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2014
05.31

ガンプラから学ぶ勉強の大切さ

Category: 雑記
先日、友人と一緒にプラモデルを作りました。ガンダムのプラモデルです。

最近のガンダムのプラモデルは精巧にできており、したいポーズに大方できます。

しかし、そのバリエーションが豊富になったせいもあり、

関節部を可動させるためにいくつものパーツを組み合わせて作り上げ、

腕を作るだけで10分~20分かかります。しかも墨入れをするとさらに時間がかかります。

しかも、精巧な表現をするために、同じ機体のプラモデルでもHGとかMGとか

グレードがありまして、MGという種類のプラモデルはパーツが無数にあり、

なかなかすぐには出来上がりません。3時間かけて上半身できればましぐらいの感じです(笑)


もちろん私は初めて最近の高性能ガンプラを作ったわけですが

(昔は小さいのを良く作っていましたが)、

友人たちは手慣れているので結構速く作り上げます。

私も一番簡単なHGというやつを組み立てたのですが、

それでも2時間ぐらいかかりました。それより速く作れるのってすげーなって感心しました。

ちなみにその友人の1人は、以前に何百体も作ってきた手練れで、

説明書をみなくとも大方作れるそうな。これって技術だなーって感心しました。


さて、どうしてこんな勉強ネタばかりのブログにこんなことを書くのでしょうか。

実はこれは前から思っていたことなのですが、

ガンプラを精巧に作れる人に、あまり愚か者はいません。

脇道に逸れるという意味であほな奴はいるかもしれませんが、

ガンプラを素早く作れるようになるには、

パーツと全体のイメージがわかっていないとできません。

つまり、空間把握と先読みと説明書を正確に読む読解力が必要なんですよね。

数学の力と国語の力が結構駆使されるんですよ、この作業。

以前大学の先生からこんなことを言われたことがあります。

「夏休みって暇だから工作させるだろ、学校って。

これってさ、暇だからやらせるんじゃなくて、何かを計画的に作れたりやれたりするという

計画性を身につけるためにやることなんだよね。

だから、お前も粘土でエッフェル塔でも作ったら?」

って言われ、「はっ?ついにぼけたか?」って思いながら当時は聞いていましたが、

今ではなるほどなって思います。

就活の面接でガンプラを作らせるということをする会社もあるそうですし、

きっとそういうところをみているのでしょうかね。

考えた人はなかなかホビーの強みをわかっていますね。素晴らしい。


英語もこの工程に影響してきます。

英語だって単語というパーツがあって、文法書や辞書をみながら

構文や文法のルールにそってはめていくわけですよね。

そして全体像がみえてくるわけですよ。もっと全体像が分かるようにするためには

構文を繰り返し覚えたり、単語をぱっといえるようにしたりすることで

できるようになるのですよね。これは何度もガンプラをつくるのと一緒ですよね。

とまあ、いろいろ勉強になるので、息抜きにやってみるのはいかが?(笑)

(そんな暇ないですかね?w)

ま、素人が作ったので、完成レベルはあしからず。

でも、真ん中のキュベレイはすごくきれいでした!さすがMG!

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2014
05.30

私が思う現在の浪人の状況と中学学習の必要性

Category: 雑記
さて、医学部受験の学生を指導して久しくなりました。

私は名古屋に来るまでは、早稲田に合格させようというスタンスで指導しており、

医学部受験のいろはを全然知らずに飛び込んだというか、任され、今に至ります。

しかし、医学部受験の学生を指導していて思うのは、

英語の出来がまちまちで、

できない学生限っては中学生の英語もあやういという学生もよく見受けられます。

そして、そういう学生が多浪への道をたどっているのも否定できません。

(もちろん多浪でも、国立を受けていて狭き門で闘っている学生もいますから、

一概にそうだとは言えませんがね。)

はっきり言って、医学部予備校での英語の授業はしんどいです。

中学レベルの英語がままならないのに、1年である程度までは闘わせるために

完成させなければならない、しかも他の科目も仕上がっていかなければならない……

英語の場合は相当絞れるようなお勉強をしていかない限り無理だし、

しかも当日の運も必要になってきます。

そういう状況が浪人生に結構いるのが現状で、正直中学生の知識が入っておらず

英単語があまり入っていない学生は、少々敬遠してしまっています。

まあ私の個人的な生徒になるのでしたら容赦なく言えるのですが、

予備校ではそうはいきませんよね。


こういう医学部受験生の英語の状況だけではなくて、

英語が苦手だという学生の多くは中学校で習った知識がすっぽり抜けており、

闇雲に受験に合わせて勉強してきたので、

ものすごく不安定で融通の利かない力が出来上がって

家庭教師や予備校にすがってくることが多いです。

こういう状況は中堅の高校だけではなくて、

進学校の学生の3割ぐらい(名古屋では)がこういう状況になっていることがあります。

名古屋の医学部がかなり出る東海高校の学生でさえも、

英語が苦手な学生はものすごいことになっていることがしばしばです。

(ただ彼らは数学や理科は神がかっていることが多いので、

英語だけやればいいという状況になるから楽と言えば楽です。)



去年からそう思うようになり、私は進学校の中学生にはそうなってもらわないように、

高校受験を見据えた学生や、中高一貫生を中心に指導を始めてみました。

我が軍の中学生はいいのですが、

その学生たちの話を聞くと友人たちは結構ヤバい状況になっているとのこと。

実際にその学生たちが超中学生級であっても、

その先ものすごくリードして、英語が得意科目になるかというとその保証はないわけで、

それだけやっていても早めにリードしている学生よりも

ヤバい学生はもっとヤバくなる可能性が高いわけですよね。

その末路が上記にかいた内容なわけですよね。

というわけで、せっかく進学校へ入ったにも関わらず、

大学で英語のせいでつぶれてしまうのは本当にもったいないと思い、

ここ1、2年は中学生に非常に厳しく英語を指導しております。

高校生になってからでも挽回はできますが、

それは英単語を覚えることに愚直になれて、覚える実力があれば

あとはじっくり完成させればよいのですよね。

英語でものすごく時間がかかるのは、文法ではなくて、英単語の蓄積です。

文法は基礎事項を学べば、読んでいく中である程度はわかるようになります。

そして、

1年真剣にやればセンターや日東駒専ぐらいの英語でしたら読めるようになります。

しかし、辞書なしで文法も完ぺきに読み込むとなれば、

やはりボキャブラリーが欠かせません。しかもその蓄積をにわかにしあげたものと

時間をかけて醸造させながら覚えたものとは、別物です。

後者の方がニュアンスがとれて、深みを増して読むことができます。

私は今後は中学生の指導を中心に、そして、高校1年生や2年生の挽回するために

どうしたらいいのかっていう、

ワンステージ落とした学生に焦点をあてて指導した方がうまくいくのではないかと

思い始めています。そして、そうした声をたくさんいただき、

そういう学生を救おうとした方が、

たくさんの学生の役に立てるのかもしれないと思い始めております。

はっきりいって、医学部浪人の学生を救おうとして頑張っても、

1年で3~4科目を完成させるのは無理です。

しかも勉強をしたことがない学生にはやはり難しい。

これは医学部受験予備校の限界かもしれないと少々悟り始めているのが本音です。

でも、私より有能な先生がいるのはたしかで、そういう現状をものともせずに

1年で持っていける講師集団がいるのも確か。

だから成立するのですが、うーむ全員は救えるのか?

少々この自問自答をし始めております。

この1年は答えを出すためのいい1年になるかもしれません。

でも、高校生になる前の学生に焦点を当てるべきなのは間違いないと思っています。

つまり、中学生の段階で地頭に不安な学生は、

早い段階から高校2年生ぐらいまでの文法を詰め込むべきかなと思っております。
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2014
05.29

教育の在り方~桜守の佐野籐右衛門から学ぶ~

Category: 雑記
先日、佐野籐右衛門さんの本『桜よ 「花見の作法」から「木のこころ」まで』を読み、

日本には自然の美しさに対してこんなに心をこめられる方がいるのかと感心しました。

さくらんぼの種を植えると、桜になるものもあるようですが、

それがしっかり木として成立するには、20年かかるそうです。

しかも、どの種がちゃんとした木になるかはわからないので、

たくさん植えた中でもちゃんと成長できるのは数本だろうな。

なんたる淀まぬ精神…とても気が長くなくてはできない仕事です。

そして、しっかり添え木をして木にしていくのですが、

その添え木もずっとそうするのではなくて、ある時期が来ると

その添え木を取って、自分で成長できるようにあえて放置ではないですが、

自分の木の力で成長していけるように管理するそうです。


まあざっくり内容で、しかもかいつまんだ話ですが、

私が思ったのは、桜も人間が子供を育てるのも同じなんだなーってことです。

子どもは最初は一人では生きていけませんので、

親と一緒に生活をして何でもできるようにします。

しかし、いつかは親元を離れたり、死という決別を迎えなければならないわけで、

いつまでも親を頼りに添え木のように生きていてはいけないのですよね。

そして、親はそうなるようにいつかは子を手放して、

あえて自分の力でやれるように子供を見守らなければなりません。

親も自立していかなければ、親としての尊厳を保てなくなりますもんね。

桜の木の育て方から、人間の成長のいろはを教えてもらった気がします。


そう、学習もそうです。先生に依存して、答えを待ってそれを覚えても、

問題を自身で解決することはできません。

師はこうあるべきだといういい英文をたまたま見つけたのでどうぞ。

著名な教育論者Rogersの英文です。

I question the effectiveness of teaching. The only thing I know is that anyone who wants to learn will learn. A teacher’s role is to place delicious food before students, to show them how wonderful it is, then to invite them to eat.

「私は教えることの有効性に疑義を唱える。私が知る唯一のことは、学びたい者は誰でも学ぶものだということだ。教師の役割は、学生の前においしいものを置き、それがどれほどすばらしいか示してから、彼らに食べるよう勧めることである。」

先生とは本来知識に対して逐一すべてガイドするべき存在ではないのです。

それ以上に、学生がどうしたら勉強に興味をもつかなーってことを考え、

その知識って素晴らしいだろう?って生徒に誘いだそうとすることが

先生の役目なわけですよね。それをはき違えているのが、日本の教育産業です。

特に中堅どころの中学受験・高校受験は顕著にそれに近い指導として現れています。

こういうことをしていて受験に失敗してしまうと、

勉強って興味を持とうと思うどころか、「どうせやったって意味ないから面白くない」

って常にマイナスになってしまうんですよね、思考が。

だから、まずは志望校云々を考えることはもちろん重要なのですが、

その前に

「知識を得るとこういうことができる、あーいうことがわかる」ことを示さないとですよね。

こういうスタートをしっかり迎えた上で、手塩に育てると、

学生も3月に桜が舞う高校や大学の並木道を歩くことができるんですよね。

だから、私は第一志望を合格させることを強調するよりも、

「勉強って面白いからやってみる」っていう学生をたくさん創ろうと精進しております。
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2014
05.28

You can't get rid of bad habits too early.

