2012
12.18

クリスマス前に、クリスマスを考える

Category: 雑記
「君にはクリスマスはない。大晦日もお正月ない。

バレンタインはチョコの代わりに、合格証書をもらってきなさい。」

これは、私が大学院の入試を志すことを決めた2007年11月30日に、

泣いている私にかけてくれた教授の一言です。


これは重かったです。

自分にはそれを楽しむ資格すらないのかと思うほど追いつめられていたことに、

その時はあまり気づいていなかったわけで、

どこかで何とかなると思っていたんだと思います。


しかし、どこか軽く聞こえた気もしました。

軽いというか、救われたという気分です。

締切日まで1か月しかないのに、

わが師匠は間に合って、合格できると断言したわけで、

「やれば間に合うのか」と救われた気分になっていました。


結局、この二つの気持ちを抱えながらも、なりふり構わず忙殺していた私は、

2月14日に合格証書を2つもいただくといった奇跡に近いことを成し遂げるわけですが、

(一応名大と京大から合格証書をもらったので、研究する資格はあると自負していた…)

あの言葉と、それを解釈する過程で手に入れた気持ちがなければ、

短期間での成就はなかったと信じています。


一方、私が大学受験の勉強をしていた時はどうだったでしょうか。

今思うと、もう自分のダメなところしか思い浮かびません。

クリスマスには友人とクリスマスパーティ、

お正月はみんなで初詣+新春鬼ごっこ大会。

時間数だけはこなしたという自負心が、受験に棲む魔物の存在に気づかなかったのです。

お正月もクリスマスも楽しんだがゆえに、

体調不良と不合格という天罰までくらったわけです。

真剣さにかけていたと言わざるを得ません。



受験生や明日以降に何かを成し遂げる人は、

安寧がやってきたときに味わうクリスマスのケーキの味や、

除夜の鐘の音の重みを心に響かせるために

今目の前にみえるクリスマスやお正月を犠牲にしようとするんだと思います。

こう思えた人は、ご立派ご立派。

来年大学に入って、たくさん勉強して、休養して、楽しむ資格があるのです。


みなさんの目には、今年のカレンダーはどのようにみえたでしょうか。

そして、来年の1月と2月のカレンダーがどのように見えるでしょうか。

休日・祝日の赤い字が見えていたようなら、心を改めてください。

こういった心構えと覚悟が、明日を明日にするのです。

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2012
12.17

受験校の決め方(基礎だけですよ)

Category: 雑記
さて、今日河合塾のセンタープレテストが返ってきましたが、

みなさんいかがだったでしょうか。英語の平均点が高かったですね。

英語を得点源にしていた人は、トータルの偏差値は落ちてしまったかもしれませんが、

こういう平均点が高い時は、スコアで自分の出来を判断して、

一喜一憂しないようにしましょう。


センタープレの結果を基に、

国立の受験校やセンター利用の受験校を決めているかと思います。

わが軍も先週から受験校を最終決定させて、

的を絞った勉強に移行していきたいと思っています。

というわけで、今週は新規の生徒さんの面接と同時に、

受験校決定面談ラッシュです。


受験校を決める上で、私の中で次のように決めています。


1、滑り止めは一応2つ

受験は何が起こるかわからないので、

必ず2校は受験するように極力お願いしています。

そのうち、1校は1年間のトータル平均からワンランク下の学校を、

もう1校はツーランク下の学校を勧めています。

中には後者は絶対に行かないといって、受けない人もいますが、

一応このように提案しています。

今はセンター利用がうまく使えるので、

とりあえずセンターで確保というのも主流にしています。



2、実力相応校を2~3校

これは1年のトータル平均より2~3上の学校を受験させます。

受験数は体力のある生徒でしたら3校、体力に自信がない人は2校ぐらいで

勧めています。

しかし、ここは極力合格してほしいので、提案校は5~7校ほど提示します。

その中で、生徒が自分の条件に合った学校をチョイスして、

そこに決定します。(大抵ずいぶん前に決めていた学校を選びます)

私は現役の時、このレベルをほとんど受けませんでした。

正直ちょっと後悔しているので、

わが軍の生徒には私のようになってもらいたくないので、じっくり悩んでもらいます。



3、挑戦校は2校!!

