。

しかし、その態度を軍曹や大尉は気に入らず、

彼に理不尽な強制労働を行わせる…

例えば、行進の練習や穴を掘ってまたその土を埋めるというもの…。

まあいってみれば、高官によるいじめです。

しかし、彼は、正直というか頑固者でそのいじめにも耐え軍隊での生活を送っていきます。

そんな生活の中のある日、彼は友人とクラブにいき、

そこである女性と出会い、二人は恋に落ちていく…。

仲が深まっていくと、彼女の家の合鍵を得て彼女との距離をさらに縮める…。

しかし、彼女は、軍人である彼とは結婚できないという…

いうまでもなくそれは、彼女が安泰を求めているからです。

その言葉を受けた彼は、何も反論せずに軍に去っていき、

そして、また高官によるいじめの日々が始まる…。

彼はさらにエスカレートするいじめに耐えていきます。

そんな日のあとのある夜、彼の友人がトラックの荷台に乗って、

刑務所みたいなところから脱走しするが、後に死んでしまう…。

このことに頭にきた主人公は、仇打ちを考える。

そして、バーの外でナイフでの激闘……結果、彼は刺されながらも、

友人を殺した高官を殺し敵討ちを果たした…。

そのことが、ハワイじゅうに知れ渡り、彼は身を潜める…

場所は以前クラブで知り合った女性の家。

そして、軍隊と離れた生活をしようとしていた…

しかし、日本による奇襲攻撃がハワイを襲う…。

それに感づいた彼は、また軍に戻ろうとする…

彼女は泣きながら彼の背中を見つめている…。

しかし、彼は去っていく…。

最終的に彼は、アメリカ兵により、不審者と思われ撃たれて死んでしまう…。

そこでおしまい…。(長々と書きすぎました。しかも内容わかりづらいな。)


この映画では、

真面目に且つ正直に生きた人々が痛い目にあっているのが、

よく写し出せれています。

やはり、大戦中の人々の意識や精神状態は狂っていたのでしょうね。

日本を例にあげれば、当時の日本で「戦争をしてはいけない」という言葉を発したら、

「非国民」というレッテルを貼られてしまう…と言う時代ですもんね。

ご存じアメリカは最後まで戦争を避けていたわけですが、

最終的には世界中の戦争ブームによって、意識が変わっていったわけですよね…。

この映画を見て思ったのは、境遇は違えども、

この精神状態は今の日本でも同じ光景がみられませんでしょうか。

真面目にやってバカを見ることってありませんか?

例えば、対して学歴はあるが賢くもない上司が、

日々頑張っている人を平気でリストラしちゃうとか…

大した大学生活を送らずへらへら仕事をする大卒と、

すごく頑張って仕事をしている高卒の人の給料に大きな差が出るとか…。

事態はまったく違うけれども、本質は同じのように思えます。


今の日本は完全に迷走しきっています。

なんでこんなヤツが先生や作家になってんだってヤツがたくさんいます。

ブログが広まってから余計ですよね。だれでも作家状態(笑)

高校の先生を引き合いに出せば、

高2のときの自分のTOEICのスコアは先生のスコアよりも上回っていたのですが、

「お前はどうして専門科目を磨こうとしないのか」と疑問ばかり抱いていました。

何が正しくて、何が正しくないのかが、もはやわからない世界になっています。

この原因は、「日本人の意識崩壊」…つまり、「日本人の無意識」にあると思います。

以前にある教授がこんなこと言っていました。


「世界は今、無意識に支配されている。」


うーん、今の世界にぴったりな言葉ではないでしょうか。

人間の思考が止まっている、ないしは普通ではなくなっているのは事実でしょう。

自分は日本人でありたいですが、

今その辺で歩いているような、

また何を考えているかもわからないような日本人にはなりたくないです。

世界では日本人と聞くと軽視されがちですが、

自分は世界でも尊敬されるような日本人でありたい。

そのためにまた私は精進し、

さらに私の生徒たちもそうなってもらおうと精進してもらっています。




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2014
09.27

生徒の一言から考えたこと

Category: 雑記
先週生徒がこんなことを言っていました。

「僕の友達はみんな大手の予備校にいったのですが、

僕より成績が上がっていたやつは一人もいませんでした。

そして、誰もが「お前って頭良かったんだな」って言い、

僕は今までものすごく馬鹿だと思われていたんだと気付きました。」


うれしいのやら、かなしいのやら、

複雑な心境ですが、一つわかることは、

彼の友人は彼の実力にビビったということです。

これを聞いて、私もとてもうれしかったです。

しかし、どうしてこんなことが起こったのでしょうか。

これは二つのことが起因していると思います。


一つは思い切って、僕の生徒は超基礎まで戻ったことです。

生徒はきっと屈辱感に苛まれたでしょうが、

私は思い切って中学校2年生まの知識まで戻って、

不定詞や動名詞などの基礎を徹底的にやりこみました。

そのおかげか、基礎ができあがったおかげで、

生徒の頭の中にベースになる型ができ、

どんな問題でも基礎のレベルまで噛み砕いて読めるようになっていきました。


残念ながら、大手の集団授業ではこのケアができません。

生徒が大手の予備校にいってありがちな間違いは、

とっても素晴らしい授業を聞いているだけで自分もできるようになっているという

錯覚を起こしてしまうということです。

授業を聞いてすぐにできるのは、言うまでもなく当たり前です。

問題はその授業の復習をして、類似の問題を探して、

自分で理解するところまで落とし込むという作業ができるかどうかです。

予備校の授業は、受験の内容+パフォーマンスでできているでしょう。

割合は教える人によってまちまちですが、パフォーマンス要素は誰にでもあります。

これは生徒の興味をひきつけるためにやっていることなので、

いたしかたないのです。

よって、その授業だけ聞いているというのは、

サーカスで「すげー演技だったなー」っていう感想をいうのと同じで、

日が過ぎていくにつれて、少しずつその記憶は消えていくのです。

従って、予備校生活を送る場合、

自分でその記憶をいかに鮮明に残せるかがキーポイントとなるはずです。

授業のあとの形状記憶にぬかりをみせたら、すべて無意味になるのです。


そして、もう一つはストイックさだと思います。

よく「3人揃えば文殊の知恵」と言いますが、

それはあくまでも複数の人間が全く同じ問題を処理するときに使われるもので、

受験のような個人戦の前では、それは無意味です。

受験ははじめから終りまで自分との闘いです。

これが、わが生徒たちはよくわかっているのだと思います。

そして私はこのことを非常に強くいいます。


しかしそうはいっても、

「仲間と一切つるむな」とまでは言いません。

でも、1日ぐらい花火を見に行こうぜとか、クリスマスだけは一緒にいようといった、

受験生にとって不純な動機をちらつかせる人間とは

ひと時でもいいから距離を置くべきでしょう。

私が生徒に一番知ってもらいたいのは、

勉強をしていると、自然と「同士」と呼べる人間ができるということです。

それは隣の席の人かもしれませんし、

講師が「同士」と呼べる人になることだってあります。

私も修士2年のときは1人で日本中を駆け回り、

1人で論文の情報を集めたりして、個人プレー全開でした。

もちろんある一定期間は孤独感にさいなまれるのですが、

不思議なんですが、ちゃんとやっている人々の周りには、

人が集まるものなんです。

このことを知った上で、勉強すればたとえ孤独で泣きそうになっても、

きっといつの日かわかりあえる「同士」とめぐり合うための

試練なんだと割り切って、死ぬほど勉強できるのではないのでしょうか。

そして、そんな「同士」とは一生きれない関係であることが多いです。

そんな関係が私の生徒たちの間、また私と生徒の間で

形成されているために、そしてもっと深遠な関係をつくっていくために、

生徒たちの目標はとても高く、

そして、その目標のために生徒は互いに切磋琢磨するのです。

まさにこれこそ「正の連鎖」でしょう。


もちろん、このチャンスは大手の予備校でのほうが多いです。

でも、その反面、悪い友達もできてしまうこともあるので、

やはり結局自分の意志がものをいいます。

意志が強ければ問題ありません。

でも、意志が弱い人であれば……。


受験生もなかなか難しい時間を送っていて、大変でしょうが

私はそれを静かに見守ることしかできません。


あえて助言できることと言えば、

こんなことでしょうか。



受験生は意図的にストイックな境遇と、

たまに息抜きができるパブリック・スペースを作らないといけません。

バランスとしては前者重視で。



もう夏は終わりましたね。。

「先生、冬の予定をきかせてください。」とか「クリスマスどうやってすごそうか?」

って話が来ると、「あ、もう冬は近いんだな」って思います。

そして、今年はなんかもう肌寒いっすね。長袖で十分です。


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2014
09.26

部屋にいくとどういう生活をしているか大体わかります。

Category: 雑記
私は家庭教師を稼業にしておりますが

家庭教師という生業稼業ほど、他人のお宅にずこずこと入れる職業もありません。

だから学生の生活も部屋をみたり、

雰囲気を感じればだいたいどういう生活をしているかわかります。

さて、私は学生の部屋で何を観ているのか。

まあ意識してみているわけではなく、勝手に目に入るということです。

意識して観ていたらそれはなんか変態ですよ(笑)

盗人とか家宅捜査になってしまいますよね(笑)

で、無意識に見てしまうのは、やはり本棚です。

人の本棚を見れば、人は何を考え、何をもとにして生きているんだとか

様々なことがわかります。

私の本棚は漫画や英語の問題集もたくさんありますが、

その中でも一番多いのは服装哲学系の本や社会学やグローバリゼーションの本ですかね。

洋服が好きだとか、文化論が好きだとか、身の回りにある問題を解決したい内容が

沢山あるんじゃないかなってことを彷彿させるのではないかって勝手に考えています。

あとは、私の本棚をみて思うことは、「マニアックだなー」ってことでしょうね(笑)

だってガーターベルトのエッセイとかネクタイの歴史に関する本はないでしょう?(笑)

何を思うかは人によってまちまちですが、なんかわかります。

学生の心を自分なりに掴んで話をしようと努力をするときも、

極力こういった生徒の身の回りにあるものから判断して彼らの趣味とか話したいことを

考えて、それを基にして授業で扱う内容の事例や英文の例文を考えます。

なかなか考えているでしょう、私(笑)いやいや、

こんなことはみんな家庭教師なら職業病のごとくやっています。


そして、勉強をしている人ってどんな机の上なのかっていうと、

「めっちゃくちゃきれい」ってことを想定しませんか?

