2014
06.30

富裕層はスイスで学ぶ、一般家庭は日本でちゃんと学べる!

Category: 雑記
富裕層はスイスで英語を学ぶ

さて、6月頭の記事ですが、この傾向を私もよく耳にします。

スイスのボーディングスクールではいろいろなことをやってくれるとのことですが、

とにかくお金がべらぼうにかかるので、一般人で通わせることは無理でしょう。

また、スイスのボーディングスクールは

中学生に英語とフランス語(orドイツ語)を容赦なくやらせます。

世界のリーダーとしてそれだけできたら御の字ですが、

うーん、日本人の学生にとってはきついものがありますかねー。

またイギリスやスイスの中学校や高校へ進学してきて、

いざ日本に帰ってきてから英語を書かせたりすると、

日本人より英文が書けなかったりします。

speakingとlisteningはそこそこできるのですがね…。喋れるのに書けない…。

なかなかつらいものがあります。これまで帰国子女に近い学生を10名ほど見ましたが、

めちゃくちゃできる学生と、そうでない学生の差が激しいです。

だから、必ずしもスイスのボーディングスクールやアメリカのインターナショナルスクールに

行けばいいと言うものではないかなって思います。

日本でちゃんとやれば、それなりに言語ができるようになりますし、

(早稲田学院の学生や名古屋の金城学院では第二外国語やりますもんね)、

日本の生活の中に組み込んで楽しい生活ができるものですよね。

まあ確かにスイスやイギリスで得られるものは大きいでしょう。

人脈や経験や言語などなどなかなか日本では手に入れられないものも多いでしょう。

ただし、言っておきたいのは「ただ言語だけできるようにしたい!」という願望で行くのであれば

絶対にやめたほうがいいと思います。現実は甘くないです。

教え子のお兄さんがスイスにいっている学生がいますが、ものすごく大変そうです。

(でもそうやって耐えているのも勉強ですし、きっといい人生を得られるでしょう。)

ただ、記事にもありましたが「外国で生涯の友達ができたり、たくましくなった!」という言葉…

いやいや、日本でも果敢に物事を取り組ませようとすれば、

同じようなものは手に入りますから、

子どもが小さい時に親御さんがどのように方向性をもっていくかをしっかり考えていれば

日本にいたって同じものが手に入りますよ!


私も留学して学位をとってから久しいですが、行く前の感覚と行った後の考え方は変わりましたかね。

私は「あ、日本にいてもできることはたくさんあったな」って発見も多かったです。

もし私が子供ができたら、

きっとその子供には

「日本でできることをしっかりやった上で、日本から出ろ!だから、日本人であれ」

とでも言うのでしょうかね。

とまあいろいろ言いましたが、ボーディングスクールは確かにいいところですよねー♪
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2014
06.29

しわ寄せを止める役目を果たすのが先生!

Category: 雑記
さて、医学部予備校では塾内テストが終わりました。

上位6名は変動なしで、英語の実力を見せつけてくれました。

おそらく他の校舎と合算しても上位でしょう。よかったよかった!

しかし、まだまだ実力不足の学生も否めませんね。

また、中学生組は比較的順調です。

中学2年生が英検準二級の一次、中1が3級と準2級のダブル受験で1次合格という感じで、

順調に駒を進めております。とはいえ、ギリギリ感と単語の欠如は否めないので

悠長に構えてはいられませんね。


とまあ、いろいろな学生がいろいろな課題を抱えておりますが、

去年とはレベルが異なった課題ですかね。レベルが1ランク上の悩みですね。

そんな感じで学生とともに私も夏を迎えるのですが、

なかなか基礎事項がなじまない学生もおります。

医学部予備校では月・水・金曜日に単語テストをしているのですが、

なかなかその日に出せない学生がおり、

一喝してみたら、なんと出せていないテストが18枚もあり、

さすがにぶちぎれておりました(笑)

(⇒まあ教務の人たちに任せて確認しなかった私も悪いが…)

また、宿題の範囲を例えば3日から4日で「P120からP150までやっておいてね」と

指示すると、平気で提出日直前に30ページをがーーーってやるんですよね。

こういったしわ寄せ的な勉強方式をできる限り排除するように

私は徹底しております。

できるひとや記憶力がいい人はそれでもいいかもしれませんが、

大半の学生はたった一日でがーって詰めてもできるようにはなりません。

中間テストと受験は違いますので、こういった一過性の勉強習慣は直しましょう。

まあただ中学生の名残として、そういう勉強がこびりついている場合が多いので、

なかなか脱却するのが難しいですよね。こういうときこそ家庭教師の登場ですよね。

1日の日割りを考えてあげるわけですよね。他のスケジュールも加味してね。

家庭教師や個別指導の先生の半分ぐらいが

この指示を怠っておりますかね。

個別指導塾の先生なんて、学習塾の先生と一緒で

とりあえず「やっておいてねー」って言っておしまいということも多々あるように思います。

個別に指導する意味を考えてほしいものですよね、講師さんには。

私も忙殺してそうならないように、引き続き精進します。


あ、高校受験の解答を執筆する作業が終わりました。

高校受験で私の解説が役に立ってくれることをを心からお祈りいたします!
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2014
06.28

習慣も指導するものなのか。

Category: 雑記
じめじめした日が続いております。

しかも暑いです。私は夏のこの時期が一番嫌いです。

雨が降ったらちょっと寒くなるんだけど、

無駄にじめじめしているので、半袖を着るべきか、

それともあえて薄めで長袖にしようか、それともなにか羽織ろうか、少々悩みます。

はっきりしない天気は、性格上なんか嫌いですw

さて、この時期からわが軍の学生達とお母様お父様との面談を始めております。

今年は医学部予備校の面談が大半で、

わが軍の個別指導や家庭教師の面談は、夏休みだけ指導する親御さんと中学生ぐらいです。

まあ個別で見ているお母様たちとはよくお話をするので、

方向性も大方決まって話が進みます。

だから、きっと大きな話にはならないかなーって感じです。

あったとしても、「このままで医学部に行けますか?」、

「この科目は早くやった方がいいですか」とか、

転ばぬ先の杖のような質問がでるくらいで、今年は深刻そうな話は出ないと信じています。


こういう体制にお話を持っていけるのは、

お問い合わせ時か一回目の面談で「私はこういう人間です」と

お話をしてから本格的な指導に入るようにしているからです。

要するに、「勉強しますよね?してなかったらどうしようか考えられるよね?」

っていうことを分かってもらった前提でしか、私は学生の指導をしていないのです。

しかし、医学部予備校ではそうはいきません。

正直申し上げて勉強をする気がなくても、

親御さんから「お医者さんになるべきだ、いやなれ!」

ぐらいの話になっているご父兄の多くが医学部予備校に駆け込んできます。

だから、学生がやる気がなかったり、暗中模索している学生も医学部予備校には入学してきます。

そこで大事になってくるのが、

学習指導以上に生活指導です。医学部予備校では、

勉強のプランがたてられなかったり、

バランスが取れないからどうしようと嘆く学生に対して指導するのであればいいのですが、

「勉強するモチベーションを上げる」とか「継続して勉強する方法」

といった勉強以前の問題もクリアしなければならない学生に対しても

その改善指導をしないといけません。

まあ予備校に高いお金を払っていますので、予備校はそこまでしなければなりませんし、

親御さんたちもそれを望むところがあると思うので、

このビジネス関係はお互い需要供給をある程度満たしているのではないでしょうか。


でも、私個人的には、

医者にもなろうとしている学生たちのモチベーションが低く、

高められないのかという方が不思議で、

嫌ならやめちゃえばいいのにって思います。実際に生活に耐えられない方もいます。

でも、そこで耐えられないのであれば、やめてしまったほうが賢明に見える時があります。

勉強って人にやらされてできるようにはなりません。

最初はやらされても、していく中で「医者になる意味って何だろう」とか

「医者になるためにはこれが必要だ、だからこの科目やろう!」ぐらいを考えて、

自身の医者像を作っていくべきで、

それをしていけば必然と勉強しなければならないと自覚する、

と私は信じています。

だから、習慣づけとかを指導する意義は、やはりできる限りしたくないですね。

これは学校でしなければならないことですし、

何よりも学生生活で自身が考えて気づく必要があることだと思っております。

こうはよく言われていても、それでも今の学生は平気で「勉強したくない」と言いますよね。

東南アジアの学生に出会い、お話をすると、

「日本の学生たちはなんて贅沢なんだろう」って嘆きの声が漏れてきます。

勉強をやるならやる、やらないなら受験を諦める!

これぐらい歯切れが良い決断をしたうえで、勉強生活をしてほしいなと思います。


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2014
06.27

単語は完璧を求めない

Category: 雑記
さて、6月も終盤ですが、どうですか?英単語は覚えてきましたか?


わが軍の学生の3割ぐらいの学生は単語帳1冊の2周目を終えようとしております。

今年はシス単を使っておりますが、結構以前から使っている学生が多く、

普通よりも早く進む学生が増えております。

さて、わが軍は2周目を終えたあたりから、

英単語帳を見るべき勉強から離れるようにしております。

何をするかというと、長文を読みまくるという作業です。

本来私は単語帳を用いた勉強をするのがものすごく嫌で、長文を読みまくって、

その中で英単語の意味を辞書で引いて覚えることをしてほしいと思っております。

でも、受験生にも事情があると思いますので、それを強要しません。

ただ、その代わりに学生は単語帳を最初の3か月~4か月で2周をしてもらうようにし、

あとは長文を1~2日で1本ずつ読んでもらうようにしております。

正直申し上げて、

単語帳を丸暗記して完璧にしても長文でその単語を見なければ覚える意味がありません。

1つの単語を完璧に覚えるためには最低長文で10回見ないと覚えないとよくいわれます。

だから、出来るだけ英語長文を読みまくって覚え、

単語帳だけつかって覚えられなかったものも長文で覚えまくる、

これに尽きます。単語帳を完璧にできないからといって合格が遠のくわけではないのです。

単語帳があわなければ、難易度が比較的やさしめの英文をたくさん読み始め、

単語をその中で覚えればいいのです。時間はかかるかもしれませんが、

印象が強くなるので覚えると思います。

まあ、やり方は十人十色。単語帳に完璧を求めるくらいなら、

英語長文を毎日2本ぐらい読めば基礎事項はできあがりますよ!


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2014
06.26

テキストは5周でいい!!