そして、挑戦校の受験です。これも人によりますが、

あまり的は大きくせずに、絞って受験させます。

ただ早稲田の上位に肉薄している場合は、4校ほど受けてもらいます。

早稲田や明治や法政などの場合、受験すればするだけ受かる確率が上がるので

特定の大学にしか行きたくないという場合は、

実力相応校を減らして、挑戦校に命を懸ける感じで切り替えることもあります。

ただし、実力が肉薄していると思った場合と、学部が似ている場合のみですが…。



というように、基本セオリーがありまして、そのセオリーに沿いながら

生徒の都合、親御さんの都合を加味して受験校を決定しています。


本来、こういった作業は生徒本人がやらなければならないのですが、

最近は自発的な生徒が少なくなってきているように思います。

もっと自分のことなんだからと自覚を持ってもらいですが、

それを待っていると、直前に悩んで混乱することがあるので

私から提示するようになってしまいました。(良くないことですよね…)


国立大の決定は、

やはりセンターがものをいうので「ここ!」って決めるのは難しいですが、

やはり実力周辺の大学は見ておくべきだと思います。

例えば、

上下5%で言ってもいいかなという大学を3つほど見ておくべきだと思います。


まあ当たり前なことを書いてしまいましたが、

受験校で困っている人々が少しでも楽になればと思います。

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2012
12.16

「頑張る」とよく言うが、「頑張る」をなめるなよ!

Category: 雑記
この時期になると、「頑張ります」という言葉を発する人が増えてきます。

12月になると受験本番まで期間が短いですし、

実感がわきやすくなります。

しかし、申し訳ありませんが、この時期に頑張ってもたかが知れています。

理由は2つ。

一つは自分だけでなく、他人も頑張っているので、ここで奮起するのは当然であって、

気づくのが遅いと言わざるを得ません。


もう一つは、時間の問題。

がむしゃらになって勉強したからといって、

あまり勉強してこなかった人であった場合、

勉強できる時間数は1日トータルで5時間がいいところでしょう。

要は、一朝一夕で勉強の時間数を増やしたり、集中力を高めたりすることは

なかなか至難の業だということです。


私が思うに、真剣に頑張る人は「頑張るんだ」と言葉になどしません。

受験は受かって何ぼ、または自分に掲げた誓約に打ち勝って何ぼなわけで、

そういった信念を掲げていたら、そんな言葉を叩く前に

勉強を1秒でも多くやっています。

そんなわけで、この時期に「頑張るぞ」と言っている人々をみていると、

どこか拍子抜けしてしまいます。


授業もそうです。この時期に××大学対策と名前を打ったものなんて、

ある程度勉強した人間が初めて傾向と対策を見ながら、

自分が弱いところを補完するための授業なわけで、

受ける人全員に利益が必ずしもあるものではありません。

河合塾や代ゼミなどの先生も、それをわかっていて授業をやっているものです。

厳しいですが、直前にやればなんとかなるほど甘くはありませんので、

よく覚悟を決めて勉強してください。


さて、ではわが軍は何をしているのか。

わが軍の後期の後期の授業は、ポイント要点をまとめる作業と、

全訳の確認と問題が解けたかどうかの確認作業しかしません。

あとは、雑談じみたモチベーションの上げ方や、勉強の仕方の工夫、

時間の使い方しか話しません。

というのは、死ぬほど勉強しきった人間は誰も私の授業に頼りすぎませんし、

そこまで自分を信じ切る力を手に入れているために、

私はその生徒たちが困難に陥って、

なかなか抜け出せないなといった状態になった時にだけ、課題を与えたりして

短期的に監視状態にします。

あとは、それぞれ受験する学校の対策をしたり、

旧帝国大学中心の英文をやりながら、英語のセンスを上げる勉強をしています。

センターが重要になっている生徒でさえも、

50%:50%でセンター対策と2次対策で勉強しているほどです。

そんな感じでも、センタープレ模試的にテストを行っても、

大半がおよそ8割を切らない状態になっています。

(それだけ生徒は勉強していたわけです。)