いやいや逆です。

もちろん漫画や部活の道具や食べ物と、勉強の道具や教科書が散乱していたら

それは論外ですが、

できる人の机っていうのは案外汚いです。他者から見たらですよ。

でも、しっかり稼働している机って、あるスペースには今日使うものとか、

あるスペースには生物に関するものがまとまっているというように、

乱雑しているようで乱雑に置いているわけではないんですよね。

机の上って汚いかってよりも、大事なのは稼働率が良いかどうかなんですよね。

つまり座っている範囲内に、大抵のものがとれるかどうかってことです。

私のオフィスにある机は座っているだけで大半のことができます。

学生が「こんな問題がほしい」と言ってきたらすぐにドラえもんのごとく出せます。

でも、整列しているかというと、正直そんなことありません。

問題集のラベルは結構逆さまになっていたり、ぐちゃぐちゃです(笑)

書類も散乱しております。でも、全部自分なりにカテゴライズしてあるので、

大方どこいったーーー?ってことはないはず(笑)

というわけで、稼働率が上がっているときは汚いことの方が多いかと思います。

逆にきれいすぎる机の方が心配になります。

「え、勉強してないでしょ?」っていう部屋とかありませんか。

潔癖とかきれいでないと気が済まないっていう学生もいるかもしれませんが、

教科書とか新品同様のクオリティーを保っていると、

さすがに「絶対にやってないなー」って思います。

勉強していると、参考書なり教科書なり、部屋なり汚くなるんですって。

そして、それをたまに稼働率をあげるために整理をするんですよね。

そうやって繰り返すので、掃除をしなくても綺麗なままっていうのは実はやばいです。

我が軍の机の多くは、この何もやっていないって意味のきれいだなーって感じですね。

本なんて読んでないでしょう?ってぐらい、本が直立不動になっております。


では、私の家のデスクはというと………今はあまりにも本が散乱しているので

とてもお見せすることができませんので、これから掃除をするとします(笑)
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2014
09.25

苦痛は苦痛になることをやめていた。

Category: 雑記
勉強をするのが苦痛ではなくなって、

勉強する時間が長くなったという声をある生徒からいただきました。

これは私にとって非常にうれしい声です。

なぜなら、私と同じ感覚を味わってもらえたからです。


キチガイと思うかもしれませんが、私は勉強が多分好きです。

例えば、本気でネクタイ研究をしてもいいという時間とお金があったら、

おそらく一生文献を読んで、論文を書いて、

今ある世界から乖離してしまいます。



この兆しは小学校の時にあったのかもしれません。

私の母は小学校のときの私に、

「これから6年間は宿題が終わらなければ、うちで遊ぶのは禁止ね」

という、子供にとっては非常に理不尽なしきたりを言い渡し、

私は「えー」と落胆の念をむき出しにしていました。

しかし、私の家には当時超最新ゲームがなぜか必ずあり、

人々のたまり場になっていたために、

私の家はとにかく出入りが多かったです。(母の来客も多く、母とよく喧嘩しました…)

私が宿題が終わらないとみんなゲームができないので

私だけでなく私の周りの人間も死活問題だと感じ、

全員で宿題を早急にこなしていました。

私は勉強がものすごくできたわけではなかったので、

特に理科(生活だったかな)と国語は死ぬほど苦手だったので、

よく友人にノートを写させてもらいました。

そんなことが続いていると慣れっこになって、

勉強することは苦痛ではなくなり、いつものように

勉強してから遊びにいくという習慣が、いつのまにか出来上がっていました。

しかも宿題が終わっているために、

ちょっと遅くまで遊んでいても、宿題を忘れることはなかったし、

勉強の件で文句ひとつ言われたことはありませんでした。


小学校の時に、この習慣がDNAに刻み込まれているのはあるかもしれません。

しかし、同じ薬を飲みすぎて効かなくなってくるのと同様、

勉強をしようと意志をもって、一日1時間でもいいから勉強するようになれば、

2~3ヶ月もすれば中毒症状が出てくるはずです。

マリファナの中毒は問題になっても、勉強の中毒は問題にはなりません。

むしろいいことです。


同じことを繰り返すという作業が困難な生徒さんは、最近多く見受けられます。

しかし、これは本来小学校の時に培われるはずの能力であり、

高校生にもなってその話をしなければいけない事態に遭遇すると

私は少々悲しくなります。

正直、公教育はいったい何をしているのかねと文句を言いたくなってしまいます。

(もちろんちゃんとやっている人はちゃんとやっているだろうが。)


反復は勉強の苦痛を苦痛たらしめなくなります。

そのとき初めて、面白い世界が開けてくるものです。

(どんな世界が見えるかは秘密です。でも、見えなそうなものが見えるようになります。)

是非そんな世界を一度垣間見てもらいたいです。



まずは15分でもいいです。椅子に座って、

机の前で団子虫のように丸まりながら本を読んでみてください。

それを繰り返してください。

団子虫の気持ちがわかるようになったら、

GOOD JOB!


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2014
09.24

和訳のエンターテイメント性

Category: 雑記
ある英文を読んで、一段落を読み終えると、

学生がこんなことを言っていました。

「先生の和訳というか英文の話と、自分が思っていた英文の内容に落差がある(笑)」

うん、当たり前ですよね。私と学生の語感の精度は異なりますし、

私のほうが一応英語のことを知っているので、

解釈のバリエーションが多いのは当然で、高校生の字面の解釈以上に臨場感は出るはず。

私は内容をしっかり理解してもらうために、

ダイジェストで内容を説明しますが、

その説明は大げさというか、

現代の生活に使い感覚や、学生がイメージしやすい感覚まで崩して、

説明するために生徒や全訳が与えている最低限の内容とは異なります。

まあそのレベルで読み取れればいいと思えば、私なんていりません。

きっと実力で東大に行けますよ(笑)

しかし、日本語を読んでいても内容が入ってこない人もいるわけで、

そんな人のためにわかりやすく内容を大げさに説明します。

その説明を聞いて英語を楽しいと思ってくれることも狙いとしてあります。

実際に長文を読むことが楽しいとか、

英文一つの解釈でこんなレベルで解釈が出来るなら、

文法をもっとしっかりやろうと思ってくれたら、

私の役目は果たされたと思っています。

硬い訳で説明しても学生はわかりませんし、内容が入ってきません。

逆に「え、こんな訳しているの?正確に英文をとっているのにこんな日本語になるの?」

って疑問をしっかり持ってくれたほうが印象に残るし、

私も説明を深くするようになるわけですよね。

英文を自分で読めるようにするためには、

内容をどうやって正確にかつ面白く脚色するかが問題になります。

それこそ和訳のエンターテイメント性ですよね。

この実力を上げるために、

説明は現代的にかつさまざまな解釈や哲学を入れてお話しています。

まあ若干大学の授業のようになっていますね。

もちろん、大学受験ですから文法の話は多めですよ。

学生にはぜひこのエンターテイメント性を手に入れてほしいです。

そうすれば自発的に本を読むはずなのだが……。

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2014
09.23

大学なんて必要ないぞーっていう風潮が続いていますが……

Category: 雑記
大学は不必要!?