Category: 雑記
私も学生によく「テキストは浮気をするな!できるだけ1つの問題集で済ませなさい」といいますが、

さすがに5周を超えると、

「もういいよ!」って思います。5周以上やってもできないのは、

それは

1.文法を体系的に覚えていない  
2.音読をしていない(音で覚える努力をしていない)
3.書いていない


のどれかが著しく乏しいためだと思っております。

すべてのことをこなして、

5周をしていれば丸暗記状態にならなくとも、

大抵の英文に遭遇したら説明できるものです。

さすがに何周もやっていすぎると、惰性感は否めません。

新しい問題に移って、自分の実力があるのかどうかを試す必要があります。

要は対策レベルなり、表現力がアップする課題へ移行すべきです。

以前にNextStageを17周やっていた学生もいました。

でも文法ができなかったのは、新しい問題に行けず、

自分がわかる範囲のものに固執したためです。1冊では限度があります。

すべてを網羅できないときだってあります。

そういうときは、一度脱却してみましょう。これは浮気ではありません。

問題集との健全な交際です。2冊目の問題集を5周すると浮気になりますかねー。

(これはいいのかなー。よければ、浮気もいいのかって文脈になりますねw)

まあ、「固執」と「浮気をしない」は少々違いますので、適度な距離で問題集と付き合いましょう。


最後に文法・長文が両方苦手な学生がとっつきやすい問題集を新たに紹介!

英語長文レベル別問題集3・4
英語長文レベル別問題集〈4〉中級編 (レベル別問題集シリーズ)英語長文レベル別問題集〈4〉中級編 (レベル別問題集シリーズ)
(2007/12)
安河内 哲也、大岩 秀樹 他

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英語長文レベル別問題集 (3) (東進ブックス―レベル別問題集シリーズ)英語長文レベル別問題集 (3) (東進ブックス―レベル別問題集シリーズ)
(2007/09)
安河内 哲也、大岩 秀樹 他

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英語文法レベル別問題集3・4
英文法レベル別問題集 3(標準編) (東進ブックス)英文法レベル別問題集 3(標準編) (東進ブックス)
(2007/03)
安河内 哲也

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英文法レベル別問題集 4(中級編) (東進ブックス)英文法レベル別問題集 4(中級編) (東進ブックス)
(2007/03)
安河内 哲也

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2014
06.25

無茶ぶりに耐える

Category: 雑記
茂木健一郎さんが日本人の英語習得において必要不可欠なことが1つ、

「ある」ことを指摘しています。何か。

「無茶ぶりをする」ことを自身に課することだそうです。

彼は自身が高校生の時に、カナダでホームステイ体験をしたときに、

その家にいた子供たちと人生ゲームをしながら

「進学するか」とか「転職するか」といったことを会話しながら進めていかなければならないことや、

したこともない複雑な英会話をしたり、

大学生の時に原著の本を読みまくったりしたことを挙げながら、

英語ができるようになった持論を展開しております。

人間はこうやってプレッシャーを与えられて初めて成長する帰来があります。

キツイ思いをして手に入れたことは、

もう二度と失って取り戻そうとしたくない!という刷り込みから、

失わないぞーって思うものですよね。茂木先生は脳の構造からこのことを指摘しています。

困難を乗り越えて成功するとドーパミンという物質が出るそうですが、

それを出すためにはやはり無茶ぶりは理にかなっていることを指摘しております。

彼が言うと、もっともらしく聞こえますよね。うんうん。


私もこの指摘に賛成です。

無茶ぶりはやはり行っております。大学3年生の時ですが、

1年間で3万語の英単語を丸暗記するべきだと思い込み、

1日100個の英単語を覚えようと苦心しました。

365日ずっととはいきませんでしたが、平均1日90個の暗記にうまくいきました。

普通は絶対しないでしょう(笑)

でも、そのおかげで辞書なしで難しい英文も大方読めます。

先日辞書を片手に1時間も同じページを読んでいる先生がいたのを見たのですが、

「あー、それではだめだよ」って言ってあげたかったです。

申し上げにくいですが、無茶ぶりをしたことがないか、

またはその途中なのでしょう。無茶ぶりは1度や2度はなければ人間的にも変化しません。

自分のランクを上げるためには、リスクを背負いながら成功を手に入れるしかありません。

失敗を恐れずに、勝負をする。

これをわが軍の学生の精神に叩き込もうと努力しております。


受験勉強をするうえで、どれぐらい勉強をこなせるかを試したことがありますか。

限界を知らずして、変化はないです。

非効率なように思う部分もありますが、「無茶ぶり」は理屈では分からないことを教えてくれます。

若いときは無茶をしましょう!(笑)


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2014
06.24

脳が程よくつかれるのが理想

Category: 雑記
現在、W杯真っ盛りなのでサッカーネタから入りましょうか(笑)

サッカーで素晴らしいといわれるチームの状態はどんなものかというと、

全選手が同じぐらいの疲れ具合で、最後に笑顔で集まれるチームらしいです。

確かに最近のサッカーは少々違いますが、

昔のサッカーってどこかDFはあまり仕事をしない、

FWは仕事をするポジションというような感じで、

なんかプレイヤーが偏っているスポーツだなーって思うことが多かった気がします。

だから、サッカーの疲労度もFWとMFの方が一番すごくて、

DFがそうでもないんだと思っていました。

(もちろん違いますよね!wまあそんな先入観を持っていたのが私なのですが、

日韓ワールドカップでサッカーの試合を生で観てから、

私はサッカーの虜で、観るのは大好きです。)

さて、サッカーと同様、授業後のテンションにおいても理想があります。

どういう状況か。

先生が説明をガンガンして、生徒は授業中に眠り、先生は疲れ果ててしまう…

これは最悪。

生徒との雑談で始まり、単元はほぼ終わらずに、雑談で終わる。

笑いは絶えないが残った感じがない……これも良くない。

授業後の理想は、生徒がそれなりに頭を使って考え、

先生がにこにこしながら「解けないよねー」って言いながら、

誇らしげに知識を提供し、生徒があーって顔をしている状況。

そして、その合間には雑談で笑顔を作り、流れが勉強一辺倒ではなくて、

いろいろな事象を考える場として教室が機能し、

終わった後には程よい疲れ具合が残るとともに、

復習をしなきゃと思わせるほどの手ごたえを生徒にお土産として持たせる感じ…

これが理想ですね。

まあ要は、勉強して疲れたーが勉強した実感わーっていう感じを学生に与えられるかですよね。

私はこんな授業を理想にしながらやっております。


先日、私の授業を受けて間もない学生から、

「先生の授業はとにかく考えることが多いし、発言回数が半端ないから、

結構思考が止められない。だから大変っす。疲れすぎて寝ちゃうときがありますよ(笑)」

といわれ、焦りました。

(お母様にも同じことを言われましたが、快い感じだと言われ一安心w)

対話形式の授業や、

思考作業が多い授業になれてない人は私の授業を受けているときついかもしれません。

特に高校生に対する授業は、

問題をたくさん解くよりも1問をものすごく時間をかけて解いているときがあり、

目に見えない知識や今やっている範疇外の内容にも触れるので、

学生はかなりきついでしょうw

まあそうやって程よい知識を得た後の余韻を知ることは重要です。

本当に勉強がきついと、体が痛くなったり、すぐ眠たくなるもの。

そういう学習習慣や意欲を作らずにいようと思います。

あくまでも疲れすぎず、にこにこ過ぎず。なかなかそういう授業を毎回作りあげるのは大変です。

でも、クラス運営に引き続き精進します。

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2014
06.23

潔いは考えようで、いいときも悪い時もある

Category: 雑記
さて、わが軍の女性群たちは非常によくできるようになってきました。

英単語がやたら入り始めたら、長文を読むレベルが一気に上がりました。

しかし、ある学生が少々面白くなってきました。


私:「○○さん、この英文を訳してごらん。」

学生:「えー、(答えが書いてあるのに)わかりません」

私:「いやいや、それで大方あっているから答えて御覧。これこれだから、なんて訳すよ?」

学生:「えーっと、~~です。」

私:「正解。(なんだよ、完璧に訳せるじゃん!)」


そう、この学生はできるはずなのに、指された時点で答えが出来上がっていなかったり、

単語が分からなければすべてわからないことにしたり、

面倒くさそうな範囲で考えないとわからなそうなときは、

すべて「わからないこと」にしてしまうのです。なんてもったいない。

これはある意味で、いい意味でとれるのですが、

悪い意味で進んでしまうこともあります。

いい意味というのは、完璧主義で抜けが少ないことです。

一つの問題を丁寧に解いて、しっかり自分の頭の中に知識を落とし込むわけですよね。

実際にこの学生は週末テストでは高得点を取り、

基礎事項をめちゃくちゃしっかり押さえているんですよ!

でも、難しい部分や簡単に答えが出ない部分に対して潔すぎると、

自分のわかる範囲しか解かなくなるし、

難しい問題が解けるはずなのに結局解けないことになってしまうので、

どこからわかってどこからわからないかがはっきりしなくなり、

生徒にとってはいいことなしですよね。潔いのは模試の結果を見た時と、

自分の勉強生活の流れが良くないときだけにして、

取り組む課題に対しては粘り強くいてほしいです。考える作業から逃げるのをやめましょうね。

これを怠ると、いつまでたっても実力アップしないのですよ。

そして、これはできる学生にけっこうありがちなので、

思い切って自分の範疇からでてみましょうね

(難しい問題を解こうねということです)。

特に英語と数学!(笑)

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2014
06.22

問題が全国的に簡単になってきている

Category: 雑記
さて、先月愛知医科の推薦入試と一般入試を予備校からいただき、解いてみました。

愛知医科大学の入試問題は、英語だけ言えば比較的難しい部類だと思うのですが、

今年は比較的平易でした。

簡単というほどではないのですが、やはりそれほど例年のような難儀を感じなかったです。

ちなみに推薦入試の方はもっと平易で、これは正直簡単な部類だったように思います。

並び替え問題において若干癖がありましたが、長文の難易度は間違いなく下がっています。

それだけ医学部に現役生を送り込みたいという気持ちが表れているように思います。


しかし、この傾向は愛知医科大学特有のものだというわけではありません。

これは上智大学のTEAPにも表れているように思います。

TEAPのサンプル問題を手に入れてやってみたのですが、

単語が分かってしまえば大体解けてしまうほどの問題で、

これを基準点にするという時点でやはり上智大学のハードルが少し下がったようにも思います。

しかもこのTEAPというテストは数回受験できるので、

受け続ければ1回ぐらいそれなりのスコアが出せるのではないでしょうか。

一発勝負から変化した点でも、

やはり難易度は上智全体が下がったのかもしれないと勝手に予測しております。


とまあ、早稲田や慶応の問題も数順年前と比べたらレベルが落ちていますし、

読む量も一気に減っております。

私の受験したときなんて、

早稲田の法学部はものすごく分量が多い英文を3本も読んだ覚えがあります。

1題1000ワード以上なんてざらでしたよね。

今や1000ワードを越えた英文が出る学校は数えるほどになってきましたね。

国立ですと若干ありますが、やはり若干ですよね。

(東京医科歯科とかは長くて難しいですね。)

