2013
07.31

中学生の内にどれだけ英語を積み込めるかで今後が決まる!

Category: 雑記
最近、浪人生を多くみていると、こんな発言を良く耳にします。

「こんなの中学校で言われたことがないよ!」

その内容がなんと、 " "(クオーテーション・マーク)の名前のことだったり、

英文法の基礎事項だったりと、とにかく一言一言が目からうろこ状態で

授業を聴いている浪人生が結構います…。


まあ1か月前にやった内容がもう新情報として変化していることなんてしばしば…。

今日も以前にやった内容を生徒が覚えていない時点で、

私は憤慨を通り越して、呆然としていました。

一体何をしているのでしょうかね、わが軍の浪人生たちは。

ただ私が与えたものをしっかり復習するだけなはずなのに、

何もできていないのですよ。しかも、復習を週に2回も入れている学生もいるのに、

どうしてこんなに覚えていないのでしょうか。

こんなことは、講師をやっていて初めてです。悲しいですよ。



さて、そんな浪人生なのですが、

やはり異常なほど中学生の基礎ができずに私の下にやってくる学生が多いです。

というか、本来は大学を目指さないような学生が

大学を目指すようになってから

基礎を持たずにずっとやってきた学生に

お目にかかる回数が増えただけなのでしょうかね。

まあとにかく私が言いたいのは、どんな学生でも、

中学生の時点で高校に入る前までの基礎知識は持っていてほしいですよね。

要は、高校受験ぐらいまでの知識を中学校で

徹底的に反復してほしいということです。

できれば、品詞の感覚までなんとなくでいいからわかっていてほしいです。

それが全然できていない…とにかく問題をやらされただけで

正確に消化していないっていう学生がとにかく多くて少々困ってしまいますね。

しかも、それなりの中高一貫校の学生にこの傾向が多いです。


正直、単語の量を抜きにしたら、

今教えているわが軍の中学生の方が文法のちゃんとした基礎を持っていると思います。

学生たちの未来を考えると、

私は浪人生をなんとかむりやり送り込むことよりも、

最近は中学生をどれだけ高校の知識を丁寧に組み込み、

高校初めの時点でセンター試験や、国立の問題を解けるかに

力を注いだ方が、

精神的且つ彼らの将来的にも健全な思考なのかなって思い始めています。


なかなか難しいですよね。また中学生の依頼がきて、

どんどん中学生層が大きくなっている今夏です!


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2013
07.30

設問を読まなかったときに起こること。

Category: 雑記
ある学生たちに30分の週テストをしたときの話です。

ある学生:「先生、「問題が難しくなっている!」って言ってましたけど、

      全然簡単でしたよ。でも、実力問題があったのと、量が多くなっていましたね。」


私:「え、一番最初の問題できたの?だって、「当てはまらないものを選びなさい。」

   っていう設問で問題作ったから、範囲を覚えてるだけでは答えになりませんよ。」

ある生徒+etc:「あっっッ!!…………」



さて、生徒にとっては一種のホラーのようでしたね。

このテストを10人が受けたわけですが、

それに気づいてまともなスコアを出したのはなんと2人。

学生たちはいかに物事をただ丸暗記をしているか……。


私としては、文法問題を取り組んでいる間に

「あれ?この問題おかしいな。答えが二つある!何かあるぞ!」

って推測してくれたらいいなーぐらいで考えていたのですが、

まさかそんな学生がいなかったのにびっくりしました。

いったい彼らは何を覚えているのか……私は肩を落とすしかありませんでした。


まあなんといっても学生たちに言いたいのは

「設問をちゃんと読め!!」

ということ。

どんなにやったことしか出さないとはいえ、

設問を読まずに意図を捉えずに問題をこなすのは言語道断。

問題の意図を取る努力ができない者に成就はありません。


そして、

こういうテストに弱い学生は本質をとらえた勉強をしていないんですよね。

語句を覚えるのが目的ではなくて、語句は覚えるべき前提条件で、

文脈で変化されても正しく解釈できるかどうかが目的になってほしいですね。


みなさんも設問はしっかり理解しましょうね。
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2013
07.29

答えがすべてではない!プロセス追おうぜ!

Category: 雑記
ある生徒が奇妙なことを言いました。

「本ってどうして回りくどいことを言って、結論を書くのですか。

答えだけ本に書けばいいじゃない。」

これには驚愕。

これが医者になろうとしている学生から出た言葉なのだから、怖い話ですよね。

答えだけ出す医者がいたら、こんな医者しかこの世にいなくなるでしょう。

患者:「あのー、風邪を引いたみたいなんですが…」

医者:「(聴診器を当てて…)あー、風邪ね。風邪だからこの薬を飲むといいよ。

ではお大事に。」


終了。これって医者ですか?私にもできそうですよね。

こうやってプロセスを吹っ飛ばすと、信憑性を受け入れてもらえなくなります。

医者にまつわる問題が、

数学のセンター試験のように虫食いの問題であればいいのですが、

状況を見て、型にはまらない問題に陥ったら、

答えしかはっきりさせてこなかった人、

または答えしか興味がない人はどうするのでしょうか。

お腹が痛い=腹痛だとしかわかっていなかったとしたら、

まあそれはないにしても、ある病名としか言えないとしたら

それは問題です。

お腹が痛いならお腹が痛いなりの論理があります。

患者から、何を食べたかとか、寝つきはどうかとか聞いて、

医者はその文脈からどこが悪そうか判断をして、

医学的な方法と知識を駆使して答えを出さならないはず。

こういう簡単であろう医者の日常の仕事でさえも、

最低限の論理展開を働かせて治療を行うはずなわけです。

だから、本のなかに答えしか書いていないことを求めるのは

どういうことなのか、私はこのことを理解するのに苦しみます。

本を読むことは数学の論理を解き抜くのと同様、

本質を理解するために必要な訓練ですよ。

何もかも答えが出ていたら、誰も苦労はしませんし、

誰も苦しみはしませんし、誰とも争いはしません。

答えがない問題もたくさんあるわけですよね、世の中。

解決し得ないことなんてたくさんあるんですよね。

それを解決するために、人々は言葉や数式を駆使ししながら

プロセスを紡ぐわけですよね。


医者になる学生には、論理を徹底的に叩き込んで、

英文を読ませるようにしています。人の命を扱うのですよ。

答えを無から出せるようになるまで、その学生には苦しんでもらうことを伝えました。

ただ、根はとっても素晴らしいので、彼には良識のある医者になってほしいですね。
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2013
07.28

環境が人を創る

Category: 雑記
ここ数年、名古屋で指導してきましたが、

先生とのトラブルや、友達とのトラブルで学校へ行きたくない・学校をやめたい

という生徒をたくさん見てきました。

勉強ができないせいで学校に行きたくないというような理由は昔からありますが、

最近では勉強ができても、

それを妬まれて他の生徒に干されるという状況に耐えられず

不登校になってしまうという生徒も少なくないようですね。

何かが秀でても、何かができなすぎても、そのことは問題にされるために、

そういったことを容認してしまう環境が生徒の才能を潰しているなと

改めて思わされました。

以前の私の教え子に、

音楽が頗るできた生徒で他国の音楽院に行った生徒がいましたが、

その生徒のお母様はこんなことを言っていました。

「日本では音楽が秀でてできると、受け皿がないんですよね。

スポーツをやっている人とかも

そうやって悩んでいらっしゃる人がいるのではないでしょうか。

音楽の世界だと、

日本の有名な音楽家たちは海外にいって勉強しにいってしまうんですよね。

日本で音楽を真剣に学ぼうとすると、大学までしかも、

東京芸大のような限られたところでしかプロにはなれないですよね。

日本はマスをつくり、プロを作らないんですよ。

しかもそのマスクオリティーが年々低くなるから、私たちも海外にいく覚悟をきめました。」

なんとも厳しいお言葉でしたが、その通りで、

日本は、何かの面で突出している人間にとって、

その才能を伸ばせない環境とみなされるのかもしれません。

天才を凡才へ変えてしまうわけですね。

このように、勉強ができる生徒は新たな悩みを抱えてしまったわけですね。

そういう人は勉強ができることことで周りの人々の視線やコメントが怖くなって、

勉強に対して積極的になれずにいるわけです。

その結果、本来優秀であったはずなのに、

そうでなくなってしまったなんてこともあるのでしょうね。

非常に不幸なケースですよ。


勉強できないで干されるケースもちょっと深刻で、

助けてくれるべき人間である先生がそれに加担するというのは言い過ぎにしても、

助け船を出さずにいることもしばしば……。

生徒が先生にそんなことをされてしまったら、

誰を信じて学校生活を送ればいいのかわからなくなり、

不安は募るばかりで気が重いでしょう。


そういった生徒が万が一私の目に入ってしまったら、

それを放っておけなくなりますね。(一人の人間ができることには限界がありますがね。)


他人が優れていることを称賛できるような環境を作っていきたいですね。

そして、私は「自分にもどこかの分野で優れていて、そこで活躍できるのではないか」という

可能性を生徒にみせてあげたいです。
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2013
07.26

暗記と理解は表裏一体

Category: 雑記
よく生徒にこんなことを言われます。

「先生は記憶力がものすごくいいから覚えられるんじゃないんですか」

「普通の人は1年で3万語も覚えられません。」

こう言われてしまうと、私は超能力者とかびっくり変態人間にみえるではありませんか。

確かに人より記憶力はいいかもしれませんが、常軌を逸してはいません(多分)

記憶力はポテンシャルとか生まれもった能力と思うかもしれませんが、

私はそうは思っていません。

実際に、ちゃんとお勉強するまで、

私はそこまで記憶力に自信があったわけではないからです。

記憶力も勉強しているうちに鍛えられていったわけで、

記憶力をあげようと思えばあげることは可能です。


そこで、じゃあどうやって記憶力をあげるんだよ?って話になるわけですが、

すぐに目に見える記憶力をつける方法はわかりませんが、

記憶力をあげようとする方法はなんとなくわかります。

それを少し考えてみましょう。


かつて、私は単語を本気を出して24時間じゅう単語を覚えていたことがあります。

そのとき、19歳と若かったこともあり、記憶力の全盛期で、

1日新出単語を1000個ぐらい覚えました。

もちろん1週間以上経過しても9割方覚えていますからね。

このことは今までの勉強においてもかなり自信になっています。

しかし、普通に考えて、これは少々異常な数字です。

単語をただ羅列して覚えたのかというと、そんなことはありません。

英単語の暗記は、宗教のお経ではないので、

そんなことをしていたら短時間には無理です。

そこで考えなければならないのは、

どうしたら1日に1000個覚えられるのだろうかと考えることです。

そして、次の日に1000個覚えたというイメージを無理やり作ることです。

例えば、TIMEに書いてある単語が

空で意味が浮かび上がってくるというイメージですかね。

そして、そこから初めて手段の話になるのです。

よくスポーツの世界で言われることですが、

自分がイメージできないプレーは練習してもできないし、

試合の中ではいうまでもなくできないというのと同様、

未来をイメージできなければ、その実現もまず無理です。

それとイメージは、自分の実力と相応したものでないと意味がありません。

例えば、明日1日で74万語暗記するイメージをしても、

ちょっと現実からかけ離れていますよね。

多分目や頭を超高速で動かさないと、できないと思います。

(できたらその方法教えてください(笑)多分やってみます。)

つまり、短期間で記憶できることは、自分の範疇にある内容だということです。

例えば、senseという単語を知っていれば、

sensibleも、sensualも、sensitiveも、sensitivityも…

全部そこから派生された単語なので、覚えるのもそこまで苦労しないはずです。

ですから、まずは自分がわかるものを増やさなければなりません。


好きな内容のことだったら、人はそれを知るために頭を働かせるものです。

ある生徒さんは、

「サッカーのフォーメーションはすべて理解して覚えられるが、

単語は覚えられない」

と言っていました。これは、その通りだと思います。

英語を好きになるのが大変でしたら、

好きなものを英語で読んでみたらどうでしょう。

私はよく日本のファッションに関する英文の記事を読んでいました。

日本のことであれば、テレビをつけたり、ネットをみればわかります。

その事件や出来事の内容のゴールがわかれば、

その内容が英語であってもゴールがわかっているから、読みやすいでしょう。


従って、話を戻してみると、

私が英単語を1000個も覚えられたのは、それまでに覚えたものが

自分で使えるレベルにまで覚えていたことと、

それだけ文章を読みこなしてきた結果です。

受験生にここまでの英語力は必要ありません。

しかし、1日30個ぐらいは暗記できる力と根性はあってほしいですね。

(それができないと1年で上位校を合格するのはそうとう大変。)



記憶力というのは「ものを理解する」ことも含まれており、

決して呪文のように暗記しているわけではありません。


どうしても丸暗記しなければならないものもあります。

例えば、英語で言えば中学校までの内容はしっかり暗記に近いぐらい

やらないといけません。

なので、中学校の勉強は暗記だけで形成しても

ある程度意味あるものになると思います。

しかし、大学受験は覚える物も膨大にあるので、

それ以上に理解の分野も多く含まれてきます。

実際に生徒さんに単語を覚える作業をやらせてみれば

実際に英語はもちろん他の教科の成績も大体わかります。

(もちろん法則性はないので、思い違いもたくさんありますが)

受験生は「理解すること」と「暗記すること」をしっかり分けて、

勉強してください。

その分別の基準は自分で決めて結構。

覚えられるものは覚えて、ダメそうなら理解を深める。

「理解すること」と「暗記すること」は乖離せず表裏一体であることを忘れないでください。

それがわかれば、大学受験までの勉強は結構楽しいです。

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2013
07.25

英語のコロケーションについて+単語帳のいろいろ

Category: 雑記
ある学生がまた言いました。

「先生、私は『速読英単語』があまり好きじゃないので、他のをやりたいです!