さて、ホリエモンと茂木さんが「大学なんて必要ないじゃん。既得権益の塊じゃん!」

と言っておられましたが、うーん、その通り。大学の意義がどんどんなくなっております。

最近優秀な人の傾向ですが、大学などにはいかず

株やってお金を儲けて、ディーラーの世界へまっしぐらだったり、

自分の会社を立ち上げてシリコンバレーとかに乗り込んだり、

世界中を旅して人生観を演説したり、講演したりするパターンが増えております。

私は大学に入ってよかったと思っていますが、

なぜよかったかというと、その大学にたまたま「諸坂」という先生がいただけで、

大学にありがたみをもっているというよりも、

その先生にお会いできたということにありがたみをもっているわけなんですよね。

そう、勉強して中身を手に入れるというよりも、私が思う大学の機能って、

「日本で動きやすいパスポート的な証明」でしかないんですよね。

特に文系なんて東大か京大以外はあまりかわらないっす。

まあ早稲田慶応なら日本人なら名門だと知っているので、

ちやほやされたり、それなりの信頼を日本社会的に勝ちとっているので仕事を回してくれたり

そういうブランドとしてしか機能していないんですよね。

あと、大学の機能として挙げられるのは、

ホリエモンや茂木さんのお話にもあった「居場所の証明」でしょうね。

大学に入っているだけで、楽しいことは結構ありますし、

手っ取り早く友人やグループをリアルに作れますよね。

ネットでグループを作れることを言及しておられましたが、

それでは満足できない、

人との接し合いでしか得られないものをネットだけでは一生得られないので、

「リアル」を提供してくれる場として大学は機能しているのかもしれませんね。

医師免許をくれるとかもこういった「リアル」を提供してくれるレベルでしょう。

でも、本来これは大学の特質でもなんでもないのですが、

今ではそれを特筆すべき特徴としてあげていかないと

大学の存在意義が脆弱にみえるのでしょう。

とまあ、論文も自分で検索して読めるし、本はいろいろ出回っていて不自由しないので、

大学でやることっていえば、……うーんなかなか難しいですね。

私は名古屋大学でスウェーデンと同じような体験ができると期待していましたが、

なにもありませんでした。どちらにしても自分で全部動くのが当たり前で、

指導教官はほぼなにも教えてくれなかったのが現実。

多分、「こいつは研究職でやっていけないから、

とりあえず論文acceptさせて卒業させればいいか」

ぐらいにしか思っていないでしょう。

今の私は、「論文だって別に大学に所属してなくたって書けるわ」って思うようになり、

日本の大学にもはやなにも期待してないので、日本の大学には入りません。


それを分かっていて、大学受験指導するのは最近どうかなーって思っております。

こう考えるようになってから

大学受験の枠だけで英語の指導を考えることだけはやめるようになりました。

大学受験で乗り越えるための効率性はたしかに追求しますが、

指導の中で大学の在り方をしっかり見せてあげる、伝えてあげるのが

大学受験指導者のちょっとした義務なのかもしれません。

「大学に行っても、いっただけでは何も変わらない。

何をするかというビジョンは持ったうえで大学にいって好きなことをしなさい。

最悪、英語が使えて自分の専門と言えるものを実践的に使えれば

くいっぱぐれはないから。

会社に入ろうってリクルートや就活集団にまみれてやっているヤツは負けだよ。

できるやつにはちゃんと声がかかるからねー。」

っていうのが、我が軍の文系大学に通う学生によく言っていることです。

大学受験指導もやはり詐欺集団といわれても仕方がないのかなーって悲しくなる時もあります。

でも、英語の勉強をたくさんしたい、人生を変えたいと思う人だけに

私は指導しているつもりです。そう割り切って、また指導していこうと思います。
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2014
09.21

精度も大切ですが、受験指導は楽しくないとダメ。

Category: 雑記
今年は私は予備校で藤田対策授業をやっておりません。

まあ最初はやらないってことになっていたのですが、

急遽やることになったようなのですが、私のスケジュール調整がうまくいかなかったので、

今年は他の先生にお任せしております。

そんななか、これは知っている先生伝いで聞いただけなのですが、

「どうして先生(私)が教えてくれないのー?あいつ藤田のこと詳しいのにー。」

うーん、生徒の気持ちはうれしいのですが、物理的に無理なもので……。

というわけで、生徒から若干のクレームみたいなのが私の知らぬ間に出たようです(笑)

(まあクレームと言うものではないと思いますが……)

でも、ちょっと引っかかることがあります。

もし仮に代行の先生の授業が面白くて、意義あるものであれば、

このようなことは一切言われていなかったのかもしれません……。

(まあ、その先生のことを悪く言う気はさらさらないのですがね。)

実際にその先生とお話ししてどういう人かを知る必要はあるかもしれないし、

学生の質問が私に来たときにどう対処した方がいいか、

とりあえず担当してもらっている先生の状況をみて対応を考えようと思い、

会ってみました。うーん、正直な感想。

ちょっと威圧的というか、堅いというか、少なくとも楽しそうではない。

特に私との授業を受けた後に他の授業に行くと、

「先生の授業の方が実は面白かった。英語だけの授業ではもはや物足りない…」

ってなってしまう部分があるのかもしれませんね。

じゃあ同じ授業をしろって言われても、その先生にはその先生の方針があるでしょうから

そんなことはいえませんしね…。

というわけで、まあ実際にこうやって授業運営のことは常に考えていないといけません。

TOEICや会社向けの英語指導でしたら、英語をやることを前提として

ある程度意識高くして授業を受けに来ているだろうし、それなりに教養があるでしょうから

それに合わせた授業をしなければなりません。

笑いも1ランク上の英語のエピソードに切り替えないといけません。

中学生だったら、雑談してもスパって切りあげて、

練習する時間をたくさん作ってあげないといけません。

とまあ、英語の授業にもいろいろあるので、自分のベースを持ったうえで

臨機応変に授業運営を捉えなければならいません。

特に大学受験のような微妙な思考を持っていたり多感な学生には

それなりにあっと言わせたり、おーーってなったり、あはははっって笑える授業でなければ

生徒は聴いてくれませんし、勉強もしようと思いません。

強要したって誤魔化せてしまうのが高校生や浪人生。

英語の答えの精度ばかり気にしている先生よりも、実はリーダーシップをとって、

合格の方向性を見せられる運営力を持っている先生の方が

塾としては重宝されますし、学生はそれを求めています。

万人受けの授業は本当に難しいし、私はそれを諦めております(笑)

堅い授業になれてきた学生や、形式がちゃんとしていないとダメな学生は

多分私のスタイルに合いません(笑)ストレスに感じるだろうし、

不安に感じるだろうし、何より私がへらへらしているようにしか見えないかもしれません(笑)

でもね、わかる人にはわかってもらえます。そういう人のために私は指導をしていますし、

エンターテイメント性と英語の効率性を共存できることを常に考えています。

英語ができる先生はたくさんいますが、

授業運営に目がいかなくて、自分のやり方がベストだと思い込んでいる、

英語ができる先生は多いです。英語ができるのだから、もっと楽しく、

幅のきいた英語指導をしていかなければなりませんね。
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2014
09.20

学校以外のことをやる人は受かる。

Category: 雑記
さて、先日面白い先生のお話を聞きました。

「イケメンなんだけど、暗い数学の先生を見つけたんですよ、先生。

先生(私)とは大違いですよ。とにかく話さないんですよー。

でも、イケメンだから雇ってみようと思います(笑)」

イケメンいいなー(笑)私にはそういう容姿端麗さを神やDNAは備えてくれなかったようです(笑)

でも、楽しく生きようと思います、不細工なりに(笑)


さて、その先生、イケメンで東大卒らしいのですが、

高校がそれほど優秀な学校ではなかったそうな…。その辺は私と似ていますねー(笑)

そして、そういう学校の宿命なのでしょうか、私と全く同じ思考で驚きました。

「その先生ってさ、学校のことを全然やらずに自分で全部やったんだってさ。

それで東大に行けちゃうもんなんだねー。」

自分の出た高校で東大輩出の前例がなければ、残念ながら作るしかありません。

そして、そういう人たちが考えることは、「周りと同じことをやっていたらダメになるからやめよう」

っていう思考です。とにかく、学校のことはできて当然で、それ以上のことをやろうって

ならなければ、新しい前例はまずできませんよ。

私の通っていた大宮西高校もそうです。早稲田と国公立が10年でない…

受験情報なんてあるとかほざいていても、進学校へ通うべき情報はないに等しいです。

(だから、予備校の先生を頼って、去年早稲田・慶応をダブルで出したんですもんね(笑))

私の時はとにかく状況はよくなかったので、東大に行くためには

予備校へ通い、頭がよろしいやつと仲良くなって、頑張るしかないって思い、

栄光ゼミナールの高等部に通いました。

でも、やはりお勉強ができる学生と同じクラスになるには

実力を先生にみせなければなりません。

もちろん私が最初に所属した英語のクラスは高校名からしても

4クラス中1番下のクラスです。得意な科目だったんですよ、一応。

でも、それでも他の学生と比べると、できない部類にあったんですよね。

こうなると、学校も予備校も雰囲気は変わらない…じゃあどうするかというと、

自分の中学生の時の友人を頼るしかありません。

幸い、中学生の時の友人はみな優秀だったので、何をやっているかはすぐ知ることができました。

私はそれを基に英語と数学だけ優秀な友人の2倍やりました。

英語の問題集なんていきなり大学受験問題のものなんて買って、

とにかくできないなりに1周を3か月で終わらせて、

できたぞーーーって調子に乗っていました(笑)

高校の周りからは、「あいつなんなん?がり勉か?高1だぞまだ?」

っていう目で見られました。仲良しの学生なんていませんでしたねー(笑)

でも、いじめられるっていうこともありませんでしたねー。(気づいてないだけか?(笑))

とにかく、暗中模索のままやっていたのが高校1年生~2年生ですかね。

そうやって自分で推進力を持ってやれるかどうかで人生はいくらでも変えられるのですが、

これは私がそうだといっても、他者にはわからないでしょうし、

やってみなければわからないっていう世界でもあります。

自分の所属しているテリトリーに友人を作ると、

とにかく自分はそのテリトリーに縛られてしまい、新しい風は入りません。

もしそのテリトリーがものすごくハイクオリティーなら話は別ですが、

(高校で言うと開成・灘とか超エリート級の集団なら逆にノイズは煩わしい)

大方自分で環境はつねに変えていかないと、自分が思うような、

もしくはそれ以上のステップに自分自身を進めていけません。

ビックリしたのが、日本屈指の進学校の1つである東海高校の学生も、

優秀な学生たちは自力で勉強して、授業なんてあまり真剣に聞いていないのだそうな…。

東海高校がそうだと、他の名古屋の優秀な高校、南女や旭丘なども

学校のみで医学部へ行くのは至難の業みたいですよね。

ちなみにラサールや開成の学生は予備校に行かないそうですね。

行っても直前期や高3の夏ぐらい、

もしくは平岡塾などのような超レベルが高い人が集まるところにしか行かないみたいですね。

環境が与えられて、そこの中だけでうまくやれる環境は本当に限られているので、

大方私やその例の東大卒の暗いイケメンの先生のように

状況をどうとらえ、換えていかなければならないんだと意識して動けるかどうかで

人生の方向性は決まるんだと思います。

まあ誰にでもチャンスだけは与えられているんですよ。

どうものにするかが問題なだけです。うーん、難しいですね。
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2014
09.19

丸暗記と「覚える」は紙一重だが、その一重が大きいのよね。

Category: 雑記
こんな学生がいます。

ある問題に関しての解説です。

I managed to ( ) the bicycle repaired by 7 o'clock.

1, have 2, let 3, make 4, had

この答えは言うまでもなく、haveなのですが、

この英文に悩んでいた学生とのやり取りです。

私:「そうかー、わからんよねー。この問題でポイントとなると思うことを言って御覧」

学生:「えーと、manage to doと使役動詞です。」

私:「manage toってなんて意味?」

学生:「なんとか~するって意味です。」

私:「じゃあ使役動詞の区別は?」

学生:「haveは依頼だから、Oに~してもらう……(makeもletも答えられた!!)