Category: 雑記
私はジュースなどを飲んでいると必ず人差し指がたってしまいますw

そして、鉛筆の持ち方が異様ですw

まあこれは、私が幼少期に人差し指の先を刃物で落としてしまったせいで

神経が若干繋がっていないところもあり、仕方がないところなのですが、

無意識に人差し指をサポートするというか、使わないように努力をするようですw

とまあ、良習も悪習も生活の一部に組み込まれてしまって、慣れていってしまえば、

違和感を抱かずに平和に暮らしていけるものです。

しかし、悪習をずっと携えているのはあまりよくないですよね。

You can't get rid of bad habits too early. これに尽きます。

勉強ではできるだけ意識しながら悪習を取り除いていかなければなりません。

我が軍の学生に、長文をやってくると和訳をこなしてくる学生がおります。

しかも毎回です。これは大した根性だなーって思います。

私は偉いと思い、彼の勉強に対するストイックさには脱帽します。

しかし、少々方向がずれている時もあるんです。

というのは、その学生の癖なのでしょう、

難しい言い回しをわざとつかおうと努力しているせいで、

本来意味している内容から外れてしまっていることがあるのです。

それを誰にも言われずに、そして和訳を見ながらやっていても気づかなかったのは……

もっと周りの人が気づいてもよかったかなーって思いました。

悪習をもちながらがむしゃらにやっても、ある程度までには到達するのですが、

ある領域を超えてずば抜ける場合、かなり大変です。

まあそれでもスポーツ選手みたいに、

変なフォームで活躍できる方がいるのも確かなのですが、

英語はやはりもっと基礎を覚えてから派生したり、

自分の色を出したりしてほしいなと思います。


とはいえ、指摘されてもそれを受け入れるのはつらいですし、

結構自分にその習慣が染み込んできてしまっていると変えるのが億劫に感じるし、

簡単にはできないことですよね。

でも、何かを変えてみようというちょっとしたアクションを起こすだけで

実は一変してしまったってことも十分あり得ます。

やはり、何事も意識や意志から換えていくものです。

そうすると、必然と身体も思考もシンクロして変わってくるでしょう。
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2014
05.27

受験英語が教えられると、英語ができるはちょっと違う。

Category: 雑記
もうすぐ6月ですね。受験関連の模試は少々落ち着くのですが、

英検がありますね。わが軍の中学生は3級から2級まで受験する学生がちらほらいます。

まあそれなりに出来上がっているので、大丈夫だと思いますが、

油断せずに残り2週間頑張っていこうと思います。



さて、最近わが軍の指導をしている学生のお母様の多くが英語を堪能に扱う人で、

「えっ、私の指導っていらなくね?」って思うことがあります(笑)

また、ものすごく英語が堪能なのに、

生徒には言いたいことが伝わっていない先生も

いるんじゃないかなーって思うことがあります。

私自身は英語がものすごくできるというわけではないですが

(これは講師としては問題発言(笑)

外国に行って困ることはないという意味で、人並みにはできると思います)、

必ずしもめちゃくちゃできなくとも、

それなりに必要最低限の文献が読めるレベルにあれば

英語って教えることができると思うんですよね。

しかし、あまりにもおできになる先生に多いのは、

生徒のかゆいところに手が届くようにすること、

すなわち生徒の聴きたいところを先回りして察知する力がかけていることでしょうか。

本質的にはもちろん正しいですが、受験生活で「そこまでは要求できないでしょう」

ってことは結構英語ができるの先生からきこえてきます。

私も結構無理難題を出すことがあるのですが、

一応計算立てて言っているつもりなので、難しそうにしている学生には

たまにお話合いをするようにしています。

受験で必要なものを知っているという点で、受験指導の先生は「職人」だと言えるかもしれません。

そういう意味では、必ずとも英語がめっちゃくちゃにできなくても

最低限の知識があり、

要所要所を抑えられて、勉強計画をプランニングできて、経験を積んでいけば

先生になれてしまいますよね。(まあできるに越したことはないですがね。)

ただ、英語の先生に多いのは、

特にできると思っている人やベテランのイケイケ先生に多いのは、

なまじ英語ができるので、英語一本で受験がどうにかなるでしょうみたいな指導をすることです。

医学部受験ではこれが通用しません。英語ができる学生は受かりやすいですが、

それ一本で受かるほど医学部は甘くありません。

そう、なぜか可視的になってしまうんですよね、英語の先生は。

理科や社会の先生はとても謙虚な人が多く、

「数学や英語は絶対にできなきゃいけないから、そっちをまず頑張ってくださいね」

って全体的に把握できる方が多いのですが、

数学・英語は予備校では比較的華の科目なのでしょうかね、

至上主義的に考える人が多いです。うーん、残念。


だから、大学受験指導で先生を選ぶときは、

英語ができる先生を選ぶのはもちろんですが、

生徒目線で考えられて、

他の科目を考えられるある程度受験コンサルができる人を選ぶとよいと思います。

そういっていても、英語の知識も受験の実情やボーダー基準等

まだまだ私はいろいろ足りないなーって卑屈になるときもあるのですが

受験英語は本当になんか違った文化のなかにあるんだなーって思わされます。

なかなか難しい社会ですな、受験界。そろそろ私もここから抜け出そうと思っております(笑)
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2014
05.26

忙しい人ほど時間をつくるのがうまい!

Category: 雑記
先日、トライアスロン選手が泳いでいるのをスポーツジムにあるプールで見ました。

いやー、それが異様なんですよね。

競泳選手のように、ざぶーんと潜って呼吸しながら前に進むというよりも、

顔をできるだけ出しながら、そしてバタ足をせずに腕より上の筋肉を使って泳ぐんですよね。

きっと、下半身を疲れさせないように省エネ的に考えてわざとやっているのでしょう。

で、「いやー、あれじゃ遅いでしょう」って思いきや、すごいスピードで25メートルを泳いでいました。

あれは一回トライアスロンの大会に足を運んでみようと思うぐらい、衝撃的でした(笑)


さて、こんなトライアスロンを私の友人も多くやっているのですが、

先日、指導している学生のお母様とも同じような話になり、

「私の知っている会社経営の方々もたくさんトライアスロンをしてますよー」

って言う具合で共通点ができて、話に花が咲いてしまいました。

その話の中で、吃驚したのが、「会社経営をバリバリにしていても

トライアスロンの訓練をしっかりしている」ということでした。

会社を経営していますと、おそらくですがものすごく多忙を極めるはずなのですが、

その中ででも大会に出れるほどの体力作りをしているそうな。

いやー、時間の使い方が非常に勉強になるお話をたくさんしていただきました。

その中で一番大事なことは

「暇な時間をつくらない」ということかなと捉えました。

とにかく、ぼけーっとしている時間を無くすそうです。

そして、寝る時間も徹底するよりも、寝たい時間に寝て、起きた時にロスがないように

最低限のスケジュール管理をしておくのだそうな。

という具合に、とにかくできる限り無駄な時間を省くようにしているそうです。


これは受験も同じですよね。とにかく、勉強中にぼけーっとしたり

お友達とだらだら話す時間を減らすことで、勉強ができるようになりますもんね。

時間をつくることも勉強ができる学生の1要素ですもんね。

忙しい人ほど時間を持っているように見えるのは、

その人が時間をできる限り捻出しているからです。

そして、

同時にやりたいことはできるだけすべてやりたい!って思う気持ちなんですよね。

勉強したくない科目をやろうと思っているといつまでも進まないし、

時間もなくなっていく……特に医学部や国立受験の学生は科目が多いので、

〇〇大学に行きたいということもそうですが、

そこでこれとこれを勉強したいと思いながら、今与えられた科目をやってほしいと思います。

学生よ、忙しくあれ。
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2014
05.25

将来を考えるときは、得意科目よりもやりたいもので決める!

Category: 雑記
さて、引き続き授業を展開しております。

ブログも読み返してみると、中途半端な表現が多いなーと反省。

私は15分ぐらいでいつも上げている記事を書いているのですが、

やはりもう少し時間がほしいですかね。でも、まとまった時間がとれないのも事実で、

そういう時間のなかでやりながらクオリティーを上げていかなければならないと

心がけようと思います。読者の方がまだいらっしゃれば、

またお付き合いいただきたい次第でございます。


今年は高校1年生が周りに多いです。そして、1年で高2の範囲まで終わるぞーっていう

実力者も多いですね。今年は本当によく勉強する学生が多く、

私はうれしく思います。またそれに付随して、志も高い学生が多いです。

とにかく医学部に行きたいから、ここまではやろう!

1年のうちにこれだけはやっておいて後悔しないようにしよう、

って具合に一生懸命面倒なタスクを片づけている学生がいます。

もちろん、そこまでしていなくとも、これからどういったものになろうかなーって

考えるために、早速大学選びではないですが、オープンキャンパスに行こうと

気持ちを高ぶらせている学生もいます(まだ入学したばっかりなのに(笑))。

とまあ、いろいろ前を見ている学生が多いのですが、

それでもなかなか自分のやりたいことを見つけるのは難しいですよね。

そもそもなりたいものに必ずなれる保証はないですし、

探すのも一苦労ですよね。そんなときにはやはりこれを読んでほしいです。

新 13歳のハローワーク新 13歳のハローワーク
(2010/03/25)
村上龍

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ずいぶん古い本となってしまいましたが、内容は健在だと思います。

今の世の中、「◎◎コンサルタント」とか「△△請負人」といったような

異名をつけて自身独自の仕事がデキルことをアピールするために

誰がどんな仕事をしているかよくわからないことがあります。

そういうことを探すのではなくて、まずは主要な職業としてこんなものがあるんだねー

っていう職業カタログとして、これを読みながらライフプランと

大学の学部を考えたりするのもいいのかなと思います。


ただ、1つだけしてはいけない決め方があります。

それは自分の得意科目が〇〇だから、法律をやる。

理科が苦手だから、文系にする……というのは特性を考えていない決め方なので

本当にやらなければならない仕事に就いたときに戸惑いを覚える時があります。

それよりも、もっと漠然と「~したい」と持ったうえで、

そのために何をする必要があって、苦手なものはどれだけ時間をとるべきだろうと

逆算するように考えたほうがいいです。

私はこう言いながらも、初めは理科がものすごく苦手だったので、

理科がない学校や学部を選びました。

しかし、国立文系でも理科は必ず1科目は避けられず、

やはり苦手なものとは対峙しなければならないことを思い知りました。

まあ医学部のように頑張っても限界があってなれないなーって思うことがあっても、

なりたいという意志があれば、苦手な科目も得意な科目になるとはいかずとも

それなりに対処できる学生にはなれますよ。

科目での将来選択は可能性を潰しますので、絶対にやめましょう!


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2014
05.24

難しい問題の上に基礎は作らず。基礎の上に難問はある。

Category: 雑記
我が軍の上位クラスに一応所属している学生の中に、

応用問題はそこそこ手を出せるが、基礎の問題はなぜか解けない学生がいます。

例えば、It is not until we lose our health that we recognize the value of it.

