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2007-08-27 Mon 23:03
石田壱成が主演でドラマにもなった作品。日本ドラマ界の巨匠が書いたんだからはずれはないよね。実際に私はこのドラマをすべてビデオに撮ってみていた。配役も豪華で内容もよかった。悲しいシーンも多いけど。 内容は、知的障害者へたいしての虐待ね。巷でよく聞かれる人権問題がcoreなところ。障害者の証言は、結局認められないのだけれども、最終的にはHappy Endでおわる。 展開わかりきっていても、私は好きだった。だから、約10年ぶりに内容を確かめたくなって、本を買ってしまった。 |
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2007-08-27 Mon 18:58
久しぶりに自己啓発本を読みました。著者はドイツ人かオーストリアだったかな。とにかくゲルマン民族なのは確かです。 内容は、「人に振り回されない」人生を送るということを完全にレクチャーしていました。もっと大まかに言うと、「自分を貫くということ」を書いていました。今の日本人に欠けている要素のひとつですね。 非常にヨーロッパ人的個人主義が書かれていて、興味深かったです。しかし、この本を読んで、「こんなことしたら、友達ができなくなる」とか「この行動はとても冷たい人ができるんだな」と思う人がいるかもしれないが、私はそうは思わなかった。理由は、人生を初志貫徹するためには、これぐらいのことをして当然だと思ったからである。 私は3年前に本気で「留学する」と掲げたとき、大半の人間の反応は、「頑張ってね」っていう言葉。しかし、その言葉の裏側には、「いやいや、お前には無理でしょ。」っていう気持ちがこめられていたように聞こえた。実際に、それを掲げたあとに勉強していたときもそうだ。私は、大学に入ってから英語を勉強するときは英単語を覚えることしかしなかった。あとはその単語を使って、ものを書いたり、難しい文献を読むことしかしなかった。しかし、私が辞書みたいな単語帳を切り貼りしたノートを見ながら、口を動かして、紙に膨大な単語を書いている姿を見ていた傍観者達の言葉は一緒だった。異口同音で、 「こんな単語を覚えてなんになるんだ?」 か 「そんな単語一生使わないし、意味ない」 という、心無い一言のみだった。 あらゆる揶揄と、彼らが思う一般的なアドバイスが私の間で飛び交っていたが、私はそれを一切受け入れず、受け入れたのは教授の一言のみ。 「単語を覚えれば、英語は必ずできるようになる」 これを言った教授は、私が見た中で最も英語が堪能な方が言ったことだから、信憑性は高いと思い、その道を選んだ。選んだからには、他の言葉は一切受け入れようということはしなかった。 その貫徹さが、私に留学への道が現れたのだと思う。単語を覚えても英語ができるとはいえないときもあったが、そのことを受け入れて、さらに単語に磨きをかけたのはいうまでもない。そして、これからもそうするつもりである。 この生き方と、本に書いてあった生き方は、一致していた部分が多いと思う。傍から見ると、ただの自己中といわれるかもしれない。しかし、常識や一般論に忠実に生きて、人並み以上のことができた人はいたのだろうか。 本の中の「まとめ」の部分で、著者はこういっていた。 人間には2タイプ存在する。 1つは、一般論や常識に従順になり、平々凡々な人生を送る。 もう1つは、自分が思うことをやって自分を貫いて成功への道を切り開こうとする人生。 後者は、確かに失敗するリスクは大きい。しかし、後者の生き方は、たとえ失敗しても、自分が納得した答えといき方を手に入れるはずである。そして、「今を生きて」いる気がして、気持ちがいい。 こんなことが再認識できた。私の考え方は、やはりヨーロッパ的要素が組み込まれているようだ。ヨーロッパの人は頭がいい人が多い。それは、日本人やアメリカ人が思うような、テストで点が取れるとか、資格がたくさんあるというようなvisible statusではなくて、人間がもっている本来の力やinvisibleなものを重要視している。彼の本を読んでいてもそんな気がする。 |
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2007-08-16 Thu 10:58