では、その彼らの今の勉強量はいかほどか。

東大志望のある生徒の平均勉強時間は、1日11時間です。

偏差値37から這い上がって上位国立大学受験(千葉を考えています)までかこつけた生徒は、

1日12時間をおよそ6か月キープしてきたようです。

一朝一夕で勉強し始めた連中に、彼らは大方負けるはずがありません。

そういった彼らには奇跡を起こす資格まで出てくると信じています。


じゃあ、今まで勉強してこなかった人たちに望みはないのか。

いやいや、ありますよ。

ただ、そういったやつらよりも効率的に、かつ時間量をこなせるか!

まあ20時間ぐらい勉強して、知識一つも落とさないぞという気迫があれば

奇跡が起こるかもしれません。

しかし、甘くはありません。そんなのは高校生にとって神業に等しいでしょう。

ヒントは自分が愚かだと心から思うことです。

そして、いったん自分を真っ白にして、プライドも捨てて、

全精力をこの2か月にかけて、

2か月後に死ぬ寸前に倒れこむぐらいの勉強ができるかです。

それが、この時期に言い張る「頑張る」の意味だと、私は信じています。


この意味を聞いて引かなければ、あなたの「頑張る」は本物だと思いますよ♪

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2012
12.13

タクシーも変わったと思いながら

Category: 雑記
最近、人の車で移動したり、タクシーを利用することが多くなり、

カーナビというものに目がいってしまいます。

車を持っていない(持つ気がない)私からするとカーナビというのは、

「そんなに使うものか?」と思うのですが、頻繁に車に乗っていると、

こんなに便利なものはありませんね。


しかし、あるとき目的地までの道がわからず、

あるタクシーの運転手さんにその周辺までいってほしいと言うと、

「おにいちゃん、もっと詳しくいってくれないとわかんないなー」

と、その目的地でなければたどり着けないというように言われたことがあります。

私の中ではタクシーの運転手とは、

「ある特定の街の酸いも甘いも知っている人々」としてイメージしており、

どこにでも精通する道を知っているものだと思っていたのですが、

最近あまり道を知っている人に出くわしません。

まあ都心のように街の変容が目まぐるしいスピードであれば

知らないのもしょうがないのかもしれませんが、

やはり私には勘が鈍っているのではないかと感じざるを得ません。

文明の利器に踊らされているだけならば、

タクシーの運転手は誰でもできてしまう…。

(これはよく本で言っている言及で、私からの言及ではないではない。)

タクシーは街をもっと知り、道を知り、お客さんにガイドできれば、

もっと活性化する職業なようにも思うのですがね…。

(ドライバーになるためにもっとハードルを上げるとか。)


周辺の景色や雰囲気をみて、大体「この辺だ」という感覚なしで、

物事は覚えられません。そして、本質だけを覚えても何にもなりませんし、

いざ思い出そうとしても、思い出すことができません。

無論、新しい情報など出てこないし、繋げられません。

だがら、どんどん知識は乏しくなる一方なのです。


これはもちろん勉強にも言えることです。

特に単語帳だけで英単語を覚えている人はやはり限界がすぐきます。

意味の深さが出てきませんし、推測力がやはりつかない。

文の中で間違えて、その中で躓いたものをしっかり収集するのが

遠回りのようで、英語力をつける最短距離なように思います。


無駄を受け入れることで知識がつながるなら、地道な努力を惜しまずにしましょうね。
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2012
12.09