という英文があったとします。

これはit is not until A that B「Aして初めてB」だと教え、

untilの後ろ、つまりAには文も来れば、名詞も来れることを説明に加えるのですが、

それでも骨格を覚えずに適当に当てはめてしまう学生がいます。

この構文が難しいからでしょうか。いやいや、全然難しくありません。

ある程度説明をしなければ気が済まない方もいるかもしれませんが、

それでも覚えてしまえば終いな部分があり、何が難しくて基礎例文を書けないのかが不思議です。

それが偏差値40の学生ならまだしも1度60前半までたどり着いている学生が

このような基礎例文の知識を忘れはしないはず……

かなりおかしなか事が起こっているわけなんですよね。

そう、孫悟天がスーパーサイヤ人になれるのに、舞空術ができないぐらいの衝撃です(笑)

とまあ、こういうことが起きる理由はいろいろあります。

一つは大手予備校に行くと、

パフォーマンスのごとく難しい問題をやたらこなすことにあります。

やはり予備校では、あっと言わせなければならない風習があり、

私も1つか2つは生徒の目を引くような話をしなければと思いながらお話をします。

しかし、上位クラスに生半可の力で受講していると、錯覚を起こし始めるんですよね。

「俺はこのクラスにいるから難しい問題を解いている。

こんな簡単な問題はできなくてもいいんだよな」

実際に大手の先生自体がそのように指導することもあります。

「いやー、こんな問題は簡単だからこれだけやっていてもできないよね。」

いやいやいや、簡単な問題がわからずしてどうやって難しい問題へ応用すべきなのか

分からないとダメでしょう。プロセスとしての基礎事項だと分からない時点で

指導者として終わっていますし、生徒も中途半端に難しい問題に手を出して潰れていきます。

もちろん実力相応の学生もおりますし、ちゃんとやっている人も多いのですが、

無理矢理背伸びしてレベルが高いクラスに入った学生の多くは

このような誤った認識と錯覚を手に入れて、浪人生活をすごします。

そして、「どうして受からないんだろう」と悩んで、また大手なりに行くわけです。

というように大手の風習による影響は

こういういびつな実力を持った学生を創り出す感じ……うーん、否定できません。

また難しい問題ばかり解いていると、

中毒のようにそれを解いていないと気が済まなくなります。

そして、やはり簡単な基礎問題を軽視します。

基礎の上に難しい問題があることに気づかないと、徒労に終わることがあります。

まずは自分の実力を謙虚に見つめ直してみて下さい。

例文暗記していない不安定な実力で、

英作文や並び替え問題に立ち向かう学生がどれだけいるって。

東大や京大を軽く受かる学生の多くは、相当量の英文を暗記してますよ。

そして、それに近いぐらいの問題演習と丁寧な復習がなされていますよ。


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2014
05.23

今年の合格実績を軽くまとめてみました。

Category: 雑記
さて、あまり書かなかった2014年の合格実績を書きます。


【国公立大学】
神戸大学 医学部    1名
三重大学     医学部    1名
名古屋大学   工学部    1名
熊本大学     薬学部    1名
奈良女子大学  生活環境学部   1名
静岡県立大学  国際関係学部    1名


【私立大学(医学部医学科)】
(重複合格あり。(個別で見た学生を中心に。))
関西医科大学     医学部      1名+(補欠2人)
福岡大学        医学部      1名(正規)
杏林大学        医学部      1名(正規)
愛知医科大学     医学部      4名(うち推薦3人に関わりました。)
埼玉医科大学     医学部      1名(正規)
藤田保健衛生大学  医学部      7名+(補欠5人+推薦入試で6名の方に関わりました。)
補欠はたくさんでました。川崎医科は知っているだけで10名以上です。


【私立大学(一般学部)】


早稲田大学  (法学部・政治経済部・社会科学部・国際教養学部)   
実質10名合格・9名推薦合格

慶應義塾大学 経済学部・商学部 3人(実質3名合格)
明治大学   政治経済学部・法学部・国際日本学部  7名(実質7名合格)
中央大学   法学部    4名(うちセンター利用3人)
日本大学   法学部 13名合格

他多数。MARCHは実質20名合格で、ものすごい数でした。過去最高。


【愛知県県立高校・私立高校】
東海高校 1名
滝高校 1名(2年間不登校からの逆転!!これは快挙!)
旭丘高校  2名(英語と社会をみていました。)
明和高校  2名(英語と社会をみていました。)
名城大付属高校 1名 (英語は偏差値40前半からのスタートです)
名古屋高校    1名(英語は中3進級時に偏差値38からのスタートです)



【2014年度の総まとめ・反省】
2014年のわが軍はビルの一室を借りて、
岡山と埼玉に集団授業をいくつか作りました。
ビルの一室の繋がりもいただき、
教育業界とは関係ない方ともつながりを持つことができました。
とまあ、準備万全にかつスムーズに事が進んだのですが、
実力としては彼らに申し訳ないが…正直最弱だったでしょう。

でも、最後の最後で結果を出してきた学生もおり、
大学受験組は一応全員大学生にはなれたかなという状況でした。
結果的には国立医学部2人、早稲田・慶応が10件以上という相当数、
私立医学部も藤田保健衛生大学の推薦の頑張り具合と
まあ、数字的にはよくみえるのですが、
一般入試で合格を勝ち取れたのはまさかの4件です。
まあ今年の学生の底力は踏ん張りきれませんでした。
英語の力もそうですが、他の科目の力もイマイチな学生が多く、
とにかく実力不十分で受験を迎えた学生がほぼ全員でした。
ただ、最後の頑張りはどの年代にもひけをたらない雰囲気でしたので
やはり賞賛に値します。頑張りました。そして、結構仲が良い年代となりました(笑)

そして、今回大躍進というか、成果が出たなーって思ったのは中学生です。
指導学生全員が第一志望合格を成し遂げることができました。
全員に該当することは、半年以内で英語の実力を創り上げたことですね。
受験期の夏の時点でほぼ全員が高校範囲に入っており、
難関高校の英文を早い段階で読み込めたのと、
英語に割くはずの時間を他の科目に回せることができたのが
勝利の所以でしょう。そして、英語が苦手な学生に対しても
それなりの結果、すなわち不得意科目にはさせなかったことは大きかったのかなと思い、
私の中では高校受験指導はかなりうまくいったなーって自負しております。

とはいえ、やはり理科の先生や数学の先生の協力があってこその実績であり、
私一人での実績ではないです。医学部予備校の先生方や、
関東や岡山・広島地区でお知り合いになったネットワークつながりの先生や、
医学部学生の方々との連携プレイのたまものだと思っております!!

ここ数年前のくそ予備校の繋がりを離れただけで、
ここまでできることができて、私は幸せです。
そして、引き続き今年もこの実績に近いものを出していけたらなと思う次第でございます。


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2014
05.22

模試の結果+べったりつきすぎながら勉強させすぎた

Category: 雑記
さて、上位の我が軍、非常によろしい感じです。

マーク模試の自己採点をしてみたら、180点近辺を取れる学生が多発しました。

いやー、うれしい限りですね。


先日、ある一人の学生から授業の感触を聴いてみたのですが、

かなり簡単だったと、半分なめられました(笑)

(しかも河合の先生に合わせて聞かなくてもいいじゃん…

あいつらはムズいことしかしないし…というか、一応私も大手の講師で同類なのだが…w)

という具合で、まあ他にもそういう意見をいただき、

さすがにこれはクラス崩壊をしかねないと思い、レベルアップを断行しました。

今はそこまで不満はなさそうですが、目線を少し上げていようと思います。


私もこの数年はできない学生を多々見ていたので、

やはり感覚が鈍っていたなと実感させてもらいました。

これまで偏差値75まで振り切った学生を多く教えていたのがあだとなりましたね。

それと比べると全然できないと感じてしまうので、

レベル落としてしまうかーって勝手になってました。

私の課題は偏差値65の学生をいかにして70に持っていくかを

もう少し段階的に授業ができないかなって思わされました。

いやー微妙な位置の学生ですよね。

英語がめちゃくちゃできるわけではないが、全然できないってわけでもない!

ただ生徒に指摘をもらえたことは非常に感謝に値しますね。ありがとう、生徒たちよ。

私の課題も多々増えてきて、また進化できそうです。

そして、できない学生よりも放置気味でもやってくれるという

生徒と講師の距離も考えさせられました。

医学部予備校にいると特にですが、

やはりべったりついて勉強させるスタイルを取りがちなので距離感もぼやけてきます。

「可愛い子には旅をさせよ」ですね。

旅立たせる練習をさせるためにも、今年はあえて放置気味で行きます。

(ヤバい学生にはべったりつきますよ、もちろん!(笑))


というわけで、今年はレベルもまちまちでなかなかハードですが頑張ります!


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2014
05.21

日本語に合った英語

Category: 雑記
「日本語に合った英語」に転換しよう

面白いというか、今後の英語教育の話をちゃんとした記事なので載せておきます。

私が大学1年生のときに、青森からきた学生が英語を発したときには衝撃を受けました。

I was born in Aomori.という発音が見事に、津軽弁の音で発音され、

私は思わず苦笑してしまいました。笑わずにはいられませんでした。

だって、英語がまさか津軽弁とコラボするなんておもっていなかったんですもの(笑)

しかし、面白いのはその音ではなくて、それでも伝わるんだよなーってことです。

やっぱり気持ちが先なんだよなー、しかもおまけに津軽の人なんだなーってわかるわけですよね。

こういうアイデンティティー全開の英語ってのもありなのかなと思います。

そう、日本語と相性がいい語句ってあるんだと思います。

ただ使い慣れている英語を使うのではなくて、

日本語にしっくりきそうな英語を自在に使えるようになる……

これは英語がおできになる方でも、完璧にこなせる人はごく少数でしょう。

私が知っている限りでは、師匠と西先生ぐらいでしょうか。

日本人として、アメリカ人としてのアイデンティティーがシンクロするまで

英語と日本語がシンクロさせることができる人はなかなかですねー。

私の英語なんて、まだまだ意志疎通の手段の域を超えていないように思います。

まだまだ日本についても、英語についても勉強不足だと思っております。


まあこれもproductiveな英語修行をしてこなかったこともあるからなのでしょうね。

私の英語の勉強も大学学部生まではまだまだインプット主体で、

スウェーデンにいって、無理やりアウトプットしてきて少し英語のコツを手に入れたかなーって

レベルだったと思います。productiveなりcreativeというレベルには程遠く

そのレベルに引き上げようと努力しているのが今の私なのかなーって思います。

これはTOEICでハイスコアを取れるとか、英検を満点合格できるとか

そういうレベルではないです。自分の「らしさ」を他の言語で伝えられるかどうかの問題で、

英語として整合性があるかどうかなんて度外視しているお話です。

そういうことを真剣に考えていくことで、実は英語のことをよくわかるようになり、

ネイティブに恥じないような英語力を身につけることができるんじゃないかなって思います。

こう思う私は、

ひねくれているかもしれませんが

「○○試験満点講師」なんて謳っている人ほど、

こういう本質的な英語を理解していないのかなーって思います。

英語圏だったらこう表現されるよっていう解説者であれば、

それは専門家の本を読めば誰だってできます。(予備校講師はこれをどう伝えるかが問題なのだ!(笑))

でも、これからの予備校講師は表現についても言及していかなければならないので、

英語圏の正しい表現しかり、その上でクリエイティブな思考の言語化を

指南できるように精進しなければならないと思います。

それを考えるようになってから、とりあえず2年分の天声人語とその英語版を読むようになりました。

まだまだ私も勉強が足りませんね。奥が深すぎて英語や他の言語が嫌いになるときもありますw
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2014
05.20

生徒の優しさから見る広い視野の必要性

Category: 雑記
ここ最近、私はご飯を食べる暇がない時があります。

というわけで、大方夕食のみとか、

できても途中で軽いスナック(おにぎり1つぐらい)を放り込むぐらいで終わることがあります。

もちろん、お休みの時はしっかり栄養を取りますよ!(笑)


しかし、先日1日半食事をskipしたら、ぼけーっとしてしまい

さすがに生徒が気づいて、生徒がお母様を呼び、

生徒のお母様にちょっとしたものを作っていただいてしまいました。

本当に申し訳なくて、しかもプロ意識が下がっていました。

あの日は本当に最低で猛省の極みでございました……。

こんなことが実は結構あるので、本当に指導の量をなんとかしなければならないなと

つくづく思います。


このことから、私はこの学生の視野の広さというか、

全体を観る力がものすごく高いことに気づいてしまいました。

入試勉強や中学受験を経験した学生の多くは、

自分のことが中心で周りが見えない学生がほぼ全員です。

まあ当たり前ですし、特にどうってことはないですし、

私は学生たちに対してそれぐらいでいいとも思っています。

しかし、「自分の時間を少し犠牲にしてでも、

他者を助けようとするという力を分け与えることができる」という

ものすごく今では貴重な特性を彼は持っていることを知り、

私は感動しました。真の帝王学が浸透しているなって思いましたし、

しかもそれをさらっとやってのけてしまうこの学生に

「あ、今後彼は絶対にうまくいくし、とても日本で必要な人材だな」って思わされました。

(大げさですが、勉強もできるんですよ!