それに全部覚えちゃったんですよー、もう。だから必要ないですよ。」

うーん、残念ながらこういう学生が一番危ないんですよね。

平気で忘れていたり、赤字や太字しか覚えていないで困ってしまうんですよね。

困った顔が目に見えるので笑えます。


とはいえ、多浪しているとこのようなことに陥りがちなのは確か。

しかし、それでも私は単語をちゃんと完璧にするべきだと思っています。

そう、英語の基礎を作るためには

一般的な単語量がある単語帳を覚えることが不可欠になるでしょう。

そこで私がおすすめしているのは、次の英単語帳。

英単語ターゲット1900 5訂版 (大学JUKEN新書)英単語ターゲット1900 5訂版 (大学JUKEN新書)
(2011/11/23)
宮川 幸久

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速読英単語 (1) 必修編 改訂第5版速読英単語 (1) 必修編 改訂第5版
(2010/10)
不明

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英単語2001英単語2001
(1993/08)
2001編集委員会

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データベース4500 完成英単語・熟語データベース4500 完成英単語・熟語
(2008/12)
荻野 治雄

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この辺をベースにして単語の牙城を作ってくれれば十分です。

まあとにかく量が網羅できるのと、これらに付随した教材も多く、

復習しやすいというのが、私の選ぶ理由です。

まあ要はたくさん覚えられれば十分なのですよ。


しかし、単語を本当に覚えてしまった人は

これだけじゃ不安だなって思うはず。

そう思えた学生はよく勉強していると思います。偉い。

そこで、与えるのが次の単語帳です。

速読英単語(2)上級編 [改訂第3版]速読英単語(2)上級編 [改訂第3版]
(2003/03/20)
風早 寛

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システム英単語 (駿台受験シリーズ)システム英単語 (駿台受験シリーズ)
(2011/11)
刀祢 雅彦、霜 康司 他

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つむぐ英単語―部品で覚える入試重要2300語 (河合塾SERIES)つむぐ英単語―部品で覚える入試重要2300語 (河合塾SERIES)
(2006/07)
内田 浩樹、Sarah S.Haas 他

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話題別英単語 リンガメタリカ [改訂版]話題別英単語 リンガメタリカ [改訂版]
(2006/07/14)
中澤幸夫

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完成した学生にはこの辺をよくお勧めします。まあ今の時期ですよね。

まあ話題別にソートされていたり、塊で覚えられたり、

難しい文章のなかで覚えられたり、言語学的に覚えられたりと

多種多様ですので、好きなのを一つとるといいでしょう。


さて、こんなありきたりな単語帳に飽きた人!

必見です。面白い単語帳をお教えしましょう。

私のもとにいる今年の東大・京大受験志望者にはこんな英単語帳を使わせています。


英単語ピーナツほどおいしいものはない 銅メダルコース英単語ピーナツほどおいしいものはない 銅メダルコース
(2011/04)
清水 かつぞー

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英単語ピーナツほどおいしいものはない 金メダルコース英単語ピーナツほどおいしいものはない 金メダルコース
(2011/04)
清水 かつぞー

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これ面白いですよ。コロケーションが学べるので、即興性が高い!

コロケーションとは、英単語の自然の並びのこととでもいうのでしょうか。

とにかく、自然な英語で言うとこんな感じだよー

っていう単語が羅列されているのですよ。

まあこれがなかなか面白くて覚えやすい。日本語が先に書かれており、

そのあとにその日本語にあった英語が書かれていて、

復習するにも勉強しやすいのですよ!

ただかなり英語ができる学生にしか使いこなせないと思います。

「こんな単語多分見ないだろうな」って割り切っちゃう学生には不向きです。

ただ、はっきり言えるのは、この単語帳の表現を覚えたら、

なんか語感が高まります!目先をちょっと変えてみたい人、

ちょっと英語の世界に足を突っ込みたい人、

手に取ってみるといいと思います。面白いですよ!



とまあ、単語帳はいろいろあります。

一番いいのは、単語帳になんて頼らずに、

自分が読んできた英文の単語を一つ一つ辞書を引くことです。

そして、書き出して辞書のとおり覚えること。

辞書こそ最強の単語帳なわけです(笑)

ただこれは時間の制約的に強勢ができない部分があるので、

単語帳を使わせる勉強は仕方がない部分があります。


まあ単語を覚えてみて下さいよ!
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2013
07.24

「わかるまで説明すること」が使命ではない!

Category: 雑記
私の「勉強をしたほうがよい」というスタンスは、

上から目線ではないと自負しています。

You had better study more.「勉強をした方がいいよ」

これってかなり上から目線で、これを言った人があかの他人で、

私がもし大ばか者であったとしたら(今も結構バカだが(笑))、

私はおそらくその人の言葉に反するでしょう。

だって、根拠ないもん(笑)

そうじゃないんですよ、僕はこんなニュアンスで言っています。

You can be happy with studying a little.

「勉強したらいいことあるよ!」

はっきりいって、

私はそんなに大学受験に熱心になることについて意義を感じるとは思っていません。

ただ、大学に行かなければなれない職業がけっこうあるので

とりあえず「将来の幅が広がるからいったほうがいいよー」って具合で

よく学生と話をします。


こういったことを言うと、「あ、こいつ適当に仕事やってるな!?」

って思われるかもしれません。

まあその通りかもしれません。人の人生を軽んじてみているかもしれません。

でも、やる気がない学生にわかるまで説明する、

例えば大学に行ってもらうために、

大学の素晴らしさを理解してもらうまで話をするのか。

勉強をする素晴らしさを分かってもらうまで説明するのか。

それはただの洗脳です。

努力しない者は、わからないからではなくて、

本当にそれをやりたくない、またはそこまでやりたいと思わないからなんですよ。

またはやらなければならないと本当に思わないからですよ。

(まあ私と真剣に話せば多分大学に行こうと思いますよ(笑))


これは英語に関しても言いきれます。

英語が嫌いな人は別にできなくていいんですよ。

私は英語ができる人は20%ぐらいのインテリだけで十分だと思っています。

あとは英語の専門家や通訳士を連れて話せば苦労はありません。

でもね、気づくんですよ、通訳を使っていると……

いかに面倒くさいか、いかに自分の言いたいことが伝わらないか……

海外に投げ出されて初めて「英語って必要なんだ!」ってわかるんですよ。



よく巷で言われる「わかるまで説明する!」という論理は

勉強をしようという意志がある学生であれば必要なことですよね。

でも、それは万人に対する答えにはなっていませんね。

あくまでも受験の中での論理に過ぎない。

受験をとりあえずやっている学生なんて大多数でしょう……。



というわけで、予備校講師の使命は

学校の先生や予備校の先生が生徒のために全部やってあげることではないのですよ。

大事なのはどのように自分でやらせるかを模索し、

自分の脚でどうやって立つかを教えることなんです。

生徒自身が自分でやらず先生の指示を待っている学生は、

その的確な指示が完ぺきにできて、肩書があれば、

はっきり言ってどの先生でもいいんですよ。

そういった目的意識がない学生はどんなに勉強しても

できるようにはなりません。

たとえそれを持っていたとしても、

漠然としていつまでたっても達成できないような推進力で行っている

中途半端な学生は成就しません。

だから、私はそういった学生に授業をしません。

それは時間の無駄だし、

フルオーダーを望んでいる学生も私に教えてもらったら不利益ですよ。


「勉強をしたほうがよい」というスタンスで指南する理由を

少しわかってもらえたら幸いです。

全員が勉強しなくてもいいのですよ。

何かをやりたい、何かを成し遂げたい、勉強が好きな人が

勉強をすればいいのですよ。

残念ながら、そんなことを強く思わせるような学生に

今年はまだあっていないような気がする…。


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2013
07.23

藤田保健衛生大学の医学部推薦対策

Category: 雑記
さて、藤田の推薦対策も今月末から始まります。

我が軍はこれに賭けている学生が少なくありません。

11月の直前期にプレテストと直前対策授業をある場で行うつもりです。

もしよろしければ連絡ください。詳細をお教えします。

あとどうすればいいかというアドバイスだけでもお受けしております。


藤田の推薦入試はご存じの方も多いと思いますが、結構おいしいんですよ。

まあなんといっても、1浪まで推薦入試を受験できますし、

試験科目も数学と英語と小論文・面接のみです!

理科ができなくても、数学と英語で押し切れる!

こんなんで医者になっていいのかよ?って思うのですが、

まあ入った後にそれは考えて、しっかり理科を後でやる覚悟をもって

受験をしてくれれば、医学部に入るチャンスが大幅に広がるわけですよ。


そんな感じで去年も私の個別指導では3人、

集団授業で5人、合計で8人合格しました。

まあ去年は愛知医科の対策と同じぐらい気合を入れてやっていたので、

快挙な結果で私も非常にうれしかったです。

私が以前いた医学部予備校ではまさかの0で、

数学の先生と組んだだけで4人も合格させられたわけです。

ある予備校での対策授業や、オリジナル問題+傾向に沿った問題を行えば

絶対に合格するとは言い切れませんが、

合格者の60%ぐらいまでには関われると信じております。

今年は去年よりもパワーアップしております。

医療ネタ・医学理論ネタの問題もかなり用意してきました。

段階別にソートもしており、

自分のレベルに合わせて力を作ることも視野に入れたテキストができあがりました。

はっきり言えるのは、

数学さえなんとかしてくれれば、藤田の英語対策だけなら私に優る者はいません、

ということ。過信している部分もあるかもしれませんが、

やっと藤田の推薦対策をして3年目。

私の授業を受けてくれた学生は全員合格に導けないかなと思っております。

それだけ分析し尽くしたつもりです。詳細はここでは語りません。

今から準備している学生に失礼があるので…。


すでに8人が門をたたいてくれた人がいます。

中にはスケジュール的に断らざるを得ないというのもあったのですが、

あと1枠ならなんとかなりますかね。

(レギュラーの授業はもう締め切りましたよ!最近読まずにお問い合わせが多いです。)