「習うより慣れろ」型の勉強

Category: 雑記
「るろうに剣心」という漫画で、

主人公の緋村剣心が師匠である比古清十郎から

飛天御剣流奥義「天翔 龍閃」を伝授しているときに、

師匠比古清十郎の一言。


「手取り足取りで教えられた技は身につかない、

一度くらってそこから学び取った技こそ、いざってときに役立つ」


所詮漫画のセリフと思いきや、侮ってはいけません。

このことは、何かを学ぶ上で我々にとって非常に必要なことです。

やはりここ数年の私は生徒にやってあげすぎたのかもしれません。

プリントはすべて作るし、黒板に書いたり、紙にプロセスをすべて書いたりして、

ノートをその場でとらせる、

またはメモを基にノートを作ったか確認するという作業はほとんど生徒にまかせ、

基本小テストで処理をしてきました。

やはり一度生徒に丸投げして、出来なかった場合は自分に大きな否があるのだということに

気づかせなければならないかもしれませんね。


しかし、これはサービス的にやらざるを得ない以上、

生徒の手間を省くことは講師の役目でもあるので、

いきなりこれをやると、「厳しすぎる」という感じは強まるように思います。

なかなか難しいですね。


本当は、私としては単語帳を1ヶ月で網羅するぐらいのスピードで何周もして

空で言えるようになるまでのレベルで膨大に覚えさせて、

難解な英文とそうでない英文を交互に読ませて、

半年で中堅~上位国公立合格レベルの実力をつくりたいのですが、


ここ数年でわかったことは、

1、生徒主体でなければ生徒はそれほど気分よく勉強できないこと。

 (これが為されないと、生徒は勉強をやりもしなくなる……)

2、講師が言っていることはもっともだとわかっていても、

  自分にはそれはできない、またはそこまでやる必要はないと

  やり抜く前に限界値を決めてやろうとしないこと。

3、自分が行き詰ると、誰かに頼るor責任転嫁ではないが、誰かのせいにしたがり、

  やはり自分で解決する方向からはずれていく。


この3つが邪魔をして、前述したような「習うより慣れろ」型の勉強は

もはやできないのではないかと懸念しています。

自分で物事を解決しようとしなければ、

手取り足取りで得た知識(例えば「ここ覚えろ」と言われた知識)なんて

自在に使うことなんてできません。

この時期は師に頼る時期ではなくて、

個人がどこまで生かせる勉強をするかが問題になる時期です。

今年のわが軍の常勝軍団はもはや授業が消化試合と化しております。

どれだけ実戦的な練習をこなしてスコアにつなげるかということのためだけに

実力の調整をしたり、傾向を把握しながら詰めに行っています。


なかなか難しいですよね。

時々、生徒が「成績が上がらない」と嘆くのは、生徒自身で解決してみようという

心がないからではないのかと思うときがあります。

すなわち、今生きている時間が自分のための受験期間ではなく、

他者に依存して人生を決めてもらうような体裁に甘んじている時間のようにみえます。

もっと自分で何とかしようと思う人になることを

少なくとも私の生徒には享受したいなと思います。



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2012
12.08

センター利用は甘くない。

Category: 雑記
センター試験で主要3科目~4科目8割を取るのは簡単なことだろうか。

いやいや、なめてもらっては困ります。

今年はセンター利用の相談を多くいただきましたが、

センターの怖さをなめています。

私もセンターの恐怖を味わった者の一人です。

私は政治経済でやられました。

これでも政治経済の過去問を10年分を解いて、

ずっと95点以上をキープしていたにも関わらず、当日は87点でした。



センター試験は確かに簡単な問題が多いですが、

やはりそれなりに(8割5分~9割の)スコアを取るとなると、話は別です。

センター試験と一般入試の違いと言えば、

1、一般入試の初めなので誰もが失敗できないと力む試験

2、特に国立志望者は絶対に失敗できない試験

3、センタープレでできたと言っていても、

  当日に必ずそのスコアが出るわけではない試験

4、問題は簡単だが、事前にたくさんの練習をこなさないと点数が取れない試験

といったところでしょうか。



センター試験は、(今の私は英語に限ってしか言及できませんが、)