中学受験の勉強もそこまでカリカリやらずに優秀な学校に入ったんですよ!

優秀にもかかわらず、人の心もしっかり受け止められる学生はそういないっすよ。

こういう学生こそ医者になってほしいが、医者には興味がないそうなw)


と、生徒をべた褒めしてしまったのですが、

こういった広い視野をもって何かに気づく力は、

勉強をするうえで、特に国語や英語をやる上では必要不可欠なことです。

英語は単語ばかり覚えていても、全体像が見えていなければ、

結局知らないことと一緒になります。

単語を覚えた後には、構文を覚え、

そして、長文を読み込み、内容を覚えられるようにするわけです。

前述の彼は生活のレベルでそれが備わっているので、

そこを指摘する必要はありませんでした。

ただ、「こうしてこうすると英語ができるよね」と言っていることを

学生は丁寧にこなしております。

中1の彼ですが、たった1ヶ月ですが、もう中1の範囲は終わっております。

夏までには一通り中学生の範囲を終わらせて、秋からは長文を読み込み、知識を定着させ、

冬には本格的に英検2級を取りにいったり、高校生でならうものをガンガン詰めて、

1年を終えていこうという話になっています。

せっかく彼に優しさをいただいたのですから、

私も彼に3年ぐらいの未来を見せてあげなければなりません。

この優しさはそれぐらい重みのあるものだったと受け止めております。


そして、他の学生や親御さんの優しさで支えられているのが私です。

いつもありがとうございます。
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2014
05.19

灘高校の高校入試の英語を解いて~中高一貫性に対する意識づくり~

Category: 雑記
先日、桜蔭や女子学院に通っている中3の学生を中心とした10名ぐらいの学生達と

灘高校の高校入試の問題を一緒に解いてみました。

よかったらどうぞ↓
灘高校の過去問


一応、私たちの東京組の学生たちには高校2年生の文法内容までは終わらせてありますので、

実力相応かなーって思いやらせてみましたが、まだまだきつかったようです。

とはいっても、一応中学受験をしっかり勝ち抜いた猛者たちです。

半分は余裕でとってきます。さすがです。

そして、努力を惜しまず英単語も覚えてくるので隙がありません。



英文のレベルはセンター試験の第6問ぐらいですかね。

記述問題があるという点で、灘の英語は間違いなくそれよりも難易度が上がります。

でも、中学生でやった範囲で大方処理ができるようになっているという点で

問題の出来は秀逸ですね。なかなかこういったものを選択できませんし、

中学生相手には作れません。


まあまとめると、灘高校に入るためには、

中学時で高校2年生ぐらいで習う英語が

それなりに解けていなければならないということになりますね。

ひやはや、恐ろしい話ですね。

そういう意味では確かに住む世界が違うかもしれませんね。

でも、エリートと呼ばれる灘高校の学生達です。

是非ともこのまま突っ走ってほしいですね。


これをある南女(南山女子)の中2の学生にやらせてみたのですが、

文法をやっただけでは解けず、ひるんで途中で解答をやめました。

一応高1の範囲まではしっかり終えているのですが

(シリウスというテキストを2周しましたが、定着率はいまいちですね)

それでも文の内容についていけなかったという点で、

まだまだ英語の知識を落とし込みきれてないというわけですよね。

まあしかし、中2ですからこの結果は当たり前で、

中学生の大半がこんな感じで終わると思います。


でも、正直いって国立の医学部に入るためには英語や数学が

早い段階でこの辺のレベルにあってほしいです。

理科科目をたくさんやらなければならないこともあるので、

面倒なことをできるだけ中学生の内に終わらせたいというのが

私のトップレベルの中学生に対する使命です。

地方の有名私立中学等の噂をよく耳にしますが、やはり進みは遅い学校が多いです。

まあ落ちこぼれを出さないようにしなければならない部分もあり

現場の先生は大変かと思いますが、

もう少し中1~3の進度をあげてもいいのではないかねー

って思う時もあります。

まあ学校のいろいろな事情もあるので非難はできませんが、

それがゆえに中高一貫校の学生は早く物事を進めるために、

家庭教師や塾等に行く必要性はもしかしたら出てくるのかもしれませんね。


という感じで、わが軍の中学生トップレベル組の意識はものすごく高いです。



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2014
05.18

一言で状況は変化できるときもある!

Category: 雑記
先日、地下鉄に乗っていた時に、私は座りながらLine Bubbleをやり終え、

顔を上げてみると、ふとおばさまが目に入り、無意識に席を立ち、

「どうぞっ!」って席を譲りました。

しかし、そのおばさま、それが気に入らなかったようで

「私がそんなに辛そうに見えるのっ?」ってきつめに言われてしまい、

一瞬、「げっ?面倒くさい人…」って思ってしまいました(すみません、本音ですw)。

しかし、トラブル起こすのは嫌ですし、気分悪くその場に立つのも嫌だったので、

私はこう言ってみました。

「いやいや、マダムに席を譲るのは当然のはからい。

マダムに気づかない男はいませんよ。」

と思いついたまま言ったら、そのマダムは顔色と声色を変えて

「あらー、じゃあ座らせてもらおうかしらね」

って具合ににこにこしながら席に座りました………

世の中、言葉一つでこんなに状況って変わるんですね。

というか、私はいったい何を言っているのでしょうかね(笑)



さて、どんなことでもあるきっかけで物事の流れが変わることがあります。

伝え方をちょっと相手目線で考えただけで、円滑な関係を作ることができる時があります。

医者が薬物投与が避けられないケースの小学生に

ストレートに「こりゃ、薬を打ち続けないと治らない」と言ったら、

その小学生は希望を失い、将来不安になりますよね。

でも、「投与することで生きていられる。

病気とどう付き合っていくかを一緒に考えて、何ができて、自分に合っていることをみつけよう」

っていったら、なんかその病気が大病には聞こえないですよね。

これは勉強生活、特に受験生活においても重要なことで、

「状況はきつい!ダメでしょう」って面と向かって言われても、

言われた側は「いやいや、それはわかっているんだよね。

それをなんとかするのが、講師であるてめーの仕事でしょう」

ってのが本人や親御さんの本音だと思うんですよね、私。

(それでも、難しいことは難しいと言いますし、

できる見通しがなければ私ははっきり言います。)

そうではなくて、「この状況はきついが、まずはこれをこの時間内でできたら

状況はかわるかもしれないから、そこまでまず頑張ってみる?

そこでできなかったら、また考えればいいじゃない。

(講師である)私も努力をするから、君も努力してみようか。」

と言えば、もし本気でやってみようとなればその学生は勉強に手を出すことでしょう。


状況をいかにとらえるかですよね。

そういう先生って私は結構いると思います。

そして、そういう先生は冷静で寡黙な先生に多いです。

寡黙なんだけど、お話をすると結構のってくれる人は

こういったことを言うのが上手だったりします。

そんな先生がもっといればいいのにと思いますよ。

(私はペラペラしゃべるときがあるから一生なれませんw)


でも、私も授業をするときや学生にお話をする時は

基本はこのスタンスでお話ししようと思っています。

現実をある程度の度合いで突きつける⇒そのあとどうするのかを提案⇒

そしてどのようにやっていくかをいまみたいに相談

って感じで話を進めていくと、基本的にやる気がある学生ならわかってくれます。

一言一言がその学生の未来の伏線になると思うと、

講師としての言葉はあまり軽率で内容にしなきゃと思わされますね。


余計なことは言わないように空気を読み、努力しようと思います。
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2014
05.17

Time Scheduling

Category: 雑記
ある生徒に5月の頭にまた模試あるよーって伝えたら、

彼はこんなことを言っていました。

「答えって見えたら、楽なんだけどなー」

いやいや、ダメでしょ。脳裏に知識を写しだしておけばいいのに(笑)

ま、そうは簡単にいかないのが世の中ですよね。

とはいえ、以前京都大学で問題漏洩が起こってしまいましたね。

なんでそういう行為をするのか私にはよくわかりません。

姑息な手段で、有名大学に入っても何の意味もありません。

ハーバード大やスタンフォード大だったらまだわかるけど、

日本の大学で裏口入学したり、不正で大学に入っても、

一寸先は闇ですよね。

私もこれでも

一応名大(自分の中ではあんまり悪い学校だと思っていない)を出ましたが、

就職できない人はできません。

確かに名大であんまりそういう人に会ったことはありませんが、

就職できない人はできません。

逆に、日大でも国家一種に合格したり、

一流銀行(三菱とか)や広告代理店(電通とか)に

行ったりする人はいます。

結局、大学で目標を掲げて何をしたかを整理したうえでちゃんと説明すれば、

大方どこかの内定はもらえるはずです。

(私も氷河期の始まりと言われたときに3ついただきましたし。)



ごめんなさい、オープニングトークが長くなってしまいました。

今日は時間の使い方について、考えていることを整理したいと思います。

よく「時間がないから、やるべきことができない」と嘆く人がいます。

しかし、私は「そんなことはない」と答えます。

確かに、受験生は学校の勉強もあり、

部活もあればさらに時間はないようにみえます。

時間の量もスピードも一定なので、

我々は時間を増やしたり、スピードを早めたり遅くしたりできません。

しかし、人間の方に何か変化を与えることはできます。

人間は日々進化しています。(中には退化している人もいますが…)

日々生きていれば、今日何をしよう、明日は何をしようと

考えていきているわけですが、

それがものすごく漠然としていて、

かつ無意識またはいきあたりばったりといった感じで、

たくさんの人々は生きているように思います。

ここで、整理をしてみませんか。

朝のうちに何をして、昼にはこれこれをして、夜はあれをしようと、

何かにメモしてみませんか。

実はto doリストと呼ばれるものを作るだけで、

人々の時間はものすごくシステマチックになります。

なんだ、簡単じゃないかと思ったそこの君。

是非やってみてください。なかなか難しいですよ。

注意なのは、ここでもただ漠然と書いていちゃいけません。

朝に、または前の日の夜に、

やるべきことを15分ぐらい考えながら書いてください。

15分ぐらい考えていると、結構たくさんのタスクが出てきます。

そして、その1日そのリストを持ち歩いていてください。

一日を過ごしていると、タスクはまたともないところからできてきます。

そんな感じで、まずはすべてこなすとなると結構大変です。


この生活を始めると、じきにすべてのタスクをこなせない日が出てきます。

ここで調整しようとしないと、いくらto doリストを書いても、

生活がだれてきます。

そこで、また考えなければなりません。

何を考えるのか?