どんどん入試問題が易化というか、

内容をしっかりまとめる問題からうわべの解釈をスピーディにするような問題に変わっているせいで、

中身をしっかりとらえながら英文が読める学生がものすごく減ってきたように思います。

まあ英作文ぐらい試験でためしたいかなって最近思う次第です。

そういう意味では、京大は古臭いとかよく言われますが、

やはり和訳と英訳のみで難易度が高い英文なので、

それなりに実力がないと……だからあまりごまかしがききません。


せめて内容一致問題は、

抜き出しレベルに近いものを選ばせないような配慮がある問題を作ってほしいなって思います。

そんなわけで、

年々英語のできる学生のクオリティが下がっているように感じるのも否定できないです…。

(まずは単語の意味をちゃんと言える学生が少ない…)


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2014
06.21

面談をする意義

Category: 雑記
予備校の活動が熱くなる時期です。

夏期講習のパンフレットがばーーんと出て、

パイが小さくなっている受験業界はしのぎを削るんですよね。

大手の予備校の夏期講習の申し込みはもうすぐ終わります。

わが軍の家庭教師の文系組は、

政経の授業をとるために大手のある先生のもとにいってお勉強してきなさいと指示しておきました。

今年のわたしはもう政経を指導する暇もなければ十分な準備もできませんので、

お引き受けを断念しました。


まあそんな感じで夏休みの予備校は激戦を繰り広げるのですが、

学生たちの多くが大手の予備校へ行きます、きっと。

もちろん、自分でできる学生たちは授業をうまく聞いて、または先生の虜になって、

受験を乗り越えるための手法を手に入れて、模試の結果もよくなり、

合格へ駆け上がっていくのでしょう。

私もそれを望む一人で、本当にそうなってくれればうれしいこと限りなしという心持です。

しかし、猫も杓子も大手予備校へ駆け込むようにも見える学生も少なくありません。

そういう学生は大方勉強に受動的で、自分から知識をとろうと思いませんし、

授業の内容を聞き流して夏を終えます。

もちろん、一人一人に懇切丁寧に説明する予備校講師はまれですし、

大手予備校へそれを期待してはいけません。

自分から何が足りないかに気づいて、チューターなり講師なりに話しにいかないといけません。

しかし、受動的な学生にそれはできないでしょう。


そこで個別指導塾に行くのですが、やはりここでも問題は生じます。

こう考えて個別指導塾に駆け込むのですが、

個別指導塾の多くは非常勤と学生先生で話し合いなんてろくすっぽできていないのが現状。

多くは塾長の独断と偏見でものを述べる事が多いです。

よくても、受験サプリや旺文社のホームページに書いてある程度の受験情報を提供し、

そこまでそうやって生徒の実力を持っていくかを考えるノウハウを各科目アドバイスしつつ、

バランスをとれる指導者(音頭をとれる者)は正直少ないでしょう。

だから、夏の塾選びや講習選びで重要な焦点になるのは、

面談をしっかり行ってもらえるかどうかです。それは親御さんも数回行えて、

または子供に対してどれだけ行えるかどうかを判断してください。

勉強に慣れていない学生はとにかく方向性を失っているか、間違っていることが多いです。

特に、上位校へいった経験をもって高校受験を終えたり、

熾烈な争いを経て中学受験を勝ち抜いた学生以外の学生は、

なかなか勉強に対して免疫ができておらず、

以前経てきた受験生活の延長上としてとらえて、失敗する傾向に陥ります。

それを避けるためにも、

まずは受験のアドバイスや管理ができる状況を持っている予備校や学習塾へ行くべきです。


私も家庭教師の傍ら、こういうことは惜しまずやっているつもりです。

今までうまくいかなかったケースをみても、私がその学生とお話をあまりせず、

彼らのポテンシャルを見抜けなかったことや、

親御さんの要望に応えきれていなかったためにうまくいってなかったと思っております。

こういう齟齬を埋めるために、私は面談を重視しております。

指導は授業がすべてではないです。

私は授業なんてもうプロが無料でやっているのを見れますので、

そこよりもちゃんとお話が出来てそれに沿って授業ができるかどうかだと思っております。

(まあ授業の面白さや定着さでは負けないつもりですが。)

夏をいい風に迎えましょう。

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2014
06.20

売ることは難しくない、難しいのはサポート

Category: 雑記
先月、仙台まで行ってきました。仙台はご飯がおいしいですね。

涼しいですし、都会ですし、住むところとしても悪くないなーって思いました。

名古屋はご飯がおいしいですが、味が濃いのですよね。

だから、薄味が好きな私にはすぐおなかがいっぱいになるものが多いですw

さて、なぜ仙台にいったのか。

先月、仙台から依頼をいただき、

遠くの方がこんな謎で言いたいことを書いているブログに

お問い合わせをいただいて私も嬉しくなり、

なんか打開策が出るかわからないけれども、お伺いするということで仙台まで赴きました。

まあ結論からいうと、私の能力の範疇をはるかに超えていたのと、

指導距離がむちゃくちゃあり通えないのでお断りをすることになったのですが、

「勉強が嫌いだったり、困難だったりしたが合格を勝ち取った方のお話」をたくさんしてきました。

これがその方にはプラスになったかはわかりません。

正直、自己満足になってしまった部分はあるかと思います。

でも、私は日本中にいる学生の状況を知り、今後の指導に影響できるのであれば、

お金を払ってでも面談しながら話をするプラスだなって思ったために赴いたつもりです。

電話でももちろんお話しできたのですが、

本当にやばい状況だとそれで解決できなかったり、状況はわからないことがしばしばです。

あと、私は電話が嫌いなのですwその人にあわなきゃわからないというのが持論なのでw

しかし、ここで「いいですよー、指導しましょう」って素直には言えませんでした。

ほぼ毎日か2日に1回は面談しながら話をしていかないと解決しないと踏んだので、

今回はお断りしました。正直申し上げて、指導しようと思えば、

私はもっと多くの学生を指導できると思っております。

しかし、それは巷の個別指導塾と一緒で、コンビニのごとく指導を切り売りするだけで、

成果が出る学生と出ない学生がでてくることになります。

そういう意味で、結果をそれなりにして親御さんと生徒の満足だけをくんで、

指導を切り売りするだけであればもっともっと指導はできます。

しかし、

それは指導ではないと思っているために人数を制限しております

(定員は抱えている学生のレベルによって変わりますので非公表)。

大事なのは、自分で学生が勉強できるように指導を加えて、

それを管理するサポート力を売れるかどうかなのです。

そこに問題があれば、私はやはり親御さんに申し訳ないですし、

指導できないといいます。そして、楽しく勉強できるように指導するためには、

私にも余裕がないといけませんよね。

余裕あって初めて、彼らのことを知り、それに合わせて授業をして、

彼らは満足するわけです。

ここは曲げないのが、私の運営方針です。

でも、本当に遠方からのご依頼ありがとうございました。

ご紹介した方とうまくいくことを心からお祈りいたします!

自分ができない場合にも、いくつか手を持っているのが、私の強みでもあります。

これが私のサポート力ともいえます!

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2014
06.19

丁寧すぎるのはあだになるときがある。

Category: 雑記
我が軍の前期指導がそろそろ終わります。そして、7月を迎えるわけなのですが、

今年は本当に一生懸命にやってくれる学生が多いです。

単語テストに関して良好な学生も多いし、ノートまとめは言われなくともしてくれるし、

課題もしっかりこなしてくれますし…もうこれで結果が出ないとなると……

と少々私もプレッシャーがかかりますw

でも、今回は本当に結果が出ると思います。

そんな予感をさせる学生ばかり集まったのと

真面目にやってくれ学生たちなのもあり、

私も授業に気合を入れて、時間外になってしまうこともしばしばですw


しかし、こうやって必ずしもすべてが順風満帆に進んでいるわけではないです。

もちろんこうやってうまくいっている中にも悩みはつきものです。

真面目が故にあだになってしまうこともあります。

例えば、私の授業後の復習作業というのは、

学生たちに与えて使っているテキストをもう一度自分で別のノートにまとめ直して、

2冊目のテキストを創り上げることなのですが、

それに時間がかかってしまい、問題演習に時間を回せなかったり

他の科目に回すべき時間がとれなかったりするということが起こってしまいました。

まあ当然想定内の結果だったのですが、

なかなかやっていく中でスピードがあがらないってこともありますよね。

そう、真面目な学生はこういうノートづくりも容赦なくやってしまうんですよね。

一語一句丁寧にやってしまったり、

色ペンをかちゃかちゃかえてガチで作り直してしまうんですよね。

でもですね、模倣の法則の中にあるのですが、

単純な真似レベルを

(相手が右手を挙げたら、自分も右手を挙げるというような単純な模倣)

すっと行ってきたら、だんだん人間はそれだけでは自分の意志はかき消されていくし、

大量の模倣物に追われてパニックになるので、

目的を遂行しようとするための模倣運動に切り替わり始めるんですよね、

ある幼少期の時点で。

最初の模倣からもっと発展したものへ変わっていくように

人間の脳と活動はできあがっているので、学習者はその単純模倣から目的達成型模倣へ

換えていかなければならないですよね。

これをしていけば、最初に始めた時よりも少ない時間で理解することができるようになりますし、

どんどん他の事ができていきます。

真面目な学生ほど、実はこれが苦手なのでしょう。

「どこまで割り切ってやらないで済むのかなー」って考えすぎてしまい、

結局全部やらないとダメという具合に陥るのでしょう。

ほら、先生に「教科書に大事なところに線を引きなさい」と言われて

結局大事なところが全部に見えるので、全文にマーカーを引いたことってありませんか。

あれと一緒のことが、まじめすぎる学生には起こっているのでしょう。

でも、受験という期間は制限時間があります。

そのなかで膨大な課題をこなさなければならないという制約もあります。

というわけで、真面目くさってやっていても1年では成就できません。

これを知っているからこそ本来は高1~高2をしっかり勉強するのですが…

できるだけ無駄なものを削いで、身になるものを得る意識は常に考えてください。

まあそれを指南するのが予備校講師なのですがね(笑)

真面目な学生には、どうやって端折っていくかを指示するのではなくて、

みせなければなりませんかね。今度学生たちにあることをみせようと思います。
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2014
06.18

with some or alone? you decide!