もしご興味があったらどうぞ。
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2013
07.22

塾や予備校は学び舎だということ。

Category: 雑記
面談がすべて終了し、なんとか生きて帰って来れました。

さて、今回の面談は私の中で革命を引き起こしてくれました。

いやー、いろんな方がいますね、ホントに。

今年は東京やさいたまといった首都圏の親御さんたちとよく話しました。

いやー、首都圏の親御さん(名古屋も含む)と地方の方々の親御さんたちとでは、

資金面や勉強に対する熱心さにおいての意識が全然違いました。

また私立の名がある学校に通っている学生の親御さんと、

名がある公立の学生の親御さんとでは、

まったく異なった意識があるっていうのを身に染みて実感してきました。


うーん、でもですね、勘違いしている方も多かったです。

一つだけこれは言っておきたいですね。

学校や予備校は預けるだけの保育所ではないです。

ただこういう意識にさせたのは予備校や学習塾の方でしょう。

「預けておけば大丈夫。あとは私たちが何とかします。」

うん、これは確かに重要なことなのですが、

予備校が強調することではありません。

学童保育等ならそれでいいのですが、予備校は学び舎です。

勉強を教えるところでただ管理されている状況では

学生は覚醒するはずもありません。

確かに予備校に通うこと、そこで勉強することを続ければ、

習慣ができあがり、いつかは勉強できるでしょう。

しかし、その習慣が出来上がるのは人によってまちまちですし、

何より時間がかかります。

その時間を早めるために予備校があるわけですよね。

家庭教師も含め、予備校講師や塾講師は

そういったことをインスパイアするのは当たり前なことであり、

ここを学生や親御さんたちが見落としがちなのですが、

大事なのは、学生がそれを受けて変わろうとする努力ができるかどうかです。

つまり、勉強をするのが学生である以上、

意識に関しては学生に任せなければならない部分があることを

受験生や親御さんにはわかってもらいたいです。


「よく関東屈指の予備校講師」、「東海精鋭の講師」と謳っているのをよく目にしますが、

大手の予備校にいれば誰でもその方々の授業を受けられますよ(笑)

こんな決まり文句は

「俺の予備校にいればいい!ただそこにいればいい!あとは俺が合格に変えるから!」

と言っているようなもので、そんな意識レベルでは

高校受験はなんかいけそうな気がしますが(塾内の繋がりありそうだし)

大学受験は甘くありません。勝ち抜けません。

(まあそんな保育所的予備校が多いのが一番の問題ですよね。)


まあそこまで先導できる人を求めている親御さんが多いのには

少々ビックリしました。しかし、残念ながらそれでは事態は変わりません。

教育はお金で買えないこともあります。買えればいかに楽かって…。

The best teacher can't give students education.

「どんなに優れた教師でも教育を与えることはできない。」

これはイギリスの格言の一つですが、そうなんです、

これまで生きてきた偉人と言われた教師でさえも悩んで

きっとこの言葉を吐いたわけですよね。


少なくとも生徒には「最終的には自分が変わろうとしなきゃ何も動かないよ!」

っていうことを今回はどの面談でも口酸っぱく言ってきました。

夏にたくさん課題もあげたので、どれだけの学生が「何とかしなければいけない」

と思って課題をこなしてきてくれるか、私は楽しみでもあり、恐怖を抱きさえします。


この夏を越えてくれることを強く祈りながら、夏期講習を迎えます!
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2013
07.21

夏にイディオムと語法を定着させる方法

Category: 雑記
ある学生が私にこんなことを言い出しました。

「最近の先生が作るイディオムの問題は簡単すぎます。

というか、そのまましか出さないじゃないですか!もっと捻ってほしい!

問題を覚えちゃいましたよ!」

いやー、そういう言葉を待っていたんですよ。

とはいえ、大量に出しているつもりですが、

それをもちゃんとカバーしているっていう点では感心しました。

しかーし、それでもイディオムや語法って抜けるんですよね。

何度やってもダメなんですよね、あるところをちゃんと考えないと。

イディオムや語法に関しては、とにかく量をこなすことが最優先されます。

そして、載せられている単語帳の単語や問題集のイディオムは

空で言えるレベルに持っていってほしいと思っています。

単発で出るようになってから問題をこなすとかなり楽ですよ。

でも、中には覚えることが苦手な人がいますよね。

そういう人は問題をこなして、

例えばSVO+to不定詞の形が取れて意味が同じ動詞をノートに書いてみて下さい。

こんな感じで。

【SVO+to不定詞の動詞】
tell 人 to不定詞「人に~するように言う」(これは命令のニュアンスだから…)
advise 人 to不定詞、order 人 to 不定詞……

ってな感じで、形を取るためにはある程度ルールがあります。

(今回のやつであれば、

このto不定詞は「義務」の意味(=should)のニュアンスあり!っていうことですよ!)

こういうことに気づいた上で、もう一度同じ問題をやってみたりすることで

知識は整理されながら定着されるわけです。

問題実戦→知らないものを覚える→まとめてみる→そらでいう→また問題実戦……

この繰り返しです。やっていけばなんか見えます。自分なりの法則が見えます。

NextStageなどではある程度形でソートされていますが、

さらに自分で覚えやすくカスタマイズしたソートをかけるんですよ!

それを2か月ぐらいずーっとやっていると、70%ぐらいはわかるようになります。

その状態で英文を大量に読めば、さらに定着していきます。

我が軍では毎年この作業をこの時期にやります。

4~6月までは文法と構文の説明を終えて、

9月の頭までは長文をちょろちょろやりながらこの作業に時間をかけます。

こんな修行の後に9月から過去問と難関大学ベースの問題を解いてみて下さい。

そんなに量を読まなくても、ロジックの追い方をマスターすれば、

読めないものはずいぶん減ると思います。


今回の学生の発言には本当にビックリしました。

いつもはまだまだですねーって言って、やっていないことをはぶらかすのですが、

ここにきて一生懸命勉強しているような風貌を見せています。

まあそんないちゃもんを言われては、私の威厳が黙っちゃいません。

来週の小テストは、正解を当てるのではなくて、

不正解を1つ選ばせる問題にシフトしようと思います。

これでできたら本物かもしれませんが、どうでしょうね?(笑)

まあ楽しみですね。


でも、このイディオムや語法の定着……

やらないとすぐ忘れますので、抜かりなくやってくださいね!
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2013
07.20

今年の生徒に対する夏の厳命。

Category: 雑記
今年の学生には厳命を与えています。

「君たちの今年の英語の勉強は次のことです。

1、Vintage(NextStage系の問題集)の語法・文法・イディオムの章を2周以上

2、私が作ったオリジナル和訳テキスト100本行う(授業)

3、速読英単語の必修編を2周。

4、長文のテキスト4冊完成(授業でもちろん扱います)」

こんな感じなことを全員に告げました。

皆さんげっそり。これに+αで、9月の第一週に語法系のテスト

10月の頭に構文の最終チェックを行います。


今年の学生はとにかく知識系のことが弱いので、

今年の私はとにかく学生の頭に知識を詰め込みます。

授業はもちろんいつものゆるーい感じでいくのですが、

そのゆるーい授業でも単語が入りまくるように仕組んでおります。

そう、

私のテキストはすべて扱っている問題集の語法・文法に合わせたテキストとなっています。

まあ毎年オリジナルなんですよ(笑)

詰め込むというよりも、使っているうちに自然に覚えさせるわけですよ。

とにかくこの4つの作業を8月31日までに全員やってもらい、

地獄を見てもらいます。

まあ正直なところ、これぐらいのことをしてもらわないと

国立・私立医学部、早慶、難関の国立大学には入れません。

英語で勝ち抜くためにはこれぐらいの素地がなければ、

今後の伸びさえも期待できません。

今年は英語をたしなむレベルに至っていない学生が多いので、

私があまり好きでない知識ごり押し系でいきます!


おそらく、

世の受験生の上位を争う連中はこれぐらいを夏にこなしているでしょう。

私からすればこれでも少ないです。ただ他の科目もあるので、

これ以上は本当に余力がある人にしか要求しません。

もし「みんなどれぐらいやるのかなー?」って思っている人は

参考にしてみて下さい。
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2013
07.19

勉強における技巧の伝承

Category: 雑記
ニーチェの『悲劇の誕生』という研究書を手にとってみたのですが、

彼は自分が生きた時代の感覚をすべてカッコづけにして、

古代ギリシャ悲劇を生身で経験しようとした超特殊な研究法にビビりました。


しかし、日本で唐傘や輪島塗をみると、

同じようなやり方で伝承しているものはたくさんあることに気付かされます。

伝統工芸を次世代に伝承するために、師は決まってこう言うでしょう。

「師を見るな、師が見ているものを見よ」

弟子が「師の背中」をみている限り、弟子の成長はありません。

それよりも師匠は弟子に手とり足とりに指導するのではなくて、

弟子の視座を「師の視点」へ向けてほしいと願いをこめて、

このように弟子にいうのです。

弟子が「いまの自分」を基準点にして、師匠の技巧を解釈し、

それを基に模倣するレベルでしかなければ、

その伝統工芸は一気に衰退し、劣化の道筋をたどるでしょう。

そのために、弟子は「師の視点」、「師の欲望」、「師の楽しみ」に

照準を合わせなければならないと思います。


ニーチェはこういった技法を文学や哲学で応用し、

「我々は我々自身を理解しえない」という超難解な批判的言動を

発するようになるわけですが、ここから自分は「いまの自分」から

離れて自分をみることで初めて自分がわかるんだ

ということに気がついたのだと思います。



今の学生さんの中には残念ながら猿真似レベルの努力さえも

怠っていることがあります。

確かに、師が生徒に、

もう少し視点をわかりやすく見せる努力をしなければならないかもしれませんが、

それでも、「もう少し説明聞いてるんだったら、覚えてこようね」と

思わざるを得ない状況は日に日に多くなっているような気がします。

それは、学生さんが師に対する独自の解釈を入れすぎて、

模倣する前に、師の技巧を基にしたオリジナル(加工)を作り出してしまうわけです。

「オリジナル」の時代、「オンリーワン」を尊重する時代とはいえ、

それでは先人が残してきた遺産(学問も芸術も建築物なども)は切り捨てられて、

現代へ何も影響しないものとなってしまいます。


勉強において、学生(学者)はオリジナリティを創り出す前に

まずは師が言っていることを正確に解釈することから始めなければなりません。

つまり、授業でいっていることがちゃんとわかって、

練習問題がその解釈を経て手に入れた知識で解くことができるか、

そして、どの程度応用できるのかを予測する(応用問題をやるでもいい)までの作業を

しっかりこなすということです。

それが英語以外でも同じようにできれば、「できない」ということはまずなくなります。

本質を掴んでください。

そして、「いまの自分」は本当にできる「自分」であるのかどうか、常に疑問に思ってください。

さらに「いまの自分」からあえて距離をとって、(ライバルに同じ問題を解かせてみるとかして)

自己認識をさらに深めて、理想の自分に近づいて行くようにしてください。

その事を経てから、逆転できる思考を無理なく作ってください。

そういう生徒さんほど必然と志望校へ近づいていきます。


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2013
07.17

高校なんてどうでもいい。大事なのは実力。

Category: 雑記
今日は高校の話がよく出た日でした。

ある医学部受験志望の学生のお母様がこんなことを言っていました。

「うちの息子は定時制の学校を卒業したので、医学部は難しいですかね?」

「うちの子は底辺の学校なのですがどうでしょうか?」

「あのぅ、高校は通信制だったのですがダメですよね?」


いやー、すべて関係ありません。

私が一昨年教えていた学生に通信制の学生がいましたが、

多浪したとはいえちゃんと関西医科大学に合格していますし、

去年の学生も大検からの合格を遂げています。

私の出た高校は10年間現役国立大学合格がない学校ですが、

私自身が1浪(仮面浪人)で群馬大学の医学部に合格をしております。

要は実力があれば何でもいいのですよ。

その日のテストができていれば問題ありません。

勝ちに行けるわけですよ。

中学校から進学校に行っていたって、はっきり言ってダメな奴はダメです。

私は名古屋に来た当初、東海高校の学生はものすごい学力が高いイメージでしたが、

それは半分から上の連中がそうなだけ。(ポテンシャルはあると思いますよ)

数学や理科はすごくても、英語がまるっきしできない学生をかなり見てきました。

英語に苦しんで何浪している学生は少なくありません。

それで諦めた学生だってたくさんいます。

要はスタートラインなんてどうでもいいわけですよ。

「エリート」という言葉に取らわなければ…。

例えば、ハーバード病院の医局長や、東大病院の院長とかを目指しているとなると、

知りませんがなんとなく肩書がいりそうですが、

ただ大学に入って、一生懸命に勉強して、

真っ当に仕事をしようと純粋に思っているのであれば、

どのスタートからだって頑張ることはできます!チャンスはあるわけですよ!