    ということは1 haveが正解ですよね。」

私:「うんそうだねー。正解だ。というわけで、君の答えはあってるねー。じゃあ通して訳して。」

学生:「え、わかりません……」

私:「はっ?……ん、意味が分からん。」


こういう謎の学生が多々います。

これって、言われたことだけしっかりコピーをしているだけなんです。

例えば、manage toは「なんとか~する」と言うものなんだって

覚えたことをそのまま学生はコピーしているんですよね。

だから、文の中に紛れ込んだり、形がちょっと変化したり、

副詞や形容詞がまたがったらわからない学生は多々いるんだと思います。

最近は、一度見た英文がそのままでないと答えられない学生までいます。

こうやってコピーみたいな問題ばかりやっていると、応用が一切できない学生が出来上がります。

特にNEXT STAGEやグラマスターなどの問題が無数にある問題集ばかりやっていると

こういう学生が出来上がります。そして、悲惨なことに、こればかりやっていても、

つまりこういう問題集を10周しても形を変えられたら全然気づけず答えが出ません。

徒労になるわけですよね。左に問題があって、右に解説があっても、

イディオムのように覚えることが中心になっており、

覚えればいいだけかーってサクサク進みそうですが、進んでも知識がこぼれ落ちます。

だって、単発で問題を解いて、体系的に文法を捉えていないんですもん。

上の例の学生は一つ一つただたまたま出くわした英文をコピーしているだけで、

「覚えている」というようなクオリティーではないのですよね。

文法は基礎ルールやその文法の目的や醍醐味をしっかり理解して、

似ている文法だったらどう異なっているかがしっかりわからなければ

複雑な文法になったり、修飾語句が増えたらもう手も足も出ません。

文法や活用は変化する前提で考え、

どう対処するべきかを意識しながら覚えないとダメです。

我が軍はこういう学生を減らすために、今年は書かせる文法演習ばかりさせました。

扱った問題集も極力穴埋め多めのもの(桐原の即戦ゼミ⑧と③ですね)で、

選択問題で瞬時に解く訓練を前期にはあまりやらず、

とにかく書き換えと構造を考えられるようなことばかりやりました。

おかげで、4択問題をあまり練習しなくてもセンターレベルの文法でしたら、

41点満点で35点を切る学生はいません。

ちゃんと指示通りやっている学生は、わが軍は本当に文法に強いですし、

難しい単語で演習しているので、問題に躊躇しません。

これから2~3週間で4択問題1000問ある問題集をこなしてもらってきます。

そう、グラマスターやNextStageは問題やりすてのために使うもの。

間違えたらどうして間違えたかを右の説明ページをみて、

私の文法テキストで確認するといったような手順でものすごいスピードで

物凄い量の問題を解きます。

でも、きついのでできない学生にはできません。

でも、それでも大方の学生(スタートが200点満点で70点だとしても)は

一度センター模試で150点は取っております。

我が軍の学生で基礎ができる学生は、

私のテキストを持ち歩き、授業の再現ができるまで知識を落とし込んでいるだけです。

それだけで3か月でセンターマーク模試なら150点、

河合塾の記述模試でしたら、

偏差値60(100点ぐらい)は保証するぞっていえるぐらいにはなります。

(今年はかなり自信持ちました!)

ここでは伝えづらいので明確にしませんが、

丸暗記と「覚える」の違いは、私の授業を受ければなんとなくわかります。

多分…(笑)

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2014
09.18

ルールに則った後に崩す。

Category: 雑記
さて、わが軍の記述模試とマーク模試の結果が暫定ですが届いてきました。

以前にもお話ししたかもしれませんが、

4月の時点で偏差値38ぐらいだった学生が、

ついに9月の模試で偏差値68まで上り詰めてきました。

全教科で勝負すると、旧帝の医学部にB判定が付きました。

これで時間の問題となりました。あとはリスニング強化と読解をとにかくこなします。

という感じで、伸びた学生とそうでない学生の差が大きく出ました。

今回の聞いた中ですが我が軍のマックスは、

全統記述模試のスコアで173点(多分偏差値でいうと75オーバーぐらいですかね。)

それから10点以内で下回っている学生が5人ほどいますね。

偏差値70とるかなー組は結構います。

130点~140点が平均値となりそうです。まあ十分です。

それだけあれば医学部には入れる実力があることは証明できたのでね。

さて、問題は100点を超えなかった学生達です。この時期で100点を超えないとなると、

もう問題です。医学部組は足を引っ張る科目になる可能性が高いです。

国立上位組は、もう私立に切り替えたらどうかねーって相談する分岐点ですかね。

そうしろとは言いませんが、考えるようには指示します。

また親御さんにもそれをお伝えして、10月の進路決定をしてもらいます。

中間層(言ってみれば、まだ化けるかもしれないし、そうじゃないかもしれない層)

に属している学生たちが今年は少ないですね。

120点近辺の学生たちがもっといてもいいのですが、

今年の傾向ですが、そうであるはずの連中がちゃんと130点ぐらいをとってきている

とみております。どうして、今年はこんなにできるやつとできないやつで差が出たか。

大きく顕著に出たことが一つあります。

ルールをしっかり覚えた学生とそうでない学生であったということ。

また、説明をじっくり読まないといけない教材を1冊こなした学生と、

そうでない学生であったということです。

マーク模試でうすうす気づいていたのですが、

ものすごく伸びが出た学生の共通点はとにかく私のテキストを覚えるために努力をしていました。

120点から170点に変化した学生が10人も出たので、今回は成功です。

そして、9月になってルールづけたものを終えて、少々応用問題を解かせたり、

長文をたくさん読ませた中で、自分の持っているルールに例外をたくさん詰合せて

より実践的に対応できるようになったのが今回の130点以上をとった学生達です。

一方、そうでない学生たちは何をしていたか。

選ぶ問題や既存のやったことがある問題をとにかく膨大に解いていたということ…。

そう、あのNextStage系の問題集に固執した学生たちです。

我が軍にもそれに傾倒したがる学生が多く、統制するのがとにかく大変でした。

でも、それにはむかった生徒もちらほら…。

私の課題をやらずに隠れてそればっかりやっていた学生は見事に成績が落ちてきました。

これはもうなんの慰めの言葉もかけられません。そうやってそのまま行くのでしょう。

ルールを手に入れてから、スタイルを崩すという順番にしっかり気づいた学生は

これからも成績が上がると思います。だって、前半期にいやってほど説明を覚えてもらい、

基礎を積んでもらいましたからね。この時期に笑うのは、

前半期に地道にやれた学生達です。基礎事項が微妙な学生、

すなわち単元別の内容で根拠を大方説明できる状態にまだなっていない学生は

この9月で完成させようと指示し、頑張っている者もいます。

でも、やっぱりここにきても面倒な事や自分のスタイルに合わないものから

逃走する学生もいます。そういう学生を今年はもう追わないことにしました。

今年は生徒がたくさんいるので、そこまで指示に従わないのであれば

もう知りませんと言いそうです(笑)

どんなゲームにもルールがあって、それを逆手に取ることがわかるから面白いんですよね。


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2014
09.17

予備校で教えるものは受験でしか使えない。

Category: 雑記
例えば、こんな表現があります。

It is getting darker and darker.「だんだん暗くなってきたねー。」

多分、アメリカ人ならit is getting darker.で済ませるでしょう。

日本では、これを「比較級 and 比較級」=「だんだん」と教え、

比較の範囲の重要表現として学生に示すのですが、

うーむ、どうでしょう…。もっと知らなければならない表現がたくさんあるのですが、

大方意味がないとはいわないまでも、まあ使う頻度が少ない表現を多々教えます。

日本の英語教育は迷走していると言えますが、

見方を変えれば、日本の英語教育は

ガラパゴス諸島にいる動物のように独自の進化を辿っている、

もしくはこれからそうなっていくのかもしれません(笑)

私はもちろん二十歳まで海外にほとんど行ったことがありませんでしたし、

生活をするなんてまず考えもしなかったのですが、

21歳のときにスウェーデンという異国も異国、

行こうと決めた時は地図でどこだろうって探していたぐらい

私の生活とは関係がほぼない国にいくことが決まるまで、

とにかく受験方式の勉強を積み重ねていました。

文法を覚えること、問題集を解くこと、TIMEを読むこと、単語を覚えること。

これだけです、本当に。でも、実際に行ってみて話すときに気づきました…。

やべー、It is a trifle thatなんて会話で一生使わねー…。

child as he wasなんて、まず使わねー。though使うわ(笑)

なーんていうことが多々あり、

日本の英語教育ってなんで実践的に使わないものをたくさん覚えるようにしてるんだろうって

一瞬恨んだことがありました(笑)

とまあ、大学受験の時の知識って、多分大学受験でしか使えません。

そして、予備校で教えてくれるものは、大方受験でしかありません……。

スウェーデンから帰ってきたときに、

埼玉にあったある塾の英語の先生にこんな直され方をしたことがあります。

「先生、授業聞いてて思ったんだけど、againって「アゲイン」じゃなくて「アゲンッ」って発音して!」

これには笑いそうになりましたww

いやいや、「アゲイン」でも「アゲン」でも、どっちでもいいのですよ(笑)

リエゾンしたときに変化するんだからどっちだっていいし……

って思っても言いませんでしたが、一応その予備校では偉い人だったので

「すみませーーん、留学してても英語苦手なんですよー」って平謝りしてました(笑)