良問というか、よくできてるなーって思います。

大手予備校のセンタープレ系の模試と比べると、

歴然とした差があるわけではないですが、ちょっとプレの精度は落ちますね。

ちょっと無理がある出題が多いかなという印象です。

センターの英語は選択肢が複雑というかカモフラージュがうまいです。

満点が取れないと嘆く人は、

実はセンターレベルの英文でさえもしっかり正確に読みこなせていない

といえるかもしれませんね。

実際に本文をなんとなくフィーリングで読んでいたりすると、

設問の内容に対応ができずに、的を外した答えを選ぶ羽目になります。

選択肢もたくみに本文を言い換え、全く別のスタイルの文で出題されてくるので、

そのまま抜き出すだけじゃないかと思って解いている人は、

容赦なく点数が削がれていくのでご注意を。


要は、基礎をしっかりこなしていない学生が、

軽くセンターで高得点を取ろうという話をしてほしくないということです。

特に英語は比較的140~160点まではスコアが取りやすくなっているので、

「何とか8割を越えられた」という状況になると欲が出るのですが、

それより上を取るには最低センターの過去問を7~10年分はこなしてほしいです。

あのしっかり言い換えられたスタイルに慣れるには、

やはり時間が必要になると思います。

国語も数学も独特な形式(問題の雰囲気?)があるので、

それほど簡単にスコアが取れると思わないで、謙虚に過去問をこなしてほしいと思います。


特に私立文系のセンター利用をお考えになっている方々の話は、

よく言えば強気。悪く言えば、非常に高飛車。

(これは今回面談した全件に該当するので、思い切って言いますが。)

正直、私は少々困りました。

80%~85%しかみないのは構わないですが、

そうでない場合が多々あることを忘れないでください。

センター試験のセンター利用は決して滑り止めのための試験ではありません。

私としては、

センター利用は極めて優秀だからこそ合格できる試験だと思っております。


また私が勝手に思うことですが、

センター模試でコンスタントにスコアが取れない学生が

センター利用を受ける資格はないと思っています。

一部のセンター利用を除いては、

しっかり一般受験を見据えて勉強をこなしてください。

そのご褒美として、たまたまセンター利用が取れてしまったぐらいで

考えていなければ、一般入試の問題を1月でガリガリやっても歯が立ちません。


センターと一般入試が少しでも「違うのかー」って感じてくれるだけで幸いです。


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2012
12.07

何度も何度も思うことでも

Category: 雑記
この時期になると、多くの生徒がやはり焦りが出てきます。

「どうしてできないの?」、

「かなりちゃんとやっているのに結果に結びつかない。」、

英語と国語は特にその話がよく出ます。

国語と英語の場合、本番で何が出るかが読めない以上(形式とかは読めますが。)、

かなり多めに実践をこなさなければならないし、

何度も言いますがすぐに結果が出にくい科目です。

成績の伸び方はあくまでも階段式で、ロケットのように垂直に伸びるためには

相当量を短期集中でこなすこと、

そして何よりも英単語を膨大に覚えなければならない以上、

高校生にはなかなか厳しい条件かもしれません。

私としては、他の科目も同じぐらいやらなければならない状況で

偏差値30も上げるのはもはや神話に近いと思っています。

それぐらい大変なものだということを、

現在受験生として英語を学習している人には

今一度知ってもらいたいです。

もう一度言います。夏までにボキャブラリーを増やす、

構文を覚え抜いて、練習もこなしまくってなければ、そう簡単に結果は出ません。

そして、やり抜いただけでなくて、空で言えるほどの定着力でなければ、

結果はすぐには出ません。


問題集をやり抜いたことに満足するよりも、

自分の記憶に残っていたことに満足してください。

結果が出なくても諦めない、

ダメでも文句を言わず石にしがみついても結果を出してやろうと

不安を掻き消してでも前に進もうとする学生は

最後の最後で勝つんだと思います。

人生修行としてもこの期間を生き抜いてください。
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2012
12.05