自分の来歴なんて心配しないでください。

私も高校の時はものすごく気にしていましたが、

今ではすべてネタです(笑)

こんなことはしょっちゅうあります。

学生:「先生は元々スウェーデンの大学(名大)にいたんですよね?」

私:「いやいや、僕は元々日大法学部だよ。

  (悪い学校だと思っていないが、世間はそんなことないだろう(笑))

   お前、俺を日大出たからって今バカにしただろう?」

学生:「そんなことないんですけど、はっ?なんで日大に行ったんですか?(笑)」

……

こんな感じです。まあそんなものなんですよ。

好きなことをやろうと思って一生懸命に目標を絞りながら勉強すれば、

どこのスタートラインであっても東大の理三と京大の医学部を除けば

なんとかなると思っています。(この2つはちょっと狙っていけるところだと思っていない(笑))

だから私は偏差値40で大したことのない来歴な学生が

「真剣に国立大学の医学部に行きたいです!」

と真剣なまなざしで進言しても、私は決して笑いませんし、。

「その覚悟はあるの?」と真剣に問いただしますよ。

そして、「真剣にやっているな」って私が思ったら、

世の中に一泡吹かす算段を立ててやりますよ。(それでも2年はほしいかな。)

だから、自身の来歴がどうだこうだって言われたり、思っていても、

そんなことはちっちゃなことだと割り切って、

自身が信ずる道をたどってくださいね。


そんな学生や友人や知人が、私の周りにはけっこういます。

やりたいのだけどもなかなか自信が持てない学生には

延々とこの類の話をして、どうするかを計画しています。


やろうとするやつ、合格するやつはすごくないんですよ。

すごいのは、やったやつと合格したやつなんです。
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2013
07.16

文系は3冊はやろうね!

Category: 雑記
ここにきて、大学受験生はさまざまな問題形式に触れていると思うのですが、

おそらく英語において今の時点で熱心にやっていることは、

長文読解だと思います。それは間違っていませんし、そうしてほしいと思っています。

この時期はいかに読み込めるかがキーポイントになるので、

是非とも長文読解に時間をかけてくださいね。


しかし、そういっている反面で、学生は以前よりも文法に触れなくなるせいで、

彼らは構文の解釈を長文読解の中でもやっているからいいとして、

細かい文法知識やイディオムがやたら抜けてしまっていると言うのを

よく耳にします。

そうなんですよね、この時期は長文と文法のバランスが崩れるときなのです。

でも、これは悪くいってしまえば、

文法の勉強を早い段階で終わらせられなかったという自分の責任を

学生には少々感じてもらえたらと思います。

文法事項は理解するのも、実際に問題を取り組むのも厄介なので

やはり高校2年~高校3年生の夏前には

文法事項について「一通りわかる」という状況にしていてほしいです。


では、どれぐらいこなせば「一通りできる」という感覚に到達するのでしょうか。

これは人によってまちまちですが、よく言われるのは

「NextStageのような300-400ページぐらいの文法演習問題集を

3冊ぐらいこなし終えている」ということです。

この量を指標にしてお話をする先生は多いですよね。

しかし、この話を聞くとおそらく学生たちはげんなりし、

「あー無理だ」という雰囲気が色濃くなってくるわけですよね。

ただ、この量は私も文法を完ぺきにするという点で適量だと思っていますし、

それができなければ、難関大学を目指そうなんて思わない方がいいと

切り捨ててもいいのかもしれないと思う部分もあります。


しかし、そうとはいっても、例えば部活で忙しくて、

高校3年生から勉強しようと思った生徒がこの事実を聞いたら

一気にやる気は失せるし、どんどん悲観的になってくると思います。

では、どうやってある一定レベルまで実力をつけながら、量を減らすことができるか。

もう、これはテキスト選びを入念にするしかありません。

そして、3冊はできなくとも2冊はこなすぞと覚悟を決めてやることです。

私は次の2つをよく生徒にお勧めします。

英文法・語法問題 GRAMMARMASTER英文法・語法問題 GRAMMARMASTER
(2009/10/01)
風早寛

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http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4860666828.html

全解説頻出英文法・語法問題1000 (大学受験スーパーゼミ)全解説頻出英文法・語法問題1000 (大学受験スーパーゼミ)
(2005/10)
不明

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なぜこれをお勧めするのかというと、

グラマスターの方は問題が平易だが入試問題で扱われているもので編集されており、

問題数も1700問あるのでバイブルとしてはもってこいの問題集だと思うからです。

これをベースにして知識を創り上げるのはどうでしょうか。

最悪この1冊しかできなかったとしても、

MARCHクラスであれば十分対応はできるように思います。


そして、英頻1000の方はグラマスターでつけた知識を確かめるために

使用するという位置づけで使用してほしいと思っています。

そして、この問題集は、すべて選択問題なので、

時間を取らずに知識を確認できます。短縮して知識を高めるためには

やる価値のある問題集なのではないでしょうか。


まだまだ他にもいろいろあるのですが、オーソドックスなところを押さえつつ、

時短できる問題集ということで厳選して紹介しました。

この組み合わせで半年かけて文法を作った生徒が我が軍にも多々います。

私はいろんな問題をやりまくるよりも一冊を極めてもらうように指導しているので、

一度手に取ってお考えいただくといいと思います。

でも、やっぱりこの2冊でも心もとないというのが本音です。

文法問題はどんなに完ぺきだと言い切っても、ぼろができるものですので、

やる量が多いに越したことはありません。

最低限この2冊を終えられるように努力してほしいと願っています。


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2013
07.14

熱烈なオファーと私の授業の考え方。

Category: 雑記
先日、熱烈なオファーをいただきました。

「私は秋田のある高校の学生で、以前の特別授業の時の内容がとても有意義だったので

是非お伺いしたいのですが、夏だけでも名古屋か東京で指導していただけないでしょうか?」

「大阪から先生の授業を目当てにオファーがきておりますぞ!」

今年はこんな声を去年以上にいただき、うれしさのあまり泣けてきます。

こんな学生の声を聞いてしまうと、しかも一部は人伝えで聞いてしまうと、

私も非常にうれしいですし、スケジュールを意地でもあけて授業をしたくなってしまいます。

しかし、今年はすでに80人の生徒を持っている大所帯。

なかなか時間の合間を縫っても、時間と場所の関係上、

スケジュールを合わせるのは難しいですね。

なんとか、違う形でサポートできればと思っております。

今年は指導できない学生も多いので、そういった学生のために勉強のプランや

ここまでやっておくといいですよーっていうプランも提示しております。

まあ本来は授業よりも、

そういう指南をいずれできればなって思っておりますが…(笑)

(私はあまり手取り足取りの授業をしたくないので、

どちらかというと、

打開策を提示するといったコンサルタントや

プランナーも兼業できるような講師でいたいのです(笑))


おそらく私は授業に関する考え方が他の講師と少々違うかもしれません。

大半の予備校講師さんは、

「俺がいれば大丈夫!俺が何とかしますから!俺の言うことだけを聞けばよい!」

といった、オレオレな意思を全面にぶつけた授業をしてきます。

まあそれでもいいのですが、それは勉強をしようということを意識した学生よりも、

「短期間でもなんとかなるかな?」といった勘違いした学生が多く集まります。

もちろん短期間でなんとかするのも講師の技量ですが、

学生に努力はしてもらわないといけないので、

生徒を講師に依存させてしまうような指導、つまり過度なオレオレ思考型授業は

一時的にはよくても長い目でみたら学生をダメにしてしまいます。


私は「オレオレ」的なオーラをそこまで出しません。

ご依頼をいただいた方はわかると思いますが、

私は平気で「近くにいる実力のある他の先生にみてもらった方がいいかもしれません」

と提案しますし、自身で無理をかけることはしません。

それよりも生徒がどういう状況で、どういうニーズを求めているかを考え、

私がそれにしっかり応えられるかを考えながら授業の依頼を受けているつもりです。

そして、私の一番のスタイルですが、

「わかる人にわかってもらえれば、聴きたい人が聴けば、

その生徒にとって私がやっていることが意味あるものだと感じてくれれば、

それでいい!!」って気持ちで授業をやっています。


容赦なく私は雑談を差し込みます。(エッセイ調で即興で勉強に意味あることを話すつもり)

私からの問いを受けて、

学生たちは授業でその問いに取り組むことが多いかもしれません。

というわけで、

授業内でたくさんの問題を消化することのみを意識したような授業を

私はしておりません。1コマの授業で文法問題を50問やれるときもあれば、

20問しかやれなかったってことも少なくありません。

こんなスタンスでやっているので誤解も多いですが、

私はそのスタンスを変える気はありません。

そして、次のことが私が一番言いたいことです。

「授業は詰め込む場ではありません。授業は答えを聞きにいく場ではありません。

そうではなくて、授業は問題を自分で何とかすることを考える場です。」

日常生活に密接した話をして、そこからこうやって英文を読んだり、

日本語文を読んだり、行間を読み取ったり、人の心を読み取ったりする

力をつける場として、私は授業の場を創り出しています。


だから、私の周りにはうれしいことに

本気で勉強をする学生が結構集まってくるように思います。

目先の結果だけを見ている学生は、たとえそれが優秀な学生であっても

私の前には残ってくれていないでしょう。

でも、それはそれでいいのです。

そういう学生にはそれなりの目標があるので、その通りやってくれたら、

それは私にとっても幸せです。そういう人生を謳歌するべきだと思います。

というか、目先だけに猪突猛進できる学生は、自分がそう思ったことが自身でできるので、

私の授業を受ける意味は絶対にないですよね(笑)


相変わらずまた夏もゆるシャキな感じで授業をしていきたいですね。

我が軍の学生たちよ、このノリについてきてくださいねー♪(笑)
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2013
07.13

ある学生の話から(個別指導での失敗と特化した予備校)

Category: 雑記
引き続き面談をしております。いろいろな人とお話をしています。

さて、今週は医学部志望の学生とその親御さんとよく話します。

そんな中、私が結構知らないことが飛び出してくるので、

私の洞察力もまだまだだなって思う次第です。


まあ私のような庶民であると、医学部専門予備校なんていう超高額な予備校に

通うことなんて「あー、金持ちがいく学校ではないか!」

って思うわけですが、お医者さんにとっては

300~800万ぐらいの金額を1回~2回払って

人生を変えるかもしれないのならば、そんなに痛手ではないわけですが、

その感覚がほんのちょっとわかった気がします。

それはある学生の話を聞いたためです。


ある学生は私が出向している予備校に今年から来ているのですが、

その前にいた個別指導塾は最悪な待遇だったそうな。

まあ個別指導塾によくありがちな

1、指導する先生がころころ変わる

2、講師が医学部生と謳って、注意を引くが中途半端な管理しかできない指導

3、教科間で連携が取れない

といった感じで、結局その学生にはバイアスしか植え付けていかなかった

という状況に陥り、全教科完全個別にしても

1年目の浪人生活は箸にも棒にもひっかからなかったわけですよ。

私の前いたよくわからん予備校だか個別指導塾?だかの授業単科を考慮して

全教科つけて考えると、1コマ1万で各教科2コマずつやっていたとしたら、

週で8万×4週=月32万、それで年間でもろもろ考えると400万弱ですから

結構な痛手ですよね。まあ大手の個別であればもっと抑えられるでしょう。

それだって半額としても200万円ですよ。

私は完全個別で全教科やれば1年で基本的にうかるものだと思っていますが、

そうでもないのですねー。

そう思うと私が出向している予備校は

かなり分析はよくしていますし、教務は明るいですし、

話は聞いてくれるし、医学部の情報は持っていますし、

教科間の連携は意味が分からないぐらい強固だし、

授業はきっつきつで隙を見せられないし……

そんなことを全部ひっくるめても400万は全然いかないことを考えると、

あながちお医者様からしたらこのコストパフォーマンスは

あまり悪いというわけではないですよね……思いました。

特に私立医学部を志望する学生はお医者さんの息子さんや娘さんが多いので、

そこに焦点を当てて、手厚くやる手法はビジネス的にも

多くの私立医学部受験者や0から勉強を始める学生からすると

決して高額だとと一辺倒に罵れる環境というわけではないかもしれません。


それよりも個別指導の何でも生徒にするぞーっていう風潮のほうが問題です。

今の時代を考慮すると、

昔のようなどんな学生でもいいから

先生とマンツーマンで授業できるから何でもできるぞー、いいだろー?