答えは、「効率性」です。



タスクがいっぱいになったとき、

人はどこから片付けるべきかを考えるようになります。

人はできるだけ多くの仕事をこなすために、

自分がやりやすく且つ都合よく仕事に順序をつけていきます。

ここまでできるようになれば、

あとはその人のタスクをこなす能力とスピードにすべてがかかっています。

自分の能力が上がれば、時間はできてきます。

こなすスピードがあがれば、時間ができてきます。

この生活を3カ月もやれば、

3カ月前の自分とは別人になっていることでしょう。


実際にこれをしていた人の事例を出します。(私の経験談も)


私の友人だったやつで、

8月から受験勉強をして東京大学(理1)に入った人がいます。

もちろん、その彼が持ち合わせていた才能がすごかったのもあるかもしれませんが、

私が驚いたのは、彼の1日にするタスク量と、

そのタスクに対する無駄のない時間配分です。

彼にとって実質的に休むという行為をとっていたのは、

ご飯時と就寝している時だけでした。

あとは、自習室にこもってひたすら勉強していたのを覚えています。

おそらく彼は、

塾にいただけでおよそ6時間(4時半から11時までの間)勉強してました。

私も負けじとやっていましたが、当時の私は彼の集中力にかないませんでした。

さらにすごいのは、

彼が1日のタスクの中にバットの素振りが組み込まれていたのです。

しかも1時間。(確か帰ってからでした…)

「えー、どんだけ要領いいんだよ、お前」と思いませんか?

当時の私はもう彼の行動が謎すぎて、

なんでだーってよく問いただしていました。

すると、彼はやはり謎のスケジュール表と、目標を書いた紙と、

一日分のto doリストを作っていたのです。

彼はいいことを言っていたのを覚えています。

「目標は目に見えていたほうが燃える。

だから、すべて書きだすようにしてみるようにしてるんだ。」

そして、それをこなしてしまうのだから恐ろしい。

当時、同じ高3ながら脱帽でした。

そして、いかに自分が緻密でないかを思い知らされました。

そのことが、結局受験結果に表れているのは、言うまでもありません。

彼は東大で、

私は2年半勉強して早稲田(教育)の補欠合格(しかも日大法学部進学(笑))。


時間の整理だけで、こんなにも最後の結果に影響してきます。

私は、大学生活の中でこれをなんとか成し遂げられたおかげで、

スウェーデンに行き、謎のファッションショーのデザインをやり、

名古屋大学を1カ月の勉強で合格したりなどと、

さまざまなことができたのだと信じています。


人間の生活効率をあげるモデルを考える上で、

テトリスはうまく人間の生活を物語っています。

テトリスは、

自分でうまくブロックを整理して並べていかなければ消えていきません。

しかし、ブロックは永遠と降ってきますので、

消さないとどんどん上に詰まっていきます。

並べて、消して、並べて、消して…を繰り返すと、

降ってくるブロックのスピードがだんだん上がってきます。

そして、ブロックを消すのが困難になるわけですが、

頑張って延々と消していかなければなりません。


人間生活も全く持ってこれと同じです。

日々のタスクが私たちに降り注いで、

並べていかないと、なかなか消えていきません。

そして、

うまくいっていないと思う人は上の方にたくさんタスクが溜まって、

消すのも困難な状態になっているのです。



今の時代でよい(自分がこうだと思う)人生を送るためには、

いかにタスクをこなせるかで決まるかもしれません。

今の時代はとにかくスピードとある程度の量を私たちに求めてきます。

矛盾しているようにも見えますが、できないと時代につぶされていきます。

今の時代や受験につぶされないためにも、私たちは頑張るのは当然ですが、

何をどう頑張るかを考えて、その考えを遂行していかなければなりません。

そのために、まずスケジューリングをしっかりしましょう。

長くなってしまいました。読んでくれた方、どうもありがとうございました。


では、最後に一言。


みなさん、明日は何をしますか???



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2014
05.16

強気の人は損することがある……

Category: 雑記
先週は飲む機会が多く、いろいろな人とお話ししてきました。

重役等の偉い人から、一緒に指導させてもらっている先生方や、

自分の分野とは全く違う人々たち、去年の教え子たちと交流がありました。

お話をするというのは悪くないですね。

新しい風が私の中に吹き込んでくるのでいいです。


しかし、そんな中にも傲慢な人も残念ながらいます。

それは依頼者や生徒からもそういう態度に見えたります。

「僕はこれこれを1~2周こなした。この問題集もやった。

あの問題集もやった。その問題集もやった。

でも、記述模試ではあまり偏差値やスコアに変化はありません。

僕は勉強をしているのに、どうして点数に繋がらないのでしょうか。」


こういった学生に対しては、

穴埋め問題か、ちょっと日本語をいじった並び替え問題か、

ある英文を違った語法で書き換えさせる問題をやらせてみます。

するとどうでしょう?

見事にハチャメチャな英文を書いたり、的外れな答えを書いてきます。

まあ受験の前にそれを直すのだからいいのですが、

こういう状況になってから絶対に自覚しなければならないことがあります。

それは「自分は自分自身に甘いんだ」ということです。

問題をこなしているいるだけでできると思っている人は

ここ何年か非常に多くなっています。

それは問題集が無数にかつ考えなしに出版されているためでもあるでしょう。

問題集に比べて、英語のいろはをしっかり説明しているもの、

例えば「実況中継」系のような

英文1問に対して2~3ページぐらい説明がなされている読み物が

出版されず、あたかも問題を解いてさえいればよい

といった感じに受験界は様変わりしているように思います。

いやいや、たかだか選択問題やわかりきった穴埋め問題だけ

無数にやっていてもうまくいきません。

1問を大切に解かなければ、結局肉にも骨にもなりません。

松坂牛や前沢牛であっても焼き方がレアはまだいいですが、生肉に近いのでは

腹を下すのと一緒で、

しっかり脳裏に焼き付けて知識という栄養を摂取するわけです。

そして、こういうことを永遠に言っている学生に多いのは、

性格が少々高慢・傲慢であることです。

「自分がやっている」というのは、

「自分の周りの人よりもやっている」というだけで、

自分がこれでもかという量をこなしている人は少ないです。

東京にいるとこれがよくわかります。

東京だからと限定するわけではないですが、

やはり東京にいると、東大や早稲田や慶応を真剣に狙ってくる学生が

他の地域よりも多いので、上に行けばいくほどライバルのレベルも高くなります。

するとライバルのやっている練習量や、勉強時間に圧倒することは少なくありません。

周りのレベルが超一流であれば、自分と他者を比較しながらでも刺激はあります。

しかし、高慢な学生の周りには、自分と同等、

またはそれよりも劣等な学生とつるむ傾向が高く、

自分を厳しい状況に置くというよりも、自分が安心できる場所を作ろうとします。

自分はやっていないのにもかかわらず、さらにやっていない奴を見て、

自分はあたかもやっているように見せることはしばしば。

そして、万が一自分よりもやっている人間に出会い、

その人間が「やっている」とわかったら、

「自分はあいつとは闘わないから関係ない」と自分は逃げていくわけです。

高慢な人は、社会人でもそうですが、自分の悪い状況から逃げるように

すり替えているだけで、事態は何も変わっていないことに目を向けません。

私も傍から見ると高慢にみえる(だろう)と思いますが、

勉強に関しては別で、常に謙虚に基礎を積む努力をします。

例えば、私は社会学が専門ではなかったときには、

社会学の初歩を身につけるために、とりあえず膝の高さぐらい本を読んで、

2~3冊ほど自分なりにノートにまとめればできるようになるかなと思い、

自分が出せる超高速なスピードでやっていました。

それでもできないなーって思いながらも、論文でちりばめたり、

自分が書いている文章を他人や教授に見てもらっているときに、

これはいい、これは悪いとはっきりしてもらうようにして

また自分なりに知識を増やし、実力を強化しているわけです。

(高慢なふりをするのは、人間関係が面倒だと思うためです(笑)

それと先生と言う立場上、そうしているべきだと思うためです。

でも、理不尽なものはないと思いますよ(笑))


というわけで、勉強にたいしては高慢でいないようにしてください。

すべてうまくいきません。自分をしっかり見つめ直しましょうね。
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2014
05.15

余分なペンやマーカーは使わない

Category: 雑記
今年のわが軍の学生はノートをとにかく愚直に作ってくるので

ものすごく感心しております。そして、知識の定着度は極めてよいです。

英語が苦手な学生も少しずつ知識の根拠を掴めるようになってきており、

私の思惑通りになってきました。ただ受験レベルで対応できるかどうかは

これからの彼らの頑張りと、私の移行させる手腕にかかっていると思っております。

今年は非常に自分にいい緊張感ができ、ものすごく学生たちに感謝しております。



さて、そんなノートづくりをしている学生に水を差すのも嫌なのですが

その中にはものすごくノートをきれいに作っている学生がいます。

じゃあ、その知識の深みもすごいのかというと……

うーん、それは触れないでおこう(笑)

まあ私が言いたいのは、

綺麗なノートをつくっても必ず知識が入っているというわけではないということです。

人に見せる物であれば、それはそれなりにきれいなものをみせなければなりませんが

受験勉強の時にノートをみせる場合ってありうるのでしょうか。

あってもせいぜい友人が受講できなくて授業をお休みしたときぐらいじゃないでしょうか。

それを頻繁にする人はもはやダメな人なので、相手にする必要もないですしね。

ノートづくりで大事なのは、

自分が後々読めて、覚えやすく知識がまとまっているようにすることです。

要は覚えられればそこまで丁寧にならなくてもいいんですよね。

それに色ペンを多用するとそれなりに時間もかかり、時間の無駄です。

色ペンは多くても2色までにして、あとはイメージ処理すること。

色が増えると、いらん意味内容が紛れ込んだり、

また自分なりのルールを覚えるレベルにしていかないといけないので

いろいろ逆効果です。絵を描いたりデコレーションするのが好きならいいのですが、

まあ勉強にデコレーションはいりません。必要なのはきれいな体系的な知識です。

あとはノートも場合分けを多くするとトラブルを引き起こす種になりますので注意。

ある中学校では、国語の授業で5冊もわけていたそうな。

何かの意図があるのかもしれませんが、

それでは持っていく量も増えますし、持ってくるノートを間違える可能性大です。

文房具はできるだけ最小限にし、役割を少しずつ減らす。

そして、スペックが上がってきたら

もっと場合分けをして増やすぐらいのが効率はあがりますかね。

私も長年英語の指導しておりますが、黒板では2色のみで、

自分のノートも赤と青しか使ったことがありません。

「自分が」勉強することだというのを忘れないでくださいね。

自分ができるようになれば、ノートはどんなものでも結構!