印象に残してくれて感謝。

Category: 雑記
医学部の推薦入試の合格者の声をいただいております。

我が軍の直属の生徒さんは国立医学部と一般私立医学部のみを目指している生徒が多く、

推薦ではそこまで合格者を出していませんが、

対策授業や直前講習等でお会いした学生さんから合格の声を聞くとうれしいものです。

栃木から遠征してきた学生さんは、

先月金沢医科に合格したことをわざわざ名古屋まで親御さんと

ご挨拶まできていただき、かえって申し訳なくなってしまった次第です。

たった3か月ぐらい、または数回しかなかった出会いの中で、

私のことが生徒の印象に残っていたことがものすごくうれしかったです。

本当におめでとうございました。

他にも数名合格しているので、私としてはお役御免という感じです(笑)

さて、問題は国立医学部組ですね。

そして、私立医学部がどこまで滑り込めるか……。

現在、鋭意大詰めをしております!


また、どこかで生徒の声を紹介できる場があればと思い、

また仕事に戻ります。
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2012
12.04

目的(答え)を求めることよりも…

Category: 雑記
ここ数年、「答えを待つ」生徒をよくみます。

「答えを待つ」だけならまだいいのですが、

それを自分でなぞろうとしない生徒が急増しています。

自分でなぞるとは、「どうしてこの答えになったのか?」ということを探求することです。

これをしなくなったということは、

物事を目的論的に考えているということになるかもしれません。

つまり、論理的に考えずに、

ただ都合がいいように解釈してその場をうやむやにしてしまうということです。

こういった内容は、神や宗教といった概念を考える上では容認されることもあっても、

自己解決を養う努力をしているときには目的論的思考はあまりよくありません。


「答えを待つ」人は、とにかくその場をうやむやにしてでも

次の問題に行こうとし、とにかく問題集をこなしたという満足感を得たいのかもしれません。

しかし、ご存じのとおり、問題をこなした量と満足感は

必ずしも同じレベルで比例するわけではありません。

これは問題を少なくやっているのに成績が上がっている学生をみれば一目瞭然。

そういう生徒はこの探求的行為を面倒くさがらずにやっているのです。


では、どうすれば目的論的な考え方から脱却できるのか。

これは非常に難しく、時間がかかります。

中には先生が目的論的に考えて、答えだけいいながら根拠を言わずに

授業を進めていたり、

こういう生徒をみたら「あ、できるようになるまで時間がかかる」と思い、

指摘するだけにとどまる先生もいるかと思います。

うーん、それはマズい。生徒はまだしも、講師がそのレベルで苦しんでいるならば、

その先生のもとにいる生徒は、受験校が受からない悲しい末路を辿るという以上に、

物事を深いレベルで知ることができず、知的欲求を削いでいるといえます。

さて、戻りまして、解決策。

まずは英語でしたら、どういう意図で説明がなされているのかを考えたり、

一通り終えた単元をノートなどを見ずに

その単元の要点が言えるかどうかやってみたりするといいでしょう。

問題を解く場合でしたら、どうして答えになるのかと、

どうして他の選択肢にならないのかを時間かけて見直すことです。

そして、一人でそれをするのが難しいと思うのであれば、

毎日3回ぐらい確認テストをするように決めてしまうといいかもしれませんね。

または親御さんに指摘してもらう等、方法はいろいろあります。

お分かりだと思いますが、

解決策の要旨は「どうやってやった内容に戻るのか」ということです。

それを今一度1年スパンでこなせる体力をつけてくださいね。

特に中学生や高校1年生は、答えありきで考えるのではなく、

覚えるものと考えるものをしっかり分類して考えることを

重視しながら学習することを、私は期待します。
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2012
12.02