っていう話だけでは全然ダメです。

それは全教科の学習に家庭教師つけてもダメなのと一緒です。

本来私が思うに、家庭教師や個別指導というものは

「ある科目が特に苦手、または特化してできるようにしたい。」

という要望のためにあるものだと信じています。

だから、個別指導が売りだと謳うのであれば、

どの分野に特化しています!とか、医学部に強いだとか、

ある程度特色をもっていなければ成立しえないでしょう。

例えば、私の近くにある老舗の街塾は、

「●●中学校の対策なら絶対に負けません。内心点を取らせる私塾です!」

ってな具合で、個別指導をすべてその地域の中学校に合わせて

生徒に有利な状況を作る努力をしています。

もちろんそれだけでなく、高校受験のサポートもしてますよ。


こういった特色を持っていない個別塾に行くのであれば、

ただ講師が精鋭であってもその講師と馬が合わなかったらとか、

そこがきれいな環境だとしても、

質問をたくさんできるぞーってなっていたとしても、

うまくはいきませんよ。

それでしたら毎週親御さんとお話しできそうな

個人契約の家庭教師の方が全然いいです(笑)


今回の学生もそういった感じでたらいまわしにされ、

結局苦手意識や間違った勉強法を植え付けられて

遠回りをさせられてしまったわけです。

だから個別指導塾に行くのであれば、

または大手の予備校以外のところに行くのであれば、

自分の何が足りないのか、そして何が必要で、

その塾はそれを埋めてくれるのかをしっかり話し込まなければなりません。

大手の予備校は先生がいっぱいいますので、

教科で嫌な先生がいたら選べますから、自主性さえあれば問題ないのですが…。

まあ対話をしない塾はダメだと思います。

去年はそういう状況がいくらか私の中でもあり、

非常に申し訳ない部分がありました。

(最低限の提案はもちろんしてますよ。節目での打ち合わせは絶対欠かしません!)


といったわけで、今は予算が少々かかっても

将来のためなら少しぐらいの投資なら!という親御さんが多いように思います。

医学部は熾烈になっているところがあるので、

確かに特化したところがあるのは決して悪くないと思います。

ただ、特化したことで私たちにとってプレッシャーになるわけで、

「合格」という重みは人一倍もっていなければならないでしょう。


まあ徹底的な完備があるところであれば少々高額なのは仕方がない、

じゃあここに任せようと思って門戸を叩いてきたのですから、

私はそのご期待に全力で応えようと思い、わが生徒全員に最善の方法を与えていきます!


みんな一生懸命頑張っているので、なんとか全員を合格の道へ導きたい!
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2013
07.12

偏った考えをもっていてもね…

Category: 雑記
ここ最近、親御さんと生徒さんとよく面談します。

非常に疲れます(笑)気を遣います。

でも、笑いを入れながら真剣な話をしております。


授業でも談話形式で基本的に内容を展開しているので、

生徒との話をネタにしながら授業に組み込んで英語の説明をしている、

まさに劇場化した授業となっております(笑)


まあとにかく今週は作戦を練るってことで、

授業も早めに切りあげて、お話しする時間をとっています。

そんなある生徒との話の中で、なかなか芯の堅い学生がいました。

いい意味でもあり、悪い意味でもあり…

ただなかなか悩める子羊ですなーって感じです。

さてそれはどんな話か。

生徒は実質浪人生。まあ正直、二年ぐらい精神錯乱状態になって、

高校も普通のところに通えない学生で、

長い間の指導を経て、やっと大学受験をしようかなって感じな学生です。

本人からすると、今の状況は人生の中で一番謳歌している、

バイトも朝だけして、友人が少しでき始め、

勉強も英検準2級の筆記に合格し、かなり充実した毎日を送っているので、

まあ今までのことを考えると、

ものすごくいい感じになっているのですよ。

しかしですね、その生徒の心を擁護するようになっていってから、

それに慣れてしまったせいか、自身の経験を踏まえて、

自身に反する行為をかたくなに否定するようになってしまい、

逆上すると制御できなくなるときがみえてきました。

少しずつ修正を加えようと私もするのですが、なかなか

彼はそれを受け入れられない…。

例えば「いじめ」はどんな場合でも被害者に1ミリも非はなく、

いじめる方にすべて問題があるように過度にものごとを捉え(感情論化している)、

ある経験からものを考えることしかできなくなり、冷静な判断はできず、

非常に視野が狭い人間へ変化しているわけです。


まあ他にもこれってもっと冷静に捉えたほうがいいのではないのか?

ってことがたくさんあったのですが、

まあその可能性を話すだけで、自身の意見を受け入れてくれないそぶりを取るだけで、

受け入れてくれない=敵になる可能性がある

っていう具合に捉えてしまうわけです。


うーん。まあ偏見は持っていても構わないと思います。

自身の意見についてこれないのであれば、自分ひとりで何とか処理すればいい

って割り切れるなら、それはもう我が道を行くべきです。

でも、ひとつ言いたいのは、

「てめえにその覚悟あるだろうね?自分自身で口に出したことを覆されて、

泣き寝入りをして、自身のあてがわれた部屋に閉じこもっていたら、

それはもう負けですからね。親に頼っていることと一緒ですからね。

その負けを受け入れなければならなくても自分で処理できるよね?」

と現実をぶつけたいですね。

うん、一人で全部やりくりするってものすごく大変ですよ。

私も仕事に関しては90%ぐらい自身の実力で勝負しているつもりですが、

それだって人の助けなしでは今の仕事をうまく軌道に乗せられなかったのですよ。

今は東京で指導する際には、最近雇った秘書がいなければ成立しません。

ご飯の管理をしてくれる、

家庭教師さんでお世話になっているお医者さんの親御さんや、

アドバイスをくれる先生方や教務の方々、お偉いさんたち、そして大学関係者…

などなどもう頭を下げる人はいっぱいいます。

だから、その人たちの総意も含めた上で

私の色を含めた発言をしたりしないといけないと思っているので、

我が道を本当に一本でこなしている人は本当に一握りだと思います。

私が知っている限りでは、わが師匠ぐらいでしょう。

諸坂先生は万が一(億が一(笑))大学で干されたとしても、

先生は他のことで生きていく力をお持ちでしょう(笑)

それぐらい自分の実力を誇示できる方でなければ、

軽々しく自分自身が「正しい」から、俺に従ってこいよ!

なんていう態度や発言は控えたほうがいいですね。

今までにたくさん「発言をしてきた」方を見てきましたが、

まあ成就した人を知りません。

例えば、「もう一回100億売り上げる」といったある校長は

また違うところでひっそりと個別指導塾をやっているようですし…、

選挙に出て思惑通りにするように仕組んでいたはずが落選して、

結局自分の知り合いのつながりで幼稚園の園長をしている人や、

早稲田・慶応に入ると豪語しても結局どこも受からず、

勉強を十分にしていない・指示通りにやっていないのにもかかわらず

人のせいにする学生やその親御さん(すみません、たまにいますよね。)

とまあ、それなりに掲げていてほしいのですが、

そのスローガンやマニフェストみたいなものを掲げたら、

それらの内容を全うする責任とか覚悟の重さっていうものを

もっと感じてほしいなって思います。


若いうちは偏見をもってものを見るのは大いに結構。

しかし、その度が過ぎると「わがまま」へかわることが常です。

私はそういった偏見を掲げていても、自分がそれが正しいと思えるような

活動をして、成就させて、それを見本として認められ、

その偏見に人が群がってくるような人材を作りたいですね。

そして、その偏見が人を引きつけるようになったときは、

それはもうもはや「偏見」ではなく、

「生きざま」とか「主義」へ変わっていることでしょう。



うーん、でもそうなるまではもっと辛抱してよね。

偏見をもって生きるのは大変なんですよー(笑)

(私も偏っている見方をもっているので、

どこか自分に言い聞かせながら書いている部分もあります(笑))
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2013
07.11

「え、訳さないの?」って人へ論理の重要性を解く。

Category: 雑記
先日、ある生徒がこんなことを懇願しに私の下に来ました。

「先生、先生の問題を解く姿を見てみたい!本当にあのスピードで問題を解くのか?

英文をかすかにでもいいので声に出しながら読んで、やってみてください。」

えーーーー、なんか恥ずかしいし、(その時)時間がなかったので

じゃあ5分だけお見せしようと言って、

5分で国立の400ワードの英文を読んで設問を6問ほど解きました。

すると、その生徒はいろいろびっくりして私の問題処理作業を遮りました(笑)

さて、彼はなんといったのか?

「えっ、先生は英文を日本語に直さないのですか???」

私の解答。

「え、だって日本語に直していたら遅いじゃないのよ。

日本語で書く問題だけ日本語で考えますよ。」

結果的に私の解き方は彼の解き方に革命を与えることはできなかったのですが、

彼によい刺激を与えることはできました。


そうなんですよ、英語を読むときに日本語でいちいち訳していたら

解くのが遅くなるので、やらないのですよ。

まあこれは少しずつ意識してほしいのですよね、学生さんでも。

英文を読むときに和訳をしてはいけません。和訳は和訳の問題で書けばいいのです。

和訳を完璧にした=読めるは少々異なります。

演習として精読をしているときはいいのですが、本番ではやってはいけないのです。

本番ではもっと英語を体系的に捉える努力が必要になってきます。

では、体系的にものを捉えるというのはどういうことか。

すべてはここで教えられないので、彼に言った内容の1つだけお書きします。

さて、彼に「うーん、英語ってね、というか日本語を含めた文章すべて

ある程度こうなるぞーって先読みして、道筋立てながら読んでいるのですよ。」

ってお話ししました。

例えば、英語圏の文化と日本の文化の比較論であれば、

何が一緒で、何が異なっているのか、

どういう人であるのか、いつそのようなことが起こったのか、

どこで行われたのか………などなど、

文全体からどんな道筋で文章を書いているのかねーって

第一パラグラフの内容から大まかに(いや、本来はすべて読んでいますよ。

ただ高速で理解できるものと、そうでないものはもちろんあります。)

捉えた上で、第二パラグラフで次の道しるべを考えながら読んでいます。

「いつ」のことがたくさん書かれたいたら、それは歴史書のように考えられるので、

あー主題は「箸のルーツ」の話かーなんて予測がついたりします(笑)

そういった道しるべがある程度わからないと、

本を読むスピードはどうしても落ちますし、深い理解が損なわれます。



そんな話を彼にしていたのですが、鋭いところを次の指摘でついてきます。

「え、じゃあ先生がわからん内容が出たときはどうするのですか?」

うん、私あんまり知らないことがないので(笑)

(これは常識のレベルという意味で、私が海千山千の玄人とか、

英知を天から授かった使者とか神童だとか言っているのではございません!(笑))

いやー、理系の内容でわからない内容は腐るほどありますが、

深度は専門家よりも精度がよくなくても、

一般人レベルの解釈はほぼできますよ、どんな文章でも。

まあ最低限のレベルで文章を要約しなさいぐらいのことはできるはず。

そのレベルの解釈をする場合であり、さらに内容で勝負できなそうなときは

やはり今まで培ってきた英語の文法や単語を手掛かりに

英文の内容を解釈しています。

そうなんですよ、結局第一パラグラフの内容がしっかりわかることが

重要なんですよね。あとはそれができて、知識を増やして、

速読の練習と単語の増強のみです。


あとは、そうですね、どんなロジックがこの世には存在するのか

ある程度知っている必要がありますね。

背理法だとか、演繹法とかの基本的な論理展開などですよね。

まあ要は本を読めよ!ってなるのですが、

その彼は論法の読みが死ぬほど浅いので、先が読める内容の英文であればわかるのですが、

自分の論述の範疇を越えたり、

繋がりが見えなくなるとよめなくなるので、今年は彼にそういった

一般的な「論理」をお教えしようと思っております。


各論はここでお話しいたしません。私の授業で存分に(笑)
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2013
07.10

勉強する体力を作ろう!