まあそういう無駄なマニュアルでしか生きていないんですよね、

予備校の先生の多くは…。

こういう「予備校的なこと」から外れるとダメっていうのをまじまじと感じると、

予備校で教えることって本当に大丈夫なのかって思いますよね。

だから正直言って、私は予備校的な知識を教えるというのは

これだけって決めて、英語の指導に取り組んでおります。

覚えてほしいものだけに絞って、あとは単語とイディオムを覚えるだけに集中させ、

膨大な英文を読ませています。これが本来一番いい勉強だと信じております。

受験のこと、すなわち予備校の先生の言ったことだけ完璧にこなしていても、

勉強はできるようになりません。本当にできるようになるためには、

予備校の先生の言ったことを基にして、旅立つことです。

そして、その予備校の先生が作ってくれたマニュアルを手にして、

実地試験に立ち会って、例外もあることを知って初めて勉強ができるようになるわけです。

予備校の先生の知識がすべて例外なしでパズルのようにハマるぐらいまで

知識をつけてしまったとしたら、

それはもはやどこの大学にも合格できるレベルにあります。

というか、予備校の先生をアルバイトでやっても儲かりますよ(笑)

こんな英語もあるんだなーって、私は予備校を動物園とかガラパゴス諸島の中だと考えながら

デスクに座っています(笑)

そんなんでいいのか。受験に則って指導をすれば、受験でしか使えないような知識しか与えられない。

受験指導は本当にその世界でしか通用しないものすごく狭い世界です。

その中ででもできるだけ社会に関連することを伝えられるとすれば、

「受験を通じて頑張る意義」とかものの考え方とか人生論ですかねー。

それを無くしてしまったとしたら、本当に予備校とか塾なんてつまらないところになってしまい、

不毛な人間しか出来上がらないんじゃないかな…。

雑談が多い先生がいてもいいなって思うのは、こういう思考を働かせているためです。

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2014
09.16

東大・国立医学部にいくなら進学校へ行け!(東大にいくべき環境をつくれ。)

Category: 雑記
たまに聞かれます。「どうやったら東大に行けますか?」と。

学部を選ばなければ、死ぬほど勉強すれば多分卒業して2年以内にならいけます。

私が知っている東大生のなかで、超底辺高校から2浪して入っている人がいますが、

何とかなるものなんだと思います。まあそのかわり、

その人は誰とも喋らずに2年ほど真剣に勉強していたそうですが…。

まあ頑張れば行けるんだと思いますよね。

では、どうやったら簡単に東大に行けますか?と聞かれたら、

それはもう「東大に一番入っている学校に入るしかないですよね。」

開成高校とか灘高校とか筑駒とかに入れば、

半分から3分の2ぐらいは東大に進学するのでしょうからそこに行くのがベストです。

これは東浩紀が同じことを言っております。

そして、彼は要はそういう環境にいれば、予備校に通わなくたって、ネットを開かなくたって

東大に行くべき勉強法や、習慣や、友達づきあいが出来上がるんですよーと諭しながら、

環境の重要さを指摘しております。

となると、今度はどうやったら開成高校にいくべきか?という問題が生じますが、

やはり、勉強しまくるしかないんですねーっていう答えしか出てこないのですよね(笑)

ま、要するにそういう学校に行くことを目的にすることも一理ありますが、

それ以上に大事なのは、勉強するべき環境があるかないかですよ。

別に筑駒にいってないからって、開成に行ってないからって、

東大に行けないわけではないのですから。行きたいところに行けないのは、

東大の理3や京大の医学部は才能もありそうですが、

実力がないこともそうですが、それ以前に実力を作る素地と努力がたりないことも

原因としてあげることができます。

自分の経験談でも環境で変わると言い切れます。

なぜ私が大宮西高校からスウェーデンでは名門のストックホルム大学の社会科学部に入り、

しかも1年半で卒業できたか、

そして、分野が違うところに勉強も満足にできなかったがそれなりにやって

名大の大学院に入れたか。

それは、私の師匠諸坂先生みたいな博覧強記と一緒に勉強していたからだと思っています。

とにかく日大法学部にいる学生とは違った生活をしていたと思います。

毎日馬鹿でかい新英和大辞典を背負って、辞書を引きながら英単語を覚え、

難しい英語やフランス語の哲学書を読み解きプレゼンの準備をして、

英語のテストを受けつつ、ほかの勉強もしていた日々があって、

そういう環境に身をおいていたからそれに見合った頭になり、外へ行ける状況になったわけです。

元々頭が良かったとか、そういうレベルではないです。

頭がいいやつの近くで、しっかり指導してもらえば、

そしてそれについていくんだってがむしゃらになれれば、

時間はかかるかもしれませんが、人として変化できることは必至です。

そういう環境を早く手に入れた人は、開成に入ってますし、筑駒にはいってますよ。

そして東大にいくわけなんですよね。

何の問題集をやるかという方法論だけ考えてはダメです。

どうしたら行きたい大学に行ける環境が手に入るかを考えてください。

実は生活習慣の問題が出てきたりとか、いろいろあるでしょう。

一度進学校の学校見学とかいくとわかりますよ。いろいろわかりますねー。

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2014
09.12

ドバドバいけるときに行かないと…

Category: 雑記
かつて、元サッカーのオランダ代表選手であったファン・ニステルローイ選手は、

「ゴールはケチャップのようなもの」

とクラブチームのチームメイトのイグアイン選手にいっていたそうな。

うーん、海外のケチャップは瓶に入っていて底をたたいて出すのでしょうね。

そのタイプのケチャップだと出るときと出ないときの差が激しいってがわかってないと

この例えの意味はわからないのかもしれませんね。

(だって、日本のケチャップってちゃんと出るもんね(笑))


さて、勉強もそんなものだと思います。

ドバドバアドレナリンが出ている時にやっていないとできません。

私が所属していた大学院に78歳のおじいちゃんが学生としていたのですが、

私達とは違ったペースで勉強しておりました。課題なんてほぼできませんよ。

膨大な量の英文を読むのは難しそうでしたねー。

でもそのおじいちゃんには自覚をしていたことがあります。

「僕は今勉強できることをうれしく思っているが、それでももっと早くに勉強すればよかったと思う。

歳をとるとできることに限界が来るからね。

そのかわり、僕は稼ぐときに稼いだから人生としてはそれでいいんだ。

若い時に頑張ってやれたら、こうやって私の歳になっても勉強はできますよ。」

うーん、重いですね。おじいちゃんは口を鯖臭くしながら、こうお話をしてくれたことがあります。

やっぱりね、若い時になんでもいいから頑張って来れなかった人はダメです。

私はそのリミットが25歳だと思います。

25歳の時に命懸けで何かをやってきた経験が1つもない人は、

多分よほどのことがない限りダメでしょう。

なぜ25歳か。25歳というのは、日本では大学か大学院を出て、

学部生だったら社会人3年目、大学院生でしたら修士としてそれなりに勉強して論壇に立つなり、

それなりに要求の高い仕事について何かしらしている歳ですよね。

要は、それなりに何かしてきてもいいんじゃないのーっていう時期なんですよね。

何でもいいんです。自分はこれって決めたものを一筋で貫徹できたかどうかなんですよね。

こういう初志貫徹は大事です。我が軍には残念ながらそうじゃない学生が結構います。

まあ高校生であれば仕方がないのかもしれません。

だって、学校の先生がそういう経験をあまりしたことがないから、お話ができないのでしょう。

(できたって、普通のレベルの話で、頑張りを美化しているレベルでしょう。

英単語1年で3万覚えた(これはよくやったと自負している)とかっていう突飛な出来事が

人生には1度か2度は必要なんですよね。)

でも、高校生ではない社会人受験生にもこれが多いです。

我が軍にもいます。大学を中退・休学して医学部受験を試みている学生…。

でもですね、申し訳ないですが、そういう学生はすでに中途半端ですよね。

だから、受験勉強も中途半端になっていますし、指示をきくのも中途半端。

さらには歳を重ねるごとにプライドも増してきます。

それが邪魔して社会人受験生は簡単に人の話を聞けないですよね。

うーん、そういう学生をみていると、

勉強はやる時期が与えられている時に最低限やっておくものだなと思います。

高校生や中学生、そして学生を続けてきた浪人生に向けて言います。

今勉強ができないことは別にどうでもいいことですし、

今まだどうにでもなります。

でも、

勉強したくないという気持ちがあることがヤバい理由は、

今の受験を乗り越えられないからではなくて、

この先自分の考えが凝り固まって

寛容になれないし、

新しい価値観を自分のなかに

吟味しながら組み込めなくなるからです。


今勉強できることに感謝してください。やれるときにドバドバいってください。
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2014
09.11

現役志向であるなら勉強を高1からしっかりやれ!