Category: 雑記
さて、もうすぐ予備校内の学内模試が始まります。

我が軍から今年は10番以内に3人入れたいですね。

一人は入ると思うのですが、もう2人は怪しくて何とか引き上げなければなりません。

それができるといい感じですねーって思います。

まあとにかく今は頑張ってもらうのみです。がーーーって行きましょう!


ちょっと今回は問いを読者に投げかけてみます。

みなさん、勉強はどのようにやっていますか。

実は、私は人の勉強法が結構気になってしまう質でして、よく人に聞いてしまいます。

そして、いいものは取り入れてしまいます。

そのいい勉強法のエッセンスを私の生活リズムにうまく調和させた方法が、

今の勉強法の原型になっているわけですが、

まだまだ発展途上です。

しかし、これだけは貫いています。


「一人でやるものと、みんなで共同的にやるものを分ける。」


「どういうことだ?」

たくさんの人がこんな疑問を持ったと思います。

勉強は自分一人でストイックにやるものだと思われがちです。

これは一理ありますが、それがすべてではないと思います。

私は大学院の研究をストイックにやりすぎてしまい、

周りとあまり情報交換をせずに、すべて自分で処理してしまったことで、

外からみえていた論文の体系と、私がこれだと思っていた体系の間に

大きな隔たりがあることに、私は気付けませんでした。

おかげで、私の修士論文は完全な失敗作に終わり、

今でもやり方をもっと模索するべきであったと少し反省しています。


しかし、私はみんなでやる作業でも失敗しています。

例えば、生徒内でのディスカッション。

学部の時によくやりましたが、大半は失敗しました。

成功した例といえば、やっぱりそこには偉い教授や、

中心になってくれる院生がいてくれた研究会であり、

なかなか学部生だけでの会は成功しませんでした。

というか、結局雑談になってしまい、場がなかなか締まりませんでした。

こんな失敗をたくさんしたことで、

私はグループで勉強することを避けてしまいましたが、

大学院生活を一度終えてから、みんなで学習する素晴らしさに少し気付きました。

それは、思いがけない発見を与えてくれる場です。

大きなひらめきは、他人との会話から生まれることが多いと思います。

例えば、ある大学院の先輩が、

ジュリア・クリスティバの『斬首の光景』に関して授業内発表をしたときのことです。

私はネクタイの研究をしていたのですが、

彼の発表から、

首の表象からネクタイについて分析できるのかもしれないと考えることができ、

結局最終的にはフーコーの「権力批判」についての分析について知り、

それをネクタイのもつ意味を考える上で援用することができました。

私はその授業の中で、出来る限り知っている内容を並べて、

自分の肉になるような知識を相手から引き出す努力をしました。

このようにある対話や講義から、何かが生まれる可能性は十分あるのです。


これは受験生の間でも、起こることではないでしょうか。

例えば、英単語の勉強を一人でしていると、気が滅入ってしまうと思います。

見て覚えた単語を確認するのは自分だし、

答えるのももちろん自分。

もし自分がみたものを間違って覚えていたら、

そのまま覚えてしまうことだってありうる。(私はそれが非常に多かった。)

しかし、食事のときに受験生の間で交わされる談笑の中に、

単語テストのような会話を組み込んだら、

会話に参加している人々は、

その会話を交わしているだけで単語の確認ができてしまうのです。

英単語や古典単語は特に、

ある程度の人数のなかで確認するのがいいと思います。


このように、一人で勉強するには限界なことも起こりえるわけで、

決して一人で勉強することがすべてよしと言うわけではありません。

一人で勉強する時間はもちろん作らなければなりませんし、

その割合も多くなければなりません。

しかし、魚の刺身がつまを必要とするように、

人間生活においてグループでの談笑は必要不可欠です。

以前に「覚えるもの」と「理解するもの」を分けなければならないと話したのと同様、

「一人で勉強する」ことと「人と戯れて勉強する」ことを分けなければならないと思います。

ここで気づいた人もいるかもしれませんが、

実は「人と戯れて勉強する」ことは、自分の理解力をあげてくれるのです。

ただ、この勉強スタイルは多用は禁物です。

多用していると雑談になって、

無意味な時間になることもしばしばありますのでご注意を。





人生、メリハリなんですね。って最近強く思います。

そんなメリハリ人生を、私はまだまだ探究していきたいと思います。

そして、今生きている時間よりも先の時間では、

よりよい時間を過ごしていたいですね。

さーて、思ったことを言ったので

床に就こうと思います。

おやすみなさい。


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2014
06.17

海外志向へ動いているのか、日本人も。

Category: 雑記
一昨年ぐらいからそんな兆しが見えてきたのですが、

最近、海外志向の親御さんが多いなーって思います。

息子・娘を海外に渡らせようという話を良く耳にします。

(そして、先日そんな相談もありました。)

そして、勉強を一生懸命している生徒と話していると、

彼らも「海外で一度は勉強してみたい」と胸中を吐露するときがあります。

良く言えば、「向上心が高い、好奇心旺盛で、チャレンジ精神がある」と言えますが、

悪く言えば、「日本にいてはダメだ。外に出なくてはいけない」という

ジャパン・バッシングにも聞こえますよね。

まあどちらがいいとか、こうするべきだという意見は控えますが、

どちらにしても、一度は日本から離れて、

違う空間で勉強してみて考えてもいいのかなとは思います。

ダメだったり、自分に合わなかったら日本に帰ってきて、

後々の人生や進路を考えてみればいいのですからね。

私の生徒や前の教え子たちは

とにかく外に行って何かを得ることを求めています。

今年送り出した生徒たちの中にも

すでに来年の1月から留学する学生が2人います。

そして、2年前のニュースで発表されましたが、

国際バカロレアの試験で日本語を使用して受験できるという

日本としてはさらに国際競争で差をつけられそうな事態にもなってきました。

東大・京大を目指すという時代から少々変わってきますね、多分。

(少なくとも2015年から行われる東大の推薦入試のTOEFL100点以上にはビビりました。)

この2強はそう簡単に牙城を崩されることはないかもしれませんが、

(京大のある学生に聞いたら、

京大生でも日本語が書けない生徒は結構いる…と言っていた)

その他の大学は、特に上位私学(早稲田とか慶応とかMARCHですか…)

は、国際的な争いに無条件に引きずりこまれそうですね。


個人的にはどこでもいいから日本の大学を出て、

海外の学位を手に入れたほうが箔がつくように思いますが…

今はそういった日本に対する愛着のようなものを必要としない人が

多くなってきているのですかね。少々残念です。


社会がそうなっている以上、早い段階から英語の鍛練を積もうと頑張る学生は

間違っていないように思います。

「英語だけ異常にできる」……人生をトータルで見たらよくないですが、

ある期間(中学時代や高校時代)では、いいのではないのかなと。


言語ができれば(英語が読めて理解できる実力をつけていれば)

たくさん本を読めるようになりますから後で一生懸命勉強して、

専門知識を大学で教わればいいんですもん。

どうせ大学では本を死ぬほど読まされるのですからね。

(日本はその教育が乏しすぎる。)

私が通っていたストックホルム大学では毎月研究書を最低10冊読まなければ、

その月にある科目のテストで及第点は取れませんし、

ディスカッションで何も言えず、failをもらうことになるでしょう。

そういった環境に一度は身を置き、勉強することを生徒に望んでいます。

日本の多くの大学にその環境があれば、海外なんて行く必要がなくなって、

必然と日本の大学のレベルも上がるのに……。

選ばれる側も、選ぶ側もブランド力ばかり目がいっているのは

確かに大事なことかもしれませんが、うーむとうなりたくなりますね。



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2014
06.16

選択肢が増えると、楽しみが増え、反復しやすい。

Category: 雑記
先日、父と王子にある親戚の家に遊びに行き、

それからお花茶屋に行く用事があったのですが、

父は次のように提案しました。

「えーとね、飛鳥山公園から都電に乗って、町屋まで出て京成線に乗っていくか、

日暮里まででて京成線で一本か、どっちがいい?」

いつもの私なら間違いなく後者なのですが、時間もあり都電にも乗ったことがなかったので、

前者の選択肢で行きました。時間は日暮里から1本よりも15分余分にかかるのに…。

全部の体系がわかっていると、なぜか遠回りをしてみようと思うものです。

自分がそうじゃないのかなとか、すでにわかっていることなんだけどってことを、

あえてやってみるというのが男のロマンなのでしょうか?(笑)

勉強においても同じことが言えて、

わかったことをあえてやってみることで発見があります。

そして、その選択肢を持っていると、

大きな困難にぶち当たっても結構難なく処理できることもしばしばです。

復習をあえて思った用法をやってみたり、わかっていることに時間をかけてみることも重要で、

すでに手に入れた知識を忘れづらくします。

父ももう66歳を迎えましたが、

若いころにこうやって都電に乗って家に帰ったり、

上野から王子まで歩いたりして、今まで何十年も東京の地図をしみこませてきたんだろうなって

思うと、結局何かを脳にしみこませるということは

無駄でもなんでもやった回数とその習慣度合で決まるのかなって考えさせられました。

一時期ぼけたかな?って思ったのですがw、まだまだ父の聡明さは健在。

決断力もあまり衰えていないところをみると、父は偉大だなと思わざるを得ません。

いい父を得て、私は幸せだということをかみしめながら、また来週から仕事をしようと思います。

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2014
06.15

becauseとasとsinceの区別より必要な知識はたくさんある。

Category: 雑記
先日、こんな質問をされました。

「becauseって文頭に使っちゃいけないって教わったのですが、

先生は使っていましたね。いいの?」

個人的にはどっちでもいいと思っております。だって、

becauseは従属接続詞ですから

ただ、会話文では~, so……をつかいますかね。

あとは堅苦しい表現ですと、sinceとasをつかうかなーって感じです。

あるブログでこんな説明があったので引用しておきます。

(引用はじめ)----------------------------------------------------------------
becauseは原因です。becauseの中にcause(原因)が入っています。
since, as, forは説明です。

becauseは新情報や難しいことを説明する場合に用います。
既存情報やわかりきったことを説明する場合は、sinceやasやfor等を使います。

△Because it rained, the camping was cancelled.
○Since it rained, the camping was cancelled.