Category: 雑記
さて、中高生はもうすぐ夏休みに入りますね。

学年によって目標はまちまちです。中3・高3生は受験の準備を、

他の学年の方は二学期以降の勉強へ弾みをつけるために勉強していかなければなりません。

受験生たちは文句を言わずに勉強をしなければなりませんが、

非受験生たちはこの時期を利用して勉強する癖をつけてほしいと思っています。


では、どういうことに注意していかなければならないのでしょうか。

あるフレーズを提示して、ちょっと考えてみようと思います。

よく「勉強は時間数で考えるのではなくて、ページ数で考えてやれ」と

お勧めする先生方が多いように思います。

私もこの意見には賛成ですが、実はできない人が半数だと思います。

あ、目標をものすごく低く設定すればだれでもできますので、

それは抜きにしてお話ししますね。

私が思うに、

まず勉強するためには勉強する体力をつけなければならないと思います。

そのために、あるテキストを1冊完ぺきにすることを

目標にしなければならないのですが、

勉強していない人がいきなり「問題集を1日目標30ページ」と決めても

それをこなすためには

もしかしたら24時間フルに使わなければならないこともあるかもしれません。

というわけで、実は勉強初心者にページ数で勉強させることは、

ものすごいプレッシャーになり、こなせなかったときの虚無感は大きいので、

逆効果になることがあり、私は初めの段階でページ数を意識させることをしません。

勉強する体力をつけるには、まず短時間でいいので、そのことに集中することです。

最初は30分~1時間は「雑念が入ってもいいから勉強する」と決めて、

それを1週間続けてみて下さい。できなかった人はそれをもう1週間続け、

できた人は今度は30分~1時間増やすという感じで、

まずはその時間を拘束して自分のテリトリーを作り出してください。

そして、その中で勉強できる体力をつけてください。

最初から時間数をこなせる人はよほどの天才か、確固たる信念がある人でしょう。

高校生で1日5時間とか6時間勉強に充てられる人は30%ぐらいですよ。

まずは3~4時間を勉強に充てられる人間になってからクオリティーを

考えていくべきです。

時間数をこなすことを意識すると、

中身が中途半端になるのは間違いありません。

でも、それはある程度できるようになった後の話で、

勉強したことがない人にそれを言っても、馬耳東風ですよ。

受験期を迎えて、あまり勉強したと事がない人でも、

まずはノルマを下げてでも勉強する時間を設ける努力をしてください。

そして、「自分はこんなにも勉強に没頭できるんだ」という自信をもってください。

焦るのはわかっているのですが、焦ってはいけません。


極めると、時間もページ数も関係なくなって、

勉強を終えた後にはいつのまにか

朝だったり夜だったりという感覚になりますので。


学生の皆さん、夏を制してください。
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2013
07.09

エッセイ調の英文を読む。(愛知医科推薦対策)

Category: 雑記
最近、学生に英語で書かれたエッセイをよく読ませております。

まあ愛知医科の対策のためという部分が大きいのですが、

簡単な内容の英文を短時間で読む習慣をつけております。

特に愛知医科の推薦および一般入試の問題では、

文化論のエッセイ調のものが扱われることが多く、

今年は内容で全然わからないということがないように入念に準備をしております。


愛知医科の推薦を受験をなされる方は、

藤田保健衛生大学のような医学・医療内容の英文を読むというよりは、

エッセイや若干物語調の英文を読んでいた方がうまくいきます。

今からその習慣をつけていってほしいということも含め、

次の英文をお勧めします。簡単なのでよかったら手に取って

読んでみるといいでしょう。

次の3冊は本当に読みやすく、日本と英語圏における文化の相違を

すごくゆるーく書いています。「ゆるーく」というのは、

優しくて、易しくて、「あー、そこを考えてるのね!」

っていうのを身に染み込ませながら読めるっていう意味で言っております(笑)

Kitchen Table TalkKitchen Table Talk
(2003/11/15)
Kay Hetherly、ケイ ヘザリ 他

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American Pie―Slice of Life Essays on America and JapanAmerican Pie―Slice of Life Essays on America and Japan
(2002/12)
ケイ ヘザリ

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Tokyo Wonderland―And Other Essays on Life in America and JapanTokyo Wonderland―And Other Essays on Life in America and Japan
(2006/01)
ケイ ヘザリ

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ちなみに"Kitchen Table Talk"は愛知医科の推薦入試でも扱われております。

内容が簡単なのに、設問はものすごく大学受験にふさわしいものになっており、

問題を作成した先生はものすごく聡明だなって思いました。

というか、いいところを突いていましたね!

しかしですね、私はこのシリーズの3話分を去年の学生に読ませたこともあって、

勘がいい学生は「なんか似たような考えの英文を先生とやりましたねー」

って言っていたのですよ。(ちなみにその学生は数学でおじゃんになりましたが…)


予測はヒットしませんでしたが、なんとなく「出題者の傾向を理解できた」

ぐらいには思っております。

今年もためになるような英文を作れたら幸いです。


あ、愛知医科の対策でのご相談は承っております。
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2013
07.08

英語が不得手な学生が共通して間違えること

Category: 雑記
進研記述模試を今年は受けさせたのですが、

なかなかの高得点をたたきだしてきた学生が多かったですね。

10人ほど150点から170点近辺のスコアをたたき出してきました。

いやー、あっぱれというか少々安心しました。


勝因は英作文と記述事項のスコアの差ですね。

ハイスコアの学生はとにかくよく書けていました。英作文で「満点じゃないか?」

という評価を上げたのも、今年で初めて出ましたね。よかったです。

しかしながら、スコア的に不安要素全開な方もたくさんいました。

正直言って、1科目の問題ならまだしも、

複数科目の問題があればかなり危険信号の学生が多いです。

特に医学部志望者には強いお灸をすえなければなりません……。


さて、そんな学生のミスの共通点があります。

それをを少々挙げたいと思います。

今回多かったのは、英作文での時制の一致のミスと、

三人称単数の付け忘れ、そして大文字とピリオドの付け忘れですね。

つまり、

英語ができない学生の共通点の一つは、「注意力を欠く」という点ですね。

こればかりはもう困ったもので、どうやって直すかはもはやわかりません。

強いて言うならば、書かせる作業をすることと、

延々と指摘し続けるしかないでしょうね。

しかし、延々と指摘しても(2~3回ではなく10回とかのレベル)

修正できないのであれば、

私的には、もう手の施しようがありません……。

かなり呆れてしまうのが私の本音です。

まずは中学校で指摘されるようなことは必ず書き終えた後に

気づくような配慮はする努力をしてほしいですね。

(そのレベルを毎年医学部に合格させる最低限のレベルにもっていく私が

正直すごいと思ってしまうのですが(自画自賛(笑))、マジで大変です。)



そして、もう一つ重要な共通点なのですが、

英語ができない学生はとにかく「不必要なことを書く」のですよ!

これもやめてください。

「家のなかにおける空気感染」といったような答えをいきなり

「一酸化炭素中毒」と、あたかも一番あり得そうなことを飛躍させて解答に

載せてしまうというものがあったのですが、もちろんバツです。

英語で書いてあるものを極力無理ない解釈をしなければ、

受験や資格試験ではスコアになりません。というわけで、

書いていないことを推測して載せながら解答することはやめましょう。

それは採点者からすれば、「自分は英語ができないんですよ」

っていう、暗に「できないアピール」となっているので、

お気を付け下さい。なさけで点数はくれませんよ(笑)


あとは「なぜ?」と聞かれているのに、

「~ということ」と帰結してしまったり、

「何か?」と聞かれているのに、

「~です」と文章で終わってしまうといった初歩的なミスを

連発していました。

まあこういう学生は設問文をちっとも読んでいないわけですよね。

とにかく、こういったミスを連発するようではもう論外です。

何とかしよう、スコアを取りに行こうということよりも、

よく問題を読み、全部解き抜くぞっていう力を知ることをお勧めします。



そんなことも含めて、英語が苦手な人は、

ちゃんと英文を読み、ちゃんと自分なりに答えを出してください。

それからすべてが始まります。


模試の復習をしてください!
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2013
07.07

ものがあふれている社会にいると見えない世界。

Category: 雑記
今日は授業を1つ潰してきました。激怒のあまり、途中放棄。

まあ同じことを1度や2度、3度ぐらいまでなら私も我慢は致します。

しかし、5回も10回もやってできないのは、

もう正直そいつの問題。やる気がないとみなし、私は授業放棄してきました。

そんな愚か者に付き合ってられないっていうのが私の言い分。

それで医学部合格を成就させるなんて、甘い甘い。


そんな感じで激怒することが今年は多いですね。

授業のクオリティーは前と同じ、

いや、今年はむしろいろいろ刷新してレベルを上げたので

授業で不満が出ることはないはずなのですが、

今年の学生はとにかく覚えてくれないので悩みの種です。

中には改善へむかっている学生も多いのですが、

全然気づいていない学生も少なくありません。


「そんな感じだねー、今年は」と他の英語の先生や、

他の教科の先生ともお話ししていたのですが、

そのお話の中で出たのは、

「甘え」と「ものの豊富さ」が

英語をはじめとした勉強ができなくなっているのではないかと

話していました。

そうなんですよ、私のあくまでも主観ですが、

正直、授業料を払うことができずに満足な授業を受けられない学生の成績よりも、

授業を受けまくって、授業に時間を確保する学生の方が

圧倒的にできない傾向にあるように思います。

中2で12月から指導開始した学生は

現時点で高校の入試問題で9割を余裕でとれるレベルに到達したのですが、

最初の2か月は週3回の3時間でしたが、

今は週2回の2時間しか授業をしていません。

あとは演習の宿題と自発的にノートをまとめるように指示するだけで、

そのレベルまで到達してしまいました。単語もそれなりにやってます。

他の科目も8割まで復活させて、今では不登校から優等生へ変貌しました。

まあこの結果は確かに本人のポテンシャルも手伝ったかもしれませんが、

それでも授業をそんなに受けなくともできるようにはなります。


一方、週2回で合計5~6時間とって、

他の塾に缶詰めに近い状態で勉強をしても

正直芳しくない学生というのは、しばしば目にします。

去年も個別指導で何十コマもとっても、結局医学部に合格しなかった例なんて

私の指導以外でもたくさん耳にします。

今年も直前で10~20コマ増やしてやるぞーってなっている学生がいますが、

私はその指導をお断りしました。ほぼ無意味なので。


さて、ここで考えてほしいのは、

授業を受けているのになんで勉強ができなくなるのでしょうか。

先生にべったりついて授業をしているはずなのに

どうして勉強ができるようにならないのでしょうか。

先生の問題?これは確かに我々講師は指導方針を1度は見直す必要がありますよね。

でも、それを改善しても、なかなかうまくいかない場合が大半なのですが、

どこに原因があるのか?

これはなかなか根が深そうですよね。ちょっと閑話休題。


去年、東海地区屈指の進学校の1つ、東海高校の学生と

岐阜のナンバーワン公立高校の岐阜高校の学生、

そんな2人いたのですが、前者は受験受験で人生を送ってきた猛者、

後者は高校受験で勉強した口の努力家な学生。

まったく違う道を歩んできたのに、共通していることがありました。

何でしょうか?