是非とも今いる学生たちが進化することを願うばかりでございます。
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2014
05.14

理想とギャップを埋めるために

Category: 雑記
もう15年も前に前になりますかね。

織田雄二さん主演の『踊る大捜査線』ってドラマをしているでしょうか。

つい2~3年前ぐらいに最後の映画が行われましたかね。

私はこのドラマが好きで、ドラマ・スペシャル・映画・サントラすべて

観たり聞いたりしております。これを制作した亀山さんは今やフジテレビのトップですよね。

そのドラマの第1話の内容が私は非常に鮮明に残っています。

どんな内容かといいますと、

主演織田雄二が演じる青島という刑事が、

交番勤務から湾岸署へ転勤になるのですが、その前にデモンストレーションとして

取り調べを行うシーンから始まります。

その時に、

刑事ドラマではお決まりの「お前がやったんだろっ!?」とか「かつ丼食べるか?」という

セリフを吐いて、スタンドライトを犯人に向けてという具合に

取り調べを行うのですが、

そのデモントレーションをみて署長や偉い人たちは

そんなドラマのようなことはないかのように(それ自体ドラマですがねw)

「君、やりすぎ。刑事ドラマの観すぎ」と指摘されて、現実にかえるシーンがあります。

そして、1話の話が進み、カギをたくさん持った被疑者を捕まえて、

青島刑事が本当の取り調べをしている間に「警察も会社も変わらない」と言い、

自身が思っていた警察像が全然違って幻滅する姿を見せるシーンがあります。

またパトカーを出してと大声で叫ぶのですが、

書類を書かないと使えないとかという現実にもぶつかり、彼は戸惑います。

こういった警察のシステムを会社のように

縦割り全開で快活に書いているドラマもなかなかないですかね。

私がなぜこれをお話ししたかというと、

そう、何事にも幻想はあり、そう思ったものに実際触れてみると、

思っていたものとは異なっていたなんてざらでしょう。

心臓外科医が事前に入念に検査をしてみても、

実際に開胸したら状況が違っていたなんてのも多々あるように

その状況になって初めてわかることなんてたくさんあるのですよ。

つまり、理想と現実には必ずギャップがあるということです。

まずこれに気づかなければなりません。

しかし、こう気づいた後人はどう動くのでしょうか。

これには2パターンありますよね。1つは現実に屈するor逃げる。

もう1つはそこで打開するべきかもと理想を求める。

多くは前者でしょう。今やなんでも簡単に中途半端にできる時代ですから、

仕事が自分の思っていたものとは違ったとなった瞬間やめることができます。

だから、自分にあうほかのものを探そうとなる方が結構いるかと思います。

(これは恋愛や婚活をしている方々の状況にも窺えますね。)

しかし、そうやって現実にあるものがすべてだと思って屈するのは

人生楽しくないですし、「失敗した」というイメージを引きずる形になると思います。

そして、今度何かする時には躊躇したりするわけですよね。

人生としては2流な気がします。(私も大した人生を生きておりませんがw)

さらにそうやって屈すると、その流れから抜け出せなくなり

(抜け出すにもものすごく労力を使う!)、

結局油にのった時期を越えた後に、後悔や徒労感を強く感じるんだと思います。

大事なのは理想を持っていて現実は異なったものだったが、

その状況に陥っても自分が掲げていた理想へ持っていこうという心をもつということです。

そしてそのために努力をしたり、楽しく心がけようとすることです。

踊る大捜査線のお話が進むにつれて、

「警察での生活は思ったほど刺激がなくても楽しいんだ」という

青島刑事の気持ちを写しだしており、

何か我々に楽しい生活の仕方を教えてくれたように思います。

理想をもっていると、物事も楽しくなってきます。


勉強もそうなんです。

先日ある学生が国立医学部を目指して頑張ると言っていたのですが、

「自分のやることが多くて、私立医学部へ志望を変える」というように

話していた学生がいました。現実をみたのでしょうね。辛いと思います。

しかし、問題なのは「その人の目標はなんなのか」ですよね。

早く医者になって臨床生活をするのであれば、

どの学校行ってもいいと思いますし

(まあしいて言うならお金がかからないところを目指すとか)、

研究や地位を狙いたいと思うのであれば、

やはり国立の医学部へいっていただきたいと思うので、

結局はその人がどのような理想を掲げているかでプロセスは変わります。

現実的にお金がなくて国立しか行けないとなった現実をみたら

それもかなりきついのですが、やはりやるしかありません。

その場合は、もっと根本の問題を突かなければなりません。

「本当に医学部に行きたいのだろうか?実は医学でなくても携われることがあるんじゃないのか」

とかいろいろ思考のアプローチはありますよね。


というわけで、理想をもって初めて自分を見いだせるので

是非ともきつい状況に立たされても、理想を忘れずにいてください!

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2014
05.13

1日や1週間でやってなかった3年間を取り戻すのは容易ではない

Category: 雑記
引き続き学生の指導に精を出しております。

ここにきて文法の内容も中盤を迎えてきているのですが、

特に英語が得意でない学生のクラスで思うことなのですが、

中学生の基礎事項が忘れ去られているなーって思うことがしばしばです。

例えば、主語を聞く疑問文が作れないとか、分詞の役目を知らないとか、

進行形の意味を含めて動詞として機能させるには必ずbe動詞が必要だとか、

とにかくいろいろな基礎知識が欠けている高校生・浪人生が多いです。

しかも、高校や予備校ではこれを知っていることを前提にお話を進めるので、

学生たちも、「あ、しらなくてもなんとかなるように授業を展開してくれるんでしょ」

ぐらいに考えているのかもしれません。

うーん、それは大きな間違いで、やはり基礎事項がしっかり入っていないのに

難しい知識を入れてもなかなか身になりません。

なかには難しいものと簡単なものをみせてしまうだけで、

仕組みが見える学生もいるでしょう。

まあそれを刺激する授業をするのが一番だと思いますが、これがなかなか難しい。

気づけない人は気づけないので、

やはり中学でやる基礎知識は必ず丁寧に習得してほしいと思います。

では、浪人や現役生がこういった中学校の知識を取りこぼしてきた場合、

どのように対処するべきでしょうか。

私はそれに気づいたら、

まずは中学校1年生のテキスト100ページ分を2日でやってきてもらいます。

それでだめだったところを見極めて、それだけの練習問題を作り、

なんとか一週間で人並みの英語思考へ持っていく努力をします。

それでも、急造した知識なので定着となると難しいです。

あとは逐一指摘して気づくようにしていくしかありません。

講師と学生の根気比べですね。講師は指摘を嫌にならない、学生はそれに怒らず頑張る(笑)

本来は中学校お3年間で培う感覚ですので、

まあ1ヶ月で人並みにかつ自然にするというのが無謀なんですよね。

そう、3年間のロスをたかだか1日や1週間で取り戻すのは、難しいのですよ。

でも、今の世の中はそれができる人間を必要としていますし、

「人間はものごとを超高速でできるかどうか」を試しているのが、今の社会です。

取りこぼしてしまったと嘆いている暇はないです。今からならまだ基礎に戻れます。

しっかり戻り、次につなげましょう!
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2014
05.12

漢字が書けない・計算が遅い・疑問文がつくれないはヤバい!

Category: 雑記
漢字が書けない、数字に弱い(計算が遅い)、疑問文が作れないは

国数英という科目において、物凄く致命傷と言わざるをえないかもしれないです。

我が軍にはそういう学生がいないのですが、

生物の先生が言っていたことを小耳に挟んでしまったのですが、

「今年の学生は漢字が書けない。あれじゃ意味が分からんよね、説明しても」と

嘆いておられました。

もちろんそうですよね。説明されている言語が理解できなければ、もはや習得は難しい。

私だったら、オランダ語でロシア語を教えられているようなものです。

(オランダ語はちょっとできるが、その言語で全然扱ったことがない言語を扱う感じ…)

日本人でしたらやはり日本語はある程度できないとですよね。

特に漢字が書けないというのは、いろいろなものに影響してくるので、

小学生のうちにたくさん漢字の書き取りはしてほしいと思います。

そういう意味では漢検っていいものですね。資格としての機能は微妙ですが、

日々の学習を定着させたり、日本人の識字率キープを考えたら、

進級時に義務化してもいいかもですよね。

(まあそれやられたら困る学生もいますから、できないでしょうが…)

私も漢字が書けない方だと自覚しておりますが、

それでも今の多くの高校生はちょっと聞き慣れない表現を使われると、

もうちんぷんかんぷんですよね。

中学生になるとなかなか漢字書き取りなんてしなくなってきますので、

できれば小学生のうちに覚えて、本を読んであとは習得するという具合であってほしいですね。

数学もとにかく計算が素早くできないとですよね。

予備校である先生は毎日小テストをやっておりますが、

あれには本当に感服いたします!私も頑張ろうと思わせてくれますw
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2014
05.11

悔しかったからやった!

Category: 雑記
さて、上位層の我が軍はとりあえず一人がずば抜けてきました。

私にガンガン疑問をぶつけてきます。いいことです。私も必死です(笑)

しかし、それよりも必死な奴がいます。実力を見せつけられた学生数人です。


私のデスクに来てこんなことを言っていました。

「いや、先生みたいな訳をさらって言われたときには、『あいつやべーな』って思いました。

しかも彼は長文をストイックに1日1本解いているので、悔しいって普通に思った。

自惚れた自分がいることに気づけた!」

そうなんですよ、できるヤツが一人はいるだけで、クラスの雰囲気は一気に緊迫します。

いいんですよね、この緊張感というか緊迫感というか。

そして、それを知って「くそー」って思える学生が出てくると、

またその学生は成長するんですよね。

とまあ、「悔しい」とむき出しにできる精神性は一見恥ずかしいように見えますが、

とても素敵なことです。なんとも思わない無感情人間よりはずっと人間らしいし、

頑張ってくれるので、この表情は嫌いではありません。

なんか、まだ始まってもない高校野球の甲子園出場して負けたチームを観ている感じ。

あの涙を見ると、「あ、頑張ってきたから出てくる涙」っすよねって

こっちももらい泣きしそうになるんですよね。

悔しいと思えるほど、頑張れる!これをわが軍の上位層には目指してほしいと思います。

(本当に悔しがってはいけないですが…最後は皆優勝しますよ(笑))


一方、違った悔しさをみせる学生もいます。

ある学生は月曜日になると私のデスクに質問に来るのですが、

こんなことをよく言ってきます。

「先生は僕の試金石。先生に『ダメ』とか『全然思えてないな』って言われると、

哀しくなるんです。そのあと悔しさとか苛立ちが出てくるので、

先生にそう言われないように頑張ってきました!」

嬉しいことを言ってくれますね。ホントに今年の生徒はかわいいですよ。

(何度も言いますが、毎年みんないい学生なんですよ!)

そうやって判断基準を目標にして頑張って自分と闘っている学生もいます。

これもストイックで素敵ですね。こういう頑張りもすきですね。

というわけで、やはり「悔しい」と思える心は持っていてほしいですね。

感情はよく隠すべきだと言いますが、若いんだからむき出しにしてください。

そして、最後には大喜びして、ゲラゲラ笑ってください。

そのために「悔しさ」はこの世に存在しているのですからね。
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2014
05.10

構文解釈だけでは限界が来ます。

Category: 雑記
さて、構文知識を中心に植え付けて今年の授業をしています。

そのおかげかわかりませんが、1文1文を丁寧に考えてくれるので、

なかなか精度が高い内容で解釈をしてくれるようになっております。

構文主体で仕上げた学生たちで根気よくやってくれた学生は、

これまでほぼ全員偏差値70を超えてくれております。

しかし、75まで振り切ってくれる学生はなかなか出てきません。

まあ、さすがに数字が数字ですから、簡単にはいきませんが、

やはり構文の解釈だけで押し上げるのには限界がありますよね。

そう、構文の理解と中文解釈はなんとか夏休み中盤で一通り終わりにしたいのが

私の本音です。ある学生は中文解釈を400本やって、

あとは長文の練習をこなしていったのですが、長文になるとじっくり考えすぎて

スピードに問題が出てしまいました。

まあこれは私の長文に対する指示が甘かったと反省している部分なのですが、

一応その状態であってもある程度は完成していたので、

藤田と愛知は両方合格できました。

(他の科目が揃っていれば、偏差値70までいかなくとも受かる!!)

構文ばかりやりすぎてしまうと、

1、文法的な知識がやたら増えてしまうので、ミクロな解釈になりがちで

  全体が見えづらくなります。

2、そして、やはり全体の繋がりの理解に大きな影響が出てきてしまい、
  
  ロジック構成を入念にする時間が必要になってしまいます。

この2つを避けるべく、

今年はものすごく早い段階から割り切って構文をやっております。

そして、ロジック方法もある程度型はめして、

スタイル形成全開主義でやってみようと思っております。

というわけで、私のこの先の課題は

「いかに英文解釈を彼ら学生に深く解釈させて、いかに速く中文解釈から離れられるか」

ということだと思っております。

まあもちろんここでは長文テキストを公開できませんが、

私なりのスタイルを彼らに少し植え付けていこうと思います!