雨が降ったらキャンプなんてキャンセルなのは当たり前だから、sinceのほうが適切です。

わかりきっていることにたいしてbecauseを使うと、相手を馬鹿にしている気がします。

Because I broke my leg, I stayed at home.
Since I broke my leg, I stayed at home

自分が足を折ったことを知らない相手に対してはbecauseを使って、知っている相手に対してはsinceを使います。

強調したい文(節)を後ろに置きます。
Because I broke my leg, I stayed at home.
家にいたことを強調したい

I stayed at home because I broke my leg.
骨を折ったことを強調したい

他の従位接続詞(since,as等)も同じです。
等位接続詞(and, but, for等)の場合は、前も後ろも特に変わりません。

新情報の意味が含まれるbecauseは文頭よりも文中に置いたほうが良い感じがします。
逆に旧情報の意味が含まれるsinceやasは重要性が低いことから文頭に置いたほうが良い感じがします。


sinceは堅苦しいので、so(等位接続詞)を使う場合があります。

少し堅い Since I broke my leg, I stayed at home
少し軟らかい I broke my leg, so I stayed at home


問題はasです。

sinceとasは同じように用いることができるようですが、
私は説明等を加えるのにasを使ったことないです。

asは”~するとき”などの時間関係や状態を示唆するときでなら見かけたり使ったことがあります。

一応asで説明を加えることができるけど、実質的にほとんどその意味では使われないと思います。状況や時間経過などが絡むときにasを使って、説明的なものはsinceを使うのが無難です。

As the sun set, they went home.
太陽が沈んだとき、彼らは家に帰った。

As you know, I broke my leg.
知ってのとおり、私は骨を折った。

(引用終わり)-----------------------------------------------------------------


さて、こんな風に書かれていたのですが、わかったことは一つ。

別にbecauseを文頭で使っていけないなんてことはないってことです!!

要は、それって知ってたからってなんなのよ?ってことです。

英作文において私はそこまで細かく指導しません。

だって、これを延々とやってしまうと、英語が書けなくなってしまうんですよね。

そして、それ以上にもっとたくさん知らないといけないことがたくさんあるのですよ。

実際にこういう質問をしてくる学生の多くは、もっと基礎的なことがわかっていません。

(たとえば、becauseをforやsoと同じように使うこと。これはダメ!!forは等位接続詞ですからね。

becauseは従属接続詞で等位接続詞的に使うことってあるんですよーっていうだけ。

これらの区別はしっかりしておかないとダメ。しかし、もっと大事なことを忘れているのが常なのだ。)

先ほど引用したものを知らなくてもいいんです。点数を取ることに重点的になるのであれば。

というか、これをはっきりさせずに中途半端に、「これはいいが、これはダメ」といった

先生も悪い。細かいことを言うのであれば、それなりの説明をこなしてくれないと困ります。

こんな知識は大学で英文を書くときに気づくようになります。

なんでも鵜呑みにして知識をつけることが英語の秘訣というわけではないです。

所詮言語ですから、英語は人が使う方法によって意味が変わってくることだってあります。

こういう人もいます。pleaseをつければ何でも丁寧になりますからねー。

いやいや、これだってねー間違いですよ。一応pleaseさんは命令形ですから、

メールの文面では使わない方がいいですからね。

予備校講師の中には、あんまり教えてなさそうなことや、たまたま入試で出たことを

「こんな言い方も出たから、知っていなければならない」なーんて、

どんどんこうやって重箱の隅をつつくようなことに走る方がいますので

そのレベルのものを鵜呑みにしないでください。

基礎が出来てからそういうことを乗せていきましょう!!

隅だけはいていてもお部屋はきれいになりません。おっきい問題から片づけてください。

これは中途半端に勉強している学生や、

英語が苦手だけどダメなりにとりあえずやっておこうみたいな

状況をよくわかっているが詰め込んでいる生真面目学生に多いです。気を付けましょう。
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2014
06.14

和訳から英訳・並び替えへの移行時期

Category: 雑記
さて、今年のわが軍も前半3か月を終了しようとする時期にさしかかりました。

今年のわが軍は全員和訳と簡単な並び替えに従事しながら、

文法事項の実力をつけていきました。

こういうことをこなしてきたことで、英文をしっかり英文を覚えてくる学生も多く、

どんどん生徒の実力が上がってきております。

そのおかげでやることの幅がどんどん広がっていくのですが、

和訳主体の授業をして、いつまでも和訳だけしていてもできるようにはなりません。

今までの英語教育はこの和訳ばかりしてきたことで、

英語表現力は思ったよりも伸びないことが、

私の経験からも理解していましたし、

ほかのベテラン・カリスマ講師の話からも実証されております。

だから、私は和訳主体から並び替え問題とカッコを補充する問題をたくさん組み込み、

自身で指定された範囲内でですが、表現力をつける努力をし始めています。

知識をためることはある程度必要で、それを作業から排除して並び替え一辺倒にするのは

私は間違っていると思います。まあできる人ならいいのですが、

いきなり並び替え問題をこなせない人もいるので、

前もって知っている表現を教えてしまい、それを簡単な例題でこなす

ワンクッションは必ず必要だと思います。特に大学受験の指導においては、ですよ。

しかし、これでも表現力がめちゃくちゃ飛躍するかというと、そうではないです。

やはり1年のうち数か月は英作文までは手を出したいですよね。

英作文で与えられた日本語を自分の蓄えてきた英語力で力をぶつける作業を

できるかぎりたくさん行えれば、英語の実力はかなりのものになると思います。

例文暗記が完璧にできていれば、日本語を経由しなくてもできるようになる日も

そんなに遠くないです。

というように、英語の実力がある程度伸びきって悩みはじめている学生さんは

あえてパターン勉強や対策に走るよりも、この時期(6月~8月)は

表現する力を磨いてください。特にインプットからアウトプットへの移行をしてください。

インプットからアウトプットへの移行は夏が一番ですし、そこまで準備が出来ているのが

受験における英語ができる人の理想です。
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2014
06.13

笑いでわかる彼らの考えと志

Category: 雑記
6月も真ん中。早いものです。

雨の日も増えますし、私としてはあまり好きな時期ではありません。

雨になると、腰が痛くなったり、髪の毛がなかなかうまく整わないんですよね。

まあいつも切ったない恰好をしているので、後者はいいのですがw



さて、わが軍の多くは、期末テストや塾内模試のためにお勉強をしております。

今年はものすごく化けた学生と、そうでない学生の差が顕著に出ました。

前者の学生は文法をバカみたいに(失礼w)覚えきって、

問題集を1冊終えるぞというところまで行った学生です。

これは本当に感動もので、私としては非常にうれしいです。なかなかできるものではないです。

よくやっていると言ってよいでしょう。

しかし、後者のほうはというと……文句をいうつもりはないです。

実際に苦手な中でしっかりやっているとは思っています。

努力もしていますし、運営的には問題がないと思うのですが、

いやー、まだまだ甘いんですよね。とにかく2回ぐらいやったら覚えると思っているんですよね。

テキストの内容を2~3回ぐらいやって覚えられたら、それは結構優秀です。

反復しまくって、できるまでやるというのがやはり本来の勉強への心構えなんだと思います。

しかし、残念なのは、こんな状況があったこと。

学生:「先生、今日の小テスト、できませんでした。」

私:「うん、あんまりよくなかったねー。そのままだったんだけどねー」

学生:「いやー、なかなか覚えられないんですけど…」

私:「いやー、友人とつるんでいる時間が多いからにもみえるけどね。もっとできるんじゃない・?」

学生:「(笑いながら)はいー。」


うん、笑いにもいろいろとれますが、

状況が悪くて「笑っていられる」というのはよくないです。

本当に危機感を持った学生ならば、眼の色変えてやるのが普通で、笑いは消えるものです。

そんな余裕はありません。

真面目な話をして笑いを入れるのは、「何かをはぶらかしたい」とか「現実逃避をしたい」

という表れにもとれます。実際に真面目な内容を話しているときに、

しかも自身が劣勢にたたされているときだと、

「あー面倒な奴だなーこいつ。早くおわんねーかなー」って思いながら、

事を早く終わらせるために笑いをいれて相槌を打つわけですね。

(これは自分が良くするからわかりますw)

こういう思考になっていると、やはりやる気が落ちますし、後ろめたくなるし、

自分にも他人にも何か敵意を感じてきちゃうんですよね。

やはり、悪いんじゃないかなーって状況を指摘された場合は、

きついのですが自分で受け止めて気を引き締めていてほしいです。


笑い一つまで私は見逃しません。それぐらいの最低限の洞察力を兼ね備えて、

学生の思考と願望と状況を把握します。心理術ではないですが、

やはり大方対面して話せば何かみえてきます。(電話ではなかなかわからんですねー)

だから、生徒と立ち向かう時は普段へらへらしていますが、

真面目なときには容赦しません。しっかり洞察して、

彼らにいいアドバイスをできたらと常に考えています。

だから、真面目な話をする時はあまり気が弛んでいないでほしいですね。

勉強する時と、リラックスする時のメリハリをつけてくれたらいいのですが。

なかなか難しいですよね、それは。
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2014
06.11

味が肥えてくるとわかること・わからなくなること

Category: 雑記
最近、学校の関係者や予備校の偉い人とお話しする機会が増え、

お食事に誘われるようになります。

指導を優先しておりますが、こういった人のつながりも最低限は必要だと思っております。

どんな話をするのかと言いますと、「今年の入試はどういう方向に向かいそう?」

「先生の英語の指導ってどういう方向で向かっているの?」

「前置詞のうしろに節がこれるものってなんかある?」

「彼女との結婚はいつ?」、「ラーメン屋でうまいところはどこよ?」

という具合に、お話の内容は多岐にわたります(笑)

まあなかなか有益な情報をたくさん得られるので、

私としては結構お話を聞く側に徹してしまうのですが、いやーなかなかいい時間です。

そういう機会が増えてくると、お店でのご飯が増えてしまい、

いろいろなレストランの名前も覚えてくるし、味もだんだん肥えてきます(笑)