答えは携帯電話を一度もつかったことがなかったという…。

お金がなかったから持っていなかったのではありません。

必要ではなかったために持たなかったと言っていました。

こんな利便性が上がっている社会でケータイなしで生きていけるのかとも思うのですが、

彼らは学問において、他の学生よりもとびぬけてできていました。

頭がいいからでしょうか?いやいや、もしそれだけで片づけてしまったら、

それは彼らに失礼です。この2人は死ぬほど努力して、

それぞれ国立の医学部と東大の文系学部に入っています。



さて、先ほどの

「先生がいても、授業を受けまくっても勉強ができないのはなぜだろうか?」

という問いに戻ります。

実はこの2人の共通点がヒントになります。

彼らは利便性から遠ざかったことで、自分で考えて生活をする時間を増やしたわけです。

つまり、学問においても無の状況から「どうしよう?」と考え、

自分の力だけで対処してきたわけですよ。

この甘えからの脱却が大きな違いになったわけですね。

そう、与えられたものをただ蓄えるだけではダメなのです。

これは身体の構造と一緒で、ただ食っちゃ寝、食っちゃ寝していたら、

身体の体積だけ増え、思うように動けなくなるわけですよ。

食べるにも工夫や食材を吟味して、体にいい方法で良品を食べようとして、

よい健康生活が送れるわけですよ。

(不健康すぎて医者に改善を求められたので、このことが身に染みてわかる(笑))

ただ膨大に問題集が目の前にあっても、ただ授業がたくさんあっても、

それを適量として消化できなければ、理解不十分で問題を終えてしまうわけで、

意味がありません。

そして、自身の消化する力を少しずつ上げていかなければ、

大量のものをやっていても消化不良になるわけですよ。

だったら、自分のペースで自分の時間を有効に使いながら復習する時間を

作ってほしいと思うのですよ。

講師は半分は流れを作る作業をしなければなりませんし、

生徒も導いていかなければならない存在です。

しかし、すべてこちらですよーっとは言えません。

ガイドはできても、付添はできません。

本番のときに、私は生徒の隣にいられないのが世の中のルールです。

なので、

問題を解いている時でさえも自身でなんとかできる努力をしなければなりません。

その感覚が、

ものにあふれて生きてきた学生の多くにはわからないのですよね。

最近、なに不自由ない学生が勉強できないケースだらけです。

正直、公立高校の受験に躍起になっている学生と、

3年間私立の中学校生活をしている学生とでは

実力に大きな差が出てくることが多いです。

もちろん、徹底的にやってくださる中高一貫校の上位の学生は

そのなかで苦労をしているのでむちゃくちゃできる学生はできあがりますが、

中位~下位は……。もう笑えない学生が少なくありません。

高校生が中学校の英文法をやる話は少なくありません。

それは大量に与えられているだけで、ものにあふれているから

それをいつかやれば大丈夫なんだと余裕があるわけです。

ドレッシングを大量にかければ、嫌いなブロッコリーが食べられるのだ!

というのと一緒ですよ。

それで必要な栄養を摂取できたとはなりません。

脂質もたくさんとっているので実質的にはチャラです。

こういう甘えの構造にどっぷりつからないような生活を

私は心から学生に所望します。

クラーク博士が言っていましたね。

「少年よ、大志を抱け!」と。

これは諺の「可愛い子には旅をさせよ」と意味は似ていますね。

自立させることを強く親御さんからもしてほしいですね。

私の家には車と言うものがなかったので、

雨が降ったり雪が降ったりしても、

大事な試合や授業や試験は自転車や徒歩でよく行ったものです。

かっぱを着て、傘をさして、夏の日差しを浴びて、

そういったことを耐え忍んで、よく目的地にいったものです。


じゃあ、私自身車がなくて不便だったかというと、

ちっともそんなことを思ったことがありません。

緊急であればタクシーを捕まえればいい。

タクシーは走っていますよ、日本も、シンガポールも、マレーシアも…。

ステータス向上のためや仕事量を増やすために車を買ったら?

とよく友人に言われますが、

いやいや物理的な理由を乗り越えるまでやらなければならないほど

私は人生や生活に困っていないわけで…。


とまあ、こんな環境の違いだけでも、思想は変化します。

大きな利便性がなくても、社会にはなじもうと思えばなじめます。

自分の都合がいい生活を営むために、ないものを補う力っていうのは

人間にはレベルはまちまちにしても備わっているものです。



私はそういう利便性から少々離れることで、

何かが見えてくるのではないかなーって思います。

ものを考えてください。工夫してください。そして、自立してください。

勉強ができないのは能力がないからではありません。

勉強ができないのは、人に何とかしてもらおうと依存しすぎているからです。

ものを大量に処理すればなんとかなると依存しすぎているからです。

そこのところを今一度学生や親御さんに考えてほしいなと

最近僭越ながら思う次第でございます。


明日は池波正太郎の「碩学と勘」の話をしてから、

授業をしようと心に決めて寝ます。
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2013
07.06

派生語を覚えることで復習できる!

Category: 雑記
先週の日曜日に、講演要請があってお話をしてきたわけですが、

早い段階からしっかり準備しようとする生徒さんが多く、

私は非常にうれしく思いました。

講演と言ってもたかだか20分でしたが、ご清聴いただけたかと思いました。

さて、

そのあと私を指名して、英語の件でお話ししてほしいとのことで、

個別相談も受けました。

その中で展開した話ですが、皆さんも同じような悩みを抱えていると思うので

共有できたらと思い、ここに書き残しておきます。


さて、ネタですが、

「英単語帳を2冊も覚えてもなかなかスコアにつながらない。

どうしたらいいでしょうか。」

ということでしたが、これは非常にへこみますよね。

こんなにもやっていて、どうしてダメなんだと意気消沈してしまうと思うんです。

でも、こういう結果に陥るのは単語を単発的に覚えている証拠です。

昔ある生徒がこう私に歩み寄ってきました。

「先生、僕は英単語を1万語も覚えたのに、どうして読めないのでしょうか。」

その彼は私の前で涙ぐみ、私ももらい泣きしそうでしたが、

彼と話しているうちに欠点が見つかりました。

その欠点とは、単語を覚えているだけで読み込む作業とのバランスが悪いからです。

どんなに単発で単語を覚えていても、読む経験がなければ読めません。

2万語覚えた彼は単語を覚えることに満足しており、

ほぼ読む作業を怠っていたのです。

「単語を覚えれば読める」 

確かに事実ですが、もう少し思考を働かせてください。

日本語で難しい単語をたくさん知っていても、使えない単語は多いはずです。

それはその語句を熟知していない証拠なわけで、

単語は文章で使われて、

その中でわかって初めて自分の語句になるんだというぐらいに

考えていてほしいです。

というわけで単語を覚える作業をする時は、例文を必ず2~3文は読みましょうね。


また何度も同じ単語を覚えるのが嫌だという人は、

今度は派生語を意識して単語を覚えていくのはどうでしょうか。

単語をたくさん覚えていくと、だんだん行き詰っていきます。

しかし、それはやはり単発に覚えすぎているからであり、

本来はそんな感覚にならないはずなんです。

覚えていくうちに、dis-は否定内容なんだとか、

com-は「共に」なんだという接頭語・接尾語の感覚がわかったり、

「fundamental(根本的な)はfund(資金)と関係性があるな」

というような類義語も想定できるようになっていくはずなんです。

そういった思考を張り巡らせながら単語を覚えてください。

respectiveがどうして「各々の」という訳になるのかを考えてみると、

respectに「点」という意味があるから、

そこから派生してきたんじゃないかというように予測して、

基にあるrespectの意味まで復習できるわけで、

単語の意味合いがどんどん広がっていきます。

元々5000単語ぐらい覚えていれば、この派生語遊びを繰り返しているだけで、

2~3か月で1万語覚えてしまう人もいるでしょう。

そして、それを繰り返しながら英文も読んでいけば、

ある日突然英語が「わかる」という感覚がくるでしょう。


ただ単語帳を覚えればいいという短絡的なゴールを作らないでください。

それは目安のために言っているだけで、ゴールではありません。

個別相談をした彼にはエピソードも踏まえて細かく話してあげましたが、

読んでくれている方にもそのエッセンスが伝わればなと思いました。

行き詰っても派生語を覚えて前に進んでください!
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2013
07.05

家庭教師・予備校講師の役目の変化

Category: 雑記
最近、受験サプリが無料で過去問や解説を公開し、

ベネッセがスマートフォンの無料アプリに参入しはじめ、

教育界で大きな動きが出てきています。

「大きな動き」と言ったのは、「無料公開」ということを強調したい!

という思いからです(笑)

うん、これはすごいことですよね。

私が高校生のときは無料で何か勉強に使えるものを得るなんて

ありえなかったわけで、効果的な解説や授業を得るためには

少なからず塾を通うなりしてお金をかけなければありつけませんでした。

しかし、震災後の仙台に行った時にも気づいたことですが、

パソコン一台でネットを通じて

youtubeやtwitterで授業や反復練習をすることができる意義を実感し、

誰でも最低限の授業、いや一流の授業を聴けるようになり、

教育のレベルがどんどん平等化へむかっています。

これは相対的に見たらいいことです。

貧しい学生にも授業を提供される可能性は作られたわけで、

意欲さえあれば、はっきり言って学生が勉強する環境は

学校でなくてもいいわけですよ。

では、この流れで行くと、

予備校なんていく必要なんてないのではないかって思うじゃないですか!


そうなんですよ、ここで家庭教師の存在意義ってなんだろうって思うわけですよね。

私はこの家庭教師の存在意義が大きく変化していくと思います。

家庭教師とは

中世の大学生が高貴な生まれの子供にラテン語や詩などを教え、

子どもたちに世界の見識を与えることで存在していました。

しかし、そんな知識は今ではgoogleなりyahooなりwikipediaで検索すれば、

大半の社会情勢や世界状況はわかり得るので、

「見識を広げる」だけの授業はもはや機能しなくなってきました。

特に自発的に学習できる者にとってはもう1人で勉強することができるでしょう。

とすると、先生なんて超一流の先生だけがなって、それをネット配信すれば、

公教育の先生の存在や我々予備校の先生の存在も危ぶまれます。

ある意味、最近の学校の先生や一部の予備校の先生は

何を目的にしているかよくわからずにやっている人が少なくないので、

私を含め先生としてはこういう出来事が起こると刺激になるでしょう。


しかし、そんな厳しい中で、私も予備校講師として、

または家庭教師として存在していかなければならないわけで、

(一生ではなくいつかはやめますので、今のうちは(笑))

どういう講師像をもってこれから授業をしていかなければならないか

を考える必要は絶対にあると思います。。

では、なんでしょうね、それは。


私が思うことをさらっと書くことですので、

あまり間にウケないでほしいのですが…。

やはり、

1、サービス向上を常に意識することですよね。

あ、ただ、何もかもを与えるということではありませんよ。

例えば、復習までも手取り足取り一緒にやろうなんてことまでする気はないです。

そんなことまでサービスとして提供したら、

良い学生は創り上げられません。

それは経済が先行した第三次産業の思惑と幻想です。

そうではなくて、当たり前のことですが、

その生徒一人一人にあったカリキュラムと、

志望校に見合った問題演習ができるものや、使える情報を提供することに

全身全霊をこめることでしょう。

特に医学部受験において、専門予備校が高額であっても

そういった専門予備校は有益な情報をちゃんと持っているものなので

(持っていないところもある、個別で医学部受験を謳っているところは注意。)、

そこに投資するのは(できる限りですよ)あながち悪いことではないでしょうね。

(過度に払うのは厳禁ですよ。例えば年間500~600万とかね。これはかけすぎ。)

情報や有益なものだと誇って、お話を聞きたいと言われたら

自信をもってお話しできるように最善を尽くそうと思うことが

非常に重要なんだと思います。

それができなければ、家庭教師なり予備校講師はする資格がないでしょう。

今の状況を何も考えずに惰性や今までの経験と貯金で授業をしている方も

多いので、(東京や名古屋では残念がら本当に多い)

依頼するときには注意しなければなりません。(私ももちろん努力しなければなりません。)



そしてもう一つは

2、自立させる方法を考えてあげる。

そして、これが今重要だとおもうのですよね。

先生がいなくとも、ある程度は勉強できるぞという実力を作ってあげることです。

家庭教師は生徒の数だけいるとよく言われますが、

多くは幻で、精査して選ばなければ損をします。

その多くは、「自分のところにいれば大丈夫!」、「私がなんとかしてあげる」

というメッセージを飛ばしながら、

「私に依存すべきだ!」というコノテーションが込められているわけです。

私はプロフィールとかにも書いてありますが、

おおよそ学生には2~3年ぐらいしか教えません。

というのは、文法や構文、長文を教えるのにそれ以上の時間を必要としないためです。

中には5年という人もいましたが、それはもう例外の例外。

精神的に強めるということも踏まえての指導で、

英語事態の指導は3年で十分です。

例えば、中学1年生から英語を教えて、

高校に入るころには大方の学生は国立の入試問題を半分までは取れるぞっていう

実力を毎年必ず創り上げています。(中にはできない人もいますよ。)

私はちんたら勉強するのが好きではないので、

学生には自立の仕方を精神論とともに叩きつけます。

そして、強固な精神を作り上げ、たくましい学生を作る努力をしています。

そういった「自立」を目標にした勉強を目標にしていける

講師はやはり優秀だなと私は思います。

まあそういう先生は大方大手の予備校講師になっていますよね(笑)