でも、多くの高校英語を教えている方が考えることでしょう。

いつから長文を始めるか?

いまでしょう!と言う人もいれば、

夏でしょう!と割り切る方もいるし、千差万別ですね。
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2014
05.09

英文を書く・訳すの作業は偏差値60~65に到達してから本領発揮!

Category: 雑記
GWのある日、昨年指導していた学生が私のところを訪ねてきました。

嬉しい限りですね、こういう繋がりは。

さて、その卒業生、どうやら大学の先輩と翻訳サークルで翻訳をしているようなのですが、

こんなことを私に話してくれました。

「先生、今翻訳の練習をたくさんしているのですが、

すっごく英語と日本語の勉強になりますね。

この1年で和訳しただけで、英文を読む力がぐんって上がりました。

TOEICのリーディングセクションが400点越えましたよ!」

そうなんですよね、和訳や英訳をするようになると

ある程度英文の構造やパターンを覚えてくるので、訳の内容が当たる精度が上がります。

私も高校生の時は文法の問題集を解くよりも、

和訳や英訳ばっかりやっていました。

(その前にはもちろん英検2級の問題をやり潰しましたが…)

教科書を全訳してみると、

英文の内容が浮かび上がってくることに気づいたときにはびっくりしました。

that節の構造とかを見抜くのがパズルになってきて、面白くなってくるんですよね。


不本意ながらも今年もう1年やることになった

医学部受験の学生(英語の偏差値が72ぐらい)も同じことを言っていました。

「この1年英語が伸びたのは、文を和訳することをずっとしていたからでした。」

まあ中文和訳ばっかりやっていてもダメですが、

彼女は構文の問題集を多分3冊ぐらいつぶし、その上に長文をのせているはず。

相当の努力家ではなければできない芸当ですよ!

彼女の課題は、長文でもっと長いロジックがおえるようになることですので、

うまくいったらもっともっと安定してくるかもですね♪


とまあ、和訳や英訳をすることは英語ができるようになる重要演習です。

しかし、闇雲にやったってだめです。

例えば、単語が無数にわからんとなっているのに

構文も一緒にやっていこうなんていうのは無理です。

構文をある程度理解するためには最低限の基本5文型が見えて、

単語が最低限品詞とともに入って初めて、

英文や構文の内容がゆっくりかもですが頭の中に残るようになると思います。

だから、わが軍の階層に指示しているとりあえずの演習内容は

単語と問題の量(基礎から標準レベル)を解くということです。

その経験からなんとなく英語の塊が見えてきたら、

あとはカツカツに構文で矯正します!さらに仕上がった学生には英訳を本格的にやらせます。

「英訳が書ければ、英語ができる」とよく言われますが、

やはり我々の母国語のベースと英語本来持つ特性をバランスよく手に入れて初めて

いい英文が書けるんだと信じています。


文法・語法の問題+単語がーーって入れる

中文和訳+構文理解

英作文+ガチ長文

って具合に段階を分けてやってみたら、

学生も少しは負担が軽くなるのではないかって信じて疑いません。

偏差値60~65をとっている学生は、見極めが難しい。

でも、思い切って、構文理解を深めているのであれば、

英作文に精を出してもいいかもです。

まずは最低限度の努力でなんとかできる偏差値65ぐらいまでにのせましょう!


参考になれば幸いです。
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2014
05.08

話をする授業にシフトしたい。

Category: 雑記
さて、授業も進みはじめまして、いろいろ学生の実力がわかってきました。

うん、やはり今年の上位のクラスは実力があり楽しいです。

特に上位3人はかなり仕上がっているので、

うまくやれば夏までには偏差値75までは作りあがりそうです。

他数名も70までに到達しそうな学生はもう少し出てきそうです。

その逆もいるような気もしますが、今は迷わず突っ走ります!


さて、こういったレベルが高い学生が集まる授業では、

問題演習をして解答解決の授業をするのはもったいない。

そこで、レベルの高い学生がたくさんいるとわかったので

今年は対話に近い授業をし始めました。どういう授業かもう少しお話しすると、

例えば、時制のお話の時は4択の問題をやるのではなくて、

過去形や過去完了形の英文を提示して、どのような意味の差があるのか、

そして、その差の見抜き方や考え方をカフェトークのごとく

学生と一緒に考えていく授業をしております。

もちろん、機械的に覚えてもらうものもわざと作りますがね(笑)

といった具合に、とにかく問題を解きまくって解きまくってというような

NextStage的な問題解釈は上位のクラスではしません。

構文と絡めたお話しばっかりです。



なぜこの手法を取るのかというと、

まあなんといっても、英語を考える上で面白いと思ってくれそうだからです。

やはり短文の問題を解いたって、それは解法を覚えるだけであり、

ただの場合わけに過ぎません。

でも、その無機質な場合分けに少しでもいいから

身近な内容を織り交ぜた例文を数本提示して並べるだけで

印象に残る具合は違います。

先日、わざとある英文を解釈するにあたって、

「授業を止めることを躊躇せずに意見とか思ったことをいってごらん!」

と言ったら、ある学生がガンガン言ってきて、

私がオーガナイザーとしてその生徒の意見を咀嚼しながら他の学生に質問を振っていくというようにし

全員が意見がいえる雰囲気を作ったら、

「いやー、今日の授業は話が面白いし、議論がすごくて燃えた」って言ってくれました。

これは発見だなって思いました。ついていくのは大変ですが、

ついて来れない学生は次に頑張ろうとしてくれますし、

同じぐらいの学生同士ですと、「次の主役は私よ」と言わんばかりに、

一生懸命勉強してきます。その姿勢だけで、もう飛躍的に実力はあがります。

あとは指導者がどういう栄養(問題)を与えるかだけですのでね。


もう1つの理由は、英文を機械的に解いてもらわないようにするためです。

日本の英語教育というか、受験教育というか、

やはり英単語や語法を覚えてそれをただ当てはめるだけになっている部分があり、

それだけを教えるのは味気ないし、英語の指導と言えるのだろうかと考えるためです。

まあ問題集や参考書の当てはめでしたら誰でもできますからね。


とまあ、そんな感じで話主体になって

意見が言えるレベルの授業をさらに進化させていきたいと思います。

いやー、今年は楽しいですよ!
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2014
05.07

「ダメダメ」と禁止することがダメ!

Category: 雑記
先日ある美容師さんとゆっくりお話しする機会がありました。

その中でこんな話題が出てきました。

「何でも禁止すりゃいいってもんじゃないですよね。

法律や慣例ってだから嫌いだよな。

でも、それだけ今の人ってものの分別がつかないってことですよね。残念だな、現代人」

って感じで、

埼玉県の教員が息子の入学式に出席した事件(?「出来事」にしたい!)のことを

お話ししておりました。そこでさらに「禁止」について考えてみました。

「えー、美容院で○○さんは禁止していることあるんですか?」

「いや、基本的にないですよ。僕、髪を切った後にすぐにモンハンやりますもん。

美容師ってタバコ吸っちゃダメなんですけど、

スタッフにはタバコを吸ってもいいように話しますもん。

まあ匂いが残っちゃダメですけど、周りに配慮できれば別にいいですよね。

あと、そうやって禁止すると、その人の仕事の能率が落ちるんですよね。

タバコ吸ってない人ってさ、なんかすぐいらいらしちゃうじゃない?

ホント、あれ麻薬っすよねー。」


まあ私の前でタバコを吸うのは本当にいらっとするのですが、

まあ言っていることは正論かなと思いました。

そう、この禁止をいっぱいにしてしまうと、

精神的にゆがんだ学生が出来上がっちゃったりするんですよね。

あと、自分に制限をかけるように生きてしまい、

なかなか本領発揮できなくなる学生ができあがるんですよね。

あと、過小評価し始めるんですよ。禁止するものは極力少なく、

大きな根幹だけちゃんと親御さんや先生と約束していけば、勉強をしている学生に限って、

非行に走るのはよっぽど運が悪いと思います。

よくテレビを見てはいけないとか言いますが、いいんですよ、見て。

ただ、時間を考えようねってことや、

自分のやるべきことが何なのかが彼らにわかっていれば、

テレビをみたりゲームをしたりする時間は設けても結構だと思います。

制限は目標をも制限するようになるので、極力しないことです。

やりたいことは若いのですから、全部や勢いでやりましょう。

私の授業でも制限はほぼないです(笑)授業では飲食OKですし(匂いがきついのはアウト)、

勉強の仕方も推奨として統一したものを紹介しますが、

今までやってきた方法を崩したくない学生には彼らにあった方法を指摘して、

自分の授業に合わせられるようにしております。

単語帳も問題集もどれを使っても(推奨はやはりしますよ)OKということで、

学生たちにはあまり制限を出しておりません。

よく学校の先生や予備校の先生は

猫も杓子も非効率なやり方にはめていることがあるのですが(半分は仕方ないかもですが)、

それから外れたことをすると理不尽なぐらいに怒る人もいますよね。

まあ、よっぽど自信があればいいのですがね。

万人がYesという教材を作るのは本当に難しいっすよw

そんなこんなで自由にやってください。

でも、物事の優先順位だけはつけてください。

そうすれば、外れることはないはずです。そこだけは、しっかり意識してほしいですね。

あまりにもメリハリがつかないと、

禁止をしなければならないかもですが…やはり塩梅が難しいですよね、この件も…。

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2014
05.05

色々なご質問を受けて答える必要性

Category: 雑記
4月~5月の間は非常に質問が増える時期になります。

4月はとにかく何百という学生や親御さんから質問を受けました。

このブログ経由でも10件ほどあり、中には学生直接ご連絡をくれることもあり、

私としてはあー、すげー熱心だよなー。

こういう意欲ある学生や親御さんだとうまくいくんだよなーって思います。

私は指導するおうちの方とはよく話をする方だと自負しております。

実際に指導しているお母様とお話ししていても、

「こんなにお話をするとは思っていなかったので、

びっくりしていますが非常に助かります。」と言われることがあります。

そりゃそうです、最初の打ち合わせのときは最低2時間はとります。

そして、時間があればそこから45分ぐらい体験授業が始まるので、

実質的には3時間ぐらいやりとりしてから授業するかどうかを決めていただきます。

こうやってお話をして方向性を常に修正していくのが家庭教師や個別指導本来の姿であり、

強みなのではないかなーって思います。

しかし、こういうことをしない個別指導塾も多いです。

生徒を抱えすぎると、こういった綿密なケアが滞るんですよね。

(まあ抱えていなくて、ケアが悪いところも多々あります。

それは経営者が総合科目的に受験を考えていないからです。)

お話ができないとか、いいことしか言わないとか、

他の指導者の誹謗中傷が甚だしくある指導者は注意ですね。

「話ができない」は論外として、

後ろ2つは言葉巧みに包み込める方がいますのでご注意を。


とまあ、

私を含めて運営側は今後こういった指導ケアをしっかりしていく必要があるわけですが、

先日あるお母様とお話ししていて、あーこの方はものすごくわかっていらっしゃるなーって

思ったことがあります。

「教育とお金を等価して考えている人が多いですね。

もちろんそうあるべきだと考えるのは自然ですが、本来勉強するのは学生であり、

等価できることではないときだってありますよね。」

そうなんです、これを分かっていただけると、

私も指導をしてなんとか目標地点までつれていくぞーってなるんですよね。

そうなんです、やはり思うのは、

「先生にすべてお任せいたします。お金は支払いますので、どうかよろしくお願いします。」

というように丸投げする方が中にはいらっしゃいます。

正直申し上げまして、これは以前にあった話ですが、

「6日で大学の小論文を書けるようにして、合格させてください。これだけ出しますから。」

「東大に行きたいのですが、全教科偏差値30なんです。しかも1年で。

3倍払いますのでお願いできませんか。」という依頼がありました。

こんな申し出をされても、不可能すぎるものを出されたらさすがに「無理」としか言えませんし、

無責任に「こんなにお金をいただいたのでやらせていただきます!!」なんて言えるのは

よっぽどの悪代官様ですよ(笑)(⇒これはあるので気を付けてください。

担当者にプランニングを話させるといいです!妥当だと思えないことは容赦なく突くべきです!)