Category: 雑記
さて、浪人の数がかなり減り、あの大手予備校である代ゼミまでもが

経営規模縮小にまで追い込まれています。

(関係者たちや業界にいる人たちの中にはこれに気づいていた人も多いでしょう。)

そんな傾向なもので、必然と大学受験のときには

「現役でいけるところを考えよう。ダメだったら行けるところでいいや。」

これは大学の魅力が希薄になっていることも露呈されているようにも思いますが、

こうやって考えるのが主流となってきているのではないでしょうか。

浪人しているのって医学部受験とか東大京大受験ですよね。

しかも、東大京大も海外の大学に比べたら魅力を欠きますし、

海外留学させられるほど潤沢な資産を持っている方も中にはいますし、

優秀な学生はどんどん海外へ行ってしまいますよね。

私が知っている資産家のお子様たちはまあ日本の高校に通っていませんもん(笑)

エリート教育をするために

資産家の親御さんはスイスやイギリスといったBoarding Schoolが充実している国とか、

競争心をあおるアメリカの高校へ行きますもんね。

それぐらい養育費にかけられるほどのお金を持っている人って世の中たくさんいます。

だから必然とこれから先海外留学を視野に入れた学校選びもする人が増えてくるでしょうね。

そういう意味でも浪人の価値はものすごくうすーくなっております。


こういう事情が相重なって、中学・高校の勉強事情も変わっております。

例えば「とにかく国立医学部現役で合格します!」って掲げた場合、

国立医学部は熾烈な争いをしていますので、今やちょっとやそっとの勉強では入れません。

それを見越して、中学生から全力投球している学生は増えております。

英語指導はその極みで、中学生のうちにいかに英語を進めておけるかが

勝負の分かれ目になっていると言っても過言ではないでしょう。

まあ早稲田慶応に入るにしても、少子化であっても人気でまともな大学と考える人が多いので、

争いは必至。そのために準備をしている学生も少なくありません。

だから、出遅れた学生は高校生活をかけて勉強する人もひそかに多くなっています。

こういう学生は何とかしたいとは思っているのでしょうね。

(我が軍には出遅れたが頑張る組か超最難関志望組か、医学部浪人生組のどれかですかね。)

でも、出遅れた学生って意識まで出遅れているんですよね。

高校2年生、いや高校3年生の受験期を迎えても、

「あ、そろそろやらなきゃなー。でも、何すればいいんだろう…。

とりあえず参考書をそろえてみるか…」

こんなレベルです。ひどいレベルだと、「あーもう大学はいればよくね?河合とかいくか!」

てな具合です。

大手予備校はこうやっていきあたりばったりの学生の巣窟で、

絶対に半数の学生はこんなのばかりでしょう。

(河合の名古屋校のラウンジとか四谷学院のラウンジを見ればわかる・・・)

これって「とりあえずすがればだいじょうぶなんじゃねーの」、

「中間テストの延長上みたいに頑張れば大学には行けるよね」

って具合なのか、

もしくは「もういい大学は無理だから、対策できる大手に行っていればいいか」

って学生の思考がなっているのかもしれませんね。

それならそれでいいと思うんです。

医学部はそれでは絶対に受かりませんから社会的な影響は軽減できるでしょうし、

普通の学部にそうやって入っても、大方社会に影響を与えるわけでもないので

自分が納得すればそれでいいとは思います。

でも、せっかく大学に行くと決めたのであれば、

最大の努力をしていきたい大学に行ってほしいですよね。

第一志望や現役合格にこだわる傾向にあるのであれば、

やはり最悪高1からは勉強してほしいですよね。

特に一応進学校だが、周りはお勉強をしていない高校であるなら

高1からやらないと早稲田や慶応には手が届きません。

それでも届かないことだってあります。やっていることが大事というよりも、

勉強をするんだという環境づくりの方が重要ですよね。超進学校でない限り、

1年かけて勉強する環境や前述した意識を作らなければなりません。

そうすると、どうしても高3までがっつり勉強しないと逆転は無理かなーって思います。

開成や灘など東大や医学部を50人も100人も出す学校であれば

1年でなんとかなっちゃう雰囲気もあり、それなりの大学にいけることもあるでしょうが、

そんな学校は日本に50あればいいでしょう。大方の学生はそれにもれているのですから、

「現役」の称号を得るのであれば、早くからの取り組みに期待しております。
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2014
09.10

短期間の海外経験から英語の必要性に気づく。

Category: 雑記
さて、わが軍にいた一人の学生がまた海外から帰ってきました。

先月末までニュージーランドにいたそうですが、非常に楽しかったそうな。

良い経験ができてよかったですねーって一緒にお話をしておりました。

その学生、英語は正直申し上げてまるっきしだめ。

まあ譲歩してもまだまだかなりの発展途上ですが、そんな苦手だと思っている学生の口から

「最初はものすごくスピードが速くて困りましたが、最後の1週間は耳が慣れてきて

奴らが言っていることがなんとなくわかってきました。」

と漏れてきました。いやーよかったですね。こういう経験は大事です。

「あ、自分にも聴こえるんだ!」って思えることは今後の英語習得に影響してきます。

リスニングって、リエゾンした単語が聞こえるかどうかなので、

理屈では説明できないことだらけで、経験がものを言います。

私もそういう意味では、リスニング経験が著しく乏しいので、

スラングが多用されたり、ぐちゃぐちゃ言われたら多分聞き取れません(笑)

でも、経験則でできるようになっちゃうんだよねっていう思い込みは

リスニングの力をつけてくれますので大事にしたいですね。

今年のわが軍の中学生と非受験生たちは外国にいってお勉強なり

生活してきた学生が多かったので、こういう声を多々きけました。

そして、驚いたのは英語のリスニングの経験アップ以上に、

「英語をやらなくちゃいけない!」っていう気持ちが彼らのなかに生まれたことです。

三重まで教えにいっている中1は、正直doとかdoesとかの判断が不安定だったのですが、

帰ってきてから全然苦でなくなっていることにびっくりしました。

そのおかげか、今日まで帰国から5回授業をやりましたが、

すでに新しい単元を3つも進めてしまいました。初期の英語なんてそんなものです。

しっかりやれば、短期間で理解できるものなんですよね。

きっかけを手にして、短期集中継続!これぞ英語の早期習得の極意と言ってもいいでしょう。

とまあ、海外に短期間いくのもありなのかなと少々考え直しました。

私は夏休みの短期留学なんて意味がないと思っている人間なのですが、

やはり日本では味わえないことを短期間のうちに触れるのは

なかなか悪いことではないのかな…と。

でも、触れるだけの勉強ときっかけを得るだけとは少々贅沢な気がします。

実際に短期留学をしても話せるようになっていないのが大半、いや、ほぼ全員なのですから。

ある程度勉強した上での短期留学にせめてしてほしいと思います。
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2014
09.09

使える環境にあるなら家庭教師を呼べっ!

Category: 雑記
ある生徒にこんなことがありました。

「先生、1学期の授業ですが、周りがとても優秀で

みんなペースに乗っていきながら勉強していたようですが、

自分はそういきませんでした。1学期はだから全部うわべの勉強をして、

テストを乗り切っただけだったのですが、これからどうしていけばいいのでしょうか。

課題が思ったよりも多くて、夏が怖いです…。」

この生徒、実はどん底から超進学校に入学したので、

勉強している人のペースと雰囲気がわからなかったのですよね。

そして、その学生の気質なのでしょうが、1つのことにのめり込んでしまうと

割り切って切り替えられずに固執してしまうみたいで、

その結果他の教科に手を出せなくなったようです。

まあ悪く言えば要領が悪く、よく言えば研究家なんですよね。

うーん、じっくり考えることはいいことなので非難はしませんが、

学生がこれでは悩んでしまうので流れを変えなければなりません。

その学生は夏2時間授業を7回したのですが、結果どうなったかというと、

夏にあった課題テスト+9月の課題テストの勉強・復習課題こなす+2学期全部の予習

を全て終わらせております(笑)

え、滞っていたのではないの?って思ったかもしれませんが、

予備校の講師なので、どうやって勉強をして、何を割り切って捨てるか

そして、その捨てたものをどうやって知識から引き出せるかをすべて教えてきました。

授業をやっていて思ったのは、

彼は一人でなんとかしようとストレートに問題や課題に向き合いすぎていたのです。

これは偉いと思うのですが、パニクった状況になったら誰かを呼んだり

助けてもらった方がいいです。特に課題が多い学校に通っている場合は、

できることなら家庭教師に来てもらうとか、専門の塾に通うとかしてもらうといいかなって思います。

べったり先生をつけろってことではないです。週1回ぐらいでいいと思います。

夏休みとか冬休みの長期休暇のときにしっかりこなせばいいってのもありますしね。

あまりにも行き詰ったら、誰かを呼んでもいいのかなーって思います。

ただお金の問題が付きまといますので、あまりお金に余裕がない人は、

こういう学習相談的な勉強ブログ等をやっている人は多々いるので、

そこに質問をしてみるとか、NPO団体で勉強のサポートをしている人とかを

あたってみるといいと思います。

私は指導をするかどうかを決める際に一度必ず親御さんと生徒とお話をするのですが、

指導をやむを得ずお断りをする際に勉強のスムーズにいくコツや、

どのテキストを使ったらいいかとか、学校の進み具合に合わせて何をしたらいいのかを

しっかりお話しして、場合によっては月1でペース確認やアドバイスをしております。無料で。

まあお話しするレベルですからねー、お金は取れないのですが、

それだけで改善してしまう学生もいます。一人でできる力を持っている学生は

それで普通に予備校に通って、国立にいっちゃったりします。

まああまりにもこまったら一人で悩まず、相談をしましょう!
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2014
09.08

限界かなって一瞬でも思うと前に進めなくなります。

Category: 雑記
我が軍の中には、医学部受験の26歳の学生と、

TOEIC指導をしている33歳の会社員の男性さんという、

受験平均年齢を少々超えている学生2人がいます。

22歳近辺、すなわち現役で大学を卒業する時期ぐらいの年齢を超えると、

なかなか大学にいるのはちょっとねーっていう雰囲気になりますよね、

自分も周りも…。でも、私としては大学は勉強したい

と思う人の憩いの場として成立している部分もあると思うので、

まあ年齢なんて考えずに大学に行けばいいんじゃないのって思っております。

私が通っていたスウェーデンのストックホルム大学では、

26歳で学部生1年生を始める学生なんてごろごろいましたし、

同僚とくらべると私は年齢が低い方でした。英語もできなかったし、

相当可愛がられましたし、いろいろやらされました(笑)