本来の家庭教師なり個別指導は、

べったりつくことが売りな部分もあるので、

家庭教師の存在に関する観念的なものを破壊しているようにも思うのですが、

現代生活の課題でもあるように、講師が自立の仕方を指南することは

今後重要になってくるのではないかと信じています。


とまあ、あとはライブでしかわからない説明や臨場感といったものが

人々の頭に記憶として焼き付ける装置として、

授業は存在していることもあるので、

授業のいいところはたくさんあるのですが、

無料で勉強ができるということは、我々講師にとっては脅威なわけで、

それを越えた内容を常に考えることは必要不可欠です。

頑張ります。そして、今日はある塾で講演をしてきます。
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2013
07.04

教え子の声は自分の中にとどめておく

Category: 雑記
さて、今週末は教え子だった学生が数人私のところを訪ねてきました。

3人来ました。1人は阪大に行った学生で、

もう一人は立命館を2浪で入った学生、

そしてもう一人は今年法政に入った学生です。

いやー、なかなか話が弾み、楽しいひと時でした。

引き続き英語の勉強をしているのを聞けてよかったです。

万事順調だということもあり、なかなか素敵な会食でした。


まあそういった再会というのはうれしいものですが、

私は基本的にそういったものを期待しません。

私が合格した学生たちにいうことはこんなこと。(今回言ってきたことです(笑))

「君はもう大学生。自分で勉強する時間を手に入れたんだ。

ここから何を目指すかはてめぇの勝手。僕はそこまでは面倒を見る気はない。

好きなように人生を謳歌しなさい。

そして、『先生がいたから成就した』なんて口が裂けても言わないでくれ。

そういう言葉は自分が本当に困難を乗り越えなければならなくなったときに、

一瞬僕のイメージや僕が言った言葉が浮かんだら、僕の前で話してくれ。

易々とそんな重みのある言葉を使ってはいけない。

そんな大そうなことを僕は彼らに諭したつもりはないので。

多くを忘れて、

たまに『あ、確か高校の時に教わった英語の先生は変わってたんだよな!』

って君たちの中にあれば僕は幸せです。」

まあ、要は生徒に恩着せがましくつながらないということ。

そして、将来は自分で見つける努力をして、

入らぬ大人の声ばかりを頼りにせずに、自分の見たもの・聞いたものを大事にして

自身で切り開く努力をしていてほしいですね、生徒には。



僕にとっての仕事は、彼らがはばたいてくれることこそ仕事の達成であり、

彼らを傘下に入れることが目的ではないわけです。

彼らがもし僕を必要としたときには、彼らから自分の意志でやってくるでしょう。

そう、そして彼らが困って僕のもとにやってきたら

僕は新渡戸稲造のように指南するように精進しています。

生徒自身の意志でやってこなければ、それは真の関係はできあがりません。

それがわからず、生徒の声や有力者の声を全面に押し出す予備校が

いまだにあることに残念。バブルは終わり、

もう、21世紀なんですけど…。

そういったHPを見てみると、

(受験界はもちろん、資格取得専門の学校等のパンフレット等を読んでいても、)

「この予備校・塾に入る=絶対に成績は伸びる!」

というものすごくパワーで押し切ろうとするイメージが強いですよね。

私は非常にそういった生徒の声を書いて、出汁にするような行為は大っ嫌いです。

だって、いい風に書くに決まっているのですから。


生徒の声を聞くためには、生徒本人か

やはり指導した先生としっかりお話をしなければ聴けません。

そして、自分に方針があっているか、そうでないかは

やはりその指導講師と話をしてみないとわかりません。

その辺について、私はきっぱりor

きっぱりではないですが、他の方法を提案しながらあんまりあってないよー

ってことをお話しします。

何でもかんでも実力を上げることができるわけではないことは

自身の指導力を考えてわかっております。

とまあ、最終的にはお引き受け依頼をする親御さんと本人さんが

慎重に決めていただかなければならないわけです。

声は、本当の「声」を聴いてください。


だから、私は生徒の方法論に関する詳細を

私にご依頼してくれた方にしかお教えしません。

それが教え子がくれたGiftであり、私の人徳となっているのだと信じています。

大事なものは心にしまっておきましょうね。
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2013
07.03

真意を語る上で学位や資格はいらない

Category: 雑記
先日名大の博士課程を修了したある人とお話ししていました。

結論から言うと、正直退屈でした。ちっとも面白みのない女でした(笑)

まあ今後の人生の方針について話していたのですが、

その中で私がしている仕事の話になり、こんなことを私に言いました。

「博士持っていないのに、どうしてそんなに仕事があって、高給料取りなの?」

いやーね、僕もねそれなりに努力しているんですよ。

しかし、彼女はその理由を推測を始めます。

その女:「ダンディーはTOEICのスコアどれぐらいですか?」

ダンディ:「先月受けてみたら955点でした」

その女:「あーだから高給取りなんだ!道理で学位がなくても……以下省略」

いやー、ここまでくるともうね、笑えてきますね。

一応世間体では、名大の修士を持っていれば十分通用するものだと思っていますが、

自分の世界の中で勉強しすぎると、「自分よりもやっていないのになんで…?」

と思ってしまいがちなんでしょうね。

でも、その精神性しか持っておらず、博士課程修了したというのは

非常に滑稽でした。まあプライドの塊なのでしょうね。


私はこういう人間を創りたくありません。

私の生徒さんには、もっと寛大で、忍耐強くて、

他人ををいたわれる人になってほしいと思っています。

その素地として、そうするための手段として勉強してほしいと思っています。

プライドや意地や肩書をかざすことが必ずしも悪いとは思っていません。

しかし、それらを他人にかざしすぎると、

あたかも「自分のが偉い。自分の方が社会的に価値がある。

お前は本来価値がないのにどうしてそんなにちやほやされるのか!?ふざけんな!」

って呈を作り出す可能性があります。

その配慮ができなければ、やはり社会的に知性を欠いているように思います。

そういう人はもっと社会で成長するべきですよね。

そんな自分の利益のために勉強をしないでほしいです。

もっと純粋に自分の知性を高めるために、過去の自分よりも成長するために、

困っている人に知恵を貸してあげられるために、人々は勉強するべきなんですよね。


私も英語の仕事をするうえで肩書を出さざるを得ないので公表しておりますが、

別に英検一級やTOEICの好スコア(950点以上はそういえると信じている(笑))

を持っているからと言って、「英語ができます」、「英語を教えることができます」

という証明にはならないと私は思っています。

スコアがなくても素晴らしい先生はいますよ。

それを掲げて、「英語ができる」という人ほど、自分の英語に自信がない証拠です。

そんな肩書でものを語らず、生徒には自分の英語で周りを圧倒してくほしい

と思っております。


日本は資格と言うものに毒されていますよね。

それに振り回されないような強靭な学生を作れるように今年も精進します。
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2013
07.02

データベース化はよくない

Category: 雑記
ここ3年間でおよそ100人の生徒を見てきましたが、

英語の学習において、最近彼らによくある傾向を感じました。


例えば、時制の内容を1週間ぐらい集中して学習して、

次の週から助動詞を学習する。

そして次の週は不定詞、動名詞………とあるタームにその単元のことを進め、

勉強していく。

ここまでは特に問題ありません。中にはそれはどうかなと思う人もいるでしょうが、

これは正攻法の1つでありだと思います。

しかし、こうやってカテゴリーに分けすぎて、知識を頭のなかでデータベース化すると、

次のようなことができなくなります。

例えば、生徒が2~3つぐらいの知識を融合した並び換え問題で正解を書くときに、

1つの文法が頭の中でわかっても、他の知識と融合されたために、

その知っている文法知識のところまでわからなくなってしまう。

そして、この融合問題は貴重な問題だと思いこみ、

その3つの知識融合問題をデータベース化して、そういった問題に注意を払うようになる。

すると今度は簡単な問題に足をすくわれて、なんなんだーっと混乱する。


こういった悪循環は昔からあるわけですが、

今の生徒さんをみていて思うことは、ある単元の内容を知ったとたんに

その知識こそ「英語のすべて」なのだと、思いこんでしまうことです。

つまり、本来はほかのたくさんの知識の集大成こそが「英語」なわけですが、

彼らはその断片を「英語」だと思い込み、

一つの単元を覚えたことに価値を見出してしまうわけです。

リオタールの用語を使えば、この状況は「大きな物語の凋落」という感じです。

現代社会でもこうやって、

一つのもの(こと)からその断片を抽出してそれを愛でる風潮がありますが、

学習態度においてもこういった風潮が見え隠れしています。

社会は「小さな物語」に固執しても、学問は「大きな物語」を追わなければいけません。

つまり、一つの物事が大きく意図することを読み取ろうとしなければなりません。


この改善策は、まず細かく復習する作業し続けることです。

そして、実際の英文のなかで文法知識が使えるレベルになるように

精進することで、状況はかなり変わると思います。


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2013
07.01

7月を迎えて考えてほしいこと。

Category: 雑記
さて、今年も上半期が終わります。

仕切り直すぞーっていう学生もたくさんいるでしょう。

今週は厳しいことを言った学生もちらほら。

普段私がへらへらしているというか、脱力感全開なので、

そのギャップにびっくりしている方も多かったみたいです。

おかげで、先週の授業はどの生徒も相当引き締まって見えました(笑)


さて、そんな時期を迎えるわけですが、

考えてほしいことが1つ。

overwork(能力を超えてやりすぎ) or under-work(やらなすぎ)?

後者の単語は私が作った造語ですが、まあ量を見直してください。

4月の時点でスタートダッシュをしようとたくさん勉強してきた学生や、

学校が始まって慣れない生活をおくっていた学生は少なくないでしょう。

理由はまちまちですが、そろそろ今の生活に順応し、

考えて行動していかなければなりません。

そのとき考えなければならないのが、この量の問題なのです。

もし今までうまくいっており、中間テストや期末テスト、

もしくは第一回目の記述模試やマーク模試の結果が良かった学生は、

どのようにクオリティーにつなげていくかということや、

もっと実践レベルの問題量を増やそうか考えなければなりません。

そして、どれだけ覚えるものに時間を費やすべきかも考える必要がありますね。

まあうまくいっている学生はそこまで心配しなくていいです。

難しいことをやりはじめようと意識するだけで十分。


問題はなかなか成績が芳しくなかった学生ですよね。

我が軍は前半期に問題をこなしすぎて

消化不良(こなせない)を起こしている学生や、

機械的にやっただけで復習が一切行われていないという状況です。

まあそれだけ元々いまある実力を考えると相当量をこなさなければと

焦ってしまった学生たちなのですが、

それでも基本は忠実にこなしてほしかったですね。

問題だけこなして、構文や意味解釈の授業の復習も

ただただ覚えるだけという形になり、もはや接着剤の役目を果たすべきものを

準備せずに模型を作っているような感じです。

まずは基礎を完成させるために多くの量をこなさないで、

1つか2つの問題集を完成させるようにしましょう。

逆に量を増やそうとしたら、もう取り返しのつかないことになりますのでご注意。

量はある一定量さえこなせば十分です。

あとは、よく予備校や塾を複数通う学生が増えてきていますが、

ただ予備校にいく、ただ個別指導塾に行く時間を増やしても

成果はむしろ落ちる場合があります。

先生の話ばかり聞いていて、それに満足をしてしまって

できているかのように錯覚を覚えるわけです。

すると「あいつの授業をきく=それさえしてれば大丈夫。」

となり、自分での反芻をしなくなり、

近い時期に教わった情報しか頭の中に残らなくなります。

我が軍には今までそういう学生はほぼいなかったのですが、

今年はそれが出てしまったので、注意ですね。

私は中学生からの学習はどんどん自身が主体になると思っているので、

自分でできるようになってもらわなければ、ある一定のレベルまでいくと

伸びが止まります。

学校の授業でやることや予備校でやる授業には

もちろん限界があります。全部そのまま受験に出ることはまずありません。

所詮予備校の授業でさえも、断片的にやったことが、

全部出たっていうのは稀なことです。

実践を積んで

「あ、授業でもやったし、自主学習でやったからできたー」

と思い出すぐらい復習をしてきたからでてきたんだーって思うぐらいですよね。


というわけで、勉強は自分でできるようにすること!

これを夏休みに向けて目標にするのも決して悪くないのではと思っております。
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