まあこんな極端ではないですが、等価で考えすぎると

親御さんが丸投げして、

生徒にプレッシャーをかけることになり、いろいろ悪循環に物事が回ります。

というわけで、どうか親御さんは息子さん・娘さんのことを考えていただきたい。

そして、どういう状況かをしっかり把握して、

一緒に改善するお話をしていけただけたらと思います。

こんなことが以前は多々あり、

それ以来私は「丸投げ」かなーって思ったご家庭とは契約をしておりません。

私が指導を売り出している以上、

どうしても私の方がご家庭よりも有利になってしまいがちです。

しかも、実績がある講師さんですと余計その力が発揮されてしまい、

雁字搦めになっているときがあります。

その状況を避けるためにもやはりお話をして、方向方針を納得していただいて、

授業を一緒にやっていけるようにすることが、合格への近道なのではないですかねー。

って勝手に思っております。

まあ話すのはただですしね。

(私は相談料なぞという小さいお金は取りません。それも指導料の一環だと思っております。

私は法律相談の法曹家ではないです。中にはそういう方もいます。)

対話をしなければわからないことなんて多々あります。

学生とも親御さんともいろいろお話をして、有益な情報を与えられるように、

私もいろいろ仕入れてきます。まだまだ私はみなさんに支えられている次第でございます。

いつもありがとうございます。
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2014
05.04

嫌な奴でもどんなやつでも話せばわかる

Category: 雑記
私は話すのが好きで、生徒一人一人ととりあえず一度はサシで話す時間をつくります。

それはお昼休みだったり、授業の合間だったり、自習の時にちょろっとだったり、

とにかく話します。それは話しやすそうな奴にだけではありません。

私が持っているクラスや学生にはどんなに扱いづらそうなやつでも

お話をしようと努力します。まあ当たり前なのですが、

これがなかなかこれができない講師が多いんですよね。

言われている側はあまり気づかないのですが、話していると

話や口調やしぐさや目線で自分って出るんですよね。

だから、「あ、この反応したからこういうこと思っているよね?」とかわかるんですよね。

あと筆跡でも、人がどういう人間かなんとなくわかります。

字の形にも性格は出るんですよね。

私はそういったメッセージをできる限り読み取り、

できる限り彼らの立場に近く、かつ彼らが言われたいことを言い、

言われたくないことをどうやって緩和させながら修正できるように伝えるかを考えます。

もちろん読み間違いもあります、占い師ほどの的中率ではないですが、

地味に当たることは多いです(笑)(⇒占い師になろうかなって思ったことはありますよw)

だから、よっぽどの小悪党や陥れようとする分からず屋でなければ、

大方の人間と会話を成立させられると信じています。

浪人をみていると、特に進学校出身の多浪と話していると

何が爆弾なのかわからない時があります。

だから正直下手なことは言えませんし、私も歯切れのいいことを言えなくなります。

しかし、それでは何も変わらないので、関係が出来上がった後で

あるタイミングでどういう気持ちで伝えたら伝わるか、その期を探します。

伝え方次第では、なあなあで話してくれるものです。

若干オブラートに包むとはいえ、それは話してくれるだけいいですよ。

これぐらいの気持ちで話したいですね。

不登校の学生はもっともっとナイーブですから、難しいですよね。

でも、節々を探せば話せないことは減ってくるものです。

大きな心の傷をもってしまい不登校になったとしたら、

時間はかかるかもしれませんが、一生話せない相手だなんて思っておりません。

そして、私自身がそういうお話をすることで、学ぶことはたくさんあります。


授業を開始する前に必ず私は話をしてから依頼をお受けするかどうかを考えます。

正直、盲目的な親御さんや学生さんとは契約をしようとは思いません。

行けそうだなって思えたら

どんどん相手をいい方へ舵を取っていきます。

話せばいろいろわかる。

これを大事にしていきたいと常に心がけています。
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2014
05.03

自分の脳もファッション化しよう。

Category: 雑記
医学部受験を志す学生や、東大京大を志す学生、

早稲田慶応を志す学生の中に結構おしゃれー、またはピアスをあけまくったり、

ヘアスタイルが奇抜な学生だったりすることがあります。

今年の学生にもおしゃれが先行している学生がちらほらおり、

私としては「おっ、おしゃれに身をまとっているじゃないか!」

って感心してしまうこともあります。

勉強するためにおしゃれは必要ないのかというと、私はそんなことはないと思っております。

まあおしゃれをするというよりも、

自分を他者とは違うんだという自己主張をしているというと考えると、

実は学習期間におけるおしゃれは正当化されるのではないかと思います。

特にピアスやタトゥーはファッションとしての機能よりも、

精神性を写しだす道具として機能しております。

さすがにタトゥー(刺青)をしていた学生には出会ったことがないですが、

乾電池が通るくらい耳に穴をあけていた学生はいましたねー(笑)

私からするとただのびっくり人間にすぎないのですが、

ピアスのように自分の身体を傷つけて何かを身につけることは、

親からかけ離れ、自分の身体に施したことが故に、人は何もいうことができない

完全なる自由を手に入れたことを示している、という象徴でもあると言えるわけですよ。

これって、ある意味、自分の生き方があるから、俺は、私はこうするという

勉強じゃないにしても何かしらの意思表示だともとれます。

こう考える私は、

勉強しながらおしゃれをしている学生やピアスをぼこぼこ開けている学生が

他のうんちく垂れて、受験に染まった学生よりもずっと潔く勉強している

精神首尾一貫人間なのではないかなーって思います。

それを貫きながらやり抜くがゆえに、やはり東大や京大、

早稲田慶応にはいっちゃうのかなって思います。

だからこの辺の大学のミスコンって盛り上がりますよね。

(京大はミスコンって聞いたことがないが、関西はまた違うのかねー)

あとは立教とか明治とかあのへんも

やはりある程度覚悟してお勉強しなければ入れませんよね。

そういう点で見ると、一応わが母校である名古屋大学の学生は

首尾一貫しているたくましい精神性を兼ね備えた学生と言うよりは、

全体的にバランスの取れは社会的に形成された人間が多いかなって思います。

(私の勝手なイメージですよ。だって私がフレアデニムで下駄をはいて歩いていたら

みんな不思議そうにみていましたもん。ファッションの合わせ方が奇抜すぎましたかね)


そして、ファッションに凝る学生は外見だけの装飾では満足をしませんし、

ファッションが内面から外部へ放出することを本能的に知っているわけで、

やはり勉強する必要性はあるのではないかと考えがちです。

ファッションに携わっている方で、頭がよろしくない人を私はあまり知りません。

例えば、以前ディオール・オムのデザイナーだったエディ・スリマンは

(日本でナロータイを流行らせたと言っていい男です。)、

美術史の専門家で、エコールを出ているはずですし、

日本が誇るファッショニスタ山本耀司は慶応卒です。

あほではやはりファッションの組み合わせをうまくできませんし、

自分らしさを出すことができません。

自分らしさを学ぶためにも、まずは高校時代はおしゃれして、恋して、

勉強をめちゃくちゃしてほしいです。ただ遊んでいるだけではもったいない。

私も高校時代は何を血迷ったか、髪は赤かったり、緑だったりしましたし、

モヒカンでしたし、眉は剃りまくってました(笑)

シャツは出していましたし、体を鍛えて、胸を開けていた時もありました。

それは自分が他者とは違うと自覚して、

そこから入らないと飲み込まれると思ったからこその行動なのです。

そうした意思表示をしながら勉強をしている学生をみると、

なんか頑張ってほしいと思うものです。


あんまりおしゃれ礼賛の先生も少ないかと思いますが、

私はその原動力が実は勉強するためのバイタリティに繋がると信じております。
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2014
05.02

外部試験のスコアを改訂しました。

Category: 雑記
私のプロフィールを少々加筆しました。

資格の部分を少々書き加えました。ここ数年あまり英語のテストを受けておりませんが、

一応去年勉強しない状態でiBT-TOEFLを受けてみたら、

思ったよりもスコアが落ちておらず、ちょっと安心しておりました。

しかし、あのテストは日本人には酷なテストですね。

どうもスピーキングをPCの前でやるのは気が引けますね。

そう思うとIELTSのような面談形式の方がいいですね。

とまあ4年でたった数回しか受けていないというダメダメ講師の私なのですが

(みんななんでだろうと思うぐらい英語の試験を受けているが、

そんなに連続して受けてハイスコアを出してもねー。1回でいいじゃないかって思う。

しかし、満点を20回も30回も連続でとるのは本当に英語ができる人なんだと思う!)、

英語の実力の指標として参考にしていただければ幸いです。

私のプロフィール
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2014
05.02

いつまでも流れが来るとは考えない方がいい

Category: 雑記
今年3月~4月にかけて非常に多くのご依頼を受け、

私は依頼してくれた方々に非常に感謝しています。本当にありがとうございます。

そうやって支えられて、

そして私は学生に英語の知識を提供して生きていられるのですが、

本当に幸せだと思います。おそらく去年よりもご依頼は多いかと思います。

去年も多かったのですが、今年もあとの方になってかなり増えました。

ありがとうございます、本当に。

そういう意味で、今仕事において私は絶好調なのかもしれません。

テキストも多数出来上がりましたし、教えるべき流れも出来上がってきましたし、

私の英語指導の強みもわかってきましたし、だいぶ指導が落ち着いてきました。

しかし、そういう日々がずっと続くとは思いません。

評判が売りなこの仕事で、いつどこでどのように崩壊すかは未知数です。

また英語の制度は変わる可能性が高いので、

私自身がニーズを理解できずに終わる可能性だって否定できません。

もしかしたら、明日体を壊してしまったら廃業になることだってあります。

こういった状況に驕らず、派手なことをせずに、徐々に徐々に体裁を変えていきながら

且つ自身のやるべきことをしっかりやることを忘れずに精進していきたいと思います。


この姿勢を私は学生に魅せたいってのもあります。

世の中は森羅万象。一生変わらないことなんて、そんなにありません。

特に人間の社会生活で変化は常に起こるで、明日いつ世界の生態系が変わるかわかりません。

名古屋に地震が来たら、

あの忌まわしい二年前の東日本大震災以上だと言われているのですから

間違いなく平穏な生活を失う方も少なくないでしょう。

だから、勉強においても自分の変化を求めつつも、基礎事項等をなめずにやってほしいですね。

驕らず、平静にものごとをこなしているうちに合格はいつの間にか手中に入っていることでしょう。

やっと1ヶ月を超えました。もう5月ですが、まだまだ長い道のりですが

引き続き準備していきましょう!
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