英語学科の授業なんて、子育てしていたマダムや弁護士が学生だったりしてましたし、

日本とは全然違う状況でした。

大学院ですと、もっと違います。年齢層なんて高い高い。

名大もまた一応全国で十指には入る学校ですので、

それなりに志が高い学生が集まります。それは年齢を問わず、

勉強がしたいから大学受験したぞー、院試受けたんだぞーっていう学生が多いです。

上は私が知る限りで78歳。おじいちゃんだって勉強しようと思えば、勉強できますし、

論文を書いているんですよね。いつになっても勉強はできるのです。


というわけで、我が軍の大人の学生だって負けてはいません。

ハイスコアをとるため、または受験に合格をするために躍起になっているのは素敵なことです。

決してバカにはできません。でもですね、どんなに辛いと思っても、

「やっぱりこの歳になると若い奴にはかなわないよなー」とか、

「俺はやっぱりこんなんだからダメなんだ」って思わないでください。

自転車と一緒で、一度ブレーキをかけて、

また一速二速とギアを上げるにはそれなりの労力と時間がかかります。

正直元が老化すれば自転車もギアがうまく切り替わらないのと同様に、

勉強だってスムーズにギアチェンジが進まないときだってあります。

それでは医学部受験は特に間に合いません。

歳を重ねている人は、物事を知っているので、いろいろ覚えることに応用できるはずです。

でも、それを定着させることに問題があることを

女子アナを経て弁護士になった菊間アナがおっしゃっていました。

それでも、若い人よりも繰り返したり、医者になる意義等を考える力や熱意は

それなりの歳で受けているので、普通の学生よりも高いはずですから

努力と根性と工夫で乗り越えられるはずです。

26歳のほうが少々文法事項を覚えられずに焦っておりますが、

覚えられないのは「周りが覚えているから俺も覚えなきゃ」って焦って

要点を取り間違えているからです。一個ずつちゃんと追ったうえで覚えていけば

英語の文法ぐらいちゃんとそれなりに覚えることはできます。

大人になった時は不安になっても、不安にためらいを持たずに進むこと。

要は社会とか大人とか受験だからとか一切考えないようにすることが

社会人の合格への最短距離だと思います。

まあ昔のときの受験生に戻って、素直に授業を聴いてみる。

社会人で医学部に入学している人の多くは、

専門分野がしっかり入っている人が大半ですが、

中には純粋に物事をしっかり捉えている人に多いです。

頭がよくたって、英語ができたって、藤田の推薦に落ちることがあります。

とにかく、限界だなーって思ったときにすべてが終わります。

限界だなんて思わないでください、受験ごときで。

限界だと思っても結構そうでもないのですよ。限界だって言っていても生きてるじゃないですか。

限界をガチで突破している人は、この世を去っていることが多いですよね。

限界なんてそんな簡単に出てきません。私だって限界だーーって言っても、

朝の6時から夜の1時まで2週間ぐらいやり切りましたよ、夏休みの夏期講習では。

とにかく余計なことは何も考えずに頑張ってください。

これは受験生にも言えることなので、一心不乱でやってください。

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2014
09.07

分かっているが行動しない・できない人は、「今」がみえてない。

Category: 雑記
さて、夏をあけて学生の実力がどんどん上がってきました。

先日、個別で指導している学生の一人に記述模試の過去問をやらせたのですが、

これがまたすごいスコアで、100点ぐらいしか取れなかったのに、

140点まで伸ばしてきました。文法はほぼ満点。英作文がダメでしたが、

長文も片方が満点で、もう一方の長文は和訳の減点をちょろちょろ入れて、

45点ぐらいで落ち着きました。

この学生はとにかく夏に英語だけといっていいほど、英語に力を入れてもらいました。

1日平均英語学習時間は6時間だそうな。なかなかできないですねー。

数学と理科が大方出来上がっているからできたことかもしれませんが、

それでも6時間も英語に向かっているというのは、学者クラスの勉強集中力ですよね。

いやー、今回は暗示をかけすぎました。まさか本当にここまで行くとは思っていませんでした。

こうやって意志が強い学生もいるんだなと、

本気で国立の医学部に行きたいんだなってのが伝わります。

この学生は6月から見ているのですですが、英作文をしっかりこなして、

国立医学部合格を勝ち取りに行きたいと思います。


しかし、こういう学生ばかりではないです。むしろこの学生は稀です。

でも、なぜか私のところにはそういう学生が毎年一人か二人迷い込んでくるんですよねw

(そういう学生には特徴があるのですが、これは絶対に教えませんw

こういう学生を私が選んでます。)

大半の学生は、とりあえず人並みにやったーという学生でしょう。

夏に三者面談をした学生の半分はそれに到達できたかなーって思うのですが、

もう半分はうーーむというところです。例えば問題集を終えていないとか、

復習ノートをつくっていないとか、単語を覚え抜いていないとか、自分に助けを求めに来ず、

とにかく夏が終わってしまったとか…さまざまなケースで目標不達成って具合になっていたわけですよね。

実際に夏期講習中にやっていた問題を、夏期講習最終日にはわすれているっていうのは

よほどの復習不足で、もはや怒りを通り越して、「今年はあやういなー」って思うようになりました。

廊下をうろうろしている学生や休憩所で座っていたりする学生がやはり

いまだにいますよね。現役生ならまだしも、一度失敗をしている、いや複数回失敗している

学生たちですらそういうのんびりしていていいんだという光景をみると

私はものすごく腹立たしいく思います。それでいて、都合が悪い質問をされると

「他の科目が忙しくて…」とかと言い訳をするんですよね…。

こういう学生に「やれよっ!」って言っても響かないので、私からはあまり「やれっ」といいません。

できない人っているんですよね、がっつり物事に向き合うことが…。

しっかり横を向いてではなく、正面から向き合える学生であることは

当たり前ではなくて、それは特性だと考えるようになってから

何度も言ってもできない学生には「頑張れ」と口で言っても、細かい指示を出さなくなりました。

小学生ならまだしも、

日本にいたら大学が人生を80%ぐらい決めてしまう場所に行こうとする大学受験生に

どうして「やれっ」て言わなければならないでしょうか。

これを言ったら、以前ある個別指導をしていた時のお母様に

「お金を払っているんだから当然その鼓舞もしながら受験体制に持っていくのは義務だ!」

と言われ、私は「それは私がかれをおもちゃにしているような気分なので、

とてもそんなことはできないからやめます。お金でその義務を果たさなければならないなら、

私は即刻やめさせてもらい、今月分の授業料はもういりません。

勉強はお金を払ってやるものではなくて、自分で自発的に行うものです。

その道筋を作り、ペースを保ち、指導してその道へ連れて行くのが私であって、

その段取りと持っていき方に賛同してくれた方だけに指導料をいただいているので、

ただ既製品のごとく『いい大学に行ける人間』を金太郎飴のごとく作っているのではないです。

私は対話をしながら、

英語を通じながら物を考えることができるような人間を生活しながら創っているので、

もっと徹底して大学に行ける学生を製造する

素晴らしい予備校は名古屋にたくさんあるので、そこに行くといいですよ。」

といい、物凄く憤慨したことがあります。

こうやってわかっていても勉強をしない学生は、

現状や人に甘えているか、精神的に相当衰弱しているかどちらかです。

でも、人は絶対に助けてくれる保証はありませんし、

自分で何とかしていかなければならない場面はたくさんあります。

お金で解決できないことだってたくさんあります。民族紛争という大きなレベルから、

友達や近隣の人とのトラブルまで、示談金で心がすべてリセットできるのであれば、

日本なり中国なり、いくらだってお金を払い、また衝突を繰り返すでしょう。

お金は無限に出てこないで、ある日突然消えることがあるものですので、

やはり絶対的な保証を与えてくれません。

わかっていても行動できない・しない人は、理屈でわかっていても

本当の意味ではわかっていないんですよね。もしかすると、本当に落ちぶれて初めて分かった

となるまで理解できないのかもしれません。それはものすごく唯物論的で、

人間としてどうすかねーって思います。ある程度は予測して生きてほしい。

その力をつけるために受験があり、その踏み出す練習の場であるんですよね。

勉強ができる人はもちろん本は読めますし、理論もよくわかります。

そして、それを応用して、世の中の流れと、今後の自分の行動も先読みして

何になるかをしっかり考えているんですよね。

分かっていてもやれない人・やらない人に、

「やれ」とはいいませんが、「やったらいいことあるかもよ」ぐらいは言っておこうと思います。
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2014
09.05

ストレスを感じなくするには、日々何かを変えてみよう。

Category: 雑記
先月末に東京に行き、お友達やオカマや教授陣とお話をして、

私はいろいろ啓蒙されて帰ってきました。今日本ではどういう思考で動いていくべきか、

どういうことことをやっていけるのか、どうしたら楽しい人生が待っているか、

そんなことを語り合ってきました。また息抜きとして、ポテトサラダの専門店とか、

アボガドのカレーとかおいしいものをたくさん食べてきました。

あと、オカマバーに行ってきましたよw

とまあ、毎週東京にいっておりますが、なかなか東京をうろうろする暇はありませんでしたが、

先月末は楽しく過ごしていました。

東京は自分が頻繁に行くとはいえ、普段ホームグラウンドにしているところから離れて

旅的な感覚でどこかに身を置くことってとても大切だと思っております。

なんか、頭が狂ってきちゃうんですよね。

毎年同じような授業をしていると、頭の中はどんどんすっかすかになるし、

話に深さが出てこなくなりますし

(ここ数年の悩みです。同じことばかり言っているような気がする。)、

言いたい内容もスムーズに出てこなくなるんですよね。

とにかく同じものにまみれていると居心地が悪くなるわけで

気分転換は必要ですね。週に1回は豪華なご飯を……って感じで、

金曜日は授業があっても夜は自分の時間にして、

ものすごくおいしいご飯を食べに行きます!

また名古屋でずっと仕事をして、一日休みにしてもなんか疲れが取れないんですよね。

だから週に1回か、2週間に1回かるーく接骨院に行くのですが、

東京で楽しんでいると体の痛みは忘れているというか、ないんですよね。

これはストレスから来た痛みなんだなーってよく思うことがあります。



とまあ、受験生もずーっとずーーっと勉強していてもダメなので、

気分転換したり、もしくは毎日違う場所で勉強するっていうのもありなのかなって思います。

医学部予備校だったりすると、監視が厳しいからなかなかそうしようって言えませんが、

話す人を変えたり、何か1日を変化させる出来事をしてほしいと思います。

先日東京で食べた物と手に入れた物!どちらもおいしいです!