先日、名古屋・大須にあるお店のから揚げがものすごくおいしいという口コミを聴き、

彼女を連れて行ってきたのですが、

「うーん、あんまりかわりばえがないよね。おいしいけど自分でできそうなんだよなー(笑)」

色々なところに食べに行ったせいで、普通のものではなかなか満足しなくなってきました。

だから料理のレパートリーもどんどん凝ったものになっていきます……。

先日は、オーガニックココナッツミルクをベースに、

梅酒を隠し味に使った、ナンプラーと水ナスとパプリカと筍を入れたグリーンカレーを作りました

なかなかいろいろ入れようとします(笑)

とまあ、料理を結構楽しんでもいるのですが……。


さて、こうやって舌が肥えてくるのと同じように、

入試問題を解いていると、問題の難易度に肥えてくることがあります。

非常に難しい問題になると、「うわ、すげー。俺をこんなに髣髴させるのか!」

と目を輝かせるのですが、

平易な問題や月並みなものになると、

「いや、知ってるし。これまだ聞くの、入試…。そして、お前も…w」とやさぐれるやつも中にはいます。

こうやって問題を消化しまくっていると、感覚がマヒしてしまうわけですよね。

こういう学生は難しい問題をやっているもので、

そこそこの難易度のものには対応できるという点で、

平均点が下がった時には平均よりちょっと上にいるように思います。

そういう意味では平均点をとれる力がつくのかもしれませんが、

簡単な問題を軽視してケアレスミスを招いたり、

物凄く難しい問題になると、ちょっと難しい問題に多いなんとか型ハメに落とし込めるものではなくて、

実は基礎になっている知識からの派生で、基礎がちゃんとわからないので

解けなかった…そして、全滅みたいなことは起こりやすいですよね。

料理の世界でよく言われますが、本当の味を知るためには、

うまいものとまずいものがなんなのかを知ることです。

カット野菜しか食べたことがない方は、きっと新鮮な野菜のくそうまさに驚愕します。

反対に、新鮮な野菜を食べてきた人は、カット野菜を口にしたら、

なんて味がないんだ、もしくは薬の味がする!っていうように感じることでしょう。

入試問題もそうなんです。

難しい問題と簡単な問題を両方どういうものなのかを知ることなんです。

または応用と基礎を知ることなんだと言い換えることもできます。

応用問題やっている学生は必ず足元をすくわれます。

我が軍にもそういう学生がいます…しかも正直申しまして、

そういう学生に限って、なかなか基礎の大切さに気づこうとしません。

やはり形式的に処理しているだけなんですよね。それでは英語はできるようになりません。

難しい問題(おいしそうな問題)だけやって舌を肥やさないでください。

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2014
06.10

切り替えが早い学生は伸びが変わるときあり!

Category: 雑記
さて授業が2か月経とうとしております。

そして、私の予備校では毎週月曜日に1時間だけ補習もしております。

まあ補習はやったことをしっかり思い出そうということと、

やったことがどれだけ実戦的に使えるのかなーということを試す場になっております。

そんな感じで多くの生徒たちが参加してくれるのですが、

我が軍の学生ももちろん参加しております。

うーん、しかし正直なところほぼまっさらになっているのですよね。

1か月前に扱ったモノでさえも、

もはや過去の産物となり、知識としては忘れらされていました…。

まあまだ抜けがあるレベルであったら仕方がないのですが、

同じ例文を出して、「こんなのありましたっけ?」というのは

さすがに唖然としましたし、怒りを覚えましたねー。

しかし、それが当たり前なのかもしれませんね……。

本来三年間で処理しなければならないことを1年でやっているのですから

なかなか容易にはいかないかもしれません。

しかし、そうだとわかっているはずで、

この状況にあることを笑っている姿を見た時にはさすがにキレそうになりました。

と言っていましても……、さすがにこれは生徒たちに言わないと…

と思い、生徒にガツンと言いました。

「えー、3年間を取り戻すためにこれはないでしょう。効率悪すぎ。

考えて勉強しなすぎですよ。もっと計画して、自分のポテンシャルを考えなさい。」



こう言って私は予備校を後にしたのですが、

彼らはいったいどう考えるのか非常に心配であり、

興味深かったです。

この学生たちはいったい全体変われるのだろうか……と。

で、正直申し上げて、やはりそこでもへらへらしている学生はいるのですが、

さすがに学生も堪えたようで、少々表情が引き締まっておりました。

そして、ある1人の生徒は、すべてやり直しはじめ、

単語を書いた紙などを持ちながらうろうろし始めたのです。

うーん、こいつは偉い。やはり相当ヤバいと思ったのでしょうね…。

こういう切り替えが早い学生や素直な学生は伸びが変わることがあります。

歳をとるにつれて、「いやー、お前の評価は一他人としての評価に過ぎない。

お前より効率的なやり方をみつけるまでは、俺はスタイルを変えない」

と割り切る学生の方が多いと思います。

でも、効率が良い方法を見つけるためには、

いろいろ失敗をしなければ見つからないこともあります。

だから、自分の直感で「これはいいっ!」って思えたものはすべて取り入れるべきで、

今後の自分の糧になります。はまればラッキーですよ!

素直であることで自分の英語力は上がっていきます。何事も取り入れて、

悪いものを捨てていく彼の姿を見て、私は偉いと思いました。

一生懸命に自分を変えたいんだなーっていう意志を感じました。あっぱれです。

こういう生徒は苦しみますが、絶対にうまくいくと思っております。

しかし、これはまだまだ1日目のお話であって、これからちゃんと継続できるかは

また別問題ですからね。1日は誰だってできます。

ここから1ヶ月は様子をみなければなりません。そして、3か月、半年……。

半年続いたら、これは快挙なのですが…うーん、気長に応援していきます!

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2014
06.09

なぜ「おこそとの」を覚えるの?~効率を求めすぎていると気づかないときがある~

Category: 雑記
昔、NHKの教育テレビで「あーいーうーえーおー」って

大人がいい声で堂々と言っているオープニングから始まる番組があり、

そのなかで「おこそとの」という老婆(いや、おばさん)が登場してくることがありました。

私はその番組を小学校1~3年生ぐらいに観たのを覚えているのですが、

そのとき「なんで、おこそとのなんだ?意味が分からん」とパニクったわけです。

で、私の近くにいた友人が

「えー、おこそとのって「お」の音のやつじゃん。気づけよ、バカじゃん」

なんて言われ、馬鹿と言われたことにきーーってなりながらも、

「あー、あいうえお表って縦にみるんじゃなくて、横にもみることができるよね」

って相手を頭がいいのかもしれないとちょっと賞賛したことがありますw




……さて、なんでこんな話をしたのか。

これって全然意味がないことのように見えますが、

そんなことありません。先日古典の指導というか、宿題をみる機会があったのですが、

そのときに生徒が

「先生、活用表を覚えることはできるのですが、未然形とか連体形とかよくわからん」

と言いました。あー、あの6つの形がわからんのねーって思ったのですが、

「~ず」をつけると未然形の音ってもわかっているのにもかかわらず、

よくわからんと学生は言い出し、私もパニックに陥りました。

「はっ、なんでそこまでわかるのに、できねーんだよ(笑)

(国語の授業を専門担当していないので、暴言を吐きますw。)」

と私の頭の中では暴言を吐いており、彼は特に4段活用になるとうーんとなります。

しかし、私は彼のダメなところになにか気づきます。

「え、お前さー、未然形がなんとなくあ段音になることが連想できない?

ウ段音は終止形や連体形とかさ。」

ってあいうえおの縦軸を見るんだよー、というのと、

横の並びがすべて出だしの音が一緒なんだよーっていうことを伝えると、

「あー、そうなんだ。じゃあ、「ありけるを」の「り」はい段音で、ラ変の連用形かー。

終止形は~。だもんねー。なんだ簡単じゃん。」

えーーってなって、私は彼の型を軽くグーパンしました。「気づけや、お前!(笑)」

彼には大きな発見だったようで、よかったです。



さて、こんな風に「おこそとの」なんて普段は意味がないことでも、

何かの知識にはつながっていきます。

The most seemingly disgusting things sometimes turn out to have been the most precious ones.
「どんなに見た目がいやなものでも、貴重なものだったと分かるときもある。」
(ノリで書いたからミスはしてきしないでw)

効率ばかり求めて、意味ありそうなものばかりを覚えていても発見は少ないですよ。

一見無駄なことをしていても、最後の最後でいみがあったとわかることも多々あります。

人間のできごとに意味がないことなんてない。

だから、浪人生が1度や2度失敗してもそれだけ大きな目標なわけで、

「今までやってきたことが無駄だった」と言うこともあるのですが、

それに気づけて新しい手法や思考を手に入れるまでに必要なプロセスだったわけですよね。

無駄だったというよりも、「不幸」だった。と思いましょう。

不幸のあとには必ず幸福がおとずれます。


入らぬ知識を、勉強にするきっかけとして与えるのも私の使命の一つです。
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2014
06.08

生徒に笑顔が戻った瞬間たらないわよね!

Category: 雑記
先日、今年の春に大学に入った学生からLINEに連絡が入り、

写真を送ってくれました。

その写真には、友人と楽しそうにしている学生の笑顔がありました。

その学生は勉強はそれなりにしていたのですが、あまり勉強が好きでなく、

なんと言っても不登校の時間がものすごく長く、

大人や先生に対して信用ならないという学生でした。

正直私も、「あ、多分嫌われる日が来るよなー」って思っていたこともあるのですが、

それと指導することとは別問題ですので、指導はちゃんとして、

お話もしっかりしながら関係を作っていきました。

まあそれでも、

なかなか自分の殻を破って人に心をおけるようになるのには時間がかかるものです。

一度攻撃をされてしまって、めったうちに心を潰された後にもう一度正常な精神にするのは

容易なことではないです。

しかし、そうだった学生に笑顔が戻ったとわかると泣けてきます。

「あ、指導していて結果的に大学に行くこともできて、精神も変えることができた!」

まあ(彼には申し訳ないですが)、ものすごくレベルの高い大学とは言えないのですが、

彼が心に決めていた大学に彼はしっかり入り、新しい人生を送っているのですねーって

いう知らせが入ると、

「あ、指導というのはただ大学実績のためにできる学生を創り上げていくだけじゃないんだよね

学生が本来なりたい姿にすることが私たちの使命なのよね。」

彼には大事なことを教えてもらえたのかなと思います。

至らない部分が多いせいで、私は生徒に学ばされることが多いです。本当にありがとうと言いたい。


そして、彼が買われたのは勉強ができることで自信がついたからってことも確かです。

勉強ができるようになると、やはり精神的余裕ができます。

医学部受験の学生でも、1科目がずば抜けてできるだけで

他の苦手科目も「できる科目みたいに勉強すれば、俺だって苦手科目を克服できる!」

と思うもので、何かができるようにあることは必要なんだと思います。

そして、それが「自分にとって」強みがあるということが大事なんですよね。

ナンバー1にならなくてもいい、もともと特別なオンリー1♪

と昔SMAPの歌がはやりましたが、

オンリー1でいいんだと開き直るのではなくて、

ナンバー1になるためにはオンリー1であるものを自分の中で

何なのか知らなければならないのです。

受験や社会は歌のようにきれいごとは言ってられず、

競争は避けられませんの決してオンリー1でいいんだよーって開き直らないで

闘いましょう(笑)

とにかく、彼が元気で楽しそうでよかった!