小学校の推薦図書などでよく見られる作品。邦題は「カモメのジョナサン」ね。それを英語で読んでみたわけですよ。まあものすごくアメリカ文学って感じ。 私が思うアメリカ文学は、物事がはっきり書かれているっていうのと、必ずうまくいくみたいな感じHappy Endが待っているってのがお決まりのパターンって気がする。まあ実際にはよくわからんのだけど(笑) カモメの生涯とは、とても退屈で、「生きている」というより「死ぬのを待っている」というような生涯であることを知り、カモメのジョナサンはその生涯に満足をしているというか、何もアクションを起こそうとしないカモメの仲間達にがっかりしていた。ジョナサンは、そんな生涯を送りたくないと思い、高速飛行やあらゆる飛行法に挑戦し、カモメにも限界を超えられるんだということを証明すべく、そして、カモメも目標や野望を持って生きているんだということを証明すべく、彼は群れを離れて飛ぶ練習をしていた。 これがジョナサンのスタートであり、このあと彼にとってあらゆる概念が変わっていくわけである。いろいろ学習していき、すべてを手に入れた後には、ジョナサンのように野心を持った好奇心旺盛なカモメに、ジョナサンが手に入れたすべてのものを授けた。 この本は、中島敦の「名人伝」に似ている。結局最後は、弓矢をも使わずに、獲物を射止めることができるようになるというように、ジョナサンも最後には自分が出したいスピードを容易にだすことができるようになったわけである。 「極める」ということは、ただ一つのことを、それは例えば、記録とか数字とか目に見えた結果だけを追い求めているだけでは「極めた」とはいえない。極めたものを人に授けるために、本の中では「人を愛すること」と書かれていたが、相手に対しての慈悲の心が必要になってくるんじゃないかということを、本の中で教えてくれた。 しかし、私が思うに、この境地に行くためには、己が限界に触れるまで切磋琢磨に精進しないかぎり、到達できないのではないのだろうか。たとえその努力が、常軌を逸しているとしても…たとえ、それが他人が批判する行為だったとしても。 メジャーリーグに行く前、昔の近鉄バッファローズにいた野茂英雄は、マスコミに批判されまくっていた。しかし、彼が言った一言はこうだ。 「凡人は、いつも挑戦者を揶揄する」 私は、このことばが心にしみた。私は野球を生まれてこの方やったことはないが、彼の精神性は伝わった。それは、私が他人に批判され続けても、英単語の丸暗記に徹して、留学を勝ち取ったという経験があるからだ。むろんいうまでもなく、後に彼はメジャーで2回もノーヒット・ノーランを達成する日本最高峰のトルネード投法のピッチャーとなったわけである。 すべてにおいて、限界があるんだと思った瞬間、非凡から遠ざかる。非凡がいいことではないという人間がいるが、私からしたら、それは目の前にある障害から逃げて、自己満足の境地に浸っているだけである。現状に満足していたら、人間は進化しない。特に日本人は、あらゆるものが周りにあるが故に、満足しきっている人が多い。しかし、日本人が気づいていないのは、その満足は所詮はお金で買っているのであり、有限なものであること。知性や能力は無限であることを、彼らは忘れ始めている。 もっともジョナサンみたいな努力ができる野心家がもっと現れたら、日本はアメリカのような完璧な競争社会が完成するであろうが。 |
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2007-08-14 Tue 09:48
「チャップリン」って聞くと、私は「喜劇王」だとか「演説の天才」だとかというような、彼の晩年の姿しか思い浮かばなかった…この本を読むまでは…。 「人は悲しみの数だけ、強くなり、人にやさしくできる」と芝居じみたことを言う人がいるが、あながち間違っていないのかもしれない。チャーリー・チャップリンが「喜劇王」と呼ばれる日がくるまで、どれくらいの苦悩を乗り越えてきたのか。その称号を手に入れるまで、どれだけ芝居や舞台に情熱を注ぎ、自分を信じ続け、真剣に生きようとしていたか。私が紹介する本の中では、こんなことが事細かに書かれていた。 辛かっただろうけど素晴らしい人生を送っていた。私も実際に大学院には政治的に入れなくて、正直自暴自棄気味であるのは否めないのだが、彼にも腐っていた時期があったようだ。しかし、私と少し違うのは、私以上に目標に近づけるようにアクションを起こしていることだ。そして、新たなチャンスを狙っていたこと。彼は10ヶ月失業して、彼の母親と倹しい生活を余儀なくされたそうだが、虎視眈々と野心を持って、再び輝くことを信じていた。 私はこのくだりを読んでいて、自分がまだ恵まれていると思ったし、チャンスはあるのかなと思いなおせた。最近、自分にある能力を過小評価したり、他人に揶揄されるのを恐れ、虚勢を張って自己存在をか細く確立していることを知っている。しかし、私はそれを悲しみを持って傍観していただけにすぎず、現実逃避をしていただけであったことに気づけた。 しかし、得たものだけではなくて、共感したものというか自分がチャップリンと同じように考えていたこともあった。それは、結局一人で進まないといけないということ。 「人は助けてくれない。他人は助けてくれないが、家族は助けてくれる。家族は唯一の身内であって、理解者に近い存在になり得る。だから家族ほど大切なものはない。」 私は、スウェーデンから帰ってきてから、家族の大切さに気づいた。これは私にとって大きな意識改革だった。このことをチャップリンも直感的に感じ取っていたことが、私は彼を尊敬するに値する理由の一つになった。しかも、思春期を迎える幼少期から。よほど、慈悲深く、経済的には貧乏だったが、ハイデカーのいう「貧しさ」を感じる人間ではなかった。このことが、神が彼に素晴らしい運命を授け、「喜劇王」にしたのだと私は思う。幼少期と青年期という人格形成期間に、決して裕福で福与かな時間を送ってたとはいえない時間を過ごしたことで、富の変わりに彼に表情の豊かさと、富に変わる名声と人気を手に入れるに至ったのだろう。 チャップリンは「フェラチオ」という言葉を広めたという卑猥な事実もあるそうだが、そんなところも含めて、彼のすごさを知り、彼が好きになった。 |