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2014
09.04

やりっぱなしはもったいない

Category: 雑記
先日、心に残るTVゲームTOP100というのがネットにあげられていましたが、

任天堂系のマリオとゼルダは世界でも人気なんだなーっていうのが見受けられ、

任天堂が世界トップクラスの会社なんだと勝手に感動していましたw

そして、やはりスクエア(今はスクエアエニックス)のFinal Fantasy作品は

世界でも理解されるんだなーって勉強させてもらいました。

一方、ドラクエがTOP100に入っていないのにはびっくりしました。

あと、STREET FIGHTER系が1作品というのも寂しいですね。

ドラクエの「メラ」ってよくわからんですもんね。「ファイア」なら英語に近いので

そういった使用言語の問題もこのランキングに影響したのかなって思います。


さて、そんなFINAL FANTASYとかRPGってラスボスを倒したら終わりっていう

簡単なゲームではないってことは結構承知だと私は信じているのですが、どうでしょう。

めちゃくちゃやりこんで極めるというのが、RPGの醍醐味な部分があるかと思います。

私もFFシリーズは4~9まではやりましたが、5に関しては完ぺきに極めましたw

7回ぐらいやっていると思います。あとロマンシング・サガ2も10回ぐらいやっております。

とまあ面白いんですよね、ゲームってやり方や視点を変えて考えると・・・。

で、ゲーム談義は終わりにして、実はこういう力って英語にも必要なんですよ。

1つのゲームを繰り返すと他のゲームの勝手もなんとなくわかるのと同様に、

英語もある1つの長文を極めてみると、なんとなく構造がわかってくるんですよね。

高校受験の英文読解演習においてはこれが顕著です。

高校受験で習う英語の実力範囲なんてたかがしれているので、

一回じっくり極めると、ほぼすべての用法が見えてくるので、

10本ぐらいじっくりやったら大方読めるっていう学生に大半の人が仕上がります。

(大学受験ではそうは一朝一夕にいきませんがね……)


さて、そんなわけで長文はやはり丁寧に読み込んでほしいですね。

特に最初の出だしはじっくり読み込む作業は不可欠です。

そして、やりっぱなし、快楽のごとく問題ばかり解きまくることだけはやめましょう。

それは内容がわかるもので復習の感覚でふんふんっ♪ってやったり、

簡単なものを使って速読するって目的なら効果がありますが、

英語を深いレベルで読めるようにするためにはダメなやり方です。

我が軍には数名そういった快楽のごとく問題を解く、入試問題中毒者がいます。

形式にハマったらものすごく強いのですが、そうでない場合はほぼ全滅という、

非常に脆弱な学生が数名います。それって英語ができるんじゃないですよね、

これまで出題された入試ができるっていうだけでちっともすごくないし、

応用していこうって気がなければ、

「ここは問われそうだからこうやって解いたらなんでも対応できるな」って

考える時間を設けなければ、何度問題をやっても頭はざるのままです。

先日も言いましたが、理解の深さがほしければ少しのめり込むぐらいでなければダメです。

そのうえで、がーーーーって解く訓練をしなければダメです。

そういう意味で1日1本をやれっていったらものすごい大変なはずなんですけれども、

うーーーん、もう少し深遠さを考えてほしい学生がたくさんいますね。

RPGのゲームをやってみるのも解決策の1つなのかなっ?

(⇒ネトゲ廃人になったら笑えませんねw)

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2014
09.03

和訳から離れることでできるようになる

Category: 雑記
さて、今日9月3日、ドラえもんの誕生日ですね。

本当に2112年にドラえもんができるぐらいの技術革新ができるのかねー

いやできないなーって思っております。

そして、リアルに2112年が来たときにドラえもんがまだテレビで放映されていたとしたら、

ドラえもんがこの機を境に、「2112年はそんなことないだろう、もっと発達してるわ」って

文句を言われて、人気がなくなってしまうかもしれないなーなんてよくわかんないことを

思索することがあります。(なんて暇で無駄な思考だw)


そんな私は平和に暮らしているのですが、受験生たちはそんなことありません。

めっちゃくちゃな量の英語長文を読み込み、文法の復習をしております。

本当に今年のわが軍の人々はよくやってくれるので、私も気合が入ります。

そして、上位層は少し伸びきってしまったなーっていう感覚があります。

そろそろ手を打たないといけないって思っているのですが、

他の科目の比重が変わってきたので、英語ばかりに力を入れられません。

そこで気になったのが、和訳に固執しすぎているということです。

我が軍の人々には長文を自分でやってもらう際に、

長文の問題と和訳を渡しておきます。最初は和訳は直訳でもいけるようなもの、

もしくはそれぐらい簡単なものを渡すのですが、

段々難しいものだったり、日本語が比較的難解なものを与えます。

そうやるとまず学生たちは英語の構造や文構造が把握できるようになり、

難しくすることで構造をしっかり理解していこうと努力するようになると考えます。

しかし、それにある程度慣れすぎてしまうと、それに頼ってしかできなくなってしまいます。

なんというか、「これって本当に自分の解釈があっているのかなー?答えがないとーーー」

ってなってきて、判断が鈍るんですよね。

また、時間が迫ってくると長文の和訳をみる時間が惜しいです。

物凄い量を読んでほしいので、あまりにもわからなすぎたってときだけ和訳を読み込むようにする

って感じで、やり方を切り替えながらたくさん問題をこなしてほしいのですよね。

我が軍の学生は愚直と言うと失礼かもしれないが

くそまじめにやってくれるので、言われたことに忠実すぎて周りが見えなくなる時があります。

だから、親離れするのと同じように、ここで和訳離れして、自分の解釈の正当性に

自信を持つような読み方をしてもらうように、

あえて和訳をざっと読む程度に切り替えてみようかなって思います。

まあ和訳の速読化とも言えますかね。国語力がつきますかね。

ロジックが見えなければ、立ち止まってじっくり考えればいい。

とにかく、和訳ありきにならないような英語力を作ろうと思います。

こういうときに必要になるのが、国語力もそうですが、

何と言っても単語と構文の基礎力ですよね。うーーん、果たして基礎力があるのだろうか!

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2014
09.02

先生がすごいと思われなければ、生徒はついてくるはずがない。

Category: 雑記
さて、9月も始まり、メンバーも少々変わったり増えたりして、

少々状況が変わりました。増えたというのは、現役中学生や高2の学生で、

時間と場所とやる気の関係が合ったことでご依頼をお受けしました。

浪人生や受験生の方々、今年はすでに受験生を多数抱えており、

この先不十分な指導しかできなくなることを懸念したので、

この時期からスタートする受験指導はお断りしました。すみません。

本当に合格することを心からお祈りいたします。


さて、そんなスタートなのですが、

ある生徒からものすごく褒められました。

「先生はいつもニュースを持ってきてくれるし、常に生き生きしていますね。

勉強はできますし、指導は面白いし、ものを書いて仕事してるし、

やりたいことをやっていますし、ホント最強ですね。」

いやーー、うれしいですね。本当に学生にそう思われるのは、お世辞にしてもうれしいです。

でもですね、これって私の中では当たり前、というか生徒に対しては義務だと思っております。

先生は学生にとっては何でも知っている人物でなければならないわけですよね。

そうでなければ、先生としての機能はありません。

知っているのは当たり前で

ちゃんと学生たちに噛み砕いてお話しできるかにかかっているわけですよね。

そう、学生たちにとって先生はHEROとは言いませんが、

「何でも知っていて、自分の都合がいい時に知識を入れてもらえる、

話が分かる人物」でなければならないわけですよね。

そして、さらに予備校の先生はテレビに出回っている方が増えたこともあり、

「すげーーー!」、「志高けーーーー」、「え、そんなに勉強しているの?すごっ」

っていう特殊能力や人とは違った体験を学生は要求してきます(笑)

どんなに英語ができる先生でも、話が合わなかったり、

咀嚼して会話できないとか、指導方針がもっとコンパクトになっていてほしいのにそうじゃない

人であったら、学生は容赦なく、「あいつはダメだ、面白くないし、授業きかねっ」

って思ってしまうそうですね。あー、怖い怖い。

まあ私も基本的にそういう方々についていってきたので、彼らの気持ちはわかります。

なんかあるんですよね、カリスマな人って。口調がもはや常人離れしているとか、

なんか面白いとか、説明が理路整然としているとか……

そういう他の先生と差別されて「あっ」て思うような力を

私は常に持っているように、話のネタは無数にもっているようにします。

まあ私のお話のネタはまあきれることはないでしょう(笑)

毎年全然違う例文で文法も説明しますし、その日の話題をがっつり例文で取り込みますからね。

私の口調とそのころころ変わる話題性は

彼らの目を引くところがあるのかもしれないと信じ、

常に新しいことをいえる「すごい人」って思わせるようにしております。

(勝手にのってくれているだけでもこれはうれしいもの。

本当につまらなければ愛想笑いもしませんよw)

私の師匠も、36か国語を辞書があればまず意思疎通できると豪語し、

そのうち英語、フランス語、スペイン語はネイティブが引くレベルで、

指揮者もできるし、ファッションショーもできるし、日本近代文学がご専門なのに

英語の指導が神がかっていて、指示は的確で、話はくそ面白いし、

生徒思いで困った時には相談に乗って、

行動までしてくれるという、本当に学生にとっては最強の味方みたいな先生でした。

「俺より英語デキル人を知っているの、お前?」って言う言葉で、

私はやられました…こいつしかいねーわって本気で思いましたし、

そう思わせるほどの実力をもっていたわけです。

こうやって生徒をその気にさせる力は予備校の講師にとってはものすごく必要で、

不可欠なものですよね。まだまだ私は未熟で日々精進しなければならないのですが、

少しずつそのオーラを増していけるように頑張りたいです。


目標は宗教化(笑)いやいや、そこの一歩手前で御の字です(笑)

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