こういう指導をしていることを私は皆さんに伝えたいです。
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2014
06.07

例文暗記をする意味。一つの表現を覚える意味。

Category: 雑記
今年のわが軍は例文を覚える努力をするように指示しております。

ある学生はすでに覚えまくっている状況にあったり、

ある学生はテストをして常に確認をしていたり、

またある学生は覚えられずに嘆きながらも一生懸命に取り組んでいる学生が多いです。


さて、どうしてこのように例文暗記をさせなければならないのか。

特に難しい話ではありません。

4択問題をやっているだけですと、答えしか覚えなかったり、

重要な解法の断片的な知識しか覚えなかったりするので、

どうしてもスコアにつながらないことが多いためです。

ただ知識を暗記しているだけではできるようにはなりません。

もちろん最初はそうやってわかるものを増やしていくのですが、

その先にある問題を解く場合に限界があります。

限界点を超えるためには、例文を覚えながら主語や目的語には

どんな単語が置かれるのか、どのように重要な構文なり語法が使われているのかを

構造立ててできるようにしていかなければなりません。

その感覚を今のうちにつけておけば、英文を自然と覚えるようになってきます。

そして、4択問題についても答えを覚えるのではなくて、

問題をなんとなく覚えて、解法と英文の仕組みをしっかり理解するようになってきます。

言語は実践レベルでもっと知識を落としこんでいかなければなりません。

うわべの知識のように使うがために、なにかしら不十分な点が出てくるわけですよね。

どのように変化してこの訳になったのか、どうしたらもっと実践的につかえるかを

生徒本人が考えるためにも、この例文暗記は必須内容になっているのではないかなーって思い、

今年は全員に200英文ぐらいはうろ覚えでもいいので覚えさせる予定です。

でも、実力が安定してきたので、いい方向には向かっているはず!


私も学生のように良い表現をみたら、その表現を覚えたりします。

先日はこんなのを覚えて使っていましたw

Yamanaka received constant words of encouragement as well as requests for advice from patients
「ヤマナカ先生は患者から激励と相談が絶えなかった。」

constantの使い方や、requestの捉え方なんてなかなか自然に出せないのですが、

こういう表現を覚えていくことで、自分もこうやって落とし込んで使っております。

He received constant words of cheering up from his colleagues.

You shall have constant words of happiness from your friends.

なんて具合にちょっと変えて自分の知識に落とし込んでいくことで初めて

使えるようになるんですよね。

まあとにかくちょっとでもいいので覚えた知識を運用してみることが必要ですね。

大学受験生でしたら、英作文ぐらいしてみるといいと思います。

是非とも頑張ってください!!
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2014
06.06

1つ問題集を極めるのはいいが、固執しすぎてはいけない。

Category: 雑記
さて、4月から始めたわが軍の医学部組指導ももう少しで2か月が経ちます。

今年の学生は本当によく勉強します。私の理想に近いぐらいよくやっています。

中には長文を30本や40本こなしている学生もちらほら。

そりゃできるようになりますよ。

実際にマーク模試のスコアと偏差値は過去最高レベルでした。

180点以上が6名うち、190点以上が4人おり、

苦手な学生でも、2ケタだった学生が130点~150点は取れるようにまでなりました。

まあ所詮模試ですが、結構な跳ね上がりだと思います。

覚えることを先行させただけでできるようになった学生が多かったのでしょう。

多くの学生が中途半端に知識を使おうとするために、

ちょっとしたことを見落としてしまうわけですよね。だから、スコアを落とすのですよね。


では、見落とさないようにいつまでも同じことをやっていればいいかというと、

そうではありません。わが軍の中に、

テキストだけをやっていたり、今までやっていた問題集だけをやっていたりと

1つのことを固執しずぎてしまう学生がいます。

まあ丁寧にやりたいんだということを主張したいんだと思います。

その部分には賛成です。でも、いつまでも同じ問題だけやっていたってできるようにはなりません。

実際に、一つのものを何度も繰り返している割にできないと嘆く学生の多くは、

その問題を覚えようとしていないわけですよね。

おそらく、断片的な知識を「あー、はいはい」ぐらいに覚えているだけでしょう。

例えば、NextStageやVintageなどの大量な文法問題があるものですと、

右側のページにある要点をまとめたものしか覚えていないで、

文のつながりや、

他の選択肢をはじく根拠は一切考えていないという具合になるわけですよね。

(だから、英語をできるようにしたければ、この類の問題集は使わない方がいいです。

大量に文法問題が載っている問題集をやるのは、高1~2の間とかにすべき。

受験であつかうとすれば、

切羽詰ってて英語がおできにならない人のためのものだと思っています。)

なかなかこの覚える作業を真剣にやらないんですよね。


で、覚えていたり何度も繰り返していると、さすがにやってきた問題は用済みになってきます。

バイブルとしては取っておくべきかもしれませんが、

あまり持ち歩かなくなるでしょう。ではどうするのか。

こういう場合は、さすがに新しい問題集をもう1冊使用するべきです。

今までやってきた知識をとりあえず新しい問題集の中でおっぴろげてみる。

これをなくして、実力はつきません。

できないから基礎的なことに固執するのはだめです。

できないからこそ、あえて見慣れていないことに挑戦して、

できなかった原因が見えてくることだってあるわけですよ。

まだ今までやったことができないというプレッシャーと

やったことがないことをできるようにしようという挑戦の間

葛藤が繰り広げられると思いますが、是非挑戦へ駒を進めてみてください。
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2014
06.05

マイナスの力は早く表舞台に這い上げる!!

Category: 雑記
さて、およそ一か月前ぐらいに、与沢翼さんというネオヒルズ族の人が

破産寸前まで追いやられている報道がありました。

与沢さんは、自分の会社を1年で数十億の利益を作れる会社にし、

プライベートではロールスロイスやメルセデスの高級車に乗ったり、

六本木ヒルズの最上階に部屋を借り、家賃数百万払っているという

いわゆるセレブと言われる人だったわけですが、

見事に税金対策等様々な予想外の出来事に失敗し、自分も首を絞めていました。

まあこうなるだろうなと思っていました。

お金を数年レベルですが短期間で何億も稼ぐ人って、

後先考えていないんですよね。

だから、平気でお金で自分の富や余裕をもので埋めて、

あたかも「自分は人よりも努力をしたからうまくいったんだ、

お前も努力すればうまくいくんだ」と言わんばかりに、

奢侈品を見せびらかしたりするわけです。みっともない。品性下劣です。

ちなみに本当のダンディーであるならば、眼に見える富など身につけたり、

所有することはありません。

自分がダンディ思考であるというわけではないですが、

私は結構よれよれのダレスバッグが1つあるのですが、

よく生徒に「これ、結構ぼろぼろっすね。もっといいの買ったら?」

って言われることがあるのですが、そのバッグの値段を言うと生徒は黙ります。

ちなみにそのバッグ、フルオーダーで105万しております(笑)

そんな風に言わないとわからないぐらいカモフラージュして初めて

本当の富っての意味が分かるものなんです。

まあブランメルとジョージ4世がどちらがダンディであったか、

歴史を紐解けばわかるものです。

こういうご教養をたくさん引き出せることも、

真の富を持っている人なのではないかなと思います。


そんな与沢さん、結構大変そうです。まあ自業自得な部分があるようにも思いますが、

詳細はもちろん彼ではないのでわかりませんので、誹謗中傷は避けます。

しかし、彼は自身のブログで面白いことを言っておりました。

(引用)
「前回は、見返してやる、恨みがある、金持ちになってやるというマイナスのエネルギーが強く、無理をして最短で復活しましたが、今回は何の準備すらもしていません。

また、最短で復活をしようという負のエネルギーがなくなってしまいました。

自分の中での限界まではやりきったということなのか、反動で脱力してしまいました。

強がる気持ちも消えました。

とにかく一人になって、所持金ゼロでしばらく実家か祖母のところに消えたい。これが最近まで考えていた本心です。

ただ、私にはまだ義務が残っています。

残債を全て支払い、再建しなければいけません。」(引用終わり)


さて、負の力で最短で這い上がってきたことを挙げており、

それが今までの急上昇の原動力であることを認めております。

とはいえ、残念ながらその力は空虚なものだったのですが、

私はこの彼の言葉から受験において必要なことが言われたのかもしれないと思いました。

そう、この負の力の有無は受験を早く終わらせるかどうかを決めるのではないかなーって…。

よく言えば、負けず嫌いにとことんやり抜くことですよね。

そう、負の力を持っていることは精神衛生上、確かにあまりよくないのですが、

くそーって思えなければ、どこかで集中力はきれてしまいます。

そして、負の力とは、同時に自分が他人よりも劣っていることを受け入れ、

自分に対して苛立ち、

他者に対して見返してやろうという心向きを示していることを意味しております。

1年という最短距離でケリをつけなければいけないという受験において、

こういう負のエネルギーは必要なのかもしれませんね。

実際に、私も名古屋大学に1ヶ月で合格できたのも

このような、常識を覆してやる、

凡人が言っていたことにはならないことがあることを俺が証明してやる

といったマイナスの力があったからこそ、

京大と名大の院試に論文0から合格を勝ち取ることができたといえます。

仮面浪人の時も、そうです。

自身の高校から東大なんて1人も出てないから、俺が変えてみせるぞと

負のレッテルを正の力へ変えようというマイナスからの始まりでした。

(実際できませんでしたが、はずかしーーーw)

悔しいと思えなければ、最短距離での合格は難しいです、きっと。

与沢さんも実際に、「今回は失ったものが多く、準備をしてないから最短距離で復活できない」

ようなことを言っておりますが、

またアイディアを練って復活しそうですよね。

彼の謝罪ブログを読んでから個人的に彼のキャラが好きになったので、

なんとかまた死の淵から這い上がってくれたらと思います。


学生のみなさん、最近心の底から悔しいって思ったことがありますか?