「当て勘」をつくる

Category: 雑記
あまり量をこなしていないようにみえるのに,

入試問題を容易に解いてしまう人がたまにいます。

こういう人をみると,真面目にやってるぞと思っている人は

イラっとしてしまうかもしれません。

そうかといって,

こういう人はものすごく頭が良い人なんだと割り切っても,

それはどこか自分が頭が悪いのかと認めなければならないので心苦しい。

でも,自分のできなさ加減への苛立ちと他者への羨望が

憎悪としてあらわれて,居た堪れなくなるといった複雑な心境に陥ります。



私もどちらかというとできない人に属するのでわかるのですが、

そういう人はできるようになるためには何が足りないのか考えるものです。

つまり、「できる人とできない人の差は何か?」

それは「答えを当てる勘」,通称「当て勘」に差があるというのが一つの答えです。

これはどうやってできあがるのでしょうか。

「勘」という言葉を聞くと、

一見もともと持ち得ているように感じそうですが、

物事の意味やよしあしを直感的に感じとって、判断する能力のことを言います。

ということは、「勘」とは経験がものをいうわけで、

決して先天的なものではないのです。

じゃあ「当て勘」がいいというのはどういうことかというと、

やはり勉強していることを裏付けているわけです。

何もしていない人もそれなりに勉強しているわけで、

その処理がこそこそしているか、

堂々とやっているんだと誇示するかの差なのです。

では、どのようにこの勘をつけていくのか。

これは言うまでもなく、一つは量をこなすことです。

量は時に質を凌駕することがあります。

受験はスポーツのようにナンバーワンを決める闘いではありません。

ただその当てカンを得るには,それなりの修羅場を通ってきていると思います。

受験でいう修羅場というのは、

おそらく「やばい」と心から感じて、

自分は何をしなければならないかと真剣に悩んで、

なんとかしたという経験を言うと思います。

私もこんな経験は当たり前ですが多々あります。

(なければ、今このブログ書いていません…)

大学受験であまり勉強していないができるという生徒は

上位に位置する高校の中高一貫生に多いです。

中学受験や高校受験のときにしのぎを削った受験戦争で戦い抜いてくると

そこで知恵と経験を培うことができます。

その時の真剣さをもって成功してしまった生徒にとっては、

大きな宝物になっているはずです。

じゃあそんな経験をしたことがないが、なんとか今修羅場を迎えた人は

受験でうまくいかないのか。

比較論で言えば、

過去に修羅場を経験した方が「当て勘」はいい人が多いかもしれません。

でも、別に大学受験前にそれ相応の修羅場をくぐって、真剣さが兼ね備えば、

どってことありません。

要は、できる人と思われている人よりも勉強できるかということを指標にすれば、

その人が通ってきた修羅場以上の修羅場をくぐるに等しくなります。(多分…)

短期間でできる人の量以上のことをして、その人を凌駕するのはきついですが、

模試で死ぬほど頑張って勝ち抜けたら、

それほど大きな達成感はありません。そして同時に、話題の「当て勘」は出来上がってきます。

修羅場は自分で作れば、別に問題ありません。

そして、勝手に「当て勘」が出来上がります。

「修羅場を通る=当て勘ができる」と思って結構です。

そして、それだけ真剣にできる人よりも勉強できるか。

仮想の相手を勝手に作ってください。

それだけで圧倒されてしまうくらいなら、勉強ができるようになるというか、

優秀になろうとするのはやめた方が身のためです。

それだけ、勉強するとか、人並み以上の「勘」をつくるのは

大変なのです。「匠」なのです(笑)

なかなかやっていることがスコアにつながらない人、

量をこなしてください。


女の第6感(この「感」は「勘」とかかっていると思う…)とよく言いますが、

女性にはもしかしたら先天的に勘があるのかもしれません(笑)

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