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2007-08-13 Mon 22:21
森英恵の生涯を綴った本。それと同時に彼女のファッション観はどういうものかが、彼女なりに語られている。 私は、森英恵は日本人にまれに見ぬactiveな女性だと思った。今では女性が世界に出て活躍したり、家庭を離れてどんどん社会進出をするのは当たり前になっているが、彼女が最盛期を生きた今から20〜30年前は、「女性の社会進出」なんて夢のまた夢の物語にすぎなかったように私は感じる。 その時代は、池田勇人の「所得倍増計画」が始まって、工場などの設備投資が活発に行われて、わが国は高度経済成長を遂げ、世界の先進国に肩を並べられるレベルまで到達したときであり、その時代の男性はとにかく汗水たらして働いていたに違いない。これは私の父がよく言っていた。だから、女性は家の中にいて、自分の子供の世話や、家事に専念し、内助の功として役目を果たしていたはずである。それが当時では、普通の家庭像であった。 しかし、そんな家庭像とは背を向けたがごとく、「ファッション」というlife toolを駆使して突っ走ったのが、森英恵である。彼女は、間違いなく「日本ファッション界の先駆者の一人」として名をあげられるであろうが、その裏側ではとても苦労していたのが分かった。私は、「森英恵」と聞くと、「ブライダルドレス」や「オートクチュール」というようなイメージしかなかったのだが、とんでもない。この本の中で、日活映画の衣装を手がけていたことを知って驚いた。 そして、当時流行った原色主流の服をimportして、日本人に色の豊かさを与えたことを知り、彼女がどれだけglobalに社会を見ていたかが読み取れた。ファッションをやる人間は、決してバカではできない。もちろん技術がなければ、クリエーターにはなれないが、その作品のinspirationを生むためには、様々なbackgroundが必要になってくる。彼女は、「どうして奇抜な色を好んで店頭に出したのか」ということをこのように語っていた。 「戦後は、見るものすべて焼け野原。周りには色がなく、すべて灰色だった。だから青い空がきれいに見えた。あんな空みたいな色が、もっと日本にあふれればいいのに」 私は、実際に戦争を体験したことがないから、このようなbackgroundはないし、現代社会のものがあふれた世界に生まれたから、「色がある」とか「明るい」というようなことはすべて当たり前に見えているから、彼女の色への敏感さには脱帽である。私も色には敏感であると思っているのだが、まだまだ修行が足りない。上には上がいるとはこのことである。 あと、彼女がファッションの道へ進んだのは、彼女の父がお洒落だったことも大きかったのではないか。戦前でオーダーメイドで服を手に入れていたとは、どれだけ裕福だったのだろう。環境には恵まれていたってのも、少なからずあるのかな。もちろん彼女の努力なしで、あれだけの功績はのこせないだろうけどさ。 ちょっと感心した。 |
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2007-08-13 Mon 18:10
カフカの名作「変身」。大抵高校生で読まれる本だと私は勝手に思っている。しかし、私はもちろんその時期に、こんな高尚な内容の本を読んでいない。今になってそれを悔やんでいる。時間がるときにもっと本を読んでおけば…と。 まあそれは置いといて、私は「変身」の内容にはビックリした。まあ「起きたら虫にはならねーよ!」ってつっこみたくなるのだが、「もし虫になってしまったら、どうしよう?」と考えてしまった。虫になってしまってから、体が不自由なのはもちろん、自分の思想や居場所、あらゆることが不自由になってしまっていくわけだが、彼は同時に自分が家族の一員であるという意識は維持し続け、彼はその葛藤の中で自分自身のあり方を冷静に考える。 グレーゴルが部屋の出てからすべてが狂っていくという、今で言えば家庭崩壊の先駆け的な作品内容といえる。しかし、これは同時に精神分析学に大きく貢献する文献ともいえると思う。 |
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| caseな生活 (書籍紹介編) |
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