それを思うかどうかで、これからの1年が決まりますよ!
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2014
06.04

勉強生活に運動をどこかに入れてもいいのかもしれない

Category: 雑記
さて、ある予備校では体育が組み込まれているところあるそうな。

これを最初聞いたとき、「え、なんでやねん?」って思ったのですが、

最近になってこの重要さを身に染みて感じるようになりました。

私は中高の間でソフトテニスと柔道(柔道は高校から1年ちょいだけ)をやっていました。

結構過激にやっておりました。前にも言ったかもしれませんが、

中学生の部活では、毎日4km走りましたし、

高校の時も(朝練も含め)5~6時間はラケットをもって球を打っていました。

まあ腰を砕いてしまってからテニスをやれなくなってしまったのですが、

それまでは特に中学校のときの部活は容赦なくやっておりました。

その体力作りや根性づくりが実は今になって生きていると信じています。

というのは、仕事が重なったり準備をしなければならないと

どうしても徹夜をしなければならなくなります。体力がなければ、

徹夜の持続も集中力もクオリティが落ちます。

身体を動かさなければ、動きへの負担は大きくなりますし、眠くなると寝ようとします。

まあ全力で運動をするのではなくて、それなりに動いて、

ちょっとリフレッシュするぐらいはいいのかなーって思います。


私は体がでぶーになることはあまりなかったのですが、

最近になって不摂生が重なり、また太り始めました。

それもあり、「また定期的に運動でもしたら変わるかなー」って思いながら、

とりあえず腹筋をし始めました。そして、食べる量とお酒の量も減らしました(笑)

歳をとればとるほど、体は無理が利かなくなるので、

ある程度やはり無理のきく体力作りはしなければいけませんね。

それなりに学生たちも体を動かすことをしてほしいなと思います。

でも、難しいんですよねー、時間がないから。(笑)
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2014
06.03

ばらばらに覚えているか、1つの有機体のようにものを覚えているのか

Category: 雑記
以前、私が高校生の時にお世話になった外科のスペシャリスト、

西大宮病院にいる関先生にお会いして、少々お話しする機会がありました。

「だいぶ腰は良くなったね。でも、肩や背骨に負担がかかっているようだね。

この臓器を押すと少し変わるんだよね」って言って、

私の肺に向かって、がっっと押してくれました。

うーわ、気持ちいですわっていう顔をした私ですが、

どうやらお医者さんにも些細なことで

気づける気づけない先生が名医かそうでないかが決まるそうですね。

お医者さんには二種類の方がいるそうです。

一つは臓器を一つ一つばらばらに仕組みを覚えて、

教科書の写真のようにイメージしているお医者さん。

もう一方は、どの臓器も繋がっており1つの有機体として身体をとらえているお医者さん。

もちろん、私がお話しした先生は後者で、

よほどの経験を積まないとこういうものの見方にならないそうです。

これはドラマの医龍でも同じようなことを言っておりましたね(確か1の6話ぐらいw)。


さて、英語にも同じようなことが言えます。

英語を教科書に書かれている順番で

なんのつながりも考えずに覚えているようではダメです。

英語も一つ一つ知識としてつながりがあるわけですよ。

例えば、動名詞と不定詞を別々に教えるという先生がおりましたら、

それはかなりわかっていないです(笑)

さすがにいないと思いますが、いたらそれは非効率ですし、

英語を私以上にわかっていない…。

助動詞のあとに仮定法を教える人がいますが、

これは悪い感じではないですが、私はあまりしません。

だって、仮定法は仕組みが難しいからつなげるとわからなくなりがちですよね。

というように、人によって単元がどこから始まるか異なりますが、

文法のお話が一つのお話のようにみえるようになる、

先ほどの言葉を借りれば、学生が「英語が有機体のようにみえる」ようになることが、

我々講師のミッションですよね。

だから、私は中1の疑問文の話をしてから関係詞の話をしますし、

接続詞の話をしてから分詞構文の話をします。

よく学生からは

「先生のスタートが無生物主語構文なのには、本当にびっくりした。

文型の話をしないんですね。でも、なぜか文型がなんとなくわかるようになってきた。

そして、名詞節の練習をしたら区と節もはっきりしてきた。

いろいろ覚える必要性も知れたし、なんか語法とかも楽に感じるんですよね」と言い、

他の先生と進め方がかなり違うことに驚かれます。

(かなり違ってびっくりしましたwでも、私は当たり前だと思ってやってきた。

教わった時もこうやってきたという自負もあったしw)

とまあどうやって知識を断片的にではなくて、

つなげて覚えられるか・考えられるかを意識してください。

皆さんも朝田先生のように、上半身裸になってイメージトレーニングをしましょう(笑)



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2014
06.02

遠回りしてわかること

Category: 雑記
先日、私の行動範囲をはるかに超えたところまで自転車を走らせ、

名古屋の外れまでラーメを食べに行きました。

名古屋では結構有名な一番舎というラーメン屋さんなのですが、

私はここの濃厚なとんこつベースのつけ汁でいただくつけ麺が結構好きです。

で、私の住居からそのお店まで地図を見て、

「大体このへんだなー」って思いながら、わかりやすい道で行ってみたわけですが、

これが結構時間かかりまして、35分ぐらいずっと自転車に乗っていました。

道を知らないので、

自宅から名駅(地下鉄の駅8つ分です)よりもはるかに時間がかかってしまいました。

うーん、思ったよりも遠く感じたー。

地図では自宅―名駅間と同じぐらいの距離だったのですがね…。

まあ何はともあれ、ラーメンを楽しむことができたのでよかったのですが、

そのあと違ったルートをとって帰ってみたら、

行きよりも少ない時間で帰ることができました。

地図をよく見ると、行きで使ったルートは線路に沿ってぐるーっと回ってしまい、

思ったよりも遠回りしていたことに後で気づきました。

なんか無駄した気分になりましたが、

まあ私の中での脳内地図にはいろいろ書き加えられたので良しとします。


さて日記的になってしまいましたが、

勉強でもこうやって遠回りをしたという記憶はございませんか。

数学とかいちいち計算していたのに、ある日先生に謎の公式をたくさん教えられると、

その公式にはめて計算したら高速に計算ができるようになったという経験は、

大方学校に行って勉強した学生にとってもちえるものだと思います。

では、一見その発見に気づかなかったことで、時間を無駄にしたかというと、

そんなことはありません。勉強とはこうやって回り道して得られる知識もたくさんあります。

公式の本質を知る場合や、英語の構文を覚える場合は、

こうやって基礎事項に照らして努力することが求められるのですよね。

もちろん、有能な先生に出会えれば、それをある程度公式化してくれたり、

覚えやすいように説明を入れてくれるのですが…。

なかなか自分からぐるーって参考書を読んで内容を深める学生は少ないですよね。

だって、多くの学生が答えを欲していますよね、

先生が答えを言うのを待ってますよね(笑)

一度馬鹿正直に問題を端から端まで丁寧にやってみることで、

何か考えるようになるかもですね。

理解するものを扱うときは時間がかかると割り切りましょうね。


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2014
06.01

今の状況を脱するためには同じことをやっていてはダメ!

Category: 雑記
今年の医学部受験の学生たちは、

河合塾や駿台や代ゼミや東進である程度もまれてきた学生が多く、

私もその方々の代わりに指導するとなるとプレッシャーです。

(私自身も大手に所属していたのでいいのですが…(このどれかにいますw))

しかし、この多くの学生はどこかこの大手信教というか、

その先生に言われたことと同じようにやろうとします。もうその先生に教わっていないのに…。

私も○○出身といえばいいのですが、医学部予備校ではそうも言えません。

家庭教師でも最低限の紹介だけして、あとはできるだけ余計なことは言いません。

(聞かれても、あちらに本当にためになることしか言いません。)

とまあとにかく以前のようにやっていたやり方に固執するんですよね。

Students' extravagant respect for teachers who belong to one of the biggest preparatory schools often makes them cling to the methods which are out of order.

「大手予備校に所属している先生に学生が過度に敬意を払うために、学生たちは古臭いやりかたにしばしば固執する」

こんな具合ですかね。

もちろん良い部分は残してやってくれればいいですよ。

それはもちろん今までやってきたことですからすべて無にする必要はないです。

しかし、それをいつまでもやっているからといって合格はつかめるとも言い難いです。

だから私はそういう学生には、

「それをベースにして、もうワンランク上の勉強をするように」と言います。

特に大手は長文に対して入念にやってくれるようで、

(もちろん構文も文法もしっかりやってくれますが、テクニックを学生は覚えたがるために、

長文をしっかりやってくれているように感じるようですね。)

構文的なことをやらせると、断片的に答えを出せても、全然書けない人が多いです。

和訳もそれなりに出来上がるのですが、細かいところまたは

根幹となるものをはじいて訳されていることもあり、

結構基礎事項はおろそかにされてるなーっていう印象を受けることが多いです。

(まあ予備校ではある程度の基礎をやってきたという前提でお話をしているのでしょう。)

だから、そういう学生には容赦なく英文を覚えさせます。

バランスよくやればスコアも安定してきますし、

苦手だなーって思うことをあえてやってみることで

実力アップにつながるのは当然です。やったことがないことをやってみて初めて

大きな発見があることが常です。

そして、それをとりあえず3か月から半年やってみることが一番です。

とにかくこの前半期は、今までやってきたことから脱却し、新しい風を入れて

新たな感じを生み出すことが大事です。

そうでなければ、テンションも上がらないし、悩む一方です。

必ずしも一変させろと言っているのではないですよ。

あまり今までの流れをガラッと変えるのが嫌な人は、

とりあえず1つか2つ思いついたことを取り組むべきです。

単語だったら、みて覚えていたのを、今度から紙に書いてみようとか

そのレベルでいいですので、やってみてください。

方法ばかり模索していてもダメです。それだけで時間が過ぎていきますから……。

小さな変化や気づきが、大きな革命になります。

今の状況から抜け出せてないなーって思う学生は、何か一つ慣習を変えてみてください。
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