2011
09.28

論理性はすべてに波及するのです。

Category: 雑記
次のxを求めよ。

x+3=2x+6

という方程式があるとします。

まあどうということもない方程式ですが、

これを「は?xを求めよっていっても、xはxだから求める必要なんてない!

意味が分からない!」

と言い切る生徒に出会ったとき、私は驚愕しました。

これは

日本語の意味を理解していないという問題がここに含まれていると同時に、

論理への追求までもシャットダウンしている状況にあります。

こういった方程式が解けないというのは、

ある意味「やばい」と言わざるを得ません。

こういった実力は、英語にも不可欠です。

例えば、こんな問題。中学校2年生であれば解けなければならない問題です。


I went to the library to read some books.

to readはどのような用法であるか説明せよ。

答えは「副詞的用法」です。しかし、次の質問をすると困惑する人がいます。

じゃあ「形容詞的用法でない理由は?」

なぜ副詞的用法と答えられて、形容詞的用法でない説明ができないのか。

私はこのことの理解に苦しみます。

私には、彼らがいったいどうやって判別しているのか

という基準がないようにみえるのです。

こういったあるなしクイズみたいですが、

小さな論理性を追うことができないのは勉強する上で、

「致命傷」と言わざるをえないと思います。

本来は最低限の論理性は、

人とのコミュニケーションから生まれるはずなのですが、

今の学生さんたちの中で

この論理性を持ち得ていない人が多く見受けられます。

こういった論理性がみえなければ、英語の文法知識はもちろん、

理科の化学式の判別や、世界史や日本史などの繋がり、

数学の公式の意味等すべての分野において、

不十分に習得せざるを得ません。

どんなに記憶力が良い人でも、この論理を駆使しない限り、

長期的に何かを記憶するのは無理でしょう。

そんな人間の目はカメラのように写しだして、

パソコンのハードディスクのように大量のデータを溜めることができれば、

その人は間違いなく天才です。

そのまま、頑張って暗記して世界を救う手だてを見つけてください(笑)

よく中学生でwent toとwant toを間違える生徒がいますが、

それは結局文章の内容が把握できていないのと同時に、

toが意味する内容をしっかり把握していないために、

論理的な類推ができないのです。

前者のtoは「前置詞」、後者のtoは「to不定詞」とわかれば、

一目瞭然でよほどのことがない限り間違えるはずはないのです。

しかし、これを頻繁に間違えて、これに気づかないのは

やはり論理性を持ち得ていない、

というよりもそれ以上に論理性を追う姿勢がないと言った方が正しいのでしょうか。

とにかく、この論理性の欠如によって、

このような知識さえも覚えることが困難になってしまうのです。

こうやって論理の糸に絡まって、脱出できない状態にあるのが

今の学生に多くみられます。

ただの丸暗記ではもちろん無理です。

どういった形で、どういった文章でよく用いられるかといった内容を解釈したうえで、

理解しながら暗記をしていかなければならないのです。

だから、暗記は暗記でも、理解を含めた「暗記」でなければなりません。


私もこの論理性の弱さには苦しみました。(今でも弱いと思います……。)

でも、どこかでこれに気づいて、改善していかなければ、

ものの楽しみ方はおろか、様々な大切なことに目を向けぬまま

朽ちていってしまうかもしれません。

すべて論理で片づけられるわけではありませんが、

人間に生まれてきた以上、これは最低限習得しましょう。

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2011
09.25

「英語は短期集中だ」という例!

Category: 雑記
ある記事を抜粋します。


郵便事業株式会社の某支店、集配営業課に勤務しながら英語を勉強、わずか2年弱でTOEIC980点を叩き出した“奇跡の郵便配達員”が存在する。瀧野一(たきの・はじめ)さん、51歳だ。

 今から5年前のこと、勤務先の郵便局に貼り出された「外部職員募集、応募の条件はTOEIC730点以上」と書かれた掲示を見た瀧野さんは、「今は社外公募の条件にすぎないけど、いずれ人減らしをするときも、英語を条件にするつもりなのでは?」と“失職の不安”に駆り立てられ、英語学習を開始する。

 お金をかけない方法として考えたのが、インターネットサイト『NHKワールド』にある英語ニュースをひたすらリスニングすること。そして、聴いたニュースのページをプリントアウトし、わからない単語をチェック、それを大学ノートに貼るという作業を毎日繰り返した。「タダだから」という理由で始めた勉強法だったが、これがTOEICで問われるリスニング力を鍛え、語彙(ごい)を増やすことに有効だった。

 また、瀧野さんは約2年間で17冊のTOEIC対策本を購入している。その教材利用術は「買った本のポテンシャルをとことん引き出す」というもの。

「一度で解けない問題は、当然、解けるまでやる。解けた問題も文法などの理解を深めるために繰り返しやる。そして完全に理解できたら次の本を買うのです。数ある教材のなかで、最も重要なのが『TOEICテスト新公式問題集』(いわゆる過去問)。自分の弱点=強化すべきポイントがわかるし、TOEIC の出題には傾向があるので、過去問を繰り返しやることで確実に力がつきます」

 そして勉強を開始してわずか8ヶ月、瀧野さんは初めてのTOEIC試験で795点をとる。目標だった750点を軽くクリアしてしまったが、それでも英語の勉強をやめなかった。当時のことをこう振り返る。

「あるとき、社会人対象のTOEICセミナーに参加してみると、私以外の参加者は名だたる大企業の社員ばかりでした。自分は落ちこぼれだと思っていたのですが、こういう立派な人たちも英語で苦しんでいるのかと思うと変な気持ちがしました」

 そして、英語の勉強を始めて2年弱、ついに980点を叩き出した。瀧野さんは、今春に郵便配達員を退職、現在は外国人に日本語を教える教師の資格取得を目指している。

「TOEIC980点は自分にとって大きな自信になりました。私には人とのコミュニケーションが不得意だというコンプレックスがずっとあり、なんとかそれを克服したかった。将来はコミュニケーションに関わる仕事ができたらいいと思います」

 TOEIC980点で、英語力だけでなく、“自信”という財産も手に入れることができたのだ。



TOEIC980点は簡単には取れないスコアだと思います。

私もつい最近975点を取りましたが、

ものすごくテンションがすわっていて、集中していなければとれません。

個人的には900点までは傾向と対策のレベルで取れると信じていますが、

真の英語力はやはり950点以上のスコアを複数回取れるかどうかで決まると思います。

そういった意味で言えば、私はまだまだです。

私はTOIECを生涯で4回受けて、

最初は大学一年生の時に750点で、あとの3回は900点を切らなくなったとはいえ、

そのうちの1回は、目の前にきれいなお姉さんが座っていて、

その人のうなじに見とれていたら、

リスニングの最初の5問ぐらいを聞き逃してしまい、

散々なスコアになってしまいました。(笑)

そういうハプニングを含めても、

950点以上取れて英語ができると言えるのではないかと思っています。

つまり、どんな状況でも英語が聞こえるという状態であるということです。


さて、そんな愚かなエピソードはいいとして、

この記事を読んで、私はこの郵便局のおじさんは「すごいな」と思いました。

英語にはこういうストイックな勉強が必要なんだと思います。

問題集17冊を丁寧に解いて、お金を極力かけずに勉強していて

これだけの実力をつけられるのです。

私も彼と同じようなことをしてきたので、すごくこの気持ちがわかります。

しかも、すごいのは2年弱でこれだけのスコアに仕上げてきたということです。

正直、言語を習得するピークは30代手前だと勝手に思っています。

私もこれまでに7か国の言語を勉強してきましたが、

ものになったのは4か国(日本語、英語、フランス語、オランダ語)で、

どの言語を勉強した時も単語を1万語以上は暗記しました。

英語とフランス語の単語習得量は他の人と比べてもなかなかエグいです。

(量だけですよ。意味の深さはまだまだで、とても自惚れるレベルにありません。)

できなすぎて、辞書を暗記してやろうかと何度思ったかわかりません。

そういった地道な作業を、青年期の記憶力よりもずっと劣った年配の方が、

単語暗記の作業に精を出すのがどれだけ大変なことか、

この大変さは私の想像をはるかにこえたものなのではないかと思っています。

もし私が50歳になって、「新しい言語をやれ」と言われても、

「できない」と答えてしまうと思います。

たとえ言語習得の経験があったとしても、

習得までのきつさを知っているがゆえに、

私だったら恐怖におののき、習得を躊躇するでしょう。

なので、こういうニュース(なのかはわからないが…)を聞くと、

「あ、私ももっと頑張ろう」と思ってしまいます。


受験生はまだまだピークを迎えている途中で、上り調子なわけで、

この郵便局員のおじさん以上のこともできるかもしれません。

「やってやろう!」という強い意志と、

その意志に応えるだけの勉強量をがむしゃらにこなしてくれれば、

実はまだまだ挽回はできるのではないでしょうか。


ちょっと勇気づけられた記事だったので、

よかったら、ちょろっと目を通してみてください。

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2011
09.24

泣ける生徒

Category: 雑記
「泣ける歌」とYou Tubeで検索を入れると、

これがなかなかたくさんヒットして、

私は「人々はどんな歌を聴くと泣けてくるのか」とちょっと気になってしまい、

それを片っ端から聴いてみることにしました。

んー、すると彼らは私が思っている以上に感傷的で、

和語を多用している言葉に敏感で、ストレートな気持ちが表に出た歌が

「泣ける歌」になることが多いなという雑感を覚えました。

なかなかストレートに気持ちを表現することは難しいですよね。


しかし、わが軍にもこんな泣けてくる生徒がいました。

英検3級の問題集を片っ端から解き、

その前にも中学校の基礎文法に関する問題集を二冊終えたにもかかわらず、

プレテストになるとなかなか納得のいく結果につながらなくて、

ついつい涙した生徒がいました。

「自分が思う限界までやっているのに、これ以上できないってほどやっているのに……」

と言いながら、先週私の前で泣き崩れていました。

正直、私からすると「まだまだなんだよね、もっとやらなければいけないんですよ」と

言ってしまいたい気持ちもあるのですが、

その生徒に「死ぬほどやった」と泣きながら言われてしまうと、

自分の気持ちも少々押し殺さざるを得ません。

(ここで言ってしまったら、死亡宣告をしてしまうようなものなので、

それだけは言えません。)

こうやって、自分が精一杯やったことに対して泣けるというのは、

一見キモく見えるかもしれませんが、私はりりしい姿だと思います。

今の学生で泣けるほど勉強している人に、私はそんなに出会ったことがありません。

多分、日本の高校生であればごく少数でしょう。

特に浪人ができる環境に多い日本の受験生は、全員とは言いませんが、

この感覚には程遠い人ばかりのように思います。

しかし、こういった泣けるほど勉強したという経験の有無が

後々の人生に大きく左右してきます。

なかなか「頑張る」という行為が、今を生きている私たちにとって

美しいものだととらえられなくなっており、

私たちはどこか「頑張る」という行為に背中を向けて、

気取った態度をとろうとします。

一種の嘲笑主義的な態度なんでしょうか。

そういった風潮の中で、ストレートに気持ちを前に出せる人は、

そうじゃない人からすれば、僻みの対象にしかないように見えないかもしれません。

でも、勉強はそんなにスマートに解決できるわけではありません。

どんなに天才と称される人でさえも、

裏付けされた努力の量は無類のものであることが多いです。

私の師匠も、今では「日本近代文学界の新進気鋭」と言われていますが、

実際の勉強の話を聞くと、度肝を抜かれます。

私はその話を思い出すたびに、「まだまだゴミです」と思わされ、

口が裂けてもその人の前では、「勉強しています」と言えません。

そういう真剣さをもって勉強した人ならば、

ダメだったときには号泣するし、結果が出たときには狂瀾するでしょう。

書いていても、どこかカッコ悪くきこえるのですが、それでもやはり、

私は、エリートになるために、この経験が不可欠だと思っています。


「泣けるぐらい勉強したら、気持ちだけは一流だ!」

気持ちが一流になれば、自然と実力も一流になるはずです。

それはイギリスの歴史が証明しています。

15~16世紀にかけて、

ジェントルマン階級と都市市民などで形成される有産層の区別がわからなくなり、

中には後者の人間がジェントルマン階級の人間よりも

偉くなってしまった人間がたくさんいたはずです。

それは服の装いからもわかるのですが、

精神を着飾るだけで、身体も優れてくるものです。

成就するためには、皆さん、心だけはエリートでいてください。

私は今回話した彼のような人々を量産していきたいと思っています。

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2011
09.24

今やることは何なのか?

Category: 雑記
お久しぶりです。といっても、あまり見ている人は多くありませんが…。

少々野暮用で、東京に行ったり、依頼されていた仕事を終わらせたり、

台風で足止めをくらったりと、なかなか忙しい時間を過ごしていました。

名古屋では私の近くの地域では、川が氾濫して水が増水したようで、

私が体感した台風よりもずっとひどい状況だったようです。

一日も早く復興することをお祈りいたします。


さて、大きな仕事も今日ですべて片付いたので、

これからまた指導の方に精を出そうと思います。

今週は台風のせいで、台風の中移動したり、してもらったりするのは

非常に危ないと思い、大半の授業を中止したのですが、

根性がある生徒は無理矢理でも来ようとしてくれます。

うれしい心意気ですが、命を落としたら元も子もないので、ほどほどに。


4月からもう半年がたち、もうすぐ受験というムードになってきました。

こんな時こそ無駄な時間を過ごさないようにしなければなりません。

しかし、この9月というのはなかなか危ない月で、

模試の結果もわかり、大きな記述模試も終わり、

どこかアウトバーン症候群の3歩手前のような状況に陥る人がいます。

わが軍にもやはりいたのですが、

実は私もそれを経験したことがあるので

強く注意できませんでした。さて、どんな症状か。


勉強をしているんだけど、秋という季節に甘えてしまう病です。

(ウソップのつけるネーミングみたいですいません…。)

やはり秋なので、「読書の秋」、「スポーツの秋」のように

「○○の秋」というような感覚に陥ってしまいがちです。

そうなんか秋にこだわらないにしても、過ごしやすいせいか、

どこか気が緩んでしまうのです。

その生徒は勉強をしっかりこなしているのですが、

どうも小説に没頭してしまうので、少々注意しました。

「いやいや、本を読むのはいいことじゃないか」と思うかもしれませんが、

個人的な考えを言わせてもらえば、

受験生たる者、そんな暇があったら、現代文の一つや二つ解いて、

日本語力をつける努力をその読書時間にあててほしいと思っています。

娯楽で読む読書は、やはり娯楽に過ぎず、

ゲームをやっているのとあまり変わりません。それは受験生にとっては敵です。

もし政治経済に関連する本や、数学や科学に関連するものであれば別問題ですが、

それでも極力避けてほしいと思ってしまいます。

受験は本質的な勉強をするのではなくて、

本質的な勉強をするための下準備をしているわけです。

文学部に行くのに、言語ができなければ落第決定です。

工学部で数学や物理の計算式がすらすら言えなければ、

大学に入ったって何の発見も見出せません。

今やるべきことと、大学に入ってやるべきことをはき違えてはいけません。

確かに、高校生の時に背伸びをして自分が得ようとしている

上級な知識に目がくらむこともあります。

しかし、それに目をむけられるということは、

それ以前に習得しなければ理解できない知識を

確実に習得しているからこそわかるものであって、

そう簡単に難解な知識を手にすることに意味はないと思っています。

よく学者の中にも、書いた論文が人にはなかなかわかってもらえなくても、

「はっはっは。いやー凡人にはわからない世界だろうな」

と、どや顔をしている人がいますが、さっき言ったことはそれと同じです。

そうではなくて、受験生は今何をしっかり覚えるべきか、

何を得るべきか、何を得てその次に何に生かすのかを

考えていかなければなりません。

ちゃんと受験勉強している人間であれば、

いつも参考書や問題集に関する話しか出てこないものです。

会話の中に、漫画や友人や恋愛や娯楽で読んでいる本の内容が含まれていたら、

その受験生はまだまだ勉強が足りません。

息抜きも必要ですが、息を抜くのを忘れるぐらい没頭することも同じぐらい必要です。

大きな矛盾を生んでしまいましたが、

この言葉の意味はこうです。

「大きなことは理屈で成就するわけがない!!」


この意味が2%ぐらいわかって、

「要は、勉強しろってことでしょ」って机に向かった人は、

来年きっと合格をつかむことができるでしょう!

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2011
09.18

合格ムードを作ろう (昨日連絡くれた方へお知らせもあります。)

Category: 雑記
お久しぶりです。

公私ともにドタバタしており、なかなか椅子に座る時間がありませんでした。

ここ一週間、ずっと依頼されていた問題作りに精を出し、やっと一区切りがつきました。

しかし、またほかのところから2件依頼をいただき、

またそちらに取り掛からなければなりません。

とはいえ、うれしい限りです。ありがとうございます。

問題というのは愛知医科大学と藤田保健衛生大のプレテスト用のものです。

もしご興味がある方がいましたら、ご一報ください。

もうすぐ愛知医科も藤田も推薦入試が始まりますので、

その対策にもなると思います。よろしくお願いします。



指導の方も少々動きがあり、9月から新たな生徒さんが入ってきました。

意外に、このブログからのお問い合わせが多いことにびっくりしております。

ノリで始めただけなのに、さりげなくとおりすがっている方が多いようです。

あと「名古屋」「家庭教師」「英語」で検索をすると上位に来るようで、

やってみたら本当にそうなったので、ビビりました。

ヤル気のある生徒さんを優先してみていますので、ご興味がある方はご一報ください。


さて、今週は波乱が多かったので少々。

記述模試も終わり、受験生にとっての一つ目の山場を越え、

また10月の終わりにある模試ラッシュに向かっていくわけですが、

わが軍の英語は思いのほかよかったので、少々ほっとしています。

とはいえ、

今回、わが軍の記述模試の最低点が100点を切らなかったのにはびっくりしました。

というのも、文法問題がやったところしか出なかったという、

私の手腕のおかげ(笑) いえいえ、生徒が夏に死ぬほど努力していたおかげで、

やばいなーという生徒さんがあまりいなくてよかったです。

とはいえ、まだまだ満足いきません。

今年のわが軍は精鋭部隊なので、貪欲です。どんどん志望校を上げて、

自分の高みへと向かっていっています。

もちろん、私も満足いっていません。

人並みよりは英語ができるだけでは差がつきません。

10月、11月に生徒たちの長文力に磨きをかけまくって、

最強の英語サイボーグにしたてあげたいと思います。

ちなみに、9月の授業で一番多く長文(500ワードぐらい)を解いた生徒で、

50文という生徒が3人います。

これは1日2本以上のペースで読んでいることになります。

もちろん復習もしっかりこなし、他の科目も抜かりなくやっている上で、

この英語量をこなしているので、感服で、感無量です。

目標を掲げた上で、自分が何をするべきかをしっかりわかっている人は、

やはり強いなという印象を受けました。

絶対に今年は旧帝へ5人(うち医学部1人)入れます!


しかし、こういったムードの中でも、なかなかそうならない生徒もいます。

世の中うまくいかなよな、と思う反面、

そういったムードにならない理由も浮かんできてしまうので、世知辛いですね。

受かるムードを作れない生徒さんにありがちな心境は、次のようなときです。


①「やっても受からないだろうな」というあきらめ

②きつい境遇から逃げようとする(受験勉強をせずに推薦で逃げる)

③学園祭や体育祭後もお祭り気分でいる

④一人でやろうとせずに、ダメなときになるとすぐ友人と傷のなめ合いをする


①は一番ダメです。

これは目標が高い人にとっては誰もが1度は思うことで、

これに憑りつかれてしまうと、なかなか抜け出せません。

そして、結局そのまま最後までいきます。

こう思う人は、他人よりも量をまだまだこなしていないと思ってください。

一心不乱にやりまくることで、この類の不安は吹っ飛びます。


②もダメです。

目標が高いことほど苦労をしてください。

そんなに難事を切り抜けることは容易ではありません。

しかし、地道に努力をしていると、その糸口はある日突然現れます。

今年は私のもとから大躍進した生徒が一人出ました。

半年で偏差値37ぐらいから、偏差値で62まで飛躍した生徒がおり、

その生徒に「何やってたのよ」と尋ねると、

彼はひたすら私があげた文法プリント70枚を理解・暗記していました。

記述模試でも文法問題を2問しか間違えなかったというほど、

彼の実力は本物へ近づいており、そんな彼を見て、

私は地道に勝るものはこの世にないなと感じさせてもらいました。

高い目標を掲げるのであれば、自分の今ある境遇に目をそむけないことです。

そして、虎視眈々と狙っていく勇気を持ってください。


③と④も気を付けてください。

これらに共通するのは、仲間内のなれ合いです。

受験勉強をしていると、仲間ができてくるわけですが、

その仲間たちが遊び仲間のような関係にならないことを心掛けてください。

特に文化祭や体育祭の後になると、クラスが一丸になって、

この傾向が強くなります。いい流れをうむ場合もありますが、

どこかで「時には一人で解決しなくちゃ」という、

ストイックさを忘れないでください。



今まであんまり勉強していない人もそろそろ動かないと、やばいですよ(笑)

(というか、すでにそういう人の前に神はなかなか現れてくれませんね)

さー、もうちょっとで10月です。

頑張っていきましょう。



P.S。昨日、お問い合わせをしてくださった名古屋の方へ

メールを受信してお返事を書きました。
届いているはずなので、再度確認してください。
迷惑メールの受信箱などに届いていないか確認をお願いします。
もしわからない場合は、コメント欄に連絡をください。
できれば、ケータイのメールアドレスを教えていただければと思います。
(そのコメントは私だけ見られるようにしておきますので、ご安心ください。)


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2011
09.15

記憶力の低下か?

Category: 雑記
私はiPod shuffleの愛用者なのですが、

よく音楽を容量マックスまでいれて、それを聴きながら移動しています。

しかし、若者たちと話す機会があり、愛用機器の話になってわかったことですが、

私が思っているよりもshuffleの愛用者はいないようで、

がっかりしました。

「なんでやねん?」と思って、それを聞いてみると、

意外な答えが…。

「えーshuffleは画面がないから、音楽わからないじゃん」

私はこれを聞いたとき、「えー、みんなそんなに音楽を常備しているのか?」と思い、

聞いてみると、

「いや、そんなことない。CD10枚分ぐらい。」

という、意外に少ないじゃないかという答えが返ってきて、ちょっと拍子抜け。

10枚ぐらいなら、各CDの曲数は覚えているだろうから、

だいたいわかりそうなものだろうと思っていたのですが、

どうやらそうでもないらしいです。

私はshuffleの中に入っている音楽は

全部どの順番にはいっているかわかるので、

みんなもそうなのかと思って生きていたのですが、そうではなかったのです…。


んー、正直この話を聞いて、

「いやいやその若者が記憶力に乏しいだけだろ」

とツッコミを入れたいと思う人も多いと思います。

(おそらく私もその一人です。)

んー、しかし、今の人々は「目に見える」、「わかりやすい」という利便性に

身を任せている部分が大きく、

覚えるという習慣が日常生活になくなってきたのかなと

感じざるを得なくなりました。


ゲームが得意な生徒にしても同じような傾向があります。

「途中でセーブができないゲームはくそゲー(ダメなゲーム)だ!」

という発言を耳にして、

えー「スーパーマリオブラザーズ」をコケにしたのを覚えていますが、

やはり、これも自分で記憶できないということからくる言葉のように思います。

「ここまでできたんだから、もう以前までのプロセスなんてどうでもいいから」

というように、以前とのつながりを切断してしまうようです。

もちろん、そのゲームを全クリ(全面クリア)してしまうと、

そのゲームの記憶さえなくなってしまうのでしょう。(やりこめば別ね。)

こういった頭で記憶する習慣のない生活をしていれば、

いきなり記憶してみようと思っても、苦痛ですよね。

英単語の記憶なんて気が遠くなる作業のように思います。

ゲームで言えば、「ストリートファイター」や「鉄拳」といった格闘ゲームが得意な人は、

必殺技のコマンドが体で覚えていないと勝てないので、

英単語や社会科などの用語を覚えるのは得意になるかもしれません。

今や、身体に記憶する習慣がなくなり、

「勘」が鈍くなった人が多く見受けられます。



今の社会と一緒で利便性を求めるよりも、

いっそ社会も人間も退歩するのはどうだろうかと

よくわからない思索をする十五夜です。

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2011
09.12

『英文法・語法 正誤問題速攻100題』

Category: 参考書関連
英文法・語法正誤問題速攻100題 (集中マスター)英文法・語法正誤問題速攻100題 (集中マスター)
(2008/11)
不明

商品詳細を見る

【特徴】
この問題集は、さまざまな正誤問題を厳選して100題の問題に絞り、収集した問題集である。まえがきがなぜか縦書きで、新聞のような文面になっており印象に残った。20問ずつに分けて、それぞれテーマが設定されている。時制や句・節の見分け方といった基礎的な正誤問題の見方から始まり、順々にやっていくごとに問題や内容が複雑になっていう構成だ。また関西学院や東京理科大で出題される、正文選択問題にも対応しており、正誤問題全般に精通している問題集といえる。説明も非常に詳しいので、読む作業だけでも学習になる。


【使用法】
 「5日完成」と書かれているが、それはあくまでもある程度文法の土台が出来上がっている人であれば、またはとりあえずやるだけであれば、という但し書きがつくだろう。厳密に言えば、個人的には各20問やったとして、復習する時間を含めてもあと2日ずつ増やして、トータルで14日で終わらせる計算でいると余裕だろう。また、この問題をやり終えたら、解説を読むと同時に今まで学習した文法書といった文法に携わるものを手元に置きながら確認作業をするとよいだろう。したがって、この問題集はとりあえず受験直前期に使用すればよいだろう。

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2011
09.11

集中力養成も忘れずに

Category: 雑記
さっきまで、

入試問題を片っ端から解いていました。

1時間ちょいで、法政・明治各2年分4年分解きました。

集中しすぎて、結構疲れました。


集中して問題を解いていると、

まずよほどなことがない限り間違えないのですが、

よく授業で生徒に問題を解かせる時間を利用して問題を解くと、

ありえないぐらい膨大な量の間違いをすることがあります。

弘法、筆の誤り。サルも木から落ちる。

いやいや、そんな言葉は弘法大師にも、おさるさんにも失礼です(笑)

片手間で問題を解けない私はまだまだ不十分だなと思いますが、

それは当然と言えば当然なのかもしれません。

(やはり自分の擁護に意識的だ…(笑))


生徒がよく文法や単語の復習が完ぺきで、ロジックもちゃんと追えるのに、

長文で読み間違えて、大幅なミスを犯してしまうことが時たまありますが、

それはやはり集中力の問題が一つあると思います。

まあ受験ですから、精神状態がおぼつかないことの方が多いかと思いますが、

この精神状態を常に平常心にもっていく力も、

やはり受験ではものすごく必要な実力のように思います。

以前に「隣のやつが挙動不審で、気が散ってテストどころではなかった」

といった生徒がいたのですが、

それにも目をくれずに、

ただ模試や本番の試験に集中する力をつけなければなりません。


実はこれは私の課題でもあります。

私は聴覚が異常なのか、

埃がものと擦れる音から機械や何かが擦れる微妙な音まで

すべて拾いとってしまい、ときに集中力が著しく低下することがあるのですが、

それもうまくコントロールして、音と共存していかなければ、

結局物事がうまくいかない言い訳になりかねません。


問題や知識を理解するのは当然であって、

それをいかに継続して取り組むことができるか。

そういった持続力、精神力を私と生徒が二人三脚で手に入れていけたらと思います。

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2011
09.09

「負けたことがない」=「あきらめない」

Category: 雑記
私は今、この4か月が自分の人生のターニングポイントだと思っていますが、

正直まだまだ行動に移せていない部分が多く、情けなく思っています。

生徒には散々偉そうなことを言っているわけですが、

最近少々語気が緩んでいるように思えてなりません。

しかし、そんなときにはいつもこの話を思い出して、自分を鼓舞しています。


これは私が大学3年生の時のことです。

以前私が受講していた講義に、

スタンフォード大学の政治学博士の西鋭夫先生が

いらしたことがありました。

まあ知る人ぞ知る、極右の代名詞のような方で、なかなかオーラがある方です。

実は私はこの先生に大学院で指導してもらう予定だったのですが、

いろいろあって、先生に師事せず、私は名古屋に来ました。

まあもうあまり会うことはないでしょうが、インパクトがある先生だったので、

いろいろ覚えています。

そんなゲスト登場でその授業は湧きました。

もちろん一度私もお話がしたいと思い、彼の「日米魂力戦」を抱え、

彼にサインを求めた後に、私は次のような質問をしました。


「先生は、英単語20万語丸暗記したって本当ですか?」


すると西先生はうなずきながら、こう言います。


「辞書丸暗記に決まってるだろ!

お前スケールが小さいなあ!

辞書を覚えないところからすでにお前は負けている…。

単語知ってれば、なんとかなるの!」


西先生の横にいたわが師匠も一緒にうなずいているわけですが、

どうも当時の私の頭の中では「本当に覚えてるのかよ、ジジイ?」

という疑念はなかなか消えませんでした。


でも、きっとそうなんだと自分に信じ込ませて、二言目には


「じゃあアメリカ人の真似すればいいんですね?」


と言ってみると、先生は


「真似ができたらたいしたもんだ。

暗記ができないやつが真似ができるか!辞書の丸暗記してから言え!!!」


と怒鳴られてしまいました。

まあ、私が未熟だったのも手伝い、無礼な質問もたくさんできて、

いろいろな武勇伝を聞き出せたわけですが、この機会はとても貴重なものになりました。

勉強の分野でためになったというよりも、

自分のモチベーションがものすごく上がり、重鎮といわれている人々も、

私が当時していた血のにじむ努力をしていたことを知り、

将来の人物像がぼやけながらも見えたことが、

当時の私にとっては偉大な戦利品でした。



さらにさらに、いろいろ聞くと温泉のごとくいい話が出てきます。

真の努力家ならではの話なので、リアルでもあり、興味深かったです。

そして、当時の私は「英語だけやっていて本当に大丈夫なのか」と

一抹の不安があったのですが、このとき彼に思い切って、次の質問をしました。


「英語だけで天才になれますか?」


すると自信をもって先生は答えてくれました。


「なれる。俺がそうだもん。

英語ができれば自然と情報量が増えるから、なんにもしなくても天才になるの!

お前は、諸坂先生(師匠)の言うことをやっていればいいの。


(私にだけでなく、クラス全員に目を向けながら…)


お前ら覚えとけよ。人生は何もしなかったらすぐ終わるからな。

爺になってからとか、仕事を退職してから何かをやるなんていってたら、

何もしないで終わるからな。

勢いがある今だから物事をやれるんだ。

お前らは勉強してない、頭はよくない、経験はない、体験はない。

でも、バカな勢いがある。この勢いで、すべて変わる。

これから、世界の基準は5年したら変わる。

(これは2005年に言っていたが、マジで世界情勢が一変した!!)

これからの時代を生き残るためには、能力と才能と語学力がある人間にならなくてはいけない。

これらがそろっていれば、世界のどこででも生きていける。

それと、才能がない、能力がないなんて自分を過小評価してはいけない。

お前らくらいの頭があれば、天才になんてなれる。

俺は、大学卒業後にアメリカのワシントン大学にいったけど、

そのとき初めて自分の愚かさを痛感した。

俺は小説を読んでて物知ってるのに、それが英語で表現できなかった…。

だから、その日から1年半睡眠時間4時間で勉強した。

そして、英語を覚えたんだ。そして、このとき初めて人生においての挑戦したんだ。

お前ら、挑戦したことがあるか。

新しい環境に行って初めて挑戦が始まるんだ。

そして、新しい環境にいったときとてつもない才能を発揮する。

挑戦とは、常に自分が怖いところに置くことだ。覚えとけ!」


私はこれを聞いて、人生において引くことをやめました。

そして、それを信じたからこそ英語の知識をまだまだ未熟ながらも、

人並み以上(だとは思う…)の実力をつけられたのだと自負しています。

そして、この話の最後にこう言って、彼は帰っていきます。



「俺は失敗をしたことがない。

失敗ってのは、やりつづけたのものをやめたり諦めたりしたときにあるものだ。」



これはまさにその通りで、やめようと思って初めて自分は敗北を喫するのです。

もちろん、引き際というのも見極めなければならないものもあると思います。

スポーツ選手なんかは学者よりも息が短い職業なので、

また違った見方があるとは思いますが、

「スポーツ選手ではなくなる」=「人生の全盛期の終了」

と思うアスリートは少なくないでしょう。

よって、基本的なものは学者もスポーツ選手もあまり変わらないと思います。



受験もそういう性格があるものだと思います。

ダメだという境遇に追いやられ、

それでもあきらめないで「志望校にいくぞ」と強く思うとき、

その状況を凌駕するために、効率の良い勉強をするために

独自の方法が創造されることがあります。

それの積み重ねでよく現役で合格してしまうというのはザラです。

受験にはある程度時間制限がありますが、

その限られた時間で何とかしよう、あきらめないと思ってやれば、

結果は後でノってきます。


多浪してもあきらめないで自分が納得した大学に入るのは、

社会での「勝敗」では負けまくったように見えても、

やり抜いて結果が出たら、「勝負」では大勝です!

相手に皮を切らせて、相手の骨を断つのです。

そういう「勝ち」に「価値」はあるはずです。



こういう話を聞くと、一歩引く人が多いとは思いますが、

それを信じてやってみようと思うバカさ加減も、

人生を一変させるスパイスになっているように思います。



まだまだ9月です。

あきらめるのは、

勉強しすぎて精神錯乱したり、血反吐を吐いたときでいいんです(笑)

幸い勉強しすぎて死んだ人の話はあまり聞きませんので、

安心して攻めに行ってください!


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2011
09.09

『メディカル系受験英単語+イディオム』

Category: 参考書関連
看護・医療技術・福祉系大学/短大/専門学校受験専科 メディカル系受験 英単語+イディオム (シグマベスト)看護・医療技術・福祉系大学/短大/専門学校受験専科 メディカル系受験 英単語+イディオム (シグマベスト)
(2006/06)
薄久保 賢司

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【特徴】
 メディカル系といったので、もっと専門的な単語を多く収録されていると思ったら、正直ターゲットや速読英単語のようなオーソドックスな単語帳と大きな変わりはない。最後の専門用語のみの単語帳で十分である。よって、何をもって「メディカル」な単語なのか理解に苦しむ。おそらく福祉系などの入試問題を網羅して労苦を呈したのだろうが、大きな特徴をとらえることができない。医歯薬系の問題集は名前的に差別されているが、それほど一般学部の内容と大きな変化がないことがしばしばで、教えている側からすると、問題集を選択するときに非常に神経を尖らせなければならない。したがって、看護系や福祉系の専門学校へ進学しようと思っている人が、苦し紛れに選択する単語帳と考えてよいだろう。使用法も普段の単語帳の使用法でよいだろう。

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2011
09.08

単語帳だけではゴールにたどり着かない。

Category: 雑記
私のところに単語を覚えるという作業に関して、よく問い合わせが来ます。

そして、こういった質問が多いです。

「英単語を覚えるための単語集や熟語集でおすすめなものはなんですか?」

これは以前にも書きましたが、覚える本は正直なんでもよいです。

ターゲットでも、速単でも、自分に合った単語集で単語を覚えればいいです。


しかし、ここで勘違いをしている人がいます。

ターゲットや速単を終わらせれば、「単語を覚える」という行為はおしまい…。

いやいや、世の中そんなに甘くはありません。

あくまでもターゲットなどといった単語集だけでなんとかなるほど

受験英語をすらすら読めるようになるはずがありません。

英語ができる学生はターゲットや速単をベースにしたうえで、

覚えた単語を実践レベルでも使えて、うわべの意味だけでなく、

文章で意味している内容までしっかりとらえられるようになるまで、

読み込んだり、覚えまくるということです。

当たり前ですが、単語のうわべの丸暗記をした生徒と、

例文を読み込んで、単語を覚えた生徒では差が歴然とします。


以前に私がよく出入りする塾の生徒で、

「10日後に単語テストがあるんですよ。1日100個覚えて見せますよ。」

この言葉を聞いて、根性あるなーって思いましたが、

その生徒を担当している先生に結果を聞くと、その生徒の結果は惨敗。

その単語テストのために勉強してはいけなくて、

「単語を覚える」ということは文章の中で使われても、

意味内容がしっかりとれるようになるレベルで運用できるようになることを意味します。

ということは、単語集の英単語をただ丸暗記したってできるようになるはずありません。


日本語で考えてみてください。

「つるの一声」というフレーズを知っている生徒がいるとして、

動物園でつるを見て、「あ、まさに「つるの一声」だね」って使っても、

自身の醜態をさらすだけです。

こうういった意味内容まで覚えられれば、

別にどんな単語集をつかっても構いません。


しかし、こんな愚問をしないでいただきたい。

「じゃあ意味内容も容易にわかって受験に有効な単語集はありますか?」

そんな都合がいい単語帳を探すぐらいなら、

まずは英単語をしっかり覚えて、英語の文章を読みまくってください。

または英作文をして、自分が思っている日本語で運用できるか確かめてみてください。

こういう地道な努力から逸れようとすればするほど、

英語ができる人への道は遠くなる一方だと思います。

しかし、こういった愚直な方法でも、時間を超越するぐらいやりこめば、

(1日1~2時間の単語暗記+英文の読み込みを目安とする)

1000個の英単語であれば1か月ぐらいでかなり深いレベルでの暗記ができます。

一発逆転をかけたい人は、

文法の勉強を少しおろそかにしてでも、

英単語を1000個覚えるという作業にまわるのもありだと思います。


ちなみに私のお師匠は、

1年で英単語をマックス40000語を暗記したと豪語しておりました。

これを聞いたとき圧倒してしまいましたが、

逆に人間本気になればそれぐらいできる人間もいるんだと思いました。

それはもちろん

その先生が完ぺきに近い日本語力を持っていたことも手伝っているでしょうが、

個人的に

「わからない」ものをすべて「わかる」ものにしようという意思が、

こういう実力につながっているのだと思っています。

だから、その先生は英単語帳を使って英語を覚える生徒を見ると、

「お前はまた自分にリミットを設定する。だからできるようにならない。

それはどの勉強もそう。ある決めた範囲でも知識でしか物事をとらえられないから

大きな発想の転換にもつながらないし、飛躍的な実力アップはないんだよね」

と指摘します。


というわけで、あくまでも単語帳は松葉づえのようなものであって、

「単語暗記」のゴールではありません。

ゴールは自分の志望校の問題でわからないものが極力なくなることです。

そうなるまで、頑張ってやり抜きましょう。

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2011
09.05

ナポリに滞在して~都市と英語~

Category: 雑記
さて、もう9月ですね。早いものです。

とはいえ、私の頭の中はまだ8月下旬という感じで、

なかなか頭が仕事モードになっていません。

早く戻さないと、と勝手に焦っています。


でも、

バカンスというのはとてもいいもので、嫌なことを本当に忘れてしまいますね。

日本の航空会社も安くなったことだし、

今年は韓国や中国といったアジア諸国に赴こうと思います。


イタリアでバカンスを楽しんでいたわけですが、

今回の旅は、私にとって勉強になった旅でした。

今回は家族で旅行したわけですが、

一人の放浪旅行と家族旅行では、勝手があまりにも違って、

私はとても戸惑い、どこか煮え切っていないところがありました。

そして、イタリアという国が私が想像していた以上に、

先進国といわれる国といえども底辺に位置しているなということを

感じたくなくとも感じざるをえないといった感情を抱きました。

まあ、ここまでのことを要約していえば、

私が少し大人になって、海外の実情を知ったということです。



家族に関する話を受験と関連させてお話をしたいところですが、

それ以上に私は少しナポリにいて思慮したことを、

受験生やその保護者様へ何か伝えたいなと思います。


私は過去にアシスタント・デザイナーとして

一度ミラノという都市に行ったことはあっても、

周りは世界の一流モデルとデザイナーとセレブの中に囲まれていたので、

ミラノという都市像をとらえることができませんでした。

また実際にショッピングをしたり、街を散策したりする時間がなく、

やはりイタリアの実情を知ることができずにいました。

そんなわけで、今回が私にとっても初イタリアといってもおかしくないのですが、

ナポリという都市に滞在したときに、思っていた以上のギャップがありました。

私はナポリという都市が

中世のローマ帝国にあった軍事都市であることは知っていますが、

それ以外の知識は持ち得ていませんでした。(恥ずかしい)

でも軍事都市だったからでかいだろうと勝手に思っていたのですが、

なんか私が抱いていた都市空間とは異なっていました。

それを感じ得た理由は

英語が全くと言っていいほど通じなかったということです。

ナポリでまともに英語が通じたのは1回だけです。

帰りのチェックアウトを済ませる時に話したホテルのレセプションの女性だけでした。

チェックインするときにはホテルには従業員がおらず、

いたのは警官という異例の状況で、私はかなり戸惑ったのですが、

その人はほぼ英語は皆無で、片言でしかわかってもらえませんでした。

個人的にはシンガポールのが英語は通じないだろうと

勝手に思っていたのですが、

シンガポールのシングリッシュのがまだマシで、

タクシーの運ちゃんでさえ英語は聞きづらくとも話せました。

しかし、イタリアでは英語で対応しようと思っても、わかってもらえません。

私が勝手に先進国だと思っていたイタリア像が、

彼らとの会話のやり取りで崩壊してしまいました。

私は、都市空間の条件として

やはり一般人の間でもある程度英語が通じることも含むんだと

思っています。

私のいっている「都市」は多分傍から聞いていると

「(国際)都市」と同じニュアンスに聞こえるかもしれません。

こういうと、こんなことを思う人もいるかもしれません。

「日本だって東京は良いにしても、

大阪や、名古屋や、福岡(いったことがないからわかんないが)は

都市といえないかもしれねーじゃねーか」

私の独断と偏見的な定義にぴったりはめてしまうとその通りなのですが、

しかし

個人的に外国人が名古屋とか福岡とかをぱっと思い浮かべてくれないのは、

英語が多用されているかどうかに比例するところが

少なからずあるのではないでしょうか。

外国人に「日本の都市を言って御覧」と質問しても、

まず出るのは「東京」と「京都」と「大阪」ぐらいなもんで、

「埼玉」とか「滋賀」といった地方都市が出ることはまずないでしょう。

そう思うと、皆さんがふつう思い浮かべる「都市」は、

やはり「東京」や関西だったら「大阪」といったイメージが強く

あるのではないでしょうか。

このように都市を分別できるわけですが、

その条件の中には、やはり今の時代であれば

「英語ができる」ことを入れてみてもいいんだと勝手に思っています。



よって、名古屋もそうですが、都市に住む以上

土地が広く、その空間が充実しているわけで、

地元の人間はもちろんのこと、外国人も住もうと思えば住めるわけです。

そして、多民族で構成される可能性を容易に否定できなくなった今の時代では、

我々はどこかで共通の言語を使用しながら

他者とその都市空間で共存していかなければならないと思っています。

ヨーロッパ諸国でも、

こういった状況を危惧して、移民排除へ積極的な活動を起こしている国もありますが、

(ノルウェーでのテロは悪い典型例だけど、移民排除が目的でしたよね)

やはり自国で理不尽でどうしようもない状況の人(フィリピンのスカベンジャーとか)が

能力があるのにもかかわらず、冷や水を飲まされて生きているのも癪だなとも思うと、

グローバリゼーションの波に乗って、移民として基盤がある国へいって、

尊厳をもって生活するのもありなんだと思います。

ナポリは確かに黒人やスラブ系の人種も多く住んでいましたが、

どこかイタリア人とは隔絶があるように見えました。

これはどこにでもあることとはいえ、イタリアではそれを強く感じました。

また同時に、ヨーロッパ人の間でもどこか隔絶があるようにも見えました。

ヨーロッパ人の中でもイタリア人は異質なのでしょうか。(よくわかりませんが)

そう思うと、ナポリは別に移民の排斥運動をしているわけでもなく、

かといって、移民を快く受け入れたり、異民族と共存したり、

国際都市として生まれ変わろうという動きもないので、

どこか時代に取り残された都市のように見えました。

(いいか、悪いかは抜きにしていっています。あくまでも雑感です。)


ここで私の今までの考えを少し覆されたようにも感じました。

すなわち、

「ヨーロッパの主要諸国であれば、それなりに英語は処理してもらえる」

という考えが、ものすごく甘いものなんだと実感しました。

英語ができるのはやはりどの国でもある一定のレベルに到達している人であって、

culturalであるということなんでしょうね。


じゃあ、英語ができなくてもいいのではないかというと、

そうではないです。

残念ながら、今の時代が求める我々への能力は、

雑多の集団の中でもコミュニケーションが最低限とれることが一つあげられます。

その手段が英語であることはここ50年は間違いありません。

つまり、私が生きる世代はもちろん、

その周辺の世代も英語とは切っても切れない関係のように思います。

ただ、どこかで私たちはその事実に安座るのではなくて、

「郷に入れたら、郷に従え」の精神に則って、

その都市の主体性を考える心があってもいいのかもしれません。

それを理解するためには、

もっと英語はもちろん、私がわかるフランス語やオランダ語も

もっと真剣に勉強しなければならないなと改めて考えさせられました。


受験で英語を勉強できるということを有意義な時間だと思ってください。

大学受験の時に、しっかり英語の勉強をしていない人は、

この先英語を再挑戦しようと思っても、ものすごく苦労します。

是非とも、今のうちに苦労しておきましょう。

そのお手伝いができるのが、

私の今の仕事なんだと、思考を回帰することができました。


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2011
09.04

ちょっとヨーロッパにいました。

Category: 雑記
こんにちは。

私、昨日まで諸事情でイタリアのローマにいました。

そして、カプリ島でもバカンスしていました。

それで、ブログの記事を書けませんでした。すみません。



こう言われたら、敵いません…。

「てめー、自分の生徒何ほかっといてんだよ!?」

(ちなみに「ほかっておく」は名古屋弁)

いやー、私は生徒を信用して、自主性に任せているので……

…いやー、苦しい言い訳ですね。

めちゃくちゃおいしいご飯を食べて、

めちゃくちゃきれいな景色をみて、

めちゃくちゃうまい酒を嗜み、

めちゃくちゃたくさんの世界遺産に触れて、今を生きています。

至極、幸福な人生を送っていると思います。


と、本音を言ってみたのですが、

用事は本当にありまして、

私はそれを済まして両親とともに家族旅行をしてきました。

生徒には了承をとらないと、簡単にいけないでしょ!(笑)


さて、もう5日イタリアにいましたが、

教科書や文献以外で、

こんなにカルチャーショックを受けたのは久しぶりです。

今回の旅はいろいろ考えました。

「受験」という枠から離れて、

少し考えていたことを小出しできたらと